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王都とギルド潜入
20.剣士エレナ
しおりを挟む昔々の話。
ジョシュアがまだまだ歳若かった頃。共にパーティを組んだ仲間が居た。その発起人は、エレナと言う女剣士だった。
エレナやジョシュアを始め、集まった仲間達はとても優しく、勇敢で気の好い人間達だった。あまり人付き合いの得意ではないジョシュアにも、分け隔てなく付き合ってくれるような、そんなメンバー達。
彼等は共にハンターとなり、幾多の凶悪な化け物達を倒し続け、とうとうその地のヒーローとなったのだ。
――エレナさん達が居れば、世界は平和になりますね!
例えそこにジョシュアの活躍など微塵も無かったとしても、彼等は誰一人ジョシュアを貶したりはしなかった。けれども、その優しさは時に残酷で。当時のジョシュアは、自身がそれに耐え切れなくなってしまったのだ。
仲間達に着いていけない。どう足掻いても、自分では同じレベルには立つ事が出来ない。
そうしてジョシュアはとうとう、とある街に残った。それから数年余り、その夢の残骸に追い縋って彷徨う事になったのだ。
その後、誰もジョシュアの事を知らぬ土地を見付け、誰とも会う事もなく、ジョシュアは十数年余りの時を過ごしたのである。
そんな、どうしようもなくもみっともない、ジョシュアの昔の話。
そんな話を瞬く間に思い出してしまったジョシュアは、その場でハッと我に返った。
(ああ、まだ、覚えてる……)
戦闘中に昔の思い出に浸るなんて、自殺行為もいい所である。
感傷に浸るな、気を引き締めろ、そう自分を叱咤しながらジョシュアは前を見た。
幸いにも、女剣士エレナはその時、5人目に現れた金髪の男と言い争いをしているようだった。
ホッと胸を撫で下ろしながら再び武器を強く握り締め、ジョシュアはしっかりと前を見据えた。最初から、吸血鬼になったと聞かされた時から覚悟していたことだった。彼女は今でも、有名で優秀なハンターなのだから。
腰のホルダーからとっておきの得物を取り出しながら、ジョシュアは深く息を吐く。
目の前で繰り広げられている言い争いは、どこか懐かしく、そして楽しげに聞こえた。
「――何茶々いれてんです? 俺が一騎討ちでブチ殺そうと思ってたのに」
「うるっさい、だまんなさい。自殺紛いに嬉々として突っ込んでくのは勝手だけど、アンタみたいなクソ野郎だってギルドや国にとっては貴重な戦力なんだから。欠けでもしたら困るのよ、その辺いい加減自覚しなさい」
「べっつに迷惑かけてないし、これからって時だったんだけど……!? なんでいっつも途中でしゃしゃり出てくるのさ!」
「アンタがいつもやらかすから、仕方なく私が御守りしてやってんの! ありがたく思いなさいよ。私がいなきゃ、あんたなんてとっっくにギルド首んなってるんだから」
「…………」
「ほら、揚げ足取りのネタ切れたんならとっとと連携に動く! セナ!」
「しょうがないなぁ……わかりましたよ、エレナ。取り分は俺が7割で!」
「調子乗んなゲス野郎!」
その掛け声が聞こえた途端、二人の厄介な剣士達は動き出したのだった。
慣れたように左右に分かれ、それでも逃げようとするジョシュアを両方から攻め立てた。
赤毛程ではなくとも、彼等の動きは中々のもので。ジョシュアは逃げつつ対処するも、同時に詰め寄られると、受け流し損ねる事があった。
腕を切られ、脚を切られ、背を少し裂かれた。それでも何とか急所を外し外し、ジョシュアは隙を探る。例え彼等に隙など無かったとしても、ジョシュアは逃げねばならなかった。捕まった後の事などは考えたくも無い。
二人が同時に攻撃を仕掛けた後の連撃の切れ目。ジョシュアはそこを狙った。
連撃の合間にほんの少し違う事をしてやる。たったそれだけで、彼等の連携は乱れる。
「ツッ――!」
ここぞというその瞬間。ジョシュアの手にしているとっておきから、バチッと微かな光が迸る。それは剣伝いに腕に流れたのだろう、男が一瞬怯んだ。
同時に背を斬られるも構わず、その隙を狙ってその場で急にしゃがみ込んだジョシュアは。男の顎下目掛けて、飛び上がるように蹴りを食らわせたのだった。
吸血鬼としての渾身の蹴りだ。普通の人間ならば昏倒する程の威力だろう。
そしてジョシュアは、男がどうなったかを確認する隙も無く。蹴り上げた勢いのままくるりと宙を舞うと、今度は彼女へと標的を移す。
男がやられたにも関わらず、彼女の表情に動揺は見られなかった。振り下ろした剣を即座に素早く構え直し、未だに空中にいるジョシュアを目掛けて横に一閃――しようとした。
それをジョシュアはナイフの根元で受け止めると、先程と同様に電流を流す。ほんの僅か、剣技が乱れたのを見逃さず、ジョシュアは不安定な体勢ながらその剣を弾いた。
地面に着地し、彼女が剣を構え直すよりも前に。ジョシュアはその胴体目掛けて足蹴りを食らわせようとした。
だが、その一瞬のことだ。
構えたジョシュアは躊躇してしまった。かつての仲間を、敵として、同じように足蹴にしようとしている。
一時ながら、好意を持ったその女性を。家族を。
その一瞬の躊躇が、ジョシュアにとっては仇となった。
