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黄昏の吸血鬼
64.目撃者
しおりを挟む「先日のマヌエラ殿の情報を元に、例の奴らの拠点の一つと思しき建物を発見した」
薄暗い会議室の中、中央部所長のデメトリオが深刻そうな顔でそんな事を言った。
本日この場に集った者達は、怪物ハンター達の中でも指折りの実力を持つ者達ばかりだ。成果とも言えるその発表を耳にしても、どよめくどころか声を発する者さえ居なかった。
その中にはもちろん、ジョシュアの姿もあった。普段のローブに加え、今回は鼻から下を覆うような布地を身に付けている。
夕方近い時間帯にもかかわらず、室内でもそのような装備でいるのは、もちろん理由あっての事。以前よりも更に露出している部分が減り、さながら怪しい裏の仕事人のようないでたちである。
しかし、好き嫌いでやめられる程世の中は甘くないのである。いつ、ジョシュアが再びあのような醜態を晒すとも限らない。あの出来事からは未だ、5日ほどしか経っていないのだから。
腕組みをして仁王立ちをするミライアの背後。イライアスと並び立ちながら、ジョシュアは人間達の話を聞いていた。
目の前に立ち並んでいるハンター達はピクリとも表情を変えず、ある者は薄い微笑みを顔に浮かべながら、そしてある者はデメトリオを睨み付けるが如く鋭い視線を向けながら、その話に耳を傾けている。
デメトリオはそんな彼らのひとりひとりにも顔を向けながら、まるで叱咤するように告げた。
「ここより南に位置するオウドジェという街だ。案内は街の者にさせる。夜に屋敷へ向かい、調査して貰いたい」
南方の街を調査する。デメトリオの依頼にどこか引っかかるものを感じながら、ジョシュアはミライアの後ろ姿を見上げた。微かに見えた彼女の横顔は、いつもと何ら変わりない。むしろ、事情を知っていた風にも見える。
何が引っかかるのか、ジョシュア自身にも良くは分からなかった。実害もあれだけ出ていながら、調査などと悠長な事を言っているのに苛立ちを感じているからか。
それとも、ミライアを襲撃したあの人間達がいるという南へ向かう不安のせいか。
ぼうっと話を聞きながら、無意識にローブの下で胸元の服を掴んだ。
「ひと月前、一人のハンターが一部の記憶を失って戻った事故があった。現場は、同じオウドジェだ。その時にはただの笑い話で片付けられていたが……情報と照らし合わせると偶然にも情報と一致する点が多い。事情はこの後、彼本人から直接聞いてもらいたい」
そう言ったデメトリオは随分と渋い顔をしていた。
記憶を消せる者が敵に居る。ジョシュアが知る限り、記憶の消去を行える者は一部の魔族に限られている。少なくとも、普通の人間にはできないはずだ。
ただ、当人が記憶を失ったという違和感を自覚しているのであれば、記憶を消したという犯人は何らかのミスをしている可能性が高い。その能力の使い所を間違えたのか、あるいは余程まずい内容だったのか。何にせよ、追いかける側としてはありがたいミスだった。
そんなデメトリオの要求に応えるように、ミライアが言った。
「了解した。調査とやらも我々が中心に動く事にはするが……貴様らは誰が向かうのだ? まさかこの場の全員が行く訳でもあるまいな」
「ああ。今回の件、ヴェロニカ君が同行する。彼女以上に魔術に詳しい者は他に居ない。きっと役に立つだろう」
「ふむ……結局、そこの聖騎士は来んのか」
「最初に紹介しておきながら申し訳ない。彼が多忙なのもあるが、事情を鑑みると彼よりも彼女の方が相応しいとの判断だ。当人の希望もあったが」
「成る程な。承知だ」
そのような短いやり取りの後、ヴェロニカはミライアの方へ顔を向けて言った。
「ヴェロニカです。どうぞよろしくお願いいたしますわ」
「ああ。話には聞いている。よろしく頼む」
「ええ」
至極平和的なやり取りと簡単な打ち合わせの後で。
ミライアとジョシュア、イライアス、ヴェロニカの四人は別室へと案内された。誰も彼も仕事という意識があるのか、気楽に言葉を交わす者はその場には居なかった。
ジョシュアの嗅覚がヴェロニカから漂って来る香を多少拾ってしまったが、やはり極端に近付くか血の匂いでもしない限りは問題がないようだった。ジョシュアそれにホッとしながら、しかし少しばかり距離を取りながら後に続いた。
二階の会議室から一階へと降り、《取調室》とのプレートが掲げられた部屋に入る。中では、一人の屈強な男が椅子に座らされて待っていた。
男は、ゾロゾロと中へ入ってくる人間たちを不安気に見上げていた。
「私はマヌエラだ。お前、名は?」
「は、はい……俺は【B】級のラザールです」
「ではラザールとやら。お前は今回の件、事情は聞いているか?」
