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「陛下ぁぁッ!」

 魔王アレクシスはその時、悲鳴のような叫び声を聞いた。
 いつも冷静沈着で、いつだって頼りにしている友人の公爵が。アレがそこまで声を張り上げている。その原因は分かっていた。

「ふふ、ハハハハッ! そうだ! 奴が居なくとも、我等だけで、弱り切った魔王の首なぞ再び落としてくれよう!」

 見慣れた顔だった。いつかの聖魔道士と、聖騎士が、揃って自分に武器を突き付けているのだ。軍を引き連れ、城下の様子を見ようと出発したところで不意を打たれた。
 真っ直ぐに魔王を目掛けて飛び掛かってきた人間達に、アレクシスは聖魔法の攻撃を受けてしまったのだ。
 聖魔法は魔人の力を弱体化させる。よく知られたこの世の常識だった。魔王とは言え、人間達の頂点に立つ者の聖魔法は毒にも等しい。体を巡りだしたそれの気配に膝をついてしまった。
 魔王アレクシスがとんだ大失態である。それを恥じる間も無く、目の前の血走った目をしたその人間は、その両手をアレクシスへと向けていた。祝詞を唱え終えればすぐにでも、その両手からは聖魔法が放たれるだろう。魔王はひとたまりもない。再びからだを失うだろう。
 次に復活するのはきっと、この国が滅ぼされてから。もしかすると復活すらも危ういのかもしれない。せっかくここまで来たと云うのに。アレクシスはいっそ、真の滅びを覚悟した。

 だが、その時の事だった。
 この場で、あってはいけないその名前を、アレクシスは聞いてしまった。

「止めろエドヴァルド!」
「ッ!?」

 その叫び声を耳にして、アレクシスは即座に振り返る。先程と同じ、アスタロトの声だった。
 それを聞いた聖魔道士達も、全く同じ反応を示してみせた。ありえないはずのその名前を聞いた瞬間、彼らはビクリと大袈裟なほど、体を大きく震わせた。あと一歩、魔法が放たれようとするその寸前で。奇妙な沈黙がその場に落ちた。

 彼らの目撃したその場には、右手に見慣れぬ真っ黒い剣を握りしめたエドヴァルドの姿があった。
 だが、その気配は全くの別人のそれだった。真っ黒く、怖気がするようなおぞましい気配を纏って、禍々しい黒い剣を構えるその姿は。まるでこの世を破壊し尽くす存在であるかのような。
 さしものアレクシスも、その姿に恐れを抱いた。勇者だと言われていた頃の輝きなど、微塵もなかった。

「――なはず……そんなはずは、無いのだッ! 奴は死んだ、死んだはずだ――ッ!」

 発狂でもしてしまったかのように、聖魔道士は叫び声を上げた。アレクシスへと向けていたその両手を、エドヴァルドへと向ける。溜めもせずに聖魔法を放つも、それが彼に当たることはなかった。
 エドヴァルドの姿は突然、彼らの視界から消えた。
 そして次の瞬間には、アレクシスの目の前にその姿があった。そこに立ち塞がっていたはずの聖魔道士達はいつの間にか、城をぐるりと囲むその城門へと叩き付けられていたのだった。先の戦の名残により、瓦礫とも間違わんばかりの草臥れた城門。
 生き物が潰れたかのような声を上げ、瓦礫のようにぐしゃりと地面に落ちた人間たちは、震えながらその場でもがいていた。

 アレクシスは、エドヴァルドの後ろ姿を見上げた。立ち登る黒々とした気配に、アレクシスですら声を掛けるのを躊躇う。だが、そうしていられたのは、ほんの僅かな間だった。
 再び姿を消したエドヴァルドは、驚くべき力でもって、次々と人間達を斬っていった。軍の一個中隊程でやってきた彼等を、みな一様に、一撃で、図ったかのように、その首を飛ばしていったのだ。それは余りにも凄惨な光景で、魔人達ですら誰もが絶句した。

