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影なる者達
90.特別扱い
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これでもかというほどジロジロと見られながら、ジョシュアはヴェロニカと共に敵陣へと足を踏み入れていた。
街の外れに位置する寂れた屋敷だった。彼らの滞在する真っ当な宿屋ではなく、そこよりも下界にほど近い、打ち捨てられたままになっている大きな家。その家を囲むように大きな結界が張られていた。
外の者と空間自体を隔絶する類いの魔術だった。それが一介の無所属の魔術師によって形作られたものだと思うと、魔術にはさほど明るくないジョシュアですら背筋が薄らと寒くなるような気がした。
「……巷の魔術師の割にやりますわね。……どこの国のものかしら。見たこともない言語だわ、近隣の国ではないですわね……」
怪訝な表情を隠さない目付きの悪い男に案内される間、ジョシュアの少し前を歩くヴェロニカからはそんな声が聞かれた。
「お前ら、本当にハンターなんだろうな?」
ふと、ヴェロニカやフード男の様子を盗み見ていた案内の男が、警戒したように言った。少しばかりくすんだ色の金髪に、黄色味がかったような同色の目。髪色は兎も角、その目が見た事もない色合いの男だった。イーグルアイ。その鋭い目付きからも、どことなく猛禽類の目を思わせた。
「あら、先ほど見せたはずですわよ、コレ」
言いながらヴェロニカは首元にかかっているドッグタグを取り出すと、その場で摘んで振ってみせた。
ハンターギルド公認のハンターである証だ。特殊な魔術が刻印として編み込まれており、ギルド以外での複製は不可能とされている。それを知ってか知らずか、男は疑いの目を止めようとしなかった。
「ふん……だったらなぜ、魔族狩りで有名な魔術師サマが魔族なんかを迎えに来る? それに、隣に居る奴も魔族じゃないのか? 魔族やらの活動が活発になるようなこんな時間に迎えに来て? ……明らかに不自然だろうが」
後ろを歩く二人を振り返りながら男が聞いた。名も知らぬハンター紛いは、ジョシュアよりもよっぽど疑り深くてよく見えているらしかった。
見えていないはずなのに顔を見られているような気がして、ジョシュアは深くフードを被り直した。
「まぁ、それはごもっともですわ。色々と混み入っておりますのよね……わたくしだって未だに全てを呑み込みきれている訳ではおりませんわ。ただ、現実って時々残酷なのよ」
ヴェロニカが静かに言ったっきり、二人の会話はそこで途切れた。三人は無言のまま、家の地下へと向かった。
「……ここだ。おい、肝に銘じておけよ。少しでも妙な真似したら、敵とみなすからな」
監禁場所というその扉の前で、男は威嚇するように目を細めながら言った。微かに漂い始めた魔力の気配に、ジョシュアは反射的に身を固くする。
だが。ヴェロニカは少しも動揺する事なく、驚くような仕草をしながら言った。
「あら、わたくし達ハンターギルドを敵とみなして、それで――? ギルド公認でこの街で動いているわたくし達とどう事を構えるおつもり?」
「……ギルド公認――?」
「ええ、そうですわ。わたくし達【S】級ハンターが勝手な思惑で行動しているとお思いで? 貴方がた、この国の事を少しは知った方がよろしくてよ。特に、わたくしと事を構えるというのなら……一国を滅ぼすような覚悟で来なければね」
わざとだろう、ヴェロニカは煽るように目を細めて笑うと、突然膨大な魔力を見せ付けるようにして撒き散らし出した。ずっと不躾な視線を寄越されていたのが気に入らなかったのかもしれない。
彼女は時々こうやって相手を脅かす癖がある。その可憐な見た目や元貴族だという生い立ちもあって随分と苦労してきたようだから、ジョシュア達と出会った頃には既にこういう事をしていた。
そういう彼女の威嚇方法を見慣れているジョシュアは今更何とも思わないが。相手の方はそうもいかないだろう。可哀想に、とんだ藪をつついてしまったようだ。猫だと思ってナメてかかっていたら突然ドラゴンに変身した。そういう心境に近いはずだ。自業自得ではあるが、ジョシュアは時々相手を可哀想に思うのである。
彼女のイタズラにすっかり尻込みしたのか、男は顔を引き攣らせながら一歩後退ると、舌打ちをしてから大人しく扉の中へと声をかけた。
