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黄昏の吸血鬼
54.刻み込む*
しおりを挟む長い長い沈黙の後で。イライアスはジョシュアが引く程ニッコリと微笑みながら言った。
「いやね、俺も人の事言えないくらいやらかしてきた自覚はあるんだけどさ? 黙っておいた方がいいことって、あるよね?」
そう言い終わるや否や、イライアスは怯えるジョシュアの唇に噛み付いた。比喩でも何でもなく、本当に噛み付きながらの激しい口付けだった。
奥の方に引っ込んでしまったジョシュアの舌を引き摺り出し、吸い上げ噛み付き好き勝手に蹂躙した。
訳も分からず、しかし自分が悪いという自覚のあるジョシュアはそれに抵抗は一切しなかった。抵抗できなかった、というのが正しいかもしれないが。
体をぴたりと寄せられながら、壁に押し付けられて翻弄される。時折、頸の辺りを優しく指で撫でられるなどすると、火照りかけているジョシュアの体は無意識に震えた。
「ん、んんっ、……は、」
吐息まで喰らい尽くすような激しい口付けの合間、息継ぎに大きく口を開けると、イライアスは見計らったかのように益々奥まで侵入した。口の中を余すところなく、喉の方まで嬲られる。
どうして突然、だなんて聞く事も理解する事もできずにジョシュアはただそれを受け入れるだけだった。
イライアスがようやく口を離す頃には、ジョシュアはすっかりのぼせ上がってしまった。口付けにすっかり放心してしまって、上手く体を動かすことができなかった。
イライアス相手に今更抵抗感などは一切なかったが、経験の差を見せ付けられるようで、ジョシュアはほんの僅かに羞恥を覚える。
「キスってのはね、こうやってするんだよ……」
相変わらず 首筋を甘噛みしながら、ボソリとイライアスが呟く。そこに怒りの色は見えなかったが、何かしらの理由でイライアスに火が付いてしまったのはジョシュアにも分かった。
まさかそれが、先刻ジョシュアの言った“キス”が最後の着火剤になってしまったなんて、当人は全く思いもしないのである。
気が付くとイライアスは、ジョシュアの頸や首筋のあちこちに噛み付きながらその服を乱していた。裾から手を差し入れて素肌をなぞっている。程よく筋肉のついたしなやかな肉体を確かめるように、両手で上半身を上へと滑っていった。
「う、あ……!」
探るようなその手付きに思わずジョシュアは震えた。ただでさえ触れ合いなんて慣れていないのに、こんないやらしい触り方。
時折耳元にまで噛み付かれて、イライアスの息遣いが聞こえてくる事もあった。興奮しているのか、少しばかり荒い吐息が肌にかかった。
それに何故だかジョシュアもまた興奮を煽られ、背筋を何かが走り抜けた。腰の辺りが熱くなり、羞恥に頭がおかしくなりそうだった。
胸の飾りを片方の手で執拗に触られる。そしてもう片方の手はいつの間にか、ジョシュアの起立の方へと手を伸ばしていた。
「ま、って――!」
「んー?」
「あ、ああっ」
ジョシュアは咄嗟に静止の声を上げるが、イライアスには全く聞く気がないようだった。
優しい手付きでジョシュアのものを包み込み、緩急をつけて擦り上げる。直接的な愛撫は、あっという間にジョシュアを追い上げていった。
「んっ、……イライアスっ、も、だめだ、でるから――っ!」
とうとう、ジョシュアが絶頂感を覚えそうになったその時だった。突然、イライアスは手を止めると、ジョシュアのその根元をぎゅうと握り締めてしまった。途端、達しそうだった感覚がみるみる遠ざかっていく。
イライアスのそんな暴挙に、ジョシュアは思わず顔を向けた。視線をやったイライアスの顔には、何やら含みを持たせたような笑みが貼り付けられていた。ジョシュアは悲鳴混じりに声を上げる。
「イライアスっ」
「ふふっ、まだまだお預けだよ」
イライアスはそんな事を言って、ジョシュアの唇に触れるだけの可愛らしい口付けを送る。そしておもむろに体を移動させると、今度はジョシュアのものを口で咥えてしまった。
「っーー!」
中途半端に放置されていたものに更に刺激が加わり、ジョシュアは更に悶えた。何せ、達する事ができないように根元は押さえ付けられたままだ。すぐにでも絶頂しそうであるのに、上手く昇り詰める事ができない。ジョシュアの頭の中は、すっかりそれしか考えられなくなっていった。
「それ、やめ、イライアスっ!」
余りの刺激にビクビクと震えながら、ジョシュアのものにしゃぶりついているイライアスの頭を両手で持って遠ざけようとする。けれど、すっかり快楽でおかしくなっている体からは力が抜け切ってしまっていて、何の効果ももたらしはしなかった。
ジョシュアがそうやって翻弄されて気付かぬ内に、イライアスは奥の窄まりの方へと食指を伸ばすのである。すっかり意識を前の方に持ってかれているジョシュアは、ほとんど抵抗感もなくイライアスの指を呑み込んでいった。
三本目が押し込まれる頃には、ジョシュアはただ、喘ぎながらイライアスの頭に縋り付くだけだった。体の震えと連動するように中がうねり、まるで挿入の期待に悶えているかのようだ。
ようやく口を離したイライアスは、期待と嗜虐感からなのか、酷く獰猛でいやらしい笑みを浮かべながらジョシュアに向かって言う。
「ジョシュアに悪気がないんだろうなってのは分かるんだけどさ、少し、思い知るといいよ」
ぐったりとベッドに体を投げ出してしまっていて、きっともう、イライアスの言っている言葉の意味も理解できていないだろう。けれどもイライアスはそう言い切ると、満足そうに再びジョシュアに口付けるのだった。
