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「は?」

 ぽかん、とする顔もそのままに、フルーレティは魔王アレクシスを凝視していた。

「あの勇者エドヴァルドだ。勇者は処刑されたが力は残った。その力を借りて私は復活し、そしてのち、身体を失っていた勇者に私が魔人として身体を与えたのだ」

 アレクシスが拗ねたように早口で説明しきると。フルーレティは目に見えて動揺する。

「はぁ!? 何すかそれ、御伽噺みたいな……え、何、それで敵対してた魔王様と勇者エドヴァルドがくっついて乳繰り合ってるって?」
「言い方よ……」
「や、そこは大事っしょ。魔王様のパートナーとなりゃ色々期待されるんすから」
「それは……」
「んで? どこまでいったんすか」

 まるでどこかの侍女のように明け透けに聞くフルーレティに、魔王アレクシスはぐ、と言葉に詰まった。
 彼の言うことも理解出来ないではないが、もう少しばかり浪漫が欲しいところである。魔王と勇者、二人の行く末をそっと見守っておいてほしかったのだ。

「それを私に聞くのかお前は」
「スるとこまではシてるんかな? でも魔人族の事情とか、孕ませたいってとこ、話してないっすかね?」

 何処までも遠慮なく聞いてくるフルーレティに、魔王アレクシスは動揺した。スパダリだの何だのと良く言われるのだけれども、アレクシスは案外、ロマンチストなのである。
 絶句するアレクシスに、フルーレティは次々と畳み掛けるように言った。

「お前……」
「魔王様、そういうとこ奥手そうっすもんねぇ……あんま待たせてたら不安になって愛想尽かされて逃げられちまいますよっ」
「!」
「だって、奴ら人間の男って元々孕めませんもん。まだそういうとこ、人間の感覚残ってるんじゃないすか?早めに教えといた方がいいっすよ」
「!?」
「ちなみに、人間の男同士ってすぐ破局しがちらしいっす。飽きられたり、どっちかが女と婚姻させられちまってそのままとか、女に盗られるとかーー因みに、エドヴァルドサンと仲の良い女とかいます?」
「!」
「居るんだ……あっちゃー」

 本気で顔を顰めたフルーレティに、アレクシスは最早大混乱である。取り乱したように首を振り振り、自分を納得させるかのようにブツクサと言う。

「待て、待て……いやいやいやいや、彼女は侍女であるしイェレに猛アタックして……別段、アレは彼女が世話焼きなだけで何もーー」
「あーらら、それヤーバいっすね。ここの侍女レベルの美人に優しく世話されたらコロっといっちゃいますよ。元々は人間の男っすから」
「!?」

 フルーレティは自らの上司にも容赦はしなかった。そのような事を言われたアレクシスは、この世の終わりとばかりに愕然とした表情を浮かべている。
 そして、そんな様子をニヤニヤと見ていたフルーレティはといえば。突然、良い事を思いついた、とばかりに両手を打つと。ニッコリと明るい笑みを浮かべて言い放った。

「そうだ! そうなる前に俺が一肌脱ぐっすかねぇ。色々やりますけど、本気で怒んないで下さいよ? ぜーんぶ魔王様の為っすから」
「怒るって……お前、一体何をする気だ」
「え、だから魔王様がそいつを孕ませる準備を……」
「は?」
「は、じゃないっすよ。教えとかないと話進まないし、勘違いで破局されてもコトっすから。アンタそういうとこ鈍そうっすもんね」

 眉根を寄せながら困ったように、フルーレティは言った。アレクシスは少しだけ不満そうだ。

「私も傷付かない訳ではないのだからな……」
「だって事実っしょ」
「…………」
「まぁ兎も角、俺がチューくらいはしちゃうかもしれねぇですけど、ぜんっぜん他意はありませんからそこんとこヨロシクっす」
「おい……」
「ヤる前から怒らんで下さいよ。魔王様の為なんですから」
「努力はする……」
「ほんと、コッチの方も仕事と同じくしっかりやっちゃってくださいね、お膳立てはしますんで。孕ませて囲っちゃえばこっちのモンなんすから」
「…………」
「はいそこ落ち込まなーい! んじゃ早速俺これからちゃちゃっとやってくんで、魔王様もなるべく話はしといてくださいねー」
「わか、った……」