「……俺だ。連れて来たぞ」
彼がそう言い終わるが早いか、扉は勢い良く開いた。
「来たか! 君らの仲間だという魔族はそこに……」
「どうも」
ヴェロニカと共に、招かれるがまま部屋へと足を踏み入れた。地下の小さな物置部屋、その奥の方に彼はいた。魔術のかかった鎖で縛られ、床にあぐらをかいて座っている。どうしてだか期待に満ちたような目をして、彼はジョシュアの方を真っ直ぐに見ていた。
「それで、君らの事情とやらを是非とも我々にも聞かせていただきたいのだが――」
ヴェロニカと、それを元気に出迎えた黒髪の男が話す声も耳に入らず、ジョシュアは真っ直ぐに彼のもとへと向かった。
何はともあれ無事で良かった。その顔を見てホッと肩の力が抜けたような気がして。誰かがジョシュアを呼び止めようとしているのすら目に入らず、真っ先に声をかけた。
「ジ――」
「赤毛、無事だったか」
「うん、なんもなかったよ。……もしかして、俺の為に来てくれた?」
「当たり前だ。お前が……」
「んふふふ……俺が、なに?」
イライアスと視線を合わせるようにしゃがみ込みながら聞けば、彼は相変わらず何かを含んだような笑みを浮かべてそんな事を聞く。その様子は本当にいつも通りで。久しぶりにちゃんと顔を合わせたせいもあって、ジョシュアは迷いもせずにすんなりと口に出して言った。
「お前に何かあったのかと思って、心配した。顔を見れてホッとした」
こんな所で今更言い渋っていても仕方ない。口に出さない方が後悔すると知ってしまったから。
「お前に限ってそう易々とやられる訳がないのも分かってるんだが……だから余計に、こういう事があると肝が冷える。お前の手に負えない状況に陥ったかと……」
「うん」
「怪我は――と言ってももう治ってるか」
「本当に何もされてないよ。俺は平和主義だからさ。戦いも何もなかった。すぐに手が出る姐さんとは違うの」
そういったイライアスの言葉に二人して笑い合うと、ジョシュアはようやくそこで周囲に目をやった。扉の付近では穏やかに話し合いをしているヴェロニカの姿が見える。
彼らのリーダーと思しき男とにこやかに会話をしている。時折見せる彼女の笑みから、何かを企んでいるのが嫌でも感じ取れた。
「赤毛、何でまたこんな事になったんだ?」
部屋中を観察しながら、先ほどよりはも静かな声でジョシュアは聞いた。
「姐さん言ってたみたいに、俺も一瞬で見破られてね。そこの金髪で目付き悪い人、アイツの目ぇヤバいの。魔族だろうって一目見られただけで言われた。種族は分かんないみたいだけどさ。別に普通に、家の陰でコソコソしてただけなのに」
「……家の陰でコソコソが普通かは微妙な所だが」
「ふふ。それにさ、なんか全員手練れっぽそうじゃん? 街中で下手にぶつかったらこれまでの俺の苦労が水の泡だし……まあリスクもあったけど大人しく連行されといた」
「そうか……それなら良かっ――」
そう話をしていた所で。ふと、ジョシュアの目に一人の男の姿が目に入った。体格も良く、背中に大剣を背負った男。彼は何かとても言いたそうな顔をしながら、ジョシュアとイライアスのすぐ側に立っていた。その顔にはジョシュアも見覚えがある。気付いてすぐ、ジョシュアはその場でハッと目を見開いた。
「ようやく気が付いたか。……無視されたのかと思った……お前、その声、そうなんだろ? 俺だ、ニコラスだ」
「……ニコラス」
こんな巨大な男、真っ先に目に入ってもおかしくなかったのだが。ジョシュアにはイライアスの事しか目に見えていなかった。
久々に目にするその男はジョシュアの知る姿とほとんど何も変わっておらず、相変わらず表情の読みにくい顔には微かな笑みが浮かんでいた。
「この男からお前の話は聞いた。死んだとばかり……本当に、生きてるんだな……」
しみじみとそう言ったニコラスは、ジョシュア達のようにその場でしゃがみ込んだかと思うと。その手をジョシュアの頭に置いて、ぐしゃぐしゃとフードの上から髪をかき回した。思わぬ歓迎にジョシュアは悲鳴をあげた。
「……ッニコラス!」
出会った当初は、よくこうやって頭を撫で回されていたものだったが。まるで子供のような扱いに堪らず、ジョシュアは頬を赤らめた。
「何はともあれ、元気でやってるならいい」
一頻り儀式を行って満足したのか。ニコラスは手を離すとその場で立ち上がり、ボソリと呟くように言った。
