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無敗の吸血鬼
05.逢引の夜(強制)
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ジョシュアはその時凍り付いていた。
――君、大丈夫?
つい先程、周囲には人の気配もない事をジョシュアは確認したばかり。それだというのに、突然湧いて出た男の気配に、頭が真っ白になった。口から飛び出そうな程、自分の心臓が大きく脈打っているのを感じる。
「ねぇ」
優しい口調で問われる。けれど当然、声すら出なかった。
気配もなく突然男が現れたという衝撃に加え、その男の匂いが、先程酒場で感じたものと同じである事に気が付いてしまったからだ。
恐れていた事が起こった。ジョシュアは震え上がった。この男は明らかに人間とは違う。その上で恐らく、ジョシュアよりも何倍も格上だ。
でなければ、ジョシュアはこの男の気配にも気付けたはず。だとすれば余計に、下手に相手を刺激するような事は避けるべきであった。
宿に入らなかったのだけは正解だった。なんて、割とどうでも良い事を考えながら、ジョシュアはただその場で竦み上がる。
「君、人じゃないっしょ? 俺とおんなじ」
その途端、ジョシュアの心臓が跳ねた。その正体を見破られている。俯き、一言も声を発することの出来ないジョシュアを他所に、男の声は弾んでいた。
「大丈夫だよ、多分俺も君と同じだからさ」
男はそう言うと、ジョシュアの顔を覗き込むように目の前でしゃがみ込んだ。
同じだと言われても、到底安心などできるはずがなかった。何せジョシュアは、ミライア以外の同族とは会ったこともないし、彼女との話に出たことすらないのだ。
この男の言葉を信用する理由なんてどこにもない。危機的な状況に、彼のポンコツな頭はまともに動いてくれやしなかった。
男の手が、ジョシュアの頭上へと向かった。びくりと無意識に体が震えたが、後ろは壁だ。逃げられやしない。
そのままゆっくりとフードに手がかかり、ジョシュアの最後の砦であるそれが取り除かれる。
フードの中の暗がりから一転、目に映った男は、どこかミライアの雰囲気を思わせる赤毛の男だった。肩甲骨に届きそうな程に長い髪を、後ろで括っているらしい。それでいて、体格のガッチリとした大柄な男だった。
男もまた、ジョシュア達と同じように濃紺のフードローブを身に纏っている。ただ、こんな真っ暗な中で油断しているのだろう。そのフードは外され、男の嫌味なほどに整った顔立ちが露わになっていた。
「あれ? 男?」
そんな男から、どこか素っ頓狂な声が飛び出る。何をどう間違ったのか、ジョシュアが察するにこの男は、彼を女だと思い込んでいたらしい。
自分の背格好が小さいのだと思いたくはなかったが。ミライアを見ていると、ジョシュアは自信がなくなる。そんなに自分は小柄で弱そうに見えるのだろうか、と。標準的な体格のはずなのだが、なんて、こんな状況にも関わらず、ジョシュアは無性に悲しくなった。
「おっかしいなぁ、俺が匂いを間違うなんて。――ま、別にいっか。ねぇ君、俺と遊ばない?」
そんな言葉が聞こえた途端、ジョシュアの顔が別の意味で引き攣った。
恐らくは女性を誘うつもりで追いかけてきておいて、男だと判っても尚、「別にいっか」だなんて。一体どういう意味でのことなのだろうか。ジョシュアの頭の中でぐるぐると常識が揺らぎ出す。
吸血鬼は、戦い好きで性には奔放で、単独行動を好むとジョシュアは聞いていたのだ。
この場合の男の言葉は、せめて酒でも飲もう、だなんてそういった意味であって欲しい。ジョシュアは男の言葉に顔を顰めてみせた。
このままここを立ち去ってくれ、だなんて必死に祈りながら。
だが男は、予想外にも慌てて言う。
「いやいやっ、俺さ、これでも男にも女にもモテんのよ! あ、人間にもだけど同族にもね! ハジメテでも天国見せたげるからさぁ、ね? ね?」
その言葉の意味を理解した瞬間、ジョシュアの全身がその恐ろしさに震えた。
なぜ、こんな、同性の強面の自分に夜の誘いをかけるのか。甚だ理解不能であったのだ。ついつい、顔を引いて男から距離を取ろうとする。
普通ならもうとっくに引いているはず。けれど男は、何をそんなに必死になっているのか。座り込んでいるジョシュアの上から、覆い被さるように壁に手をついてきたのだ。
焦ったような声が、頭上から降ってくる。
「あ、待って待って! ねぇ、君の事何て呼んだらいい? 教えてよ」
のけ反りながら何とか逃げ道を探す。けれど男は随分と用意周到のようで、上も横も道を塞ぎながら距離を縮めてくる。
上も横も、男の腕や木箱に塞がれている。しゃがみこんでしまっている為に下も塞がれている。逃げ道なんてもう、なかった。
ジョシュアは己の失敗を自覚した。
(に、逃げ場がねぇ!)