 そのような形で会談は終了し、バタンと扉を閉じて執務室から出た所で。
 早速、フルーレティは行動に移った。彼はいわば、諜報活動や工作活動を行うプロである。噂話や情報を得る事に関しては、彼の右に出る者は居ない。というのも、彼に許されたその独自の能力が、それらを可能にしているのであるのだから。
 フルーレティは、城の廊下を歩きながらふと、一瞬目を瞑った。
 そのままほんの二歩分程歩いている間に、彼の姿はあっという間に城の侍女のものへと変化してしまったのだ。
 ピンクがかった茶色の長髪は真っ黒な色へと変化し、侍女服の黒いドレスを着た、背の高いスラッとした女性に。再び目を開いた時には、仕草ですら、歩き方ひとつとっても、男らしいのものから女らしいものへと見る見る内に変わっていったのだ。
 彼ーー彼女はそのまま、侍女らしいキビキビとした態度で城中を歩いて回った。途中、頼まれごとや仕事を任される事もあったが、彼女は侍女として完璧にそれらをこなしていったのである。噂話を集めながら、そして時折誰かの部屋へと侵入しながら。
 完璧なフルーレティの擬態に、誰もが気付けないのだ。一部の、能力の高い魔人を除いて。
 彼がアスタロト公爵の前を通り過ぎた時だった。

「あ? ……お前、フルーレティか?」
「うげっ」

 それはたちまち見破られてしまった。
 すぐさま逃げようとフルーレティは駆け出すが、そこに関しては武力派のアスタロトの方が一枚上手である。すぐに逃げ道を塞がれたかと思うと、フルーレティは空いている部屋に連れ込まれてしまった。
 そして、その部屋の扉が閉まる頃には。
 フルーレティはあっという間に元の姿へと戻っていたのだった。

「なーにするんすか公爵サマぁー……」
「お前こそ、いつ戻ってーーいや、今度は貴様何を企んでおるのだ」
「いやぁ、俺は魔王様の為に一肌脱ごうとしていた訳っす。邪推しないでくださいよぉ」
「何?」
「何って……あの魔王様っすよ、エドヴァルドサンにあれ以上手ぇ出せる訳無いじゃないっすか。飽きられる前に子供でも作って縛っちゃった方が良く無いっすか?」
「お前……」
「いやさぁ、俺って色んな国の色んな事情見てるもんで。王族の愛とか恋とかの悲劇ももちろん、結構見てきてんすよね。それなんで、魔王様と元人間のソレってすれ違いとかあって早々におジャンになりそうで怖くって」
「…………」
「俺も魔王様には上手くいって欲しいっていうか。あの元人間も色々噂聞くに、イイ人っぽいですし? まぁ、俺がセンパイとして一肌抜いでやろーかと、思ってたんすよ。んで、とりま情報収集って感じで。エドヴァルドサンの性癖とか分からねぇかなぁと、聞き回ってたトコっす」

 シレッとそんな事を説明してみせるフルーレティに、アスタロトは渋い顔を崩さない。フルーレティによって色々と迷惑を掛けられてきた過去を思い出しているのか、彼は釘を刺す事は忘れなかった。それらの後始末を引き受けざるを得ないのは、いつだってアスタロトになってしまうのだから。

「戻って早々、ご苦労な事だ。あまり引っ掻き回してくれるなよ。アレはアレで上手くやって居るのだ……」
「そっすねー、だからとっとと孕ませりゃコッチの勝ちって事っす」
「嫌な予感しかせんわ」
「乞うご期待っす。エドヴァルドサン、多分Mっ気あるんでイケイケで押してけば折れそうな気ぃするんすよね」

 そうやって二ヘラッと笑ったフルーレティは。不意打ちの情報に固まるアスタロトの目の前で侍女へと姿を変えると、そそくさと部屋から出て行ってしまったのだった。その逃げ足の早さに唖然とする。
 アスタロトはその場で大きく溜息を吐くと、しばらくの間項垂れていたのだった。
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