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王都とギルド潜入

30.白黒ハッキリ

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 時折ギルドから漏れ聞こえる話にも耳を澄ませながら、ジョシュアは周囲を探っていた。相手は恐らく、ジョシュア達と同じような者だ。昼間とはいえ気配を漏らさぬよう、姿を見られぬよう、ジョシュアは影に隠れながら全てに注意を傾けていた。
 歩いている人々の気配、匂い、音、そして魔力の気配。人間と少しでも違うものを感じれば、ジョシュアはそれの居場所を探した。
 王都は国中の物資が集まる場所だ。少しでも大通りを歩けば、様々な種族とすれ違う。獣人やドワーフ、エルフを始め、彼らは各々に固有の気配を身に纏っていた。
 ジョシュアはひたすら、特異な者の気配を探る。

 昼が人の世界なのだとしたら。夜は魔の者達の世界だ。
 それらは普段、ひっそりと闇の中で息を潜めている。そして、人々の寝静まった頃。それと気付かれぬ内に、狙いを定めた生命を攫っていく。
 もちろん、そうではない者も多いが。ジョシュア達が探しているのは、間違いなくそちら側だ。
 何の力も持たない人々にとっては、死そのものである。
 それを人以上に理解しているジョシュアは、危機感を抱いていた。決して、他人事ではないのだ。
 エレナやセナといった高ランクのハンター達は、この国でも最高峰の武力と見做されているところがある。
 しかしそれでも、魔族を相手にした場合の危険度というのは、通常のモンスターを相手にするのとは訳が違う。それが吸血鬼相手ならば尚更だ。
 ジョシュアはそれを身に沁みて知っている。ミライアや赤毛のイライアス並みの者が万が一にも敵として現れた場合、エレナ達だって身の安全は保障できないのである。
 だからこそ彼は、この一件を早急に片付けてしまいたかった。

(ミライアに排除してもらわないと。エレナもセナも――そして俺が危ない)

 エレナにも劣る自分が対処できるだなんて、ジョシュアは思ってもいないのだ。自分の力に傲る事すらも出来ず、彼はただ、ミライアに頼るだけである。

 教えられたハンターギルドの建物を監視する。
 ジョシュアがそこで、ふと異変を感じたのは、エレナとセナがとある一室に入った所からだった。
 急に、二人の声が彼の耳に届かなくなったのだ。そして微かに感じる、人では無いものの気配。
 この時、彼は確信した。

(居る、な。魔術による結界を張るだなんてよっぽどだ)

 それらが何を考えているのかは分からない。けれどもどうせ碌な事ではない。何と言っても、人が消えているのだ。
 ジョシュアはピリリと気を引き締めると、そちらへと集中した。
 相手は、それと分からぬように結界を張りながら警戒している。今、気付かれてはならない。
 再びあの扉が開くその瞬間。その一瞬に、彼は全神経を集中させた。
 少しでも良い、何か手掛かりを掴めれば。自分の利用価値を自分でも認められるのではないか。
 これができるのは自分だけ。そう、ミライアに散々口煩く言われてきた。それをどうにか無理にでも信じ込ませながら、ジョシュアはその瞬間に賭けた。

 数分後。扉が開く音がする。
 エレナとセナが連れ立って、部屋から出る所だった。そこでふと、二人は誰かに呼ばれたのかその場で立ち止まる。何らかの返事を返した後で、エレナが部屋から出てゆっくりと扉を閉める。
 その間、約数十秒たらず。
 それを終えてジョシュアは、ようやく気を緩める事が出来た。疲労からか少し、目眩がした。

(成る程……分かった。あれは多分、魔族の類いだ。ただ、吸血鬼とは違う)

 しばらくの間、その場で俯きながら考える。
 あれは吸血鬼では無かった。けれども人とは違う何か。それが人に化けて紛れている。魔術で結界を張るような、臆病で紛れる事の得意な種族。
 いくつかの候補を頭に羅列しながら、ジョシュアは少しだけ身体を休めた。
 ほんの寸刻後。ジョシュアは屋根からするすると飛び降りていく。そしてそのまま、あの二人のハンターの下へと足を向けた。
 日陰のある場所を選びながら気配を絶って素早く歩く。そうすれば誰も、ジョシュアの事を気に留める者は居なかった。


「ギルド内部にいるのはその辺の魔族ってことで、吸血鬼では、ないのね?」

 時々寄り道を挟みながら屋敷に戻り、部屋へと戻った所で。ジョシュアはすかさず、エレナとセナへ話して聞かせた。
 エレナも少しは予想していたのか、それほど驚いたようには見えなかった。吸血鬼ではなかった事が不幸中の幸い、と言ったところだろうか。険しい表情ではあるが、僅かに安堵の色が垣間見える。

「多分な。吸血鬼、ではないだろうな。あの気配は、魔族の類いだと思う。ただ、ハンター達が居る中でも巧妙に人に化けられる奴だ。危険だってことには変わりない。あの部屋で、誰と会ったんだ?」

