その瞳に魅せられて

一ノ清たつみ(元しばいぬ)

文字の大きさ
上 下
23 / 23

7-2

しおりを挟む
 ハルキとカイトの甘い雰囲気は、瞬く間にぶち壊される事になった。

「近い、寄るな」
「!」
「は?」

 その間に割り込んできたのはジェルヴァジオだった。カイトとハルキの間に無理矢理入り込み、二人をその場で引き離したのだ。
 突然の事に抵抗も出来なかったカイトは、そのままジェルヴァジオの胸元に抱き込まれてしまう。あっという間の出来事に、カイトは恥ずかしがる余裕すらなかった。

 そして、それを見たハルキは明らかに不服そうに、その場で冷たい声を上げる。

「カイトが変態に穢される」
「……大人しく聞いていればつけ上がりやがって。コレはもう俺のだと言ったろう、気安く触れるな」
「は? お前なに言ってんの。……この穀潰しがッ」
「ご、ごく──」
「俺知ってんだかんな。アンタこの百年で、アレ、やらかしたでしょ?」
「ッ貴様、何で知って──、俺を脅す気か⁉︎」

 半笑いになりながらそんな事を言ったハルキに、ジェルヴァジオはたじろいでいる。彼の腕の中から二人のやり取りを眺めていたカイトは、ハルキが一歩リード、だなんて現実逃避気味にそんな事を考えていた。

 世界にその名を轟かす“神子”の力がハルキによって私的にも使われている。そんなひどい事実を誰も指摘できないまま、二人の大人気ない口喧嘩はそのまましばらく続いた。

 カイトも最早お手上げで、この後自分は一体どうすればいいんだろうかな、早く部屋に入って休みたい、だなんて上の空で考えていた時だった。
 ようやくカイト達に、救いの手が差し伸べられたのだ。その場で勇気ある者がひとり、その声をあげたのである。

「あの、お取り込み中のところ大変申し訳ないのですが……」
「ああ?」
「なに!」

 チンピラのような二人の声が重なる中で。そのような中にあっても、片手を上げながら穏やかな声で言ったのは、騎士であるセルジョだった。

「その……我々には一体何が何だか分かりませんので、この件について説明をしていただけると、大変ありがたいのですが……」

 物腰柔らなその言い方と、苦笑する彼の緩い微笑みに、ハルキもジェルヴァジオも毒気を抜かれたようだった。バツが悪そうに言い争いをピタリと止めると、二人ともその場で黙り込む。

 このタイミングを見計らい、カイトを抱きとめているジェルヴァジオの腕をトントンと叩く。するとカイトは、それでようやく腕の中から解放された。嫌だった訳ではなかったが、公衆の面前でそのような事をするのはやめて欲しかったのだ。

 解放されたその場でホッと一息を吐くと、セルジョを見て礼を言う。随分と久しく感じるセルジョとのやりとりに懐かしさを覚えながら、カイトはいつものように穏やかに言った。

「助かった、セルジョ」
「っいえ……この場の皆が思っていたいた事でしょうし、貴方もお困りのご様子でしたので」
「ん」

 カイルだった頃の話し方に時折混じるカイトの相槌。それがこの場の何人を悶えさせるかも知らず、カイトは何事もなかったかのように話を続けた。

「何から話すか……って、何だよハルキ、そんな顰めっ面して」
「不意打ちはずるいと思った」
「は?」
「や、何でもないよ、こっちの話。もうこの際さ、面倒だから全部説明しちゃえば? カイトがカイル・リリエンソールだったってところから」
「……ハルキ、当然のように全部知ってるんだな」
「当たり前だよ。俺は神子で、大事なカイトの事だしね。あとはついでに仕方なーくそこのまぞとの事とかも話しちゃおうよ……」
「っこの雰囲気で唐突なボケは笑うからヤメロな。ってかちゃんと“く”まで付けろよこの馬鹿っ」
「……分かったよ、ちゃんと真面目に呼ぶ。もうボケは言わない」
「ん」