「何があったのかは俺も知りたい。後ででいいから話してくれ」
そうジョシュアに伝えると、ニコラスはそっとその場を離れてしまった。大雑把な性格で普段から言葉少なく、自分の世界を持っているようで時折天然な所がある。顔の厳つさから子供には嫌われがちだが、面倒見はそれほど悪くなくて動物からは好かれる。
ジョシュアもよく知るその男はやはり何も変わっていなくて。フードの中で乱れた髪を軽く直しながら、ジョシュアは部屋の隅の方へと移動した男をしばらくの間眺めていた。
その横で、イライアスが男に向けて鋭い視線を向けていた事にも気付かず。ジョシュアはポツリと言葉を溢した。
「十年以上も前だが、皆覚えてるもんなんだな……」
「……ん?」
「何でもない。……イライアス、その鎖は自力で解けるか?」
頭を切り替えるようにイライアスに向かってそう問いかけると、ジョシュアはその鎖へと手を触れた。
「あー、頑張ればいけそうだけど疲れそうだからなぁ……。解いて貰うまでこのままでいいかなって」
「そうか。なら、ヴェロニカ次第ではすぐに――」
解放されるぞ、と言い掛けた所で。突然ジョシュアの感覚に何かが引っ掛かった。
誰かがすぐ近くで何かをしようとしている。魔術の類いだ。その場で感覚を研ぎ澄ませるのと同時、ジョシュアは警戒するように立ち上がった。
「ヴェロニカ!」
「分かっていますわ!」
彼女の名を呼べば、途端にその場に緊張が走る。
ナイフの柄に手をやりながら構えた。ジョシュア達だけではなくもどきの彼らもそれには気が付いたようで、あちらこちらで構えながらいつでも動ける体勢を整えていた。
イライアスもその異常を察して、鎖を無理矢理破ろうと腕に魔力を込めている。
感じる違和感には、人間の扱うような魔術とは違う、肌にひりつくような感覚があった。どこか覚えのある魔力に自然、ジョシュアの体には力が入った。
「結界があるせいでどこから……ッ下――ッ‼︎」
ヴェロニカの叫び声とほとんど同時だった。
突然ジョシュアの足元が抜けた。
正確には、ジョシュアだけが床をすり抜けたのだ。
微かに足首を掴まれている感覚があった。
全員が驚きに目を見開く中で、手を上に伸ばしたジョシュアの体だけが床の中に吸い込まれていく。
「ジョ――‼︎」
そう叫ぶ誰かの声を最後に。ジョシュアの身体は完全に暗闇の中へと呑み込まれてしまった。
街の外れに位置する寂れた屋敷だった。彼らの滞在する真っ当な宿屋ではなく、そこよりも下界にほど近い、打ち捨てられたままになっている大きな家。その家を囲むように大きな結界が張られていた。
外の者と空間自体を隔絶する類いの魔術だった。それが一介の無所属の魔術師によって形作られたものだと思うと、魔術にはさほど明るくないジョシュアですら背筋が薄らと寒くなるような気がした。
「……巷の魔術師の割にやりますわね。……どこの国のものかしら。見たこともない言語だわ、近隣の国ではないですわね……」
怪訝な表情を隠さない目付きの悪い男に案内される間、ジョシュアの少し前を歩くヴェロニカからはそんな声が聞かれた。
「お前ら、本当にハンターなんだろうな?」
ふと、ヴェロニカやフード男の様子を盗み見ていた案内の男が、警戒したように言った。少しばかりくすんだ色の金髪に、黄色味がかったような同色の目。髪色は兎も角、その目が見た事もない色合いの男だった。イーグルアイ。その鋭い目付きからも、どことなく猛禽類の目を思わせた。
「あら、先ほど見せたはずですわよ、コレ」
言いながらヴェロニカは首元にかかっているドッグタグを取り出すと、その場で摘んで振ってみせた。
ハンターギルド公認のハンターである証だ。特殊な魔術が刻印として編み込まれており、ギルド以外での複製は不可能とされている。それを知ってか知らずか、男は疑いの目を止めようとしなかった。
「ふん……だったらなぜ、魔族狩りで有名な魔術師サマが魔族なんかを迎えに来る? それに、隣に居る奴も魔族じゃないのか? 魔族やらの活動が活発になるようなこんな時間に迎えに来て? ……明らかに不自然だろうが」
後ろを歩く二人を振り返りながら男が聞いた。名も知らぬハンター紛いは、ジョシュアよりもよっぽど疑り深くてよく見えているらしかった。
見えていないはずなのに顔を見られているような気がして、ジョシュアは深くフードを被り直した。
