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黄昏の吸血鬼
55.覚悟*
しおりを挟むジョシュアが目を覚ましたのは、真夜中近くの頃であった。普段の彼からすれば随分と寝過ごした事にはなるが。その原因は明らかだった。
相変わらず、その原因を作り出した犯人によって背後から抱き締められているらしくて、ジョシュアが身じろぎをしても体は上手く動かせなかった。
それどころか、未だにあらぬ所に違和感すら感じるのだ。そこに何かが入っていて、けれどまそれが出て行ってしまった事で、ポッカリとそこに穴が空いてしまったかのような。
とそこまで考えてしまってジョシュアは慌てて思考を切り替えた。考えれば考える程、己の羞恥心ばかりが積み上がっていくばかりだ。
その詳細ではなくて、今考えておきたいのはイライアスの事である。
彼と共に過ごす時間が増えるのは、それはもう承知の上でジョシュアはイライアスを受け入れていたはずで。しかも、ああいった事になるのは勿論覚悟なりしていたはずなのであるが。
毎度毎度こうも激しく抱かれると少し、怖くもあった。ジョシュアだって男なのだ。護るべき対象にはまだまだ格好をつけていたいお年頃であるし、ようやくまともに戦えるようになったのだから、少しでも吸血鬼っぽくなってみたいとも思っていた。
それがどういう訳か。イライアスのせいで出だし早々になんか違う。
上手く飼い慣らされている(ミライアにもイライアスにもだ)気がするし、最中なんかはうっかり挿れらる事を期待、なんかしてしまったりして。
もちろん、それだけではないのだが。
吸血鬼として生きていかなければならないとそう覚悟を決めた途端にこうだ。ちゃんとした吸血鬼になるよりも先に、自分が何やら別のものになってしまいそうで、ジョシュアは妙な気分だった。
嫌ではないのだ。他人とここまできちんと向き合うのはほとんど初めての事であるし、ああやって感情をぶつけられるのも悪くないと思う。ただ、そのぶつけ方に問題があるのであって。
何とも、他者との関わり合いというのも難しいものである。以前とはまた違った方向で。
それを考えると、ジョシュアは本当に奇妙な気分になるのだった。以前とはまるで違う自分に戸惑う。まるで違う周囲の反応に戸惑う。その変化に尻込みしてしまう。
ジョシュアは少しばかり今までを振り返りながら、物思いに耽った。
そんな時の事。不意に、ジョシュアは声をかけられた。
「起きてる?」
驚いて振り返れば、この件の犯人たるイライアスが幾分眠たそうな表情でジョシュアを見ていた。相変わらず殴りたくなる程顔がいい。寝起きのせいで妙な色気があって、一瞬ドキリとする。昨晩のあれとは随分と雰囲気が違っていた。
昨晩は、どちらかと言えば獲物を狙う獣のようなそれだった。怒られた上にジョシュアは散々に責め立てられて、うっかり射精もしないまま達してしまったのである。
思い出せば思い出すほど恐ろしい。ジョシュアはまるっきり、イライアスの手によって創り変えられてしまっている。そう思わずにはいられない程、随分と刺激の強い夜だった。
そんな昨夜に対して。今やイライアスからはすっかり攻撃的な色は取り払われている。前にも感じた、まるで恋人同士の、甘い雰囲気になった事後のようである。一応、間違ってはいないのだろうが。
ジョシュアからすれば、それはまるで未知の領域だった。むず痒いような、腹の中が熱くなるような、とてつもなく恥ずかしい気分になる。どうして良いか分からない。ジョシュアはオロオロとするばかりだ。
それでも何とか気を取り直す事に成功したジョシュアは、こっそりとため息を溢しながらそれに応えた。
「起きてる。おはよう」
「ん」
