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無敗の吸血鬼
06.吸血の夜(強制)前
しおりを挟む「それで? 貴様は下僕のどこがそんなに気に入ったんだ?」
一悶着を終えた後で。
宿屋の部屋の中、向かい合わせになっているベッドへと腰掛けながら、3人は落ち着いた様子で対面していた。
ジョシュアはミライアに売られたショックを乗り越え、ある意味で助かった事をやっとの事で理解したし、赤毛の男もどうやら諦めたようで、意気消沈しながら不機嫌そうに口を尖らせていた。
そんな中、無理矢理話を押し進めるようにミライアは男に問うたのだ。ジョシュアは思わず体を震わせた。
「え? どうして?」
「お前、コイツを探し出すような真似までしていたろう。今まで通り、ソッチは引く手数多だろうが」
ミライアの訝るような表情に対して、男は眉間に薄らと皺を寄せている。
「そうだねぇ……良く分かんないけど、美味しそうな匂いがしたからさ」
「……それはつまり、食事の方でという事か?」
「……どうだろう? 何というか、相性好い気がしたんだよねぇ。セックスもご飯も」
「相性か……、まぁ……それは確かに滅多にお目にかかれんな」
「でっしょぉー? ……それにまぁ、美人ばっか喰いすぎて食傷気味ってのもあるのかもしれないけど」
「おいコラ、貴様それは私に喧嘩を売っているのか?」
突然威嚇するように声を低くして言ったミライアに、男は目に見えて慌てた。両手をバタバタと振り回し、必死で否定する。
「えっ、ーーああいやっ、いやいやいや、姐さんはさぁもう別格、別枠って感じだし! 俺が言いたいのはこの街の中での美人って事! 男の方がね、最近はあんまよろしく無かったからさぁ、ちょっと冒険したい感じ?」
早口で何やら言い切った男に、ミライアはすぐに威嚇の気配を引っ込めた。そして次の瞬間には、珍妙な生き物でも見るような表情になる。
「……そこは解らん。相変わらず、お前は変わらんな……」
ミライアの、何とも言えないその表情をジョシュアは眺めていた。吸血鬼同士の濃い会話にはとてもではないが、ついて行けない。ジョシュアはひとり、彼らの話をただ黙って聞くだけだった。
落ち着いてきちんと考えてみれば、ミライアがそう簡単にジョシュアを売っ払う訳はないのだ。そうでなければ、長年作らなかった眷属を作ることもしないだろうし、面倒であればその辺で適当に放逐してしまえば良い。
しかしミライアはそうしなかった。何故ならば、彼女の方がジョシュアという吸血鬼を必要としているからだ。だからこそこうして、ジョシュアを付き合わせ、他と引き合わせ、顔を繋ぐような事をしている。
ミライアとは違う別の吸血鬼と顔を合わせる、と言う意味では、この赤毛の男ほど穏やかな吸血鬼は他に居ない。人間を嫌うでもなく、いっそ愛でている類いの吸血鬼だ。ミライアもそれなりに配慮して、ジョシュアに経験を積ませようとしている。まだ吸血鬼になって間もない彼には咄嗟にそれが理解できなかったのだ。
だが、こうして落ち着いてちゃんと頭を動かせば、あらゆる所でミライアから示されるヒントやその優しさが垣間見れる。普段の威厳のある態度からはなかなか想像がし難いが、彼女は確かに、下の者を管理するだけの資質を持ち合わせているのだ。
ジョシュアはまだ、こういった所で咄嗟の判断が出来ないでいる。
長年、落ちこぼれたハンターとしての生活を送っていたこともあり、ジョシュアの考え方にも影を落としている。それらはジョシュアも自覚している所ではあるのだが。
ミライア以外の吸血鬼との顔合わせは成功したと言えよう。安全を確保した上での交流であって、ソッチの部分を除けば至極穏やかなものである。
この赤毛の吸血鬼以外とであれば、こうもいかない。いくらミライア相手とは言え、無謀な行動に出る戦闘バカも居ないでもない。実の所、これはかなり平和的な取引きだったりもするのだ。
そういう意味では、ミライアはきちんと教えを授け導く師だ。一部、かなりの精神的なスパルタ形式ではあるが。ジョシュアの為だと言われれば確かにそうなのであって。
