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影なる者達

103.魔導剣士

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「――だから違うと言っている……!」
「じゃあ何故戦わない⁉ お前たち、奴らを見逃す気だったろう!」
「だからそれは……そういう約束で魔王を――」
「約束だのと言っている時点で、お前たちが魔王一派ではないという証明にはならない」

 そう言って剣を振りかざし、4人の人間たちがジョシュアとミライア目掛けて襲ってくる。敵ではない、とジョシュアが説得を試みようとはするものの、彼らはまるで取り付く島もなかった。
 もしもここに一人でも、ジョシュアらを庇う人間が居れば違ったのかもしれないが、生憎とこの場に人間はいなかった。ジョシュアが“困ったちゃん”たちと対峙するタイミングとしては最悪もいいところだった。

 何とかしたい、そういう一心で声を張り上げていたジョシュアへ、ミライアが気だるげに告げた。

「下僕、無駄だ。聞いているだけで鬱陶しいから止めろ」
「っ、けど……」
「勢い余って手にかけてしまったらそれこそ問題だろうが」
「……」

 脅しにも似た彼女の忠告に、ジョシュアはすぐに口を噤んだ。

 “困ったちゃん”たちのお守りを任されていたのはニコラスだろう、なんて、助けを求めて彼の姿を探せば、向こうの方で魔族らと戦っている姿を目にすることができた。どうやら足止めをされているらしい。
 付かず離れず、長い期間を彼らと共に過ごしたニコラスも、その突飛な行動には付いて行けなかったのだろう。そう思うと、期間中の彼の苦労が偲ばれるようだった。

 ニコラスはすぐ近くでは、ヴェロニカやセナも戦っていた。三人まとめて、ヴィネア率いる例の魔族の集団に襲われていた。しかもそれなりに苦戦している。
 一般的な種族の魔族ならばまだしも、戦闘種である吸血鬼が相手側にもいるのだ。しかも二人。イライアスやミライア程の手練れではなさそうだったが、ただでさえ数で押されているのだ。いくらトップランカーである彼らとて苦戦を強いられるに決まっている。
 そんな状態では、到底ジョシュアの助太刀になんか入れそうにもないだろう。

 もしもこの場にニコラスやジョシュアたちに助太刀ができる者がいるとすれば、イライアスとアンセルムだろうけれども。それも望めそうになかった。
 二人は未だ広場の中央で昏倒していた。余程強く頭でも打ったのか、何か術でもかけられたのか。こんな中でも起き上がる気配を見せなかった。

 本当に大丈夫だろうか、なんて流石のジョシュアも焦燥や不安に襲われる。
 けれど、こんな状況では駆け寄ることさえできない。ただ、二人共ボロボロではあるが血の臭いこそ薄い。彼らが無事である可能性は十分に高かった。乱れに乱れたこの場ではきっと、黒助も殺しきる余裕などなかったに違いない。そうジョシュアは信じるしかない。
 ジッと見つめそうになる視線を無理やり引き剥がして、目の前の厄介ごとに集中した。

 二人をあんな風に痛めつけてくれやがった黒助(とヴィネア)はというと、召喚した部下を下がらせる事もせずにその場で静観を決め込んでいる。
 突然の乱入者たちが、ミライア(とジョシュア)を打倒してくれるのを狙っているのか、それともこの二人もまたあの異国の人間たちを警戒しているのか。どちらにせよ、この人間たちをどうにかしなければ状況は変わらないのは目に見えて明らかだった。

 そろそろ本気で、目の前の人間たちをどうにかしないとならない。ミライアの言う通り、説得はあきらめて本気でぶつかっていくしかないように思われた。
 ジョシュアは目の前の人間たちを観察する。

 4人の人間たちは、噂通り変わっていた。
 魔導剣士と双剣のイーグルアイ、そして性質の違うらしい魔術師の男女が二人。この国の人間よりも全体的に小柄、黒っぽいをしていた。ジョシュアから見ても異国情緒溢れる風貌で、しかし彼らの操る言葉からは異国訛りなんてほとんど感じられない。そして、常に自分たちが正しいと信じて疑わない、正義感に溢れた熱血漢。
 ジョシュアは彼らからそのような印象を受けていた。
 4人全員が険しい表情をして、ジョシュアとミライアをじわじわ追い詰めようとしているらしかった。

 そういうジョシュアの様子を見たミライアが、ふと二人だけに聞こえる声で言った。

『以前にも言ったが、こういう自信過剰なやからやるには、圧倒的な力で叩き潰してやるしかない。徹底的にだ。……だがこ奴らは4人もいる。私一人では流石に無理がある。こ奴らの連携は伊達ではないし、おまけに私ですら見たこともないような技を使う』