寝惚けているのだろうか。イライアスは吐息混じりに返事をしたかと思うと、ジョシュアの額にひとつ口付けを落とした。そんなイライアスの行動に、ジョシュアは相も変わらず体をびっくりと揺らした。
いつまで経っても慣れる気がしない。
そうやってジョシュアはされるがまま、再びイライアスにガッチリと体を抱き寄せられてしまうのだった。
前と同じ、イライアスの上衣を着せられて、今度はその下はまるっきりの裸である。毎度毎度ジョシュアの反応を見て喜んででもいるのか、彼は随分とイイ趣味をしているらしい。
最早それについてつっこみをいれるのも面倒で、ジョシュアは何も言う事はしなかった。
いつもの、イライアスの異常行動に違いない。ジョシュアはそう決めつけた。
けれどもそれを、ジョシュアはすぐに後悔する事になる。
「イライアス……おい、待てっ」
ジョシュアの、悲鳴のような静止の声が虚しく部屋に響いた。ぶかぶかの服の下で、イライアスの手が蠢いている。
「昨日あれだけヤッといて……」
「ええー? あんなのはヤッた内に入らないよぉ。だってジョシュア、メスイキしちゃったら気ぃ失っちゃったじゃん」
「は……?」
「メスイキ。ナカだけでイッちゃうの。女の子みたいに」
「!」
「大丈夫、ジョシュアは感覚が鋭いからすぐに覚えるよ。忘れない内に体に覚え込ませないとねぇ……大丈夫、覚えちゃったらすぐにナカでイけるようになるから」
「待て……おい待て早まるな、本気でヤメロッ」
「やだよぉー、ジョシュアは俺のだもんね。今全部シてやらないと俺の気が済まないの。どうせ予定もないし今のうちに」
「ひっ!」
まるで昨晩のように、腹から胸にかけてをいやらしくなぞられ、黙れとばかりに唇に齧りつかれてしまえばもう、ジョシュアは抵抗も何も出来なかった。
散々に焦らされ射精の寸前まで追い詰められ、指でナカを執拗に弄られる。もちろん、最初の内は前でイッてしまわないように、ジョシュアの根元を押さえ付けるのも忘れてはいなかった。
「は、あ……んん、も、苦しッ――! 放し、んんっ」
「大丈夫、またその調子で、イけるよ」
「い、……はああっ」
すっかり解されイライアスのものを受け入れる頃には、ジョシュアはすっかり上手くナカでの刺激も受け入れられるようになっていたのだった。
「はぁーー、きもち……ジョシュ、後ろ、向いて? キスしよ、キス」
「ぅん……ふ、」
その日も結局、ジョシュアは散々イライアスに躾けられる事になった。昨晩のアレで、イライアスの何かに火を着けてしまったのだとか、ジョシュアが他所へ行ってしまっても戻ってくるように覚え込ませるつもりなのだとか、そんな事情も知らずにジョシュアは責め苦を味わう事となった。もちろん、苦しいだけでなかったのだけれども。
すっかり慣らされ上手にひとりでイけるようになるまで、ジョシュアはイライアスのその重い愛を受け止め続ける事になったのだった。
◇ ◇ ◇
「――君の選択はそれで、本当にいいんだね?」
顔を晒したジョシュアに向かって、目の前のナザリオは窺う様子を見せながら顔に笑みを貼り付けてそう言った。
先日彼が宣言した通り、ジョシュア達の元へと再び訪れたナザリオは、早速ジョシュアへと問うた。
随分と疲れている様子のジョシュアに、ナザリオから心配する声がかけられたりもしたが。そこは、ジョシュアが曖昧に誤魔化すなどした。
何せ、その原因なんてのは明らかだったから。ニコニコと笑いながら、そんなナザリオとジョシュアの様子を見ていたイライアスはどこか満足そうだった。
ナザリオはジョシュアに向かって問う。エレナから託されたものを受け取り、ハンターギルドに飼われるつもりはあるのかと。
そう悪い話でもないと彼は言った。今まで通りにギルドを通してジョシュアは活動すれば良い。少しばかり自由は失うだろうが、同じ【S】級としてまた仲間としてやろうと。他所に迷惑がかかるような話でもないのだと。