 ジョシュアが、フード付きの外套やら顔を覆っていた装備やらを脱ぎ去りながらそう言えば、エレナは少しばかり顔をしかめた。

「幹部クラスが数名と、ギルド長、中央所長も居たわね。まさか、あの中に……いえ、上手く襲撃の話は誤魔化せたとは思うわ。今日居なかった人間は、今回の件の容疑者からは外して問題ないわよね。話して分かってもらえれば、協力を仰げるかもしれない」
「……いや、それも今回は止めた方が良いんじゃないか?」

 パッと顔を明るく言ったエレナの提案を、ジョシュアがすかさず止めに入る。彼女は微かに目を見開いて言った。

「え……何で? ここまで事態が大きくなってるんだもの、他に協力者居た方が無難じゃない?」
「吸血鬼の話、この前聞いたろう? 催眠術なんてかけられていたら、敵も味方も情報はダダ漏れだ。魔族も一人だと決まった訳でも無いし……いっそ、その場に居た全員がクロの可能性もある。俺と“彼女”の事もある、コトが終わるまで知らないでいてもらった方が都合は良いと思うんだが」

 ジョシュアのそんな言葉に、エレナはぐ、と言葉に詰まったようだ。
 二人は昔からそうだった。
 ジョシュアは臆病であるが慎重に物事を進めたい性質だ。何でも即座に物事を進めるエレナと、慎重を期すジョシュア。
 二人はうまくバランスをとりながら、幼い頃からずっとそうやってやってきたのだ。それは今も尚、変わらない。

「……分かった。その方が良さそうね。なら、これからどうする? 一度ミッシャさんに報告した方がいいかしらね? まだあれから2~3日しか経ってないけれど」
「俺もその方が良いと思う。吸血鬼かどうかは兎も角、ギルド内部で魔族が絡んでいる事は多分、ほぼ確定だ。知らせておいて損はない。“彼女”も動いてくれるんじゃないのか」
「ええ、そうしましょ。『ツェペシュ』だっけ? 夕方には飛び始めるだろうから、コウモリを探さないと」

 そう言って外を見たエレナにつられ、ジョシュアも窓の外を見る。
 真上にあったはずの陽は僅かに傾きかけ、青々としていた空が少しばかり陰りを見せていた。心なしか茜色が混じるような空は、もうじき夜の世界へと早変わりする。
 王都では、ここ最近の失踪事件を受けて、夜間の外出禁止令が出されていた。夜になれば、人っ子一人出歩かない。

 王都で消えた者は未だにいないというのが表向きの話ではある。しかし、影では人は消えているともっぱらの噂だった。
 多くの者集まり幸福に暮らす反面、平和から溢れる人はどうしても出てしまう。
 時折路地裏に転がっている人々は、行き場を無くしてただ浮浪する者達だ。そのような人間たちが一人や二人、この都市から消え失せていたとしても誰も気付けない。
 彼等は皆、死んだような目をして他人の事など見向きもしない。会話ですらも応じない。
 一体、彼等の人生に何があったのか。それを突き止めようとする者はどこにも居なかった。
 国の栄える所には闇も栄える。より深い闇はそのに根を張り、虎視眈々とその機会を窺っている。

「報告にはまだ少し、時間が早いかな。ゲオルグ、セナも、少し休みましょう。お茶を持って来てもらうわ」

 外の様子を見たエレナは、小ざっぱりとそう二人に告げると、ジョシュアとセナをその場に残して部屋を出て行ってしまった。
 お茶を頼む、と言いつつも、彼女はきっと手ずから持って来てしまうのだろう。菓子を添えて召し上がれ、と一般人には中々手の出せぬ代物を易々とジョシュア達に振る舞ってみせる。
 それを想像して微かに苦笑してから、ジョシュアは部屋の隅に置かれた椅子へと腰掛けた。ここ数日で定位置と化している、彼専用の椅子である。
 ソファには負けるものの、それなりの造りで、ゆったりとリラックスするには十分である。
 ふぅと溜息を吐きながら、上まできっちりと留められていたボタンを外していった。
 その時だった。ジョシュアは不意に声をかけられた。

「なぁ、アンタさぁ」

 呼ばれて振り向けば、少しばかり難しい顔をしたセナの姿があった。ジョシュアは途端に不安になる。
 一体、自分は何をしでかしてしまったのか。その自信のなさが、ジョシュアを悲観的な思考へと導いていく。

「昨日の夜、寝室で何喋ってたか覚えてる?」

 だが、覚悟していたものとは違う内容に、ジョシュアは一瞬反応が遅れてしまった。

「いや……昨日の夜は、ここで話していた事しか……何か話したのか?」
「ふうん? じゃ、ぶっちゃけて聞くけどさぁ――」

 そこで一度言葉を切ったセナに、ジョシュアはゴクリと生唾を呑み込んだ。

「アンタ、エレナの事狙ってんの?」
「……は?」

 ジョシュアは思わず、素っ頓狂な声を上げた。
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