そんな所に後になって気付いてしまえば、ジョシュアは更に一層、何とも言えない妙な気分になるのだ。どんな時でも自分をも見捨てない師のような、長年共にできる相棒のような。何十年も昔の幼い頃、家族に対して感じたであろう気の置ける仲のような。ジョシュアはすっかり忘れてしまっていたそんな気分を、この時思い出していた。
そんな時だった。突然、ミライアがジョシュアに問いかけた。
「おい下僕、聞いて居たか?」
「え」
ミライアに急に話を振られ、ジョシュアは戸惑う。何せ話を途中からほとんど聞いていなかったのだ。ポカン、と呆けたような返事をすれば、ミライアにジト目で睨まれる。
「……私が此奴を手伝わせる代わりに、私が居ない間、此奴の相手をしろ」
「…………相手」
「ぷぷぷ」
そこだけを聞くと、何やらとんでもない事を任されたような気がして。ジョシュアは妙な想像をしてしまう。何せ相手はこの赤毛だ。たったの数時間、顔を合わせただけのジョシュアにも分かるほど、この男は特殊だ。そうではないだろうと判っていても、どうしたって“相手”の意味を疑ってしまう。ジョシュアはたっぷりと間を置いた上で、たった一言、おうむ返しのように言った。
そんなジョシュアの横では、男がわざとらしく笑い声を上げていた。
「……おい、お前は妙な勘違いしてないか? こんなのだが、そう一日中発情してる訳ないだろう。此奴も、一応は人の部類だ」
「姐さんそれ言い方……」
「適当にあしらって街中引きずり回せ。慣れろ、そしてこいつに案内させろ。情報はお前がちゃんと抜いておくんだぞ」
「俺の扱い雑……」
そうなのか、と、ミライアの言葉に少しばかり元気を取り戻したジョシュアは。歯切れ悪くも確かに、然りと返事を返すのだった。
「ああ……、成る程、そういう」
「曖昧に返すな。次同じような返事をしたらまたナイフで串刺しだからな」
「……はい」
「マジそれウケるー」
ミライアとこの男の関係性が少しだけ分かったような気分で、ジョシュアは気を取り直す。少しくらいは雑に扱っても大丈夫そうだ、と胸を撫で下ろす。
けれど、ミライアより新たな試練を与えられた気分であるのは変わらずで。ジョシュアは背水の陣が如く、己に気合いを入れるのだった。
「ふふふ、一週間、よろしくねぇ?仲良くなろう! 俺は“赤毛の”って呼ばれるからとりあえずそれで。君は、“下僕”で良いの?」
「……さすがにそれはちょっと」
「ええー、それだったら俺がご主人様みたいで――」
開始早々、既に心が折れそうになったジョシュアが、この男に振り回され出すまでおおよそ数刻ほど。下っ端吸血鬼としてのジョシュアの試練は、まだまだ始まったばかりなのだった。
◇ ◇ ◇
「え、何それめんどくさぁい」
赤毛の男とジョシュアが行動を共にする手始めに、ジョシュアが端的に欲しい情報を告げた時の話だ。赤毛の男は、その背をだらしなく丸めながら悪びれもせずにそう言ってのけた。
ミライアの前では随分と聞き分けの良かった男であったが、格下だとハッキリ分かっているジョシュアに対してはこんななのである。
「……アイツに言われてたろ。アンタ、ここで手伝えば前の借りもチャラだって。ここで投げ出すのか?」
ミライアと別れた途端にだ。ずっとこのような調子の赤毛に顔を引き攣らせながら、ジョシュアは何とか手伝わせようと頭を捻っていた。
「投げ出しはしないよ。それはそれ、コレはコレで」
「…………」
「だってさぁ、姐さんおっかないから嘘でもうんて言っとかないとガチで殺されるし。姐さんも俺がこんなだって解ってるから“下僕”に監視させようとしてるんだろうけどねぇ……ま、気が向いたらちゃんとやるからさぁ。――しばらく俺に付き合ってよ、時間はたーっぷりあるっしょ? “影の”」
赤毛が言った“影の”とは、ジョシュアの事である。ジョシュアがハンターだった頃、一時期そのように呼ばれていた事があるのだ。闇に紛れて行動する、斥候や隠密を得意とするジョシュアにちなんで付けられたものだ。そう呼んでいたのはほんの僅かな人間達だけで、おまけに駆け出しの頃の僅かな間だけだったが、ジョシュアは案外それを気に入っていたのだ。