こう言う肝心な所で、ジョシュアはてんでポンコツであった。油断するなよ、なんていうミライアの言葉をあっさりと反故にしたが故に、彼はこんな身の危険を感じている。主に性的なそれらしいが。
「大丈夫大丈夫、そう怯えないで……ちゃんと、ヨくする……あー、良い匂い、」
(ひっ、ヒィイイイイッ!)
ジョシュアは内心で悲鳴を上げた。
顔を近付けられ、声を掛けられている内に何故だか、男の目付きがだんだんと怪しくなってくるのに気付いた。
熱にでも浮かされたような、どこか焦点の合わない目。そんな状態のまま、男はますますジョシュアに顔を近付けてくるのだ。すん、と鼻を鳴らすような音がすぐ、顔の近くで聴こえてくる。
そこで突然、ジョシュアは我慢の限界を迎えた。
頭を突き抜けるようなその衝動のままに、力の限り握りしめたその拳を。その時、男の顔面へと思いっきりぶち込んだのだった。
鈍い音を鳴らし、男の頭は後頭部から地面へと勢い良くめり込む。
呻き声が上がったような気もしたが、まるで血液が逆流するかのような感覚に陥っている彼の耳には全く入らなかった。バクバクと早鐘を打つかのように鳴る心臓の音が、耳元で聞こえた気がした。
ようやくストレスから解放され、ふぅ、とひと息ついて。ようやくジョシュアはハッと我に返った。
同族相手に、盛大にやらかした気がする。
顔を顰め、恐る恐る伸ばしていた拳を引っ込めると、そこには額から薄ら血を流す男が、地面に転がっていた。無駄に綺麗な彫りの深い顔に、殴られたと一目でわかるような跡がある。
世の女性たちが見たら卒倒するような光景かもしれない。ジョシュアはその場で気絶しそうな気分だった。
赤髪の男はその一撃で完全に伸びてしまったようで、目を閉じたままピクリとも動かない。地面には男の頭を起点として、放線状のヒビが入っていた。
これぞ火事場のくそ力だなんて、ジョシュアは混乱の余りにそんなどうでもいい感想を抱きながら途方に暮れた。
その場でヘナヘナと座り込んで呆然とする。どうしたら良いかなんて見当もつかなかった。唯一幸いだったのが、地面を割るような音に気付いた者は居なかったらしい。この現場へとやって来る気配はジョシュアの知る限り、どこにもなかった。
「何をやっとるんだお前……」
その声が降ってきた時には、まるで救いの神でも現れたかのような気分だった。
ジョシュアはホッとする余り、涙ぐむなどしてしまう。助けを乞うように頭上を見上げれば、酷く顔を顰めたミライアが、覗き込むように屋根の上に立っている姿が目に映った。
「襲われでもしたのか」
言うや否や、彼女は屋根からふわりと飛び降り音もなく着地する。彼女の言葉に、首を激しく縦に振っているジョシュアを構う事もなく。ミライアは昏倒している男を見下ろした。
「何なんだこの状況は……ん? コイツは。……お前、よっぽど引きが強いんだな」
「は」
「コレは相当な変人だ。お前程度に逃げ場はない、諦めて一回喰われろ」
「!? なッ、んな!?」
「吸血鬼の中でも何クセもある輩よ。闘争よりも色事に興味を持つタチで有名でな。吸血鬼の“魅了”を使い、男も女も入れ食いだと聞いている。まぁ、今回は不意打ちで助かったのかもしれんが、こんなんでもコイツに同じ手は二度と通じんぞ」
そんな彼女の言葉に、ジョシュアは絶句した。
「それが嫌なら文句を言わず、人の血をきちんと飲め馬鹿者」
付け足すように言ったミライアの言葉に、ジョシュアは本気で考えた。
生理的に無理だとはしても、ここまで切羽詰まった状況では、人の血液も飲まざるを得ない。いくら嫌だとしても、いつかは飲む事になるし、今飲んでも後に飲んでも変わらない訳で。追い詰められたジョシュアは、真剣にそんな事を考えた。
「ま、血を飲んだとてお前ごときが勝てるとは思えんがな」
まさに上げてから落とす。希望の光に縋ろうとした矢先、ジョシュアの心は再び地獄へと突き落とされる事となった。ミライアは人を貶める天才ではないだろうかと。地味に傷付きながら、ジョシュアはその後、大層ビクビクとしながらミライアの後を追うのだった。
結局その日、あの吸血鬼に狙われた事もあり、ジョシュアは警戒する余り、些細な事で飛び上がる程にビビりまくるようになってしまった。
そんな彼が使い物になるはずも無く。
『お前、邪魔だ。10秒で宿に戻れ、できなくば奴に喰われろこのうつけが』
だなんて、ミライアには投げやりにそう言われ、死ぬ気で走り宿まで数秒で戻ったジョシュア。その後はずっと、ミライアが戻るまでの間、彼はナイフを握りしめ部屋の隅でガタガタと震えていたのだった。
◇ ◇ ◇
