我が身は死人の世界

一ノ清たつみ(元しばいぬ)

文字の大きさ
上 下
27 / 106
王都とギルド潜入

26.朝の気配

しおりを挟む

 真夜中の会談も終わりに差し掛かる頃。

「うむ。くれぐれ気を付けろよ。ーーそれとお前、セナ、お前もこやつらと共に過ごせ。この屋敷ならば幾らでも部屋はあるのだろう?」
「ええ勿論、それくらいなら」
「何で……俺、他に家あるけど」
「お前がヤられんという保証ができん。手合わせた感覚では、この中ではお前が最も危うい。下僕とは好い勝負だろうが……下僕は吸血鬼だからな、そう簡単には死なん。ならば真っ先に死ぬのはお前だ」
「…………ウィ」
「分かったな? なるべく、夜は共に行動しろ。そして下僕は必ず連れて行け、鼻が利く」
「……ウィ」

 そう言い残してから早々。
 ミライアは、いつものローブを身に纏い、来た時と同じ窓に足をかけると。

「この喧嘩は私が買ったものだ。精々、お前たちは死闘には巻き込まれんようにな」

 そんな捨て台詞を残してから彼女は。太陽の頭の出かけた薄暗い世界へと、あっという間に姿を消してしまったのだった。ジョシュアですら追い切れない程、まるで最初から存在がなかったもののように。
 彼女の気配はプッツリとその場で途切れてしまったのだった。

 彼女が去ってしまってからしばらく。窓際に集まっていた彼らの間には沈黙が走っていた。それを真っ先に破ったのは、セナだった。

「ああーー、……ちょう、長かった……」

 緊張が途切れたように、セナは頭を抱えるとその場でうずくまった。一晩中付き合わされ、しかも吸血鬼としてのミライアの気配に晒されていたのだ。無意識に緊張するに決まっている。無理もなかった。
 同様に、彼の一言でエレナも気が抜けたのか、その場でしゃがみ込むと、まるで愚痴のように言った。
 ハンターとしてではない、セナ、そしてエレナという人間の一面である。

「ああー、本当、普段やらない仕事は受けるもんじゃ無いわね。まさか、こんな事になるなんて……」
「いや、うん。……今回ばかりは心から同意するわ。巻き込まれ方ハンッパない」

 客間の窓近くで、深く深く溜息を吐く二人を哀れに思いながら、ジョシュアは彼らの後ろでただ突っ立っていた。何と声をかければ良いのかも分からない。
 同情するには彼らは首を突っ込み過ぎていたし、慰めるのも違う気がする。だからジョシュアは黙って、二人の様子を眺めたのだった。
 そんな時だ。ふと、思い出したかのようにエレナがジョシュアの方を向いて言った。

「吸血鬼かぁ……。ねぇ、ジーーゲオルグ、アンタは血、どれくらい飲む?」
「ん? 俺か……血は……ハッキリ言って別に、数日に一度程度で十分なんだが」
「アンタの食事の話でしょ? ダメに決まってんでしょ。普通は、人間みたいに毎日なんじゃないの?」
「多分、そうだとは思う。だが俺はまだ――」
「なら毎日よ。セナ、アンタと一日交代で」
「え!?」
「おい……」
「なーに驚いた顔してんのよセナ! コッチも命もかかってるんだからね。特にセナ、お前の。ちゃんと守ってもらいなさいよ」
「うぐぐぐぐ」
「…………」
「あと、ゲオルグ」
「ん?」
「アンタも、本当に盾になろうなんてしたら、後で殺すからね」
「…………」
「返事」
「わ、分かった、しないから」
「よし」

 成る程、危険と隣り合わせの任務で、長年力を発揮してきた女性は言う事が違う。そして迫力も違う。どこかミライアを彷彿とさせるような彼女の気迫に、ジョシュアは早くも負かされてしまっていた。
 昔は、ここまで強く言い切られる事は無かったはず。成長した彼女の立派な姿に、彼は何とも言えない寂しさを味わう事になるのだった。

「うん、アンタは姉さん女房に尻に敷かれるタイプだね」

 自分の事を棚に上げてそう、シレッと呟いたセナに。ジョシュアはよっぽどお前が言うなと口走りそうになったのだった。



◇ ◇ ◇



「そうだ、ねぇゲオルグ。貴方、最後に血を飲んだのはいつ?」

 エレナがそう言い出したのは、ミライアショックから立ち直ったハンターの二人が、ようやく客間のソファに腰を落ち着けた時だった。
 一人掛けのソファにそれぞれ二人が座り、ジョシュアは家にあった使用人の服を借りて着替えを済ませ、備え付けのセーバーレッグの椅子に腰を落ち着けていた。朝も近く、ジョシュアは窓際から注ぐ日光に当たらぬよう、部屋の隅の方へと移動していた。
 手首のボタンを閉めながらぼんやりと座っていた所で先の質問を聞かれ、ジョシュアはのろのろとした動作でエレナへと顔を向けた。

