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王都とギルド潜入
24.ギルドと下手人
しおりを挟む何とか無事にその場を収めたセナ、エレナ、ミライア、そしてジョシュアの四人は、エレナの部屋へと向かう事となった。
高ランクのハンターが四人も倒れている現場など、見つかれば危険な事この上ない。早々に離れる事にしたのだ。
あれほど構えていた筈なのに、ハンター達の手引きさえあれば王都への侵入はこんなにも容易く叶ってしまう。
それを実感しながら、ジョシュア達は裏口から、無事に王都レンツォの中へと入っていった。全員がフードで顔を隠し、可能な限り人に見つからぬように、彼らは街中を静かに移動した。
エレナの家は、見るからに貴族向けの高級住宅地区の中にあった。彼女の国への貢献度から、そのエリアへ住む事を逆に懇願されたのだと言う。ハンター達の中でもトップ層に位置する彼女が住むというだけで、その地区の人気は一層高まる。その影響力の強さは計り知れない。
そういった些細な事ですら、ジョシュアはエレナに対する複雑な気持ちを拗らせていくのだが。彼のそんな気持ちは他の誰にも知られる事なく、胸中に燻る。
彼等一行がエレナの屋敷に入る時だった。ジョシュアが静かに問いかけた。
「窓からで良いのか?」
「ええ。ここの部屋は家の裏手に位置しているから、人に見つかりにくいのよ。警備はまだ居るはずだから、静かにね。後で話をつけにいく。皆が部屋に入ったら、防音の為の結界を張るわ」
家の屋根を楽々と飛び越え、部屋の二階より屋敷内に侵入する。
途端、部屋の小綺麗な雰囲気や、ほのかに香る良い香りに、ジョシュアは妙に落ち着かない気分を味わった。知人の家だというのにこんな入り方、しかも女性の邸宅とあって、何だかいけない事をしている気分になってしまう。けれどもすぐに我に返ったジョシュアは慌ててそんな想像を捨て、エレナに導かれるように客間の奥、客室の方へと通されたのだった。
そこでようやくローブを脱ぎ、その有り様を見てジョシュアは改めて思う。良く、自分は一度も死ぬ事なく生きていられたものだと。
フード付きの苔色のローブは、あちこち斬られ、裂かれ、穴だらけだった。中の衣服も、外套とそう大して変わりは無い。あちこちが切られ、肌が露出している部分さえある。傷はとうに治り切っているのだが、そんな衣服の状態に思わず眉間に皺が寄った。
そう思ったのは何もジョシュアだけでは無かったらしい。その姿をマジマジと見て、エレナが片手間に結界を張りながら言った。
「改めて見ると……アンタ本当にボロボロね」
彼女は少しばかり気まずそうに眉間に皺を寄せている。ジョシュアはそれに、しみじみと頷きながら言った。
「そりゃあ、突然6人で袋叩きだ。生きた心地がしなかった。特に最後の二人」
冗談半分でそんな事を言ってやると、ギクリと二人の肩が揺れた。
紛うことはない、ジョシュアにつけられた傷の大半は、今この場に居る二人によるものなのだから。
「ま、まぁ? それで生きてんだから俺達からすればとんでもない話だって! 正直、俺達の方もエレナが居なかったら危なかったと思うしさ! ね、エレナ!」
「え、ええっ、そうよ、ジョ――ゲ、オルグ強かったから思わずッ! ね!」
わざとらしい二人の慣れたような掛け合いを、ほんの少しだけ羨ましく思いながら、ジョシュアはそこで大きく溜息を吐いた。
そして、エレナはミライアとジョシュアに備え付けの椅子をすすめ、そしてセナをベッドに腰掛けるようにと言うと、彼らは早速、続きのオハナシアイに移るのだった。
「まずはお前達に確認しておく。先刻のあの襲撃は、待ち伏せされていたもの、と捉えて相違はないか」
そんなミライアの静かな声に、一気に場の空気が凍る。ジョシュアにはそう感じられた。
普段から威圧感があるというのに、今この時のミライアは、真剣そのものだった。いっそ怒りを感じてさえいる。ジョシュアにはそう思えてならなかった。
ミライアの眷属だからこそ、そういった彼女の感情の振れ幅に敏感なだけなのかもしれないが。彼にはそう感じられてならなかった。
ゴクリと生唾を呑み込んでから、エレナが静かに口を開く。
「ええ、その通りです。ハンターギルドへある筋から情報が寄せられたとの事です」
「どこだ? それは一体、どこからだ?」
「ッ、ギルド中央内、上層部より降りてきた情報、とだけ聞いております。魔族らしき者が二人程、城塞都市より王都へと向かったようだ、とーーっ」
それを聞いた途端にだ。隣のミライアから、微かに殺気が漏れ出す。きっと極力抑えてはいるのだろうが、彼女ですら昂る感情を隠し切れない時があるらしい。それに少しばかり驚きつつ、ジョシュアはそのことの重大さに再び眉根を寄せたのだった。
未だ顔を強ばらせたままの二人にニヤリと笑いかけながら、ミライアは言う。
「成る程……我らより身を隠す為に他者を使うとはな。吸血鬼の風上にも置けん、余程の腰抜けらしい」