ジョシュアはその日もまた、ミライアにこき使われる形で城塞都市アウリッキの街中を走り回っていた。
ただ最初の頃と違うのが、ジョシュアの警戒心が半端無く引き上げられた、という点である。
あの同族の男と出会って以来、ジョシュアは決して人の多い場所へと出向かなくなっていた。人混みに紛れ気配を消されると、ミライア級の吸血鬼なぞ、事前に発見するのは困難を極めたのだ。それ以降、彼は徹底的に人との出会いを避けるようになった。
ミライアは、目的を達成するまではこの街からは離れられない。ジョシュアもまた、それに従うことしかできない訳で。結局のところ、自分の身は自分で守るしかないのである。
あの男の気配を少しでも感じると、ありったけの魔力で身を隠したり何だり、思いつく限りの対策を行った。そんなジョシュアの行動力が功を奏したのか、あの日から数日程、彼があの変態と出くわす事は一度もなかった。
とある店の屋根上で、そんなここ数日のジョシュアの様子を見たミライアが一言、彼をジト目で睨め付けながら不機嫌そうに言った。
「お前……出来るんならば最初からやれ、この馬鹿者が」
「は?」
「人前にほいほい出るな、って事だ。お前が未熟だからあんな、人間に紛れて店の中やらにも入っていくものだとばかり思っていた」
師匠とも言えるミライアに睨まれながらそんな事を言われて、ジョシュアは面食らった。
「いや、あんまり遠いと情報収集も疲れる、から……」
「それが馬鹿野郎だというんだ。出来るんならば遠くからやれ。我々が吸血鬼だとバレたらどうする」
「どうって……」
「吸血鬼やら魔族やらを専門とするハンター達も、居ない訳では無いのだぞ。数は少ないがな」
「そんな、命知らずが……」
「この世に化け物が居るならば、人間の中にも化け物が居るという話よの。生き残りたければちゃんと覚えておけよ」
「……分かった」
「それとお前、あまり人前で軽々しく我らの名を呼ぶなよ。私の真名は教えとらんが、それ以外の名も、だ」
そして告げられた内容に、ジョシュアは驚愕の余りに固まった。ミライアの『真名は教えていない』という事実に衝撃を受け、その上更に、偽名ですら呼んではならないという、そんなミライアの忠告にもギョッとしてしまったのだ。返す言葉も見つからない。
「名前は力を与えもするし縛りもする。余り多くの者達に呼ばれ過ぎてしまうと、真名でなくとも力を持ってしまうのだよ」
「は!?」
「思い出してみろ。私は、これまでにお前の名を何度呼んだ?」
腕を抱き寄せるように組みながらミライアは問うた。そしてジョシュアは、ミライアのその問いについてじっくりと思い出す。
ここ数ヶ月程ミライアと行動を共にしている事になる。ジョシュアがよくよく思い返してまれば、彼女からきちんと名前を呼ばれた覚えが殆ど無かった。人前でなくとも、である。
“下僕”だの“ストーカー”だのとはよく呼ばれたが、ジョシュアと呼ばれたのも片手で数える程で。てっきり、揶揄うつもりでそのように呼ばれていたのかと思っていたのだが。どうやら事実は違うようだ。
三重にもなる衝撃を受けながら、ジョシュアは声を絞り出すように言った。
「ほとんど、呼ばないな……“下僕”とか、“お前”って……」
「そうだ。だからお前も、人前に限らず余り名を聞いたり呼んだりするなと言う話よ。あの“赤毛の”男を含め、他の同族に対してもだぞ? それが我らの礼儀。分かったか?」
「ああ、分かった」
「よし。決して、破るなよ。忠告を無碍にして、同族やら魔族やらに報復されても知らんからな」
彼女が話の一番最後に、最も恐ろしい爆弾を持ってきてくれるのは相変わらずで。ジョシュアはフラフラとする頭を両手で押さえ付けながら、その場で覚悟を決めた。ミライアの決めた事に逆らう事なんてジョシュアには出来やしないし、そもそもが彼女の眷属なのだ。ふたりの間には、到底縮まることのない圧倒的な力の差というものが存在する。生きる為にも信用を得る為にも、ジョシュアは彼女に従うまでである。
そうしてジョシュアは、その後彼女と別れてからもこそこそと情報を集め、何度も何度も、別の名前を呼ぶシミュレーションを繰り返したのだった。
ただ一つ、ここでジョシュアが忘れている事がある。なぜ、ミライアがこのタイミングでそんな話をしたのか、という点である。
この時、“赤毛の”男の話を出した彼女の思惑を理解する余裕もなく、ジョシュアはせっせと人間達の話を盗み聞きをしまくるのであったが。その話題をここで出した本当の意味を、ジョシュアが理解する頃にはそれはもう、完全に手遅れなのであった。
「やった! そうそう、この子この子、さっすが姐さん、俺の事分かってるぅー!」