そんなナザリオの主張に対してジョシュアは。キッパリとそれを告げた。
「俺は吸血鬼だ。いくらどう足掻いたところで死んでる事には変わりない。人のようには生きられない。思い知った。――だから今回の話、なかった事にしてほしい」
「!」
「正直なところ、受けたいというのが本音だ……」
「なら一体、なぜ――」
「言ったろ。思い知ったって。生きている人間として振る舞う事ももう、出来なさそうだ。それに正直……吸血鬼である今が、一番俺に合ってると思う」
「……」
「そりゃもちろん、始めの頃は何て事をしてくれたんだと思ったりしたし、あんたらと旅した時が楽しかったのは事実だ。人として存在していたかったという気持ちもある。けど、今はここが居場所だって思えてる。これ以上、求めては駄目だと思った」
感情的になることもなく、努めて淡々と言ったジョシュアの言葉を、ナザリオは黙って聞いていた。年長者らしい落ち着いた様子で、ジョシュアの断りの言葉を聞いていた。
「悪い、ナザリオ」
言いながら頭を下げる。ジョシュアが顔を上げると、彼の顔には困ったような笑みが浮かんでいた。いつものナザリオらしい、優しげな笑みだった。
「そうか……正直、私は驚いているん。君なら、エレナの慕った君だから、受けてくれると思っていたよ。でも……君がその覚悟の上で断るというなら、それはそれで仕方ないね。また、前のようにやれたらいいと思ったんだけど」
そこで一旦言葉を切ったナザリオは、少しだけぼうっと宙を眺めた。ほんの僅かな時間だったが、目の良いジョシュア達にはそれが見えてしまった。
感情が剥がれ落ち、虚空を見つめるようなその表情。すぐにそれは引っ込められてしまったけれども、ジョシュアが思うよりは彼にも、色々と思う所があるようだ。
「分かった、ジョシュア。これ以上は何も言わない。私もそれなりに忙しい身だから、こうやって気楽に接触も中々できないだろうね。これからは“協力者”として、よろしく頼むよ」
「分かった」
「では、私はこれで」
そう言って、ナザリオは椅子から立ち上がった。ジョシュアもそれを見送ろうと立ち上がるが、とんでもない所に感じる痛みで一瞬、動きが止まる。
「ジョシュア? 今日は君、本当に大丈夫かい? 動きがぎこちないよ」
流石は元騎士だ。ナザリオは、ジョシュアの体の不調にも気付いていたらしい。ジョシュアは顔から火が上がりそうになるほど恥ずかしい思いをした。
何せその体調不良の原因なんて、昼近くまで散々ヤッてくれたイライアスのせいに違いないのだから。怪我なんてすぐに完治してしまう吸血鬼にすら、ダメージが残ってしまう程散々に責め立てられた。そんな体のまま、ジョシュアはナザリオに会う事になったというのだから、イライアスは中々の鬼畜野郎なのである。
「いや……大丈夫だ。すぐ治る」
「そうかい? ……ああいや、君のパートナーは随分と心が狭いようだから見送りは結構だよ、ジョシュア。私はこれで」
「は」
「それと、ギルドから君達に伝えるべき事態も起きたと聞いたから、またすぐ会える。――じゃあね、ジョシュア。くれぐれも気を付けて」
ナザリオはそう言って、ジョシュアが見送りをする前に、さっさと部屋を出て行ってしまったのだった。
ジョシュアは、立ち上がったその場で固まっている。ナザリオから言い放たれた言葉が、意味深すぎてジョシュアの頭が付いていかない。
「何だよあのムッツリ、知ってたんじゃんか。全部ワザとかな? 上手い事隠すなぁ……」
しばらくそのまま、ジョシュアは呆然と立ち尽くした。
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