ミライアと別れる間際、何と呼べば良いかを赤毛に聞かれてジョシュアは咄嗟にそう応えていた。十年以上も前の話、覚えている人間も僅かであろうし、ついさっきまでジョシュア自身も忘れていたような呼び方だった。それでもそう言ったのは、きっと自分でも似合いの渾名だと何処かでそう思っていたのだろう。
誰かの後ろに付いていないと消えてしまうような、その程度の人。影の薄い、居ても居なくても同じ人。
その名を最初に呼んだ人は、きっとそのような意味を込めて言った訳では無いだろう。けれどもどうしたって、ジョシュアは何処かでそう、自分で自分を蔑んでしまう。
にっこりとマイペースに笑う目の前の男をどうやって焚き付けるか、ジョシュアは引き攣る顔を隠しもせずに、考えを必死で巡らせた。
「――んでさぁ、俺がその時そう言ったらね、そいつ――……あ! あのこ美味そうだ。ねぇねぇ、あそこに空き家もあるから引っ張り込んでご飯とついでにしっぽりやろうよ、ねぇねぇ“影の”!」
赤毛と連み出して早小一時間。ジョシュアは喋りまくる赤毛に翻弄され情報収集もままならぬ中、既にクタクタに疲れ果てていた。体力の話ではない。精神的にごっそりと。気力を奪われ続けていた。
性格的にベラベラと喋る方ではないし、知り合いですらこのような人物が近くに居なかったジョシュアからすれば、赤毛は未知の生物だった。
黙っていれば――と言われるような類いの男で、口を開けば何かしらを喋り倒していた。その話題は多岐に渡る。どんな味が好みだとか、人間のゴシップがどうだとか、今まで出会った中で強烈だったのはこういう人物だとか。始終聞かされ続けたジョシュアは食傷気味だ。人との関わりをなるべく避ける方であるから余計にである。
「ほらほらぁ、そんな仏頂面だと恐さに磨きがかかるよぉ」
「五月っ蝿い……ある程度は付き合うから、それが終わったらとっとと情報にあったその屋敷へ連れていってくれ……」
時折傷口を酷く抉られながら、ジョシュアは何とか男を働かせようと四苦八苦していた。
けれどもどうしたって、ジョシュアは赤毛のペースに乗らざるを得ない。何せジョシュアはあくまで吸血鬼ミライアの眷属に過ぎず、生きている年月もミライアどころか赤毛と比べても倍以上に違う。独り立ちにはまだまだだ。
故に知らず知らず、赤毛の巧みな誘導に乗ってしまうのである。
「ここで待っててー、今連れてくるから!」
「は!? 何だその連れてくるって――ッ!」
何を、とジョシュアが言う間も無く。人の居ない家屋に彼を連れて侵入した赤毛は、何故だか彼の目の前からたちまち姿を消してしまったのだ。赤毛の背に向かって伸ばされたはずの手は、行き場を無くして宙をさまよう。
一人取り残された室内で、ジョシュアは手を引っ込めながら、はぁ、と大きな溜息を吐いた。始終赤毛に振り回され続け、気が付けば他人の家にぽつんとひとり取り残されてしまった。どうしたって自分の力不足を考えずにはいられなかった。
スパルタなミライアの試練をどうにか乗り越えようとしてはいるのだが、まだまだ、今回の件、今まで以上にジョシュアにとっては早すぎる気がするのだ。
自分の腕を買ってくれているのは純粋に嬉しい。ただ、こんな状態では達成できる気がしない。申し訳ないやら不安やら、取り残されたリビングでこの場から動く訳にもいかず、そして外に出る訳にもいかず。ジョシュアはソワソワとあちらこちらを行ったり来たりするのだった。
(そもそもアレを一人で行かせて良かったのか? このまま逃げる気じゃないのか? ……いや、でも流石にミライアとの契約?を破って逃げ果せるとは思えないし……)
など、ブツブツと時折独り言を吐きながら、ジョシュアは半刻ほどその場をウロウロしたのだった。
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