「喧しい。静かにせんと、この話は無かったことにするぞ、“赤毛の”」
宿屋に窓から戻った途端、出迎えた2人の人物の影にジョシュアは愕然とする。
仁王立ちをして威張りくさったミライアの態度はいつも通りだから良いとして。
問題は、そんなミライアの隣で機嫌良さそうに笑っている“赤毛の”男の方だった。
長髪の赤毛を一つに結えた、どこか見覚えのある大柄な男だ。あの時あの店で、あの路地裏でジョシュアが感じたソレと同じ匂いのする、赤毛のでかい男。彼はミライア程に長身で、更には筋肉質で大きな体格で、彼から見たらジョシュアなぞは子供と大差無い程であろう。
そして、その時は場所と状況がアレであった為にジョシュアはほとんど顔を覚えていなかったのだが。こうして明るい場所で見てみれば、彼は随分と男前な容姿をしていた。
ミライアが絶世の美女なのだとすれば、男は見た目、姫を助ける騎士様のようだった。見た目の上では、である。例え中身がアレであったとしても、他者を惑わす魔力を持っていればそれこそ、誰も彼もが見た目に騙されて魅了されるに決まっているのである。普通の人ならば。
けれども、一度あの場で男に対して強い拒絶反応を示しているジョシュアにかかれば、見惚れたのはほんの一瞬の事だった。同族の、それも同性には特段魅了が効き難いという所為もあるのかもしれない。激しく肌を粟立たせながら、ジョシュアは窓から降り立ったその場で、声にもならない悲鳴を上げた。
「んな……な、なぁっ!? 何でっ! お、おい!」
「ん?」
こんな状況下にありながら、頑張ってミライアの名前を呼ばなかったジョシュアは随分と健気な様子なのではあるが。ミライアがそんなジョシュアが面白くて、観察しながらずっとニヤニヤしていたなんて事、本人は知る由もない。
「な、なんっで! 俺、話しただろう!? コイツ、この前――!」
「うん、そうなんだよ! 何でも姐さん、俺に協力して欲しいらしくってさぁ? 代わりにアンタ貰った」
「!? ――っ!?」
男にそんな事まで暴露され、最早ジョシュアは得もいわれぬ。売られた、師に売られた、と。ジョシュアは、頭をガツンと殴られたかのような衝撃に、その場ですっかり固まってしまった。
だが幸いな事に、ジョシュアを捨てた神がミライアであるならば、拾う神もまたミライアなのである。
「おい、私はお前とコイツを会わせるだけだと言ったろう。やるとは言っとらん」
「ええ――っ! そんなぁ! 約束が違う!」
「五月蝿いっ、何も違っとらんわ! 私は引き会わせるだけで、その後の事は関知せんと言っただけだ。貴様がソイツで何をしようが勝手だが、そのひよっこが我が眷属である事を忘れるなよ。ソイツには私の仕事やら何やらを手伝わせているんだからな。1日でも使い物にならなくなったら、貴様去勢するぞ」
「……えええー、何それぇ……手始めに数日じっくり監禁してみようかと――」
「その前にまず私が貴様御自慢の毛を全部むしり取ってやろうか?」
「…………」
意外にも二人の決着は直ぐに着いた。吸血鬼同士の仲というのは、大抵それ程よろしくは無い。血みどろの闘争を好む者が多い事もあって、どちらが強いだの何だのと、すぐに諍いへと発展してしまう。故に彼等は、同族同士で集う事はまずしないのである。
そして、そんな物騒な吸血鬼達の中でも、ミライアという吸血鬼は頭ひとつ抜けた所に居る。つまりは、吸血鬼の中でも飛び抜けて強いのである。どこがどう強いのか、それは一般の吸血鬼達も知らないという。けれども一度でも会ってしまえば、誰もがそれを理解するのだそうだ。理屈ではなくその身に流れる血で、それを身体が理解してしまうのだという。
ミライアがそれ程の吸血鬼であると言う事を、ジョシュアは根本的には理解していない。彼女が強いのは判るし、話にも聞かされている。けれども不幸な事に、ジョシュアは同族をミライアしか、そしてミライア(仮)という吸血鬼の、ほんの一部分しかまだ、知らないのである。
だからこその、今回の同族との遭遇だったのだが。あまりの未知の世界への衝撃に、何もかもが頭から吹っ飛んでしまったジョシュアが、それを理解できたのかどうか。まともに頭も働かない状態では、しっかりと考える事もできまい。
その場で呆然、と魂が抜けてしまったかのように二人の様子を眺めていたジョシュアは、ほんの僅かに救いの道が出来たという事実を認識できず、その場から少しも動けないで居た。
そして、そんなジョシュアの呆然とした様子を、ミライアが酷く酸っぱいものを口に含んでしまったかのような表情で眺めていた事に、ジョシュアが気付く事は無かったのだった。
――君、大丈夫?