国一番のハンターとも目される【S】級ハンター、魔導剣士エレナは、その隙を見逃さない。
「私をナメているのかしら?」
囁くよう呟かれたその瞬間だった。ハッとしたジョシュアは、逆にエレナに横っ面を蹴り飛ばされてしまったのだった。
近くにあった大木にまで吹き飛ばされ、木を薙ぎ倒す程に強く叩き付けられた。威力は赤毛のそれとも謙遜ない。さしものジョシュアも、僅かに意識が飛んだ。
クラクラとしながらも地に落ちる前に体勢を立て直す。だがもう、ジョシュアは足元も覚束なかった。折れた木の根元を支えに、ジョシュアは前を見据えた。
エレナというハンターの強みは、魔術師でもあり剣士でもあるという二面性からきている。魔術師は魔術を行使する事で、そして剣士は剣の道を極める事で己の能力を育てんとする。つまり、普通は両方を極めるなどという発想には至らないのだ。
しかし、その前代未聞の理想を現実のものとしてしまった所が、エレナというハンターが最強だとも言われる所以であった。
魔術を行使し身体能力を強化し、変幻自在に何処へでも現れる。そんなめちゃくちゃな、バケモノよりも余程バケモノらしい人間が、ジョシュアの前に立ち塞がっている。
魔導剣士たるエレナは、この場において魔術を行使してすらいない。まだまだ本気ではないのだ。身体に彫られた魔法陣を基に、魔術と剣術とを同時に叩き込む。
魔道剣士エレナの戦い方をよくよく存じているジョシュアは、少しだけそれを悲しく思う。自分程度、こんな身体になっても未だエレナの足元にも及ばず。
そんな事を考えながらも、辛うじて構えをとったジョシュアに、エレナは更に蹴りによる追撃を加えた。
それを防ぎつつ体勢を整えようとするが、先程の頭部への足蹴のダメージは思った以上に深刻だったらしい。その内の一つを抑えきれず、ジョシュアはまたしても吹っ飛ばされてしまったのだ。
宙に飛ばされ方向感覚が狂う。
そのまま地面へ激突し、数回ゴロゴロと地を転がった。そこから何とか、身体を起こして迎え撃とうと身体を起こすも。最早、ジョシュアに敵の攻撃を回避し受け止めるだけの気力は残されていなかった。
ぐるぐると回る視界の中でをフード越しに頭部を鷲掴まれ、そのまま地面へと思い切り叩き付けられてしまった。
「ぐ――!」
食いしばった歯の隙間から、堪え切れなかった呻き声が漏れる。これまでに二度、頭部に攻撃を食らってしまっていたジョシュアは。
三度目になるその衝撃に耐え切れず、武器を取り落としてしまったのだった。
咄嗟に彼女の腕を振り払おうと掴みかかるが、その手にも力が入らない。
そんなジョシュアの側頭部を地面に押し付けながら、魔道剣士エレナは馬乗りに乗り上げた。ジョシュアの首にその剣をピタリと押しあてて凄む。
「動くな」
終わりを悟ったジョシュアは、そこでピタリと動きを止めた。
こうして今、吸血鬼ジョシュアは、総勢6人のハンター達により仕留められてしまったのだった。
皮肉にも、かつて仲間だったその剣士の手によって。
抵抗を諦めたジョシュアの目の前で、剣士エレナが囁く。
「アンタに聞きたい事がある」
声を潜めた内緒話のように、彼女は低く、唸るような声音で言った。
ジョシュアの心臓は、信じられない位うるさく鳴り響いている。呼吸が荒くなる。
この心臓の音が彼女に聞こえてはいまいか。そんなどうでも良い事を考えていないと、ジョシュアはその場を耐え切る事が出来そうになかった。
「人を探している。ここより北の街から消えた人間の事だ」
冷たい表情のまま、彼女はジョシュアの頭から手を離した。かと思うと、彼女はジョシュアのフードを、払うように乱暴に退けた。
この場において、ひたすら隠し続けてきたジョシュアの顔が、最早血塗れになったその素顔が、月光の下に露わになる。
「彼の名、は――、」
それを見てしまったエレナの眼が、ジョシュアの目の前で見る見る内に瞠目してゆく。
「ジョ、シュ――」
消え入ってしまうような声音で、しかしハッキリと、エレナはジョシュアの名前を――真名を呼んだ。
ジョシュアがあ、と思った時には、もう遅かった。
彼女が名前を言い終えた途端にだ。後ろ首の付け根に、じわりとこびりつくような痛みが走った。
「ぅ、ぐぁっ――!」
「ッ何、どうしたの!?」
火傷のような強い痛みに、ジョシュア全身が強張る。
エレナの剣は素早く引っ込められたが、ジョシュアの首筋からは微かに血が滲んだ。しかしジョシュアはそれに構う余裕もなかった。
背を丸めながら首の付け根に爪を立てる。肉を抉るように、痛みでその痛みを誤魔化すように。
「バカ、自分で傷付けてどうするっ、見せて!」
その場で苦しむジョシュアに、エレナが悲鳴のような声を上げた。
今し方、殺そうとまでしていた相手に向かってだ。剣をその場で放り出したエレナは、皮膚を傷付けようとするその手を引き剥がそうとジョシュアの腕を掴み上げたのだった。
だが、その次の瞬間の事。
「この未熟者めが」
底冷えするような恐ろしげな声が、二人の耳に届いた。ハッと振り返ったエレナはしかし、次の瞬間には。
その声の主――ミライアによって、彼女は地面へと叩き付けられてしまったのだった。
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