「いえ……自分は、ただ先月の依頼について話すようにと話があって、それで――」
真っ先に口を開いたのはミライアだった。男のようないでたちの女が、普通でないオーラを身に纏って目の前に立っている。男はあからさまに緊張したような表情をしていた。
その男の気持ちがよくよく理解できたジョシュアは、彼を不憫に思いながらも黙ってその様子を見守った。
ミライアの隣には、控えめな様子でヴェロニカが立っている。そんな彼女らの背後に男どもがぼんやりと立ちながら、例の事件の聴取を始めた。
「始めるぞ。記憶を失った時の依頼内容と、その前後にあった事ついて聞きたい。私達の受ける依頼に大きく関わるようでな」
問いながら、ミライアはラザールと名乗った男に先日渡されたばかりの認識票を見せてやった。正式に【A】級ハンターとして名乗れる証である。そこに彫られた名はもちろん偽物であるが。
男はそれを見ると、一度大きく目を見開いてから恐る恐る口を開いた。
「は、はぁ……あの時は、単純に訪ね人の依頼でした。行方の分からなくなった家族の手掛かりが少しでもあればと言うので、その人の足取りを追っていたんです。ここ最近は特に消える人間が多いですから、そういうのもしょっちゅうで……。それで、家族に送られたという手紙をもとに、実際に行った場所を巡ってみたんです」
「手紙か……」
「はい。手紙に書かれた内容自体には、不審な点は見当たらなかったです。どうも、気になる人がいるからその人を今度デートに誘うとか何とかで。好みを知るのに、話に出ていた場所へ行ってみると書かれていました」
「探し人の性別は?」
「女性でした。20代くらいの。似顔絵を渡されました」
「手紙には、相手の特徴は書かれていなかったのか?」
「はい、全く……。本人はあまり深くまで詮索されたくなかったようでした」
「ふむ……なら、その足取りはどうだった?」
「ええと、確か……流行りの食べ物屋台や劇場、市民向けの服屋に顔を出した位で、これと言って特別な行動はしていなかったです。――ああでも一点だけ、不思議に思った事が」
「不思議に思った?」
「はい。その気になる人というのがいつも、夕方以降に姿を現すんだそうで。昼間は会ってくれないとか」
「ふむ……」
「それで不思議に思って、確か、いつも会うという男の屋敷を探して――、そこからの記憶が曖昧です」
「屋敷か。どんな場所だったか言えるか?」
「いえ……それがどこにあったかまで調べて、調査に行ったとは思うんですが……今思い出そうとするとサッパリで。その部分だけすっぽ抜けてるんです。当日の夕方からの記憶がほとんどなくて、気付いたら次の日の朝になっていて。その後屋敷を探そうともしたんですが……得たはずの情報ですらなぜかあやふやで。結局、その屋敷については全く何も分からずでした」
「男と屋敷に関わる情報が全て抜けている、と」
「ええ。……どうも気味が悪くて。依頼人には差し障りのない程度で調査結果を伝えて、引き続きこちらでも調査すると言って戻って来ました」
「ふむ。それが懸命だろうな。一般人には下手に伝えない方がいい。ターゲットにされる可能性がある」
「ターゲット……?」
「その女を連れ去ったと思しき犯人のだ」
「!」
「ハンターの一人が消えた場合、組織だって動くのは容易に想定される。要らぬ探りを入れられる可能性が高い。――だが、そこらの一般市民ならばどうだ? 消えようが騒ぐのは最初だけだ。力もないから不明者が出ても泣き寝入りするしかない。訪ね人の依頼が出せるのも、極一部に限られるだろうよ」
「……」
「だからこそ、ただの一般人ならば尚更、そういうのに狙われる可能性があった。お前の報告は懸命な判断だ」
「やはり、俺の記憶は――」
「恐らくは。今の話、消されたのだと考えるのが自然だ」
「記憶を消せる者なんて……」
「そう、その通り。私らのような者に限られるのだ」
「え――?」
驚く目の前のハンターを尻目に、ミライアは突然、パチンッと指を鳴らした。瞠目していた男の目を真っ直ぐに見つめ返しながら。
音が鳴った途端にビクッと大きく体を揺らしたかと思うと、男はその場で固まってしまった。身動きひとつしなくなった。その目はどこか虚ろでまるで、ここではない何処かを見ているようだった。
ミライアは続けて、彼に向かってゆっくりと話し続けた。
「よし、うまく掛かったか。単純な奴は便利だな――聞け、ラザールよ。お前は今、事件当時のオウドジェの街中にいる。女の足取りを追っているのだ」
「……はい」
虚ろな表情のまま、男はミライアの問いに答える。まるでそう、催眠術にかかっているかのようだ。
成る程、吸血鬼の催眠術はこんな風にも使えるのか。ジョシュアはそんな事を考えながら、彼らの様子を見守っていた。
「屋台や劇場の人間に彼女――名前は何だった?」