つい先程、周囲には人の気配もない事をジョシュアは確認したばかり。それだというのに、突然湧いて出た男の気配に、頭が真っ白になった。口から飛び出そうな程、自分の心臓が大きく脈打っているのを感じる。
「ねぇ」
優しい口調で問われる。けれど当然、声すら出なかった。
気配もなく突然男が現れたという衝撃に加え、その男の匂いが、先程酒場で感じたものと同じである事に気が付いてしまったからだ。
恐れていた事が起こった。ジョシュアは震え上がった。この男は明らかに人間とは違う。その上で恐らく、ジョシュアよりも何倍も格上だ。
でなければ、ジョシュアはこの男の気配にも気付けたはず。だとすれば余計に、下手に相手を刺激するような事は避けるべきであった。
宿に入らなかったのだけは正解だった。なんて、割とどうでも良い事を考えながら、ジョシュアはただその場で竦み上がる。
「君、人じゃないっしょ? 俺とおんなじ」
その途端、ジョシュアの心臓が跳ねた。その正体を見破られている。俯き、一言も声を発することの出来ないジョシュアを他所に、男の声は弾んでいた。
「大丈夫だよ、多分俺も君と同じだからさ」
男はそう言うと、ジョシュアの顔を覗き込むように目の前でしゃがみ込んだ。
同じだと言われても、到底安心などできるはずがなかった。何せジョシュアは、ミライア以外の同族とは会ったこともないし、彼女との話に出たことすらないのだ。
この男の言葉を信用する理由なんてどこにもない。危機的な状況に、彼のポンコツな頭はまともに動いてくれやしなかった。
男の手が、ジョシュアの頭上へと向かった。びくりと無意識に体が震えたが、後ろは壁だ。逃げられやしない。
そのままゆっくりとフードに手がかかり、ジョシュアの最後の砦であるそれが取り除かれる。
フードの中の暗がりから一転、目に映った男は、どこかミライアの雰囲気を思わせる赤毛の男だった。肩甲骨に届きそうな程に長い髪を、後ろで括っているらしい。それでいて、体格のガッチリとした大柄な男だった。
男もまた、ジョシュア達と同じように濃紺のフードローブを身に纏っている。ただ、こんな真っ暗な中で油断しているのだろう。そのフードは外され、男の嫌味なほどに整った顔立ちが露わになっていた。
「あれ? 男?」
そんな男から、どこか素っ頓狂な声が飛び出る。何をどう間違ったのか、ジョシュアが察するにこの男は、彼を女だと思い込んでいたらしい。
自分の背格好が小さいのだと思いたくはなかったが。ミライアを見ていると、ジョシュアは自信がなくなる。そんなに自分は小柄で弱そうに見えるのだろうか、と。標準的な体格のはずなのだが、なんて、こんな状況にも関わらず、ジョシュアは無性に悲しくなった。
「おっかしいなぁ、俺が匂いを間違うなんて。――ま、別にいっか。ねぇ君、俺と遊ばない?」
そんな言葉が聞こえた途端、ジョシュアの顔が別の意味で引き攣った。
恐らくは女性を誘うつもりで追いかけてきておいて、男だと判っても尚、「別にいっか」だなんて。一体どういう意味でのことなのだろうか。ジョシュアの頭の中でぐるぐると常識が揺らぎ出す。
吸血鬼は、戦い好きで性には奔放で、単独行動を好むとジョシュアは聞いていたのだ。
この場合の男の言葉は、せめて酒でも飲もう、だなんてそういった意味であって欲しい。ジョシュアは男の言葉に顔を顰めてみせた。
このままここを立ち去ってくれ、だなんて必死に祈りながら。
だが男は、予想外にも慌てて言う。
「いやいやっ、俺さ、これでも男にも女にもモテんのよ! あ、人間にもだけど同族にもね! ハジメテでも天国見せたげるからさぁ、ね? ね?」
その言葉の意味を理解した瞬間、ジョシュアの全身がその恐ろしさに震えた。
なぜ、こんな、同性の強面の自分に夜の誘いをかけるのか。甚だ理解不能であったのだ。ついつい、顔を引いて男から距離を取ろうとする。
普通ならもうとっくに引いているはず。けれど男は、何をそんなに必死になっているのか。座り込んでいるジョシュアの上から、覆い被さるように壁に手をついてきたのだ。
焦ったような声が、頭上から降ってくる。
「あ、待って待って! ねぇ、君の事何て呼んだらいい? 教えてよ」
のけ反りながら何とか逃げ道を探す。けれど男は随分と用意周到のようで、上も横も道を塞ぎながら距離を縮めてくる。
上も横も、男の腕や木箱に塞がれている。しゃがみこんでしまっている為に下も塞がれている。逃げ道なんてもう、なかった。
ジョシュアは己の失敗を自覚した。
(に、逃げ場がねぇ!)