「ん、うあっ――!」
イライアスが、ジョシュアの中に挿入っていく時には、ジョシュアはまるで待ち望んでいたものがようやく来たかのような、恍惚とした表情を浮かべていた。
それを見て、イライアスが益々昂ぶりを熱くしていただなんて、散々熱に犯されている頭では考えることもできやしない。
ジョシュアはすっかり思考を放棄していた。
「っはぁー、……この前より、柔らかいねぇ」
「う、んんっ!」
未だジョシュア自身の根元を押さえ付けたまま、正面から犯す。ゆるゆると動きながら、イライアスが奥を目指す。じわじわと侵食していくように腰を進めながら、ジョシュアの好きなところを重点的に突いた。
「ん、ああっ、……だめだ、あ、ああっ!」
「何が、だめだって?」
まるでうわ言のように言うジョシュアに言葉を返しながら、イライアスはほとんど上から叩き付けるようにして腰を振った。その度に可哀想なくらい体を震わすジョシュアに、イライアスは目を細める。
イライアスに止められているせいで、イきたくてもイけないもどかしさに苛まれているのだろう。そんな様を目の前にして、イライアスは異様な程の興奮を覚えていた。その先を想像しては、益々腰を強く穿つのである。
それからそう経たない内にだった。ジョシュアが不意に、悲鳴のような言葉を口にした。
すっかり快楽に溺れているのか、目を閉じたまま、開きっぱなしの口からはだらだらと唾液が滴っていた。
「あ、ああっ、おかし……あ、だめ、無理だっ!」
それにも構わず、イライアスが抽送を繰り返していると。ふと、ジョシュアが強く震えた。
「ひ、ああ――っ!」
「っ」
ガクガクと全身を痙攣させながら、ジョシュアは絶頂したようだった。未だ起立の根元は押さえ付けられたままで、ビクビクと震えるジョシュア自身からはもちろん、射精なんてできてはいない。その責め苦に耐え切れず、腹の中だけで達してしまったのだ。
急激な中の締め付けに耐えながら、イライアスは恍惚とした笑みを浮かべた。これでまたひとつ、ジョシュアの体にはイライアスとの記憶が刻まれた。
残しても残しても消えてしまう噛み跡とは違って、確実にイライアスとのみ繋がっている証である。
男との経験なんて皆無であろうこのジョシュアに、イライアスという吸血鬼の事を刻み付けるのである。今日のように一人でどこかへ行ってしまっても、絶対に忘れないように。戻ってくるように。
自分でもどうしてこんなにまでジョシュアという吸血鬼に執着するのかは分からなかった。けれどもイライアスにとって既に、ジョシュアの傍は離れ難いイライアスの居場所であるのだ。
失いたくない。自分と同じだけ、自分と共に生きられる存在として、イライアスはジョシュアを求めているのである。
「んああーーっ!」
「ん、だすね、ジョシュア」
何度も何度も満足するまでジョシュアの中を貪ったイライアスは、ようやくジョシュアのものを手の中から解放した。
同時に溜まっていたそれを吐き出したジョシュアは、すっかりイく事に慣れてしまった後ろと前とで同時に絶頂し、イライアスの射精を受け止めながらビクビクと震えた。
すっかり思考を放棄してしまっているジョシュアは、イライアスの優しげな口付けを抵抗もなく受け止めた。しばらくは自分からも舌を伸ばすなどしてはいたが、流石に体力が保たなかったのか、そんな口付けの最中にスゥと意識を失ってしまった。
慣れない快楽にジョシュアも付いていけなかったのだろう。そのまますっかり、深く眠り込んでしまったのだった。
それに気付いたイライアスは、そっと上体を起こすと意識のないジョシュアの顔を見つめた。
こうやって抱き潰してしまうのはもういつもの事になりつつあるが、それにしてもとイライアスは思うのである。
ジョシュアの自分に対する自信のなさは本当に厄介であると。どんなにイライアスが想いを伝えてみても、ジョシュアはそれを本当の意味で理解していないのである。
死ぬ死なないの問題ではないのだ。お人好しと聞こえはいいけれども、自分自身を軽んじているそれが、イライアスにとってはどうしようもなく歯痒かった。自分の事を話そうとしないのも、他人の事ばかり心配しているのも、軽んじているが故の行動だろう。
イライアスの独占欲、という部分は否定できなくとも、軽んじて欲しくないというそれが上手く伝わっていない。イライアスはこっそりとごちる。
「全部が他人基準なんだもんなぁ……もうこうなったらさ、徹底的にやるしかないよね。それもこれも、みんなジョシュアのせいだ」
だから自分のしでかした事は何も悪くない。イライアスもまた、イライアスらしい老成した自分本位な考え方でもって行動へと移るのである。
気を失ってしまったジョシュアの代わりにその体を清め、自分のベッドへと連れ帰った。
腕の中に背後から抱き込みつつ、その後ろ首に鼻を寄せてからやんわりと噛み付く。眠りに付いている体が微かに震えたが、ジョシュアが目覚める事はなかった。
すっかり癖になってしまっているそれを、相変わらず好き勝手に繰り返しながら、イライアスもまた眠りに付いた。次はもっと執念深く、そう心に決めながら意識は沈んでいく。
窓の外はすっかり空も白み、何も知らない人間達が活動を始める時刻だった。人の少ない古ぼけた宿屋はすっかり静まり返っており、その主人達が起き出すのもまた随分と後になるのだった。
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