「イレーネ」
「街の人間達にイレーネの事を聞いて回っている。街の人間は何と言っていた? 一人一人、言っていた言葉を思い出してみろ」
「……『ああ、彼女ね。最近良く来てたよ。一人の時もあるし、誰かを連れてくる時もあったかな。――や、いつも同じじゃないよ。女友達だったり、夕方近くによく見る男を連れてた事もあった。――その男について? いやぁ、一日に何人も相手にするから覚えてられなくて――あ、そうだそうだ、確か今度、その人と夜に劇を観に行くとか言ってたような気がする』」
「観劇か……そのまま続けろ。その後のお前の行動を言ってみろ。話を聞いて、次に何をした?」
「……その、話を聞いた後は劇場に向かった。そこで、確かに彼女を見たと証言があった。例の男と居たのを見たと」
「どんな男だと言った?」
「長身の、役者のような男だと……」
「……証言はそれだけか?」
「みなよく覚えていないと言った。イレーネについては覚えていたのに、男については容姿もほとんど記憶に残っていなかった。隣に、背の高い男が居たとだけしか言わない」
「ふむ。認識阻害か?」
「そう……その可能性を考えた。彼女達が実際に座っていた席付近に痕跡がないかを調べても何もなかった。だから劇場を離れて、それから……」
「それから、何だ?」
「多分、男の住む家を探そうとしていたんだと思う……そこからが、ひどく曖昧だ……ハッキリとは覚えていない」
「ふむ。……ならば覚えている事を言え。劇場から出て、周囲には何が見える? お前は何を見ていた?」
「劇場を出た時にはもう外も薄暗くて、夕方近かったと思う……食事がてらにギルドへ寄ろうかと……ちょうどいい食堂を探してた。近くに、酒も飲めて美味しいと評判の店があって……入ったらほとんど満席だった。いい匂いがしてたから、料理に期待しながら席がないか見渡して、それで……妙に気にかかるヤツが壁際の席に座ってた気がする。うまく思い出せないけど、どこか影のあるような雰囲気の男で、変に色気があって。直感で何かあると思った……その男に、相席を頼んだと思う」
途端にジョシュアも含め、その場に居た全員が息を呑んだ。ラザールというこのハンターは犯人――恐らく吸血鬼らしき男と接触していたのだ。出会いもせずに襲われた訳ではなかった。
ミライアは更に問いかけた。
「……続けろ。何を話した? 男は何に興味を持った?」
「彼は――、俺がハンターかと聞いてきて、……何を調べているか、しきりに聞いてきた、かもしれない」
「どこまで話した?」
「ほとんど、何も。人探しだと言って……彼女の絵を、見せた。反応を見ようと思って。それで……何か話をして、何処かへ行って……そこからはもう思い出せない」
「ふむ……十分だろう。おい、戻っ――」
催眠術を解く為だろう、ミライアが両手を打とうと構えた時だった。虚ろな表情のまま、けれどもどこかため息でも吐きそうな雰囲気で、男は言った。
「彼が素敵な人だったのは覚えてる。俺みたいな無骨な奴のにも優しくて、やらかしても咄嗟にフォローを入れてくれて――」
それを聞いた瞬間、ミライアは苦虫を噛み潰したような顔になった。
「……んなのは聞いとらん、戻って来い!」
叫ぶように言うと、ミライアは今度こそバチンッと両手を叩いた。すると男はハッとして目を見開くと、目の前に立っていたミライアを見上げた。
「あれ、今……俺、何か話してた――?」
「ああそうだ。一旦は今の話で十分だ。……お前が犯人と接触した可能性が高い」
「犯人……? 一体、何のだ」
「お前の探していた女を攫った下手人だ」
「え……」
「これは、参ったな。こ奴、放っておくのは危険かもしれん」
「は」
呆然と呟く男――ラザールを見ながら、ミライアはため息を吐くようにそんな事を言った。
隣で同じように、ヴェロニカも反応する。
「……そうですわね。わたくし達が気付いたと分かれば、この方を狙う可能性も考えられますわ」
「ああ。それに、この中途半端なやり口は慣れていないからだろうな。他にもボロを出しているかもしれん。情報源として持っておきたい」
「え? ええ?」
「それくらいなら問題ないでしょう。所長にはお話しておきますわ。彼宛の依頼は、ナザリオにでも回しておきましょう」
そうやって、ミライアとヴェロニカが簡単に話をまとめてしまうと。未だ何も解らずに戸惑うラザールに向かって、ミライアは告げた。
「お前、この件が片付くまでは我々と共に行動しろ」
「え」
目を見開いたラザールと、困ったような表情でそれを見つめるミライアとヴェロニカ。
大変面倒なことになった。ジョシュアは眉間に皺を寄せながら、彼らの様子を黙って見つめるだけだった。
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