こう言う肝心な所で、ジョシュアはてんでポンコツであった。油断するなよ、なんていうミライアの言葉をあっさりと反故にしたが故に、彼はこんな身の危険を感じている。主に性的なそれらしいが。
「大丈夫大丈夫、そう怯えないで……ちゃんと、ヨくする……あー、良い匂い、」
(ひっ、ヒィイイイイッ!)
ジョシュアは内心で悲鳴を上げた。
顔を近付けられ、声を掛けられている内に何故だか、男の目付きがだんだんと怪しくなってくるのに気付いた。
熱にでも浮かされたような、どこか焦点の合わない目。そんな状態のまま、男はますますジョシュアに顔を近付けてくるのだ。すん、と鼻を鳴らすような音がすぐ、顔の近くで聴こえてくる。
そこで突然、ジョシュアは我慢の限界を迎えた。
頭を突き抜けるようなその衝動のままに、力の限り握りしめたその拳を。その時、男の顔面へと思いっきりぶち込んだのだった。
鈍い音を鳴らし、男の頭は後頭部から地面へと勢い良くめり込む。
呻き声が上がったような気もしたが、まるで血液が逆流するかのような感覚に陥っている彼の耳には全く入らなかった。バクバクと早鐘を打つかのように鳴る心臓の音が、耳元で聞こえた気がした。
ようやくストレスから解放され、ふぅ、とひと息ついて。ようやくジョシュアはハッと我に返った。
同族相手に、盛大にやらかした気がする。
顔を顰め、恐る恐る伸ばしていた拳を引っ込めると、そこには額から薄ら血を流す男が、地面に転がっていた。無駄に綺麗な彫りの深い顔に、殴られたと一目でわかるような跡がある。
世の女性たちが見たら卒倒するような光景かもしれない。ジョシュアはその場で気絶しそうな気分だった。
赤髪の男はその一撃で完全に伸びてしまったようで、目を閉じたままピクリとも動かない。地面には男の頭を起点として、放線状のヒビが入っていた。
これぞ火事場のくそ力だなんて、ジョシュアは混乱の余りにそんなどうでもいい感想を抱きながら途方に暮れた。
その場でヘナヘナと座り込んで呆然とする。どうしたら良いかなんて見当もつかなかった。唯一幸いだったのが、地面を割るような音に気付いた者は居なかったらしい。この現場へとやって来る気配はジョシュアの知る限り、どこにもなかった。
「何をやっとるんだお前……」
その声が降ってきた時には、まるで救いの神でも現れたかのような気分だった。
ジョシュアはホッとする余り、涙ぐむなどしてしまう。助けを乞うように頭上を見上げれば、酷く顔を顰めたミライアが、覗き込むように屋根の上に立っている姿が目に映った。
「襲われでもしたのか」
言うや否や、彼女は屋根からふわりと飛び降り音もなく着地する。彼女の言葉に、首を激しく縦に振っているジョシュアを構う事もなく。ミライアは昏倒している男を見下ろした。
「何なんだこの状況は……ん? コイツは。……お前、よっぽど引きが強いんだな」
「は」
「コレは相当な変人だ。お前程度に逃げ場はない、諦めて一回喰われろ」
「!? なッ、んな!?」
「吸血鬼の中でも何クセもある輩よ。闘争よりも色事に興味を持つタチで有名でな。吸血鬼の“魅了”を使い、男も女も入れ食いだと聞いている。まぁ、今回は不意打ちで助かったのかもしれんが、こんなんでもコイツに同じ手は二度と通じんぞ」
そんな彼女の言葉に、ジョシュアは絶句した。
「それが嫌なら文句を言わず、人の血をきちんと飲め馬鹿者」
付け足すように言ったミライアの言葉に、ジョシュアは本気で考えた。
生理的に無理だとはしても、ここまで切羽詰まった状況では、人の血液も飲まざるを得ない。いくら嫌だとしても、いつかは飲む事になるし、今飲んでも後に飲んでも変わらない訳で。追い詰められたジョシュアは、真剣にそんな事を考えた。
「ま、血を飲んだとてお前ごときが勝てるとは思えんがな」
まさに上げてから落とす。希望の光に縋ろうとした矢先、ジョシュアの心は再び地獄へと突き落とされる事となった。ミライアは人を貶める天才ではないだろうかと。地味に傷付きながら、ジョシュアはその後、大層ビクビクとしながらミライアの後を追うのだった。
結局その日、あの吸血鬼に狙われた事もあり、ジョシュアは警戒する余り、些細な事で飛び上がる程にビビりまくるようになってしまった。
そんな彼が使い物になるはずも無く。
『お前、邪魔だ。10秒で宿に戻れ、できなくば奴に喰われろこのうつけが』
だなんて、ミライアには投げやりにそう言われ、死ぬ気で走り宿まで数秒で戻ったジョシュア。その後はずっと、ミライアが戻るまでの間、彼はナイフを握りしめ部屋の隅でガタガタと震えていたのだった。
◇ ◇ ◇
ジョシュアはその日もまた、ミライアにこき使われる形で城塞都市アウリッキの街中を走り回っていた。