「まぁ、それはごもっともですわ。色々と混み入っておりますのよね……わたくしだって未だに全てを呑み込みきれている訳ではおりませんわ。ただ、現実って時々残酷なのよ」
ヴェロニカが静かに言ったっきり、二人の会話はそこで途切れた。三人は無言のまま、家の地下へと向かった。
「……ここだ。おい、肝に銘じておけよ。少しでも妙な真似したら、敵とみなすからな」
監禁場所というその扉の前で、男は威嚇するように目を細めながら言った。微かに漂い始めた魔力の気配に、ジョシュアは反射的に身を固くする。
だが。ヴェロニカは少しも動揺する事なく、驚くような仕草をしながら言った。
「あら、わたくし達ハンターギルドを敵とみなして、それで――? ギルド公認でこの街で動いているわたくし達とどう事を構えるおつもり?」
「……ギルド公認――?」
「ええ、そうですわ。わたくし達【S】級ハンターが勝手な思惑で行動しているとお思いで? 貴方がた、この国の事を少しは知った方がよろしくてよ。特に、わたくしと事を構えるというのなら……一国を滅ぼすような覚悟で来なければね」
わざとだろう、ヴェロニカは煽るように目を細めて笑うと、突然膨大な魔力を見せ付けるようにして撒き散らし出した。ずっと不躾な視線を寄越されていたのが気に入らなかったのかもしれない。
彼女は時々こうやって相手を脅かす癖がある。その可憐な見た目や元貴族だという生い立ちもあって随分と苦労してきたようだから、ジョシュア達と出会った頃には既にこういう事をしていた。
そういう彼女の威嚇方法を見慣れているジョシュアは今更何とも思わないが。相手の方はそうもいかないだろう。可哀想に、とんだ藪をつついてしまったようだ。猫だと思ってナメてかかっていたら突然ドラゴンに変身した。そういう心境に近いはずだ。自業自得ではあるが、ジョシュアは時々相手を可哀想に思うのである。
彼女のイタズラにすっかり尻込みしたのか、男は顔を引き攣らせながら一歩後退ると、舌打ちをしてから大人しく扉の中へと声をかけた。
「……俺だ。連れて来たぞ」
彼がそう言い終わるが早いか、扉は勢い良く開いた。
「来たか! 君らの仲間だという魔族はそこに……」
「どうも」
ヴェロニカと共に、招かれるがまま部屋へと足を踏み入れた。地下の小さな物置部屋、その奥の方に彼はいた。魔術のかかった鎖で縛られ、床にあぐらをかいて座っている。どうしてだか期待に満ちたような目をして、彼はジョシュアの方を真っ直ぐに見ていた。
「それで、君らの事情とやらを是非とも我々にも聞かせていただきたいのだが――」
ヴェロニカと、それを元気に出迎えた黒髪の男が話す声も耳に入らず、ジョシュアは真っ直ぐに彼のもとへと向かった。
何はともあれ無事で良かった。その顔を見てホッと肩の力が抜けたような気がして。誰かがジョシュアを呼び止めようとしているのすら目に入らず、真っ先に声をかけた。
「ジ――」
「赤毛、無事だったか」
「うん、なんもなかったよ。……もしかして、俺の為に来てくれた?」
「当たり前だ。お前が……」
「んふふふ……俺が、なに?」
イライアスと視線を合わせるようにしゃがみ込みながら聞けば、彼は相変わらず何かを含んだような笑みを浮かべてそんな事を聞く。その様子は本当にいつも通りで。久しぶりにちゃんと顔を合わせたせいもあって、ジョシュアは迷いもせずにすんなりと口に出して言った。
「お前に何かあったのかと思って、心配した。顔を見れてホッとした」
こんな所で今更言い渋っていても仕方ない。口に出さない方が後悔すると知ってしまったから。
「お前に限ってそう易々とやられる訳がないのも分かってるんだが……だから余計に、こういう事があると肝が冷える。お前の手に負えない状況に陥ったかと……」
「うん」
「怪我は――と言ってももう治ってるか」
「本当に何もされてないよ。俺は平和主義だからさ。戦いも何もなかった。すぐに手が出る姐さんとは違うの」
そういったイライアスの言葉に二人して笑い合うと、ジョシュアはようやくそこで周囲に目をやった。扉の付近では穏やかに話し合いをしているヴェロニカの姿が見える。
彼らのリーダーと思しき男とにこやかに会話をしている。時折見せる彼女の笑みから、何かを企んでいるのが嫌でも感じ取れた。
「赤毛、何でまたこんな事になったんだ?」
部屋中を観察しながら、先ほどよりはも静かな声でジョシュアは聞いた。