 その言葉に、ジョシュアは思わず目を見開いた。ミライア一人では手に負えない、という所もそうであるし、“見たこともない技を使う”という所も意外だったからだ。

『見たこともない技……異国の人間だからか?』
『いや……異国の人間だからと言って、魔術やら剣技やらにそう違いはないはずだ。そういうのとは、違うようなものだ』
『違う……?』
『文化が違えば魔術に対するイメージも異なる。これは恐らくだが……“この世界”には奴らの文化に該当するものはない』
「は?」

 その瞬間、ジョシュアは声をのを忘れた。一瞬動きが止まり、ポカンとしたような表情でミライアの方を見てしまった。すぐに我に返って事なきを得たが、敵前でするような反応ではない。
 馬鹿者、と軽く叱られてから、ジョシュアはようやく言葉を返す。

『ミライア……それはどういう意味だ?』
『そのままの意味だ』
『そのままって……』
『つまり“この世界”ではないどこかから来たのではないか、という事だな』

 再びジョシュアは驚愕する。
 今度こそ失態を犯す事はなかったが、信じられないものを見るような目で、目の前に立ち塞がっている異邦人達を見た。

『そんな事があり得るのか?』
『……お前、悪魔という存在がどこから来るのか考えた事はあるか?』
『悪魔?』

 聞かれてジョシュアは、いつだったかミライアがそう呼ばれた時の事を思い出していた。
 あの“悪魔”、と。ヴィネアによってそう罵倒されていた。悪魔――人間を誑かして地獄へと導く、真に邪悪なる者達。ハンターギルドとは別に、聖教会が存在する理由でもあった。

『我らからすれば悪魔は魔族とは違うだろう? 我らは人間から別たれた種族だ。元人間、というのも多い。だが、夢魔や堕天、精霊に地獄……あれらは聖教会が管理しているものの一つだ。今の教会では魔族も悪魔も一緒くたにされているがな。実際、魔族は悪魔の使うとされる能力を備えている』
『……』
『悪魔は地獄に存在し、この世に呼び出される事で顕現する。ならば悪魔以外の存在もまた、呼び出されればこの世に現れるのではないか?』

 そんなミライアの話を聞いても、ジョシュアは何も言うことができなかった。黙って聞き、目の前で暴れている異質な存在をただジッと見つめた。

『魔王は生きていた。なら、それを打倒するはずだった人間の勇者はどこに居る?』
『……』
『そう考えれば辻褄は合う。ま、この際どちらでも構わんが。注意は必要だろうよ。我らの知らぬ術を使うと思えば、不意打ちのその怖さも分かるだろう』

 そう忠告されて改めて彼らを観察する。
 剣やナイフの持ち方や構え方、攻撃への転じ方、魔術の組み立て方。何もかも、似ているようでどこか違っていた。ずっと感じていた違和感の正体を、ジョシュアはようやく理解することができた気がした。

『分かった。ずっと妙な感じはしていたから合点がいった』
『ふむ。では、見たことのないような術を使われる前に始末をつけるぞ。このわからず屋共を――』

 そうミライアが言いかけた時だった。
 突然、二人の目の前に立っていたナイフ男の姿が掻き消えた。ジョシュアには気配こそ感じられたが、その姿を見失ってしまったのだ。油断という程でもない。警戒はしていたにもかかわらず、ジョシュアの吸血鬼の目ですら追う事ができなかった。

 驚く間もなく、視界から消えた気配は次の瞬間、ジョシュアたちの背後に現れた。距離を取るように飛び退くが、その時にジョシュアは気が付いてしまった。血の臭いがするのだ。あの一瞬でジョシュアが切り付けられた感覚はなかったし、自分の血の臭いでもない。だとすれば、今の一瞬で怪我を負ったのは――。

「……は?」

 思わず声が低くなるほど信じられないような気分だった。
 あの一撃で、手傷を負ったのはミライアの方だった。見れば彼女は、酷く煩わしそうな表情をしながら傷口――斬りつけられたらしい右の二の腕を逆の手で押さえていた。
 きっとミライアならばすぐに塞がってしまうような傷だろうけれども。
 これまでにを負った姿を見たことのないジョシュアは、内心では酷く動揺してしまっていた。悟られまいと表面上では平静を装うが、悟られていない自信まではなかった。

『チッ……やはり何やら隠し持っていたな。……下僕、お前も十分気を付けろよ』
『っ!』
『思っていたより構ってやれそうにない。先に前衛を潰すぞ。魔術師共は放っておけ。ただし、魔術師連中からは距離を取りつつ、前衛を至近距離で潰せ。味方を巻き込まないと分かれば何を打ってくるかわからんからな』
『っあ、ああ……』
『おい、しっかりしろ馬鹿者。私はこの身体に傷を付けやがったこのトリ畜生を本気でぶっ潰す。さん程度にしてやる』