ただ最初の頃と違うのが、ジョシュアの警戒心が半端無く引き上げられた、という点である。
あの同族の男と出会って以来、ジョシュアは決して人の多い場所へと出向かなくなっていた。人混みに紛れ気配を消されると、ミライア級の吸血鬼なぞ、事前に発見するのは困難を極めたのだ。それ以降、彼は徹底的に人との出会いを避けるようになった。
ミライアは、目的を達成するまではこの街からは離れられない。ジョシュアもまた、それに従うことしかできない訳で。結局のところ、自分の身は自分で守るしかないのである。
あの男の気配を少しでも感じると、ありったけの魔力で身を隠したり何だり、思いつく限りの対策を行った。そんなジョシュアの行動力が功を奏したのか、あの日から数日程、彼があの変態と出くわす事は一度もなかった。
とある店の屋根上で、そんなここ数日のジョシュアの様子を見たミライアが一言、彼をジト目で睨め付けながら不機嫌そうに言った。
「お前……出来るんならば最初からやれ、この馬鹿者が」
「は?」
「人前にほいほい出るな、って事だ。お前が未熟だからあんな、人間に紛れて店の中やらにも入っていくものだとばかり思っていた」
師匠とも言えるミライアに睨まれながらそんな事を言われて、ジョシュアは面食らった。
「いや、あんまり遠いと情報収集も疲れる、から……」
「それが馬鹿野郎だというんだ。出来るんならば遠くからやれ。我々が吸血鬼だとバレたらどうする」
「どうって……」
「吸血鬼やら魔族やらを専門とするハンター達も、居ない訳では無いのだぞ。数は少ないがな」
「そんな、命知らずが……」
「この世に化け物が居るならば、人間の中にも化け物が居るという話よの。生き残りたければちゃんと覚えておけよ」
「……分かった」
「それとお前、あまり人前で軽々しく我らの名を呼ぶなよ。私の真名は教えとらんが、それ以外の名も、だ」
そして告げられた内容に、ジョシュアは驚愕の余りに固まった。ミライアの『真名は教えていない』という事実に衝撃を受け、その上更に、偽名ですら呼んではならないという、そんなミライアの忠告にもギョッとしてしまったのだ。返す言葉も見つからない。
「名前は力を与えもするし縛りもする。余り多くの者達に呼ばれ過ぎてしまうと、真名でなくとも力を持ってしまうのだよ」
「は!?」
「思い出してみろ。私は、これまでにお前の名を何度呼んだ?」
腕を抱き寄せるように組みながらミライアは問うた。そしてジョシュアは、ミライアのその問いについてじっくりと思い出す。
ここ数ヶ月程ミライアと行動を共にしている事になる。ジョシュアがよくよく思い返してまれば、彼女からきちんと名前を呼ばれた覚えが殆ど無かった。人前でなくとも、である。
“下僕”だの“ストーカー”だのとはよく呼ばれたが、ジョシュアと呼ばれたのも片手で数える程で。てっきり、揶揄うつもりでそのように呼ばれていたのかと思っていたのだが。どうやら事実は違うようだ。
三重にもなる衝撃を受けながら、ジョシュアは声を絞り出すように言った。
「ほとんど、呼ばないな……“下僕”とか、“お前”って……」
「そうだ。だからお前も、人前に限らず余り名を聞いたり呼んだりするなと言う話よ。あの“赤毛の”男を含め、他の同族に対してもだぞ? それが我らの礼儀。分かったか?」
「ああ、分かった」
「よし。決して、破るなよ。忠告を無碍にして、同族やら魔族やらに報復されても知らんからな」
彼女が話の一番最後に、最も恐ろしい爆弾を持ってきてくれるのは相変わらずで。ジョシュアはフラフラとする頭を両手で押さえ付けながら、その場で覚悟を決めた。ミライアの決めた事に逆らう事なんてジョシュアには出来やしないし、そもそもが彼女の眷属なのだ。ふたりの間には、到底縮まることのない圧倒的な力の差というものが存在する。生きる為にも信用を得る為にも、ジョシュアは彼女に従うまでである。
そうしてジョシュアは、その後彼女と別れてからもこそこそと情報を集め、何度も何度も、別の名前を呼ぶシミュレーションを繰り返したのだった。
ただ一つ、ここでジョシュアが忘れている事がある。なぜ、ミライアがこのタイミングでそんな話をしたのか、という点である。
この時、“赤毛の”男の話を出した彼女の思惑を理解する余裕もなく、ジョシュアはせっせと人間達の話を盗み聞きをしまくるのであったが。その話題をここで出した本当の意味を、ジョシュアが理解する頃にはそれはもう、完全に手遅れなのであった。
「やった! そうそう、この子この子、さっすが姐さん、俺の事分かってるぅー!」
「喧しい。静かにせんと、この話は無かったことにするぞ、“赤毛の”」