その殺気を向けられているのは自分ではない。そう分かってはいても、怯える心は制御が難しかった。それは、己の本能によるものだから。
固唾を呑みながら、その場にいる全員がミライアの言葉を待った。そして彼女は、その期待に応えるように、右手に握り拳を作りながら挑戦的な目をして言った。ここには居ない、その誰かに向かって。
「良いだろう! 売られた喧嘩だ。私がそ奴の首を獲る事で、この雪辱晴らしてやろうではないか」
クツクツと愉しそうに笑うミライアを見ながら、ジョシュアは顔を引き攣らせる。そして同時、これが戦闘狂という奴か、と何故だかしみじみ赤毛から聞かされた話を思い出してしまうのだった。
自ら進んで戦いに出向き、嬉々として戦闘に興じる。とんでもない主人を持ってしまったものだと、不安で仕方なかった。自分は果たしてこの戦闘狂についていけるのだろうかと。自分の主人ではあるのだから、付いて行くしかないのだが。
そして同時にもう一つ、ジョシュアは気付いてしまった。思い出すのは、赤毛のイライアスの証言だ。
――うっすらあるような気がするんだけど、気付いたら居なくなってる……
アレは確かに誠の話ではあったのだと。ジョシュアの考えが正しければ、ミライアとジョシュアは、そして恐らくは赤毛のイライアスも確実に目を付けられている。監視されている。元々そうだったのかもしれないが、それを思うと少しだけ憂鬱だった。
ミライアは一呼吸置いてから普段の調子に戻ると、極々自然に指揮をとる。
「お前達、中央のギルドには我らの探している者の内通者がいる。吸血鬼ーー或いは魔族だ。それも、今の話によると上層部の人間の可能性が高い」
「え……それっ、て」
「もしくはその上層部の者が、人間ではないのかもしれんな」
「ちょ、ちょ、待って待って! アンタらの探してる者って何!? ギルドが、魔族に加担してるって!?」
セナがそう、悲鳴のような声を上げた。それはセナだけではない。エレナですら、ミライアから告げられた内容にはショックを隠せない様子だ。
信じていた組織内に、狩るべき相手を抱き込んでいる者がいると疑われたのだ。その心情の程、推測するまでもない。
「お前達の周囲で人が消えているだろう。それの下手人だ。我らの血族であれば始末せねばならん。それが私の役目だ」
「はーー」
「全ての人間をこれだけの短期間で喰ったというのであれば、アレは相当喰らっているはず。ならばもう、駄目だ。生かしてはおけん。アレを生かしておいては、我等の世も危うい」
「それ、って、つまり……」
「我ら吸血鬼は至る所に潜んでいるのだ。人間が鈍感なだけよの。我等は吸血したら後、その記憶を消して元に戻す、それだけの話だ。早々、バレる訳がなかろう」
次々と明かされる話に二人は聞き入って、時折疑問をぶつけながら話は進んでいく。ジョシュアはもう、それらをただ聞くだけだった。
「じゃあ、あの、吸血鬼が滅んだという噂はーー」
「私が、表に出た暴虐者共を一人残らず殺し尽くしただけの話よ。だから表には最早出てこん。だがこうして、我等は普通の人間の暮らしに紛れている」
「そう、なんだ……」
「そうだ。だからこそ、此奴は生かしておけんのだ。早々にケリを付けねば、折角の噂が掻き消えてしまう」
「噂……」
「吸血鬼が滅んだ、というソレだ。我らが紛れるのに都合が良いからそのままにしている。理解はできたか?」
「……うん」
「はい」
「よかろう。ではまずギルドの方だ。まだ疑い、という段階だ。ギルド内部ではない可能性もある。動くならばなるべく内密に動け。少しでも怪しいと思ったら即刻中止して報告しろ」
「え……でも、中止したら情報は手に入んないんじゃ」
「お前達が我等の内通者である事こそが今回の件の切り札よ。お前達が切り捨てられなんぞしたらそれこそ不利益だ。精々、バレんようにな」
「それなら、わかった」
「分かりました」
そこまで話した所で、ミライアは満足したのだろう。顔に先程とはまるで違う微笑みを浮かべると、ほんの少しだけ愚痴るような事を言った。
「ギルドに潜入なぞはもう、私も二度とやりたくは無い」
場を和ませる為に言ったのだろうか。或いは、もっと別の目的もあったかもしれない。ジョシュアは珍しい事もあるものだ、とミライアをちらりと見上げたのだった。
「え、以前は潜入された事があるんですか?」
「ああ。その時の下手人が、相当の曲者でな……おい下僕、ボーッとしてるな」
ミライアの昔話をただぼうっと聞いてしまっていたジョシュアは、突然声をかけられた事に面食らう。今の話でどうして自分の名前が呼ばれるのか。不思議でならなかった。
そんなジョシュアに向かって、ニヤリとミライアが笑う。途端、嫌な予感がした。
「お前に戦いを教えたあの阿呆の話だぞ」
こんな所でまさかあの男の話になろうとは。想像すらしていなかったジョシュアは、その場で大きく目を見開いたのだった。
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