「姐さん言ってたみたいに、俺も一瞬で見破られてね。そこの金髪で目付き悪い人、アイツの目ぇヤバいの。魔族だろうって一目見られただけで言われた。種族は分かんないみたいだけどさ。別に普通に、家の陰でコソコソしてただけなのに」
「……家の陰でコソコソが普通かは微妙な所だが」
「ふふ。それにさ、なんか全員手練れっぽそうじゃん? 街中で下手にぶつかったらこれまでの俺の苦労が水の泡だし……まあリスクもあったけど大人しく連行されといた」
「そうか……それなら良かっ――」
そう話をしていた所で。ふと、ジョシュアの目に一人の男の姿が目に入った。体格も良く、背中に大剣を背負った男。彼は何かとても言いたそうな顔をしながら、ジョシュアとイライアスのすぐ側に立っていた。その顔にはジョシュアも見覚えがある。気付いてすぐ、ジョシュアはその場でハッと目を見開いた。
「ようやく気が付いたか。……無視されたのかと思った……お前、その声、そうなんだろ? 俺だ、ニコラスだ」
「……ニコラス」
こんな巨大な男、真っ先に目に入ってもおかしくなかったのだが。ジョシュアにはイライアスの事しか目に見えていなかった。
久々に目にするその男はジョシュアの知る姿とほとんど何も変わっておらず、相変わらず表情の読みにくい顔には微かな笑みが浮かんでいた。
「この男からお前の話は聞いた。死んだとばかり……本当に、生きてるんだな……」
しみじみとそう言ったニコラスは、ジョシュア達のようにその場でしゃがみ込んだかと思うと。その手をジョシュアの頭に置いて、ぐしゃぐしゃとフードの上から髪をかき回した。思わぬ歓迎にジョシュアは悲鳴をあげた。
「……ッニコラス!」
出会った当初は、よくこうやって頭を撫で回されていたものだったが。まるで子供のような扱いに堪らず、ジョシュアは頬を赤らめた。
「何はともあれ、元気でやってるならいい」
一頻り儀式を行って満足したのか。ニコラスは手を離すとその場で立ち上がり、ボソリと呟くように言った。
「何があったのかは俺も知りたい。後ででいいから話してくれ」
そうジョシュアに伝えると、ニコラスはそっとその場を離れてしまった。大雑把な性格で普段から言葉少なく、自分の世界を持っているようで時折天然な所がある。顔の厳つさから子供には嫌われがちだが、面倒見はそれほど悪くなくて動物からは好かれる。
ジョシュアもよく知るその男はやはり何も変わっていなくて。フードの中で乱れた髪を軽く直しながら、ジョシュアは部屋の隅の方へと移動した男をしばらくの間眺めていた。
その横で、イライアスが男に向けて鋭い視線を向けていた事にも気付かず。ジョシュアはポツリと言葉を溢した。
「十年以上も前だが、皆覚えてるもんなんだな……」
「……ん?」
「何でもない。……イライアス、その鎖は自力で解けるか?」
頭を切り替えるようにイライアスに向かってそう問いかけると、ジョシュアはその鎖へと手を触れた。
「あー、頑張ればいけそうだけど疲れそうだからなぁ……。解いて貰うまでこのままでいいかなって」
「そうか。なら、ヴェロニカ次第ではすぐに――」
解放されるぞ、と言い掛けた所で。突然ジョシュアの感覚に何かが引っ掛かった。
誰かがすぐ近くで何かをしようとしている。魔術の類いだ。その場で感覚を研ぎ澄ませるのと同時、ジョシュアは警戒するように立ち上がった。
「ヴェロニカ!」
「分かっていますわ!」
彼女の名を呼べば、途端にその場に緊張が走る。
ナイフの柄に手をやりながら構えた。ジョシュア達だけではなくもどきの彼らもそれには気が付いたようで、あちらこちらで構えながらいつでも動ける体勢を整えていた。
イライアスもその異常を察して、鎖を無理矢理破ろうと腕に魔力を込めている。
感じる違和感には、人間の扱うような魔術とは違う、肌にひりつくような感覚があった。どこか覚えのある魔力に自然、ジョシュアの体には力が入った。
「結界があるせいでどこから……ッ下――ッ‼︎」
ヴェロニカの叫び声とほとんど同時だった。
突然ジョシュアの足元が抜けた。
正確には、ジョシュアだけが床をすり抜けたのだ。
微かに足首を掴まれている感覚があった。
全員が驚きに目を見開く中で、手を上に伸ばしたジョシュアの体だけが床の中に吸い込まれていく。
「ジョ――‼︎」
そう叫ぶ誰かの声を最後に。ジョシュアの身体は完全に暗闇の中へと呑み込まれてしまった。
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