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「魔王様、失礼致します。エドヴァルド様をお連れ致しました」

 エドヴァルドがハッとした時には、ベルは既に扉をノックしている所だった。まだ心の準備が、だなんて、彼がそんなふざけた事を考えていると、中から入るように指示が出る。
 ベルはすかさず、扉を静かに開けて入って行ってしまった。ぐずぐずしている彼を、ベルは引っ張って行ってしまって、気付けば魔王アレクシスの目の前へと連れ出されてしまう。
 椅子に腰掛けた彼の、真紅色の眼に見つめられ、エドヴァルドは自身の心臓が大きく跳ねるのを自覚した。

「どうぞ、ごゆるりと」

 そう言うと、侍女のベルは扉の外へと出て行ってしまって、エドヴァルドはそちらの方を名残惜しそうについつい見やってしまう。
 魔王と会えるのは正直なところ嬉しいのだが、落ち着かない気分はどうしてたって慣れそうになかった。子供の頃のように、剣(木刀)を振り回している方がよっぽど性に合っている。エドヴァルドは心細さを誤魔化すように何とか辛抱し、今度こそ真っ直ぐに魔王と向き合ったのだった。

「随分、仲が良くなったのだな」

 部屋の中央にあるダイニングに腰掛けながら、男はどこかからかうような調子でエドヴァルドに声を掛けた。
 普段以上に機嫌が良いのか、ふ、とその口許には笑みを浮かべている。脚を組み、両手も膝の上で組み合わせているようで、それが妙に似合っていて。エドヴァルドはしばし見惚れてしまう。
 同じ男からみても、彼のそんなリラックスした様子は独特の色気がある。アレクシスのそんな様を目にすると、何かイケナイモノを目撃してしまったような気分になって。エドヴァルドが益々落ち着かない気分になる、というのはここだけの話である。

 だがそんなアレクシスの仕草が、実はエドヴァルドを前にした時限定のものであって。いっそ己の美を意識した上でワザとやっているだなんて、エドヴァルドは知る由もないのである。そうやって、彼はまんまとアレクシスの術中にハマっていく。

「まぁ、色々と、面倒を見てもらっているから。とても、助かってる」
「そうか。――なら私とも、あれくらいして欲しいんだが」

 初っ端から突然突き付けられた要求に、エドヴァルドは思わず目を見張った。そのような事を面と向かって言われるのは初めての事だったのだ。普段のアレクシスはとても紳士的で、エドヴァルドを気遣い、何かを要求してくる事は少なかった。
 だからこそ予想外だったのだ。今でも十分仲良くしているのだが、と。そのの意味に、別の思惑が含まれているだなんて、エドヴァルドは思い付きもしない。
 そんな彼の驚いた様子に、アレクシスは益々笑みを深めるばかり。そして、その場は益々アレクシスのペースに支配されていくのである。

「ほら、エドヴァルド。そんな所に突っ立っていないで、こちらへ来るといい」

 そう言うが早いか、アレクシスはエドヴァルドが何かを言う前に素早くと歩み寄ると。その肩を優しく抱き、アレクシスの目の前の席へとエスコートをした。エドヴァルドが椅子に腰掛ける際には、その椅子を引き、座ると同時に慣れたように椅子を押す。そして、アレクシスが彼から離れていく間際。アレクシスはエドヴァルドの額にひとつ、口付けをおくるのである。
 ここまでの一連の流れ、断る隙もない完璧なタイミングで、エドヴァルドは言われるがままされるがままだ。そんな一連の動作が、恋人だのにするようなものであると、エドヴァルドが意識する間も無く。まるでそれが普通の事であるかのように錯覚させられていくのである。

「――それで、今日は何をしようか」

 次にエドヴァルドが意識を取り戻したのは、食事も中盤に差し掛かった頃だった。どこか夢心地で、何をしていたのか、何を話していたのかも全く覚えていないエドヴァルドだったが、きちんと皿から料理が消えているのを見るに、きちんと対応もできていたらしかった。
 記憶はない。けれどもどこか満足感があって、一体自分が何をこんなに浮ついているのかも分からずにエドヴァルドは益々混乱していく。

「エドヴァルド?」
「ああ、うん、悪い……何がいいのか、考えていた」

 咄嗟に適当な事を言って、考えているフリをする。こんな所でぼんやりとしていたなんて、彼にそう思われたくなかったのだ。エドヴァルドは自分ですらよく分からない気分でもって、アレクシスとのいつもの他愛もない会話を楽しむ。

「今回は随分と間が開いてしまったからな、少し長めに時間をとりたいのだが。どうだ?」
「俺は、全く構わない。……その、アレクシスは、大丈夫なのか? 執務が大変だと聞いた。俺なんかに時間を使わなくても、いい」
「そういう所は全く変わらないな。私は自分が取りたくて時間を取っているんだ。エドヴァルドは気にしなくても好いんだぞ。――それとも、私と一緒は、嫌か?」
「いや、そんな事は、絶対にない……俺も、楽しいから」
「それは良かった。では、一緒に近くの湖まで、乗馬でもいかがだろうか――」

 そんないつもの穏やかな会話で、両者共にぎこちないような噛み合わないような二人は、僅かに少しずつ、距離を近付けていくのだ。

 そしてまた。

「うううん、何故そこで気付かぬのですかっ、あのニブチンッ! ああああ、焦ったいですわぁぁ! 何で毎回、あんなやり取りをしながら気付かないのかしら」
「ベル様……」
「あら、聞かれてしまいましたわ。――でも、貴女も思いませんこと? 魔王様があそこまで露骨にアピールされていらっしゃるのになぜっ、一向にっ、関係が進まないのか! 魔王様も、せっかく私めが朗報を持って行って差し上げたのだから、無理矢理奪ってしまうくらい強引にいけばいいんですのにぃー!」
「……肉食」
「煩いですわ。全く、殿方ってばもう、だらしがない」
「ベル様だって、イェレ様を誘おうとして誘えずに廊下をウロウロされていた癖に――」
「だまらっしゃい!」

 魔王と勇者、そんな、過去には決して相入れることのなかった二人の関係を後押しするのが、この優秀な侍女だというのは紛れも無い事実なのである。

「魔王様」
「ん? 何だ、また耳寄りな報告か」
「ええ。――実はエドヴァルド様、どうやら甘味がお好きなようで。城下でもこっそり寄る事があったそうでございますよ。お仲間に揶揄われてからというもの、どうしても一人では行きずらくなってしまったそうで」
「成る程、それは興味深い。――イェレの次の休みは明後日だ。無理矢理取らせるつもりだ」
「あら魔王様、そんな美味しそうな情報を……まっことにありがとうございます」

 そんな二人の協力関係はこの先もきっと、その時までは途切れる事なく続く事だろう。

「エドヴァルド様、先程魔王様、執務室で居眠りなさっていましたよ。疲れているご様子です。行って、癒やして差し上げたらどうです?」
「な、何で俺が……どっちかというとベルのような女性がいった方が喜――」
「エドヴァルド様っ、魔王様は女よりも貴方様に触られる方がヨくなれるんですのよ。それは自覚なさいまし」
「…………」

 そして、例えその居心地の良さにエドヴァルドが何処かで罪悪感を覚えようとも、彼は確かに失いたく無いとそう思ったのだった。
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