 敵の姿も見えず、次々と首を落としていく仲間たち。その恐ろしさの余り逃げ惑う人間達も、逃される事なく、その首を飛ばした。
 そこら中に、人間達の首がゴロゴロ転がるそこは、まるで地獄のような光景だった。

 そんな光景を放って置く訳にはいかなかった。いくら敵だとは言え、その光景をエドヴァルド本人が見て悲しまないはずがない。
 恐怖すらも忘れて、思うように動かない体を動かし魔力を振り絞って、目にも止まらぬ速さで暴走するエドヴァルドへと近寄っていった。

 一瞬の事だった。背後から逃すまいと、アレクシスはその背を捕まえる。暴走している割には簡単にその腕に収まったその背は、アレクシスの中で微かに震えてた。ギュウと更に力を込めると、その震えは更に大きくなる。下に俯いているせいでその顔は確認できない。けれどなぜだか、彼が――エドヴァルドが泣いている気がして、アレクシスは哀しくなる。
 そっとその耳元に顔を近付け、彼はなだめるように言った。

「エドヴァルド。もう、止めよう。お前がこんなことをして、傷付いていないはずがない。自分の為にも、私の為にもな。帰ろう」
「ッ……」
「そして、私といつものようにあの城で眠ろう。私がそれを望んでいる」
「そんな言い方、ズルい……」
「ああそうさ。私は狡いんだ。お前の優しさにつけ込みいつだって、思う通りにしてきた」
「アレクシス、俺、アイツらに――みんな……、俺のせいで――っ、憎くて憎くて、みんな無くなってしまえばって……」
「ああ、分かっている、エドヴァルド。私は、そういう所を含めて優しいと言っている。お前のお陰で何もなく終わる。大丈夫だ。だから帰ろう。お前が何をしようがどうなろうが、私はそれも含めてお前だと思うのだよ。私に、その顔を見せてくれ」

 しゃくり上げるように言った彼を優しく宥めすかしながら。血塗れの勇者エドヴァルドを、魔王アレクシスはその場から連れ出す。空間転移でその場からあっという間に、2人は忽然と姿を消したのだった。


 二人が姿を消したその後の事だった。
 いとも簡単に彼等を制圧して見せた魔人軍は、後始末に追われる事になる。エドヴァルドによって殆どの戦力が殺され尽くしてしまったのだから、人間達にはもはや抵抗する力などなかったのだ。
 そして――

「グッ――貴様らぁ! 離せっ、その薄汚い足を退けろぉ!」
「おやまぁ、下品だこと。このお人らですってねぇ? わたくしのエドヴァルド様を散々虐めてくれたというのは」
「貴女のエドヴァルド様では、無いと思うのだが……」
「あら、細かい事は気にしてはいけませんわよ、イェレ様。私が身を粉にしてお世話しているのですから。私のものに間違いありませんわ、ええ、そうですとも」

 その後始末係の筆頭は、自らそれを申し出たまさかのベルと、それに付き合わされているイェレだった。時折場違いな会話を繰り広げながら、ベルは魔力で拘束した2人の人間の頭を、両方の足で踏みつけにしている。
 ギャンギャン騒ぐ聖魔道士も、諦めたような顔で力を抜く聖騎士も歯牙にもかけず、ベルはいつもの調子だ。

「ふふふ、イェレ様? こういう高慢チキな自信過剰野郎と言うのは、その力を過信している節があるとは思いませんこと? ――その、力を二度と使えなくしてやれば、このお人らにとっては、死ぬよりも辛い余生を過ごす事になると思うのですよ」
「ああ、成る程。それは良い考えだ」
「ええ、そうですとも。……ゾクゾクしますわぁ」
「なっ、貴様ら、一体何を――」
「何をって……そんなもの、決まっているではありませんか」

 そして次の瞬間。
 その場には、まるで地獄に在るかのような絶叫が響き渡った。

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