「血?」
「そう。アンタの食事の話。城塞都市から来たんでしょ? 道のりは長かったはずよ」

 正直な所、ジョシュアは相当にくたびれていたのだ。夕方以降に一晩中走り続け、その上で本気の戦闘を数刻程強いられ、おまけに先の会談のせいもあり眠る事だってできなかったのだ。
 赤毛とのやり合いの時でさえ、もうとっくに眠りについているような時間だ。いくら疲れ難い吸血鬼の身体だからとは言え、限界が近かった。
 それでも何とか気力を保ち、ここまで保ってはいたのだが。無事に王都へと辿り着き、ミライアもここを去った事で、すっかり気が抜けてしまったのだ。途端にじわじわと疲れを思い出して、ジョシュアはもう、動く事すら億劫だった。

 無理矢理に頭を働かせ、エレナの問いに応えるべく、頭の片隅に縮こまってしまっている思考を引きずり出そうとする。けれどもどうやら、今のジョシュアの思考能力は中々に強情で、引っ張っても素直には動いてはくれなさそうだった。うんともすんとも言わない。お手上げだった。
 碌な思考もなしに、ジョシュアはただ、口を動かした。言っている本人ですら、何を言っているのか分からないのかもしれなかった。

「あー……彼女と、一度目に休憩した時が、最後だから……あれは何日前だ?」

 渋い顔で目を瞑って考えるが、最早日にちですら数える事ができない。夜と朝と夜と、なんて走った記憶を呼び起こして、今日が出発から何日目なのかを数えてみる。けれども、それらは全部失敗に終わった。

「三日前? あれ、いや、それは出た日か──、何日、だ……」

 口に出せた答えはほとんど出鱈目だった。正確には、彼がきちんと血液を口にしたのは、一日と少し前のことである。三日前というのは、彼等が城塞都市を出た日だ。
 最早ジョシュアは、記憶も朧げにしか思い出せなかった。スイッチが切れる寸前だ。
 肘掛けに肘を付いて、その手で頭を支える。考えているかのようにも見えるが、その様子からは眠気に襲われているのは側から見ても明らかだった。

「……ねぇ、アンタもう、眠いんじゃない? きっと色々あって疲れてるのよ。寝室、行ったら?」
「――いや、まだ……」

 一体、何がまだなのか。そう応えて間も無くだった。すぅ、と眠りに付くような吐息が聞こえ出したかと思うと。ジョシュアは椅子に座ったまま、ぱったり動かなくなってしまった。
 仕方ない、とでも言いたげにエレナからはため息が出る。エレナとセナは、その場で目配せをしてから立ち上がった。そっと二人で彼の側に寄ると、セナが声をかけた。

「ほら、アンタ。向こう行くぞ。ここに居ても邪魔だから」
「セナ」
「……オイおっさん、掴まれ」
「セナ、光に当てないように――」
「――なの分かっ――」

 それからの記憶は途切れ途切れで、身体を持ち上げられながら、力の込められていないその腕がブラブラと揺れた。せっかくきちんと着替えたばかりだというのに。シャツやスラックスが寛げられたらしいのを薄らと感じ取り、勿体ない、なんて思ったその思考を最後に。ジョシュアの意識はそこでフッと完全に途切れてしまったのだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

【完結】いばらの向こうに君がいる

古井重箱
BL
【あらすじ】ヤリチンかつチャラ男のアルファ、内藤は、上司から見合いを勧められる。お相手の悠理は超美人だけれども毒舌だった。やがて内藤は悠理の心の傷を知り、彼を幸せにしてあげたいと思うようになる── 【注記】ヤリチンのチャラ男アルファ×結婚するまではバージンでいたい毒舌美人オメガ。攻視点と受視点が交互に出てきます。アルファポリス、ムーンライトノベルズ、pixiv、自サイトに掲載中。

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

[完結]堕とされた亡国の皇子は剣を抱く

小葉石
BL
 今は亡きガザインバーグの名を継ぐ最後の亡国の皇子スロウルは実の父に幼き頃より冷遇されて育つ。  10歳を過ぎた辺りからは荒くれた男達が集まる討伐部隊に強引に入れられてしまう。  妖精姫との名高い母親の美貌を受け継ぎ、幼い頃は美少女と言われても遜色ないスロウルに容赦ない手が伸びて行く…  アクサードと出会い、思いが通じるまでを書いていきます。  ※亡国の皇子は華と剣を愛でる、 のサイドストーリーになりますが、この話だけでも楽しめるようにしますので良かったらお読みください。  際どいシーンは*をつけてます。

処理中です...