勇者は魔王に剣を突き立てた

一ノ清たつみ(元しばいぬ)

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 魔王アレクシスはエドヴァルドを連れ、自室へと転移した。
 聖魔法による傷跡は未だにアレクシスの体を蝕んでいたが、そう深刻なものではない。痛いものは痛いが、舐めておけばその内に治る。
 魔王としてはどうなのか、なんてそんな思考でもって、アレクシスはエドヴァルドを優先した。
 ジクジクと痛む傷を庇いながら、エドヴァルドを浴室へと誘う。あのような穢れた人間たちの血で汚れたその姿を早く綺麗にしてやりたかった。

 今の彼には休息が必要だ。自らを謀殺した男を前に、エドヴァルドは怨みをつのらせ、魔の力を暴走させてしまったのだ。勇者にのみ扱う事を許された聖剣が、まるで魔剣のように魔に侵された。その意味を、あの人間たちは分かっているのかどうか。

 大人しく従うエドヴァルドを気遣いながら、彼を湯槽へと促す。
 出来る事ならば、自分も共に入りたいところだったが。斬られた傷の治りは相変わらず遅かった。
 湯槽の外で椅子に腰掛け、湯を手で掬い取りながらその顔をそっと指で擦る。あんな者たちとのしがらみなど、ここで全部綺麗に洗い流してしまえばいい。そして二度と、この男に触れてくれるな。アレクシスはそう願った。
 湯槽の中で、ほっと息を吐いたエドヴァルドに頬を緩めながら、侍女にも頼らずその身を清めさせた。魔術でそうする事もできたはずだったが、この日ばかりは、手ずからそうしたかったのだ。
 手布で濡れた体を拭い、羽織るだけの服を着せる。服はその場にあったアレクシスのもので、随分とサイズが合っていなかったが、どうせ後は彼を寝せるだけだ。アレクシスは構わず続けた。
 何も言わず、ぼうっとしたままのエドヴァルドを抱き上げ、寝室へと連れて行く。ベッドへそっと寝かせて夜具を掛ける。その傍らに腰掛け額に口付けをおくる。
 まるで彼を魔人として蘇らせた時のよう。ふとそんな事を思い出し、アレクシスはまた頬を緩めた。

「エドヴァルド、今日はもう休むといい。暴走の影響で、しばらく魔力も安定しないだろう。外の事なら平気だ。アスタロトやイェレ達も向かった。ここの住人達には手を出させん。私もこうして無事だ。何も、心配はいらない」

 そう言って再び口付けると、アレクシスはその場から離れようと踵を返す。しかし、離れる事は叶わなかった。
 服を引かれるのを感じたのだ。
 振り返ってエドヴァルドを見ると、彼は起き上がりながら、ぐいとアレクシスの服を引き寄せていた。不安そうに眉尻を下げながら、先程までとはまるで違う表情をしている。

「エドヴァルド?」

 アレクシスが声をかけても、エドヴァルドはその手を離そうとしなかった。
 何か、あるのだろうか。そう思って再びベッドへと腰掛けると。
 エドヴァルドはアレクシスの服に手を掛けた。その服には剣で裂かれた跡が生々しく残っており、今更ながらそれに気付いたアレクシスは少し後悔した。
 優しい彼はきっと、傷のことを気に病んでしまっている。エドヴァルドの所為ではないはずなのに。
 慌てて止めようとしたアレクシスを制し、エドヴァルドはあっという間に上衣を剥いでしまった。鍛え上げられた白い肉体に、いく筋かの裂傷が走っている。塞がり掛けたそこには薄らと血が滲んでいた。本来ならばとっくに治っているだろうに。未だに残留する聖なる者達の魔力が、それを阻んでいた。
 傷にそっと手を当てながら、エドヴァルドは呟くように言った。

「魔力が停滞してる。聖魔力のせいだ……」
「……そうだな。だが、もうじき治る。エドヴァルドが休んでいる間にはちゃんと――」

 その言葉の続きが紡がれる事はなかった。エドヴァルドが突然、その傷に唇を押し当ててきたのだ。そして同時に、回復魔法を行使する。アレクシスの体が、青みがかった穏やかな光に包まれた。
 勇者由来のそれと、魔人のそれとが混じり合った不思議な心地のする魔法は、不思議とアレクシスの聖なる傷口にも効いた。
 目を見開くアレクシスの前で、見る見る内に癒やされていく。まるで、暖かな温もりに包まれるかのようだ。アレクシスは思わず、その場で感嘆のため息を漏らした。
 光が収まる頃には、すっかり傷跡などは消えていた。じくじくとした痛みも、すっかり消えている。