 ジョシュアの弱気を感じ取ったのか、ミライアがいつも以上に過激な表現でジョシュアを焚き付けようとしている。もちろん、彼女のプライドを傷つけたという超個人的な恨みもありそうではあるが。まったく動揺する素振りすら見せないその姿は、いつものミライアだった。

『……そうか』
『お前は魔導剣のイノシシ野郎を潰せ。徹底的にだ。二度と反抗できんほど、地面に頭を擦りつけ土下座させてやれ』

 そういういつものミライアの言葉に呆れ半分。そのおかげもあってすっかり気分の落ち着いたジョシュアは、改めて目の間に立ったその男を真っ直ぐに見据えた。異国――あるいは“異世界”から来たと思しき黒髪の魔導剣士。エレナと同じ、魔術すら剣に纏わせる魔導剣の使い手だ。曰く、彼女エレナをも超えるような手練れだと。

 そういう噂を思い出し、叩き潰せと言ったミライアの言葉にジョシュアは珍しくやる気になるのだった。
 本当に本当に最後の戦い。
 ある意味ではエレナの強さを証明する戦い。
 そう考えると、ジョシュアはますます負けられないと思うのだった。



◇ ◇ ◇



 肌にひりつくような熱を覚えながら、ジョシュアは紙一重で男の斬撃を躱していた。
 魔導剣というその特殊な剣の力を存分に発揮させながら、男はジョシュアを倒さんと好き勝手に暴れている。

「な、んで当たらない‼ お前といい先程の女といい、ただの魔族じゃないな? 一体何者だ!?」

 時折そんな戯言を吐きながら、男は相変わらず昂ったような勢いでジョシュアに向かってきていた。
 幸いにも、先程のナイフ男ほど速度は出せないらしい魔導剣による攻撃は、多少ピリピリするとかひんやりするとか、そういう副次効果をジョシュアへともたらしながら多彩な技を見せつけてくれていた。

(何者って……もう今更だな。相手が吸血鬼だって知らなかったのか……?)

「おい、答えろ!」

 いっそ内心でツッコミを入れながら、ジョシュアはひたすら攻撃力の高い男の技を避けていく。
 魔族や怪物モンスターを多数倒し続けてきハンター“もどき”というだけあって、威力だけは通常の剣撃とは比べ物にならない程高いようだった。一太刀でも受けてしまえば、腕の一本や二本、吹き飛びそうな威力にはなる。だがジョシュアは吸血鬼である。普通の人間の攻撃を避けるのは比較的に容易い。もちろん油断だけはならないだろうが。

 男と対峙する中で、ジョシュアは攻撃を避けることに全神経を注いでいた。その内にきっと魔力切れを起こすはず。体力も純粋な力も、吸血鬼は人間たちの数段上をゆく。下手にちょっかいを出すよりも、体力や魔力が切れるのを待った方が確実で安全なのだ。そして、そこを楽に叩き潰せばいい。それが、いつものジョシュアの戦いにおける考え方だった。

 しかし、男の攻撃を受け流しながらジョシュアは、この時奇妙な感覚を覚えていた。
 これまでに魔導剣など握ったことすらないはずなのに。どうしてだか、この男の魔導剣に苛立ちを覚えるのだ。

 この攻撃は今のタイミングではないとか、ここではむしろこちらの斬撃であるべきだとか、構え方がそもそも為っていないだとか。
 魔導剣の扱い方が手に取るように分かった。
 まるで自分の中に、魔導剣を扱う別の人間でもいるような。そんな感覚がジョシュアの中にはあった。
 だから今どうしても、ジョシュアは魔導剣を手にしたくて仕方がなかった。目の前でだけの剣技を見せつけてくれるこの男に、ホンモノを教えてやりたくて仕方がなかった。
 まるで熟練の如き思考でもって、ジョシュアは心からそう思っていたのだ。

 この手に魔導剣をと。

 そう思った次の瞬間だった。
 己の手の中に魔力が集まったかと思うと、突然、ジョシュアの手の中に剣が現れたのだ。
 どこかしっくりと手に馴染むような気がする、見慣れた剣が。

「は?」
「え?」

 思いもしない出来事に、男とジョシュアから呆けたような声が出た。少し遠くの方から、俺の剣は⁉ なんていう叫び声が聞こえてくる。

 だがそんな中にあっても、ジョシュアの身体は当然のように即座に動いた。
 自分ではろくに扱えなかったはずの剣――エレナの魔導剣をその手に、勢い良く目の前にいる男を目掛けて突きを繰り出した。
 手の内から剣に伝わる魔力の気配を感じ取れる。

 ――ジョッシュお兄ちゃん。私の全部、持っていって。あいつらをさ、私の代わりにやっつけてよ。大丈夫、いつも一緒だから――

 そう彼女エレナの言葉を、ジョシュアは何故だか、今、ここで思い出したのだった。
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