宿屋に窓から戻った途端、出迎えた2人の人物の影にジョシュアは愕然とする。
仁王立ちをして威張りくさったミライアの態度はいつも通りだから良いとして。
問題は、そんなミライアの隣で機嫌良さそうに笑っている“赤毛の”男の方だった。
長髪の赤毛を一つに結えた、どこか見覚えのある大柄な男だ。あの時あの店で、あの路地裏でジョシュアが感じたソレと同じ匂いのする、赤毛のでかい男。彼はミライア程に長身で、更には筋肉質で大きな体格で、彼から見たらジョシュアなぞは子供と大差無い程であろう。
そして、その時は場所と状況がアレであった為にジョシュアはほとんど顔を覚えていなかったのだが。こうして明るい場所で見てみれば、彼は随分と男前な容姿をしていた。
ミライアが絶世の美女なのだとすれば、男は見た目、姫を助ける騎士様のようだった。見た目の上では、である。例え中身がアレであったとしても、他者を惑わす魔力を持っていればそれこそ、誰も彼もが見た目に騙されて魅了されるに決まっているのである。普通の人ならば。
けれども、一度あの場で男に対して強い拒絶反応を示しているジョシュアにかかれば、見惚れたのはほんの一瞬の事だった。同族の、それも同性には特段魅了が効き難いという所為もあるのかもしれない。激しく肌を粟立たせながら、ジョシュアは窓から降り立ったその場で、声にもならない悲鳴を上げた。
「んな……な、なぁっ!? 何でっ! お、おい!」
「ん?」
こんな状況下にありながら、頑張ってミライアの名前を呼ばなかったジョシュアは随分と健気な様子なのではあるが。ミライアがそんなジョシュアが面白くて、観察しながらずっとニヤニヤしていたなんて事、本人は知る由もない。
「な、なんっで! 俺、話しただろう!? コイツ、この前――!」
「うん、そうなんだよ! 何でも姐さん、俺に協力して欲しいらしくってさぁ? 代わりにアンタ貰った」
「!? ――っ!?」
男にそんな事まで暴露され、最早ジョシュアは得もいわれぬ。売られた、師に売られた、と。ジョシュアは、頭をガツンと殴られたかのような衝撃に、その場ですっかり固まってしまった。
だが幸いな事に、ジョシュアを捨てた神がミライアであるならば、拾う神もまたミライアなのである。
「おい、私はお前とコイツを会わせるだけだと言ったろう。やるとは言っとらん」
「ええ――っ! そんなぁ! 約束が違う!」
「五月蝿いっ、何も違っとらんわ! 私は引き会わせるだけで、その後の事は関知せんと言っただけだ。貴様がソイツで何をしようが勝手だが、そのひよっこが我が眷属である事を忘れるなよ。ソイツには私の仕事やら何やらを手伝わせているんだからな。1日でも使い物にならなくなったら、貴様去勢するぞ」
「……えええー、何それぇ……手始めに数日じっくり監禁してみようかと――」
「その前にまず私が貴様御自慢の毛を全部むしり取ってやろうか?」
「…………」
意外にも二人の決着は直ぐに着いた。吸血鬼同士の仲というのは、大抵それ程よろしくは無い。血みどろの闘争を好む者が多い事もあって、どちらが強いだの何だのと、すぐに諍いへと発展してしまう。故に彼等は、同族同士で集う事はまずしないのである。
そして、そんな物騒な吸血鬼達の中でも、ミライアという吸血鬼は頭ひとつ抜けた所に居る。つまりは、吸血鬼の中でも飛び抜けて強いのである。どこがどう強いのか、それは一般の吸血鬼達も知らないという。けれども一度でも会ってしまえば、誰もがそれを理解するのだそうだ。理屈ではなくその身に流れる血で、それを身体が理解してしまうのだという。
ミライアがそれ程の吸血鬼であると言う事を、ジョシュアは根本的には理解していない。彼女が強いのは判るし、話にも聞かされている。けれども不幸な事に、ジョシュアは同族をミライアしか、そしてミライア(仮)という吸血鬼の、ほんの一部分しかまだ、知らないのである。
だからこその、今回の同族との遭遇だったのだが。あまりの未知の世界への衝撃に、何もかもが頭から吹っ飛んでしまったジョシュアが、それを理解できたのかどうか。まともに頭も働かない状態では、しっかりと考える事もできまい。
その場で呆然、と魂が抜けてしまったかのように二人の様子を眺めていたジョシュアは、ほんの僅かに救いの道が出来たという事実を認識できず、その場から少しも動けないで居た。
そして、そんなジョシュアの呆然とした様子を、ミライアが酷く酸っぱいものを口に含んでしまったかのような表情で眺めていた事に、ジョシュアが気付く事は無かったのだった。
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