「エドヴァルド……」

 感極まって名前を呼べば、微かにはにかみながら見上げるエドヴァルドの顔が見えた。その表情がやけに年相応に可愛らしく見えて、アレクシスは堪らずその目尻に口付けを落とした。
 こうなれば、魔王たるアレクシスは早いところ他の魔人たちと合流し、がしでかした事の後始末に向かわねばなるまい。後ろ髪を引かれる思いだったが、エドヴァルドには休息が必要だ。自分が処理に向かっている間、ここで休んでいればいい。
 アレクシスはニッコリと微笑むと、その場で立ち上がろうとした。だが、それは出来なかった。
 エドヴァルドに阻まれてしまったのだ。
 座ているアレクシスの上に乗り上げてきたかと思うと、エドヴァルドは体重をかけてアレクシスを押し倒してきたのだ。あっという間に体勢が逆転する。
 目を白黒させながら見上げるアレクシスに、エドヴァルドは困ったような笑みを浮かべて言った。

「休息が必要なのはアレクシスも同じだろ? あんたの方がよっぽど酷い事になってる。さっきだって、皆がいるから心配はないって、言ってたじゃないか。休まないと。アレクシス」
「だが私は……、魔王として――」
「駄目だ」

 そう言うや否や。
 エドヴァルドはアレクシスの唇へと口付けたのだ。驚きに目を見開くアレクシスをジッと見つめながら、ぬるりとエドヴァルドの舌が挿し入れられる。深く深く、奥まで繋がるような気持ちの良い口付けだった。
 両手でアレクシスの顔を包み込みながら、エドヴァルドは口内を犯した。そうしてエドヴァルドが口を離す頃には、アレクシスの息も上がってしまっていた。すっかり情欲の熱が灯り始め、上に乗っているエドヴァルドをそういった視線で見つめてしまう。
 幸運だったのは、それをやってのけたエドヴァルドの目にもまた、同じような熱が灯っていた事だろうか。そんな些細な事にもアレクシスが喜んで呆けていると。またしてもエドヴァルドは動き始めた。

 始めは瞼だった。そこから順にアレクシスの顔や体へと口付けを落とし、下へと降りていく。可愛らしいリップ音をたてながらゆっくりと。
 胸の飾りには少しばかり歯を立てられて、アレクシスは思わず息を詰めた。燻っていた熱はどんどん燃え上がっていく。
 その行動から目を離せなくて、アレクシスはただ、エドヴァルドの様子を見守るだけだった。

 下服がエドヴァルドによってゆっくりと寛げられていく。先程からの刺激ですっかり兆してしまったものは、緩く頭をもたげていた。それをしばし眺めた後で。エドヴァルドは何と、それを口に含んだのだった。

「んっ、エドヴァルドっ!」

 さすがに予想外だった。アレクシスは慌てて上体を起こすと、エドヴァルドの肩に手を置いた。止めさせるつもりだった。これ以上は我慢が効かなくなる。エドヴァルドの体を気遣っての事だった。
 しかし、そんなアレクシスの思惑とは裏腹に。エドヴァルドはもっと深く、奥まで、アレクシスの勃ち上がったものを咥え込んだのだ。ぬるりとした口内にほとんどを収められ、思わず熱く吐息を漏らした。
 想像以上に気持ちが良かったのだ。あの、潔癖そうなエドヴァルドが。自分の性器を咥え込んで放さない。
 時折ずるりと音を立てて吸い込みながら、ぐじゅぐじゅと口の中でアレクシスのものを擦っている。
 いやらしいことこの上ない。あの、勇者だったこの男が。
 今まで経験したどれよりも快かった。アレクシスは時折目を瞑りながら、すっかり快楽に酔いしれてしまった。
 先に根を上げたのはアレクシスの方だった。自分でも制御ができないほど、吐き出したくて仕方なかった。その、エドヴァルドの体内へと。

「っ、頼む、エドヴァルド……もう、出てしまうから」

 放してくれと、アレクシスはそう言った。
 するとエドヴァルドは。その言葉通りに口を離した。唾液と先走りとで濡れ、すっかり育ちきってしまったものがずるりと吐き出される。口の中から出てくる瞬間、先端とエドヴァルドの舌とを透明な糸が伝った。
 途轍もなく淫靡な光景に、アレクシスはゴクリと生唾を呑み込んだ。
 最早、自分を止められそうになかった。
 自分の脚を跨いでいた彼の腰に手をやり、両手でぐいと引き寄せる。そしてそこで、アレクシスは初めて気が付いた。

「ま、さか……」

 いつの間にか、エドヴァルドの指が数本、その尻のあわいに挿し入れられていたのだ。
 アレクシスの性器を口に咥えている間、エドヴァルドは自ら、後ろで受け入れる準備をしていた。
 一体そんな知識をどこで得てきたのか。アレクシスは一瞬、頭が白むほどの興奮を覚えた。
 そんな知識を授けた者に対する嫉妬と、そんなことを自分でやってのけてしまうエドヴァルドのいじらしさ、そして、そこまでさせてしまったアレクシス自身の不甲斐なさ。様々な感情が混ざり合って、アレクシスはもう訳が分からなくなっていた。

 ただ、そんな事をしてまで受け入れようとしてくれているエドヴァルドの努力をここで無碍にする訳にはいかない。
 アレクシスはとうとう、その場でエドヴァルドを押し倒したのだった。

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