 相変わらず息の合った会話を挟みながら、カイトはセルジョ達へもこの事件のあらましを話して聞かせた。
 いつの間にか人払いがされていたのか、その場には関係者であるカイト達と、あの誘拐事件に関わった者達だけが残されているだけだった。
 カイトがそのカイルであった事、ジェルヴァジオと北部で死闘を繰り広げていた事、そして──解放されたいと言った神子の願いを叶える為、カイルが異世界へとその当時の神子を送り届けた事を全て語って聞かせた。

 あれほど恐れ、話すのを躊躇していた過去の事だったが、ハルキやジェルヴァジオが側に居るのだと思うと心強く思えたのだった。

 それはおおむね、アウジリオ達の推測した通りだった。そのアウジリオとエルネス、二人の近衛騎士が、何かを言いたそうに目を合わせるなどしてはいたが、カイトの話やセルジョの問いかけに横槍を入れるような輩は現れなかった。

「──で、だ。ジェルヴァジオにここまで連れて来させて今に至る。領地に帰れと言ったのに聞きやしない」
「当たり前だろう。かつてお前を殺した国に帰ると聞いて、大人しくしてなぞいられるか。俺は二度と同じ過ちは繰り返さんぞ」
「……だ、そうだ」

 少しばかり気恥ずかしそうに頬を染めたカイトを見て、ハルキと何故だかセルジョが納得のいかない顔をしていた。

「っでは、魔族がこの城内に入れるのは、一体どのような訳でしょうか。大魔導師殿の結界は、魔族の侵入をも拒むはずです」
「ああそれは、ここに来る前に大魔導師殿にお会いしたからだ。ジェルヴァジオに術を施し、俺の言う事には一部逆らえないようにした」
「カイト殿は、かのお方をご存知なので……?」
「カイルの頃に一度会っている。あの方も、俺の力の事は何故かご存知だった」
「そう、でしたか……」
「ああ。お陰で少し仕事を頼まれているんだが、まぁ何とかなる。そう難しいものではないし。それに、ジェルヴァジオはここでは俺の許しがなければ何もできない。そう大魔導師殿にもお願いしてある。……元から凶暴な所は変えられないが」
「一言余計だ」
「そこは事実だろうが」
「……違いないが、人間相手とはいえ、領主としての体面というものがあるだろう」
「あれだけの騒ぎを起こしておいて何を今更──」

 そうやって何とも、旧知の間柄のような仲を見せつけられてしまい、一同は閉口する。
 かつてどんなに殺し合おうがいがみ合っていようが、時が経てば水に流せる。そんな関係を築ける者がどれだけ貴重か。カイトカイルとジェルヴァジオのその関係を、多くの者が羨んでいた。

「それで、他に聞きたい事は?」
「……はい、では私から。カイト殿は、これからどうするのですか? また、ハルキ様と共に城へいらっしゃるので?」

 カイトがそのように聞くと、セルジョが真っ先に問いかけた。どこか期待したような眼差しで、カイトはそれを少しばかり疑問に思う。

「ああ。俺は今も昔も神子の従者だ。コイツが居るところならどこへでも行く」
「それなら、私もまたカイト殿の護衛として──」
「それならば心配いらん」

 カイトが城へ戻ると分かった途端、そのように言い出したセルジョにジェルヴァジオの冷たい声が浴びせられた。

「護衛は俺がする。お前達ひ弱な人間共には任せてはおけないからな。俺はその為に来たのだ」

 ふんぞり返ったようにそんな事を言ったジェルヴァジオに、セルジョが微笑みながら言葉を返す。

「……封じられてお力が出せない割に、随分と自信がおありですね? いざという時は城内に慣れていた者の方が何かと──」
「俺の術にかかった男に気付けない時点で、貴様は頼りにならない。護衛は諦めろ」

 その二人の間にもどことなく火花が散っているように感じられ、周囲の者──特に近衛の騎士達の顔はひどく引き攣っていたようだった。

 しばらくは彼らの無言の戦いも続いたが、アウジリオ達城の者達の仲介によってその場を収めるに至った。

 変わらず神子であるハルキの従者としてカイトが、そして、ハルキの護衛にはセルジョ、そして、カイトの護衛にはやはりジェルヴァジオが就く事となった。一部からは大きな反発が寄せられたが、それが一番平和的な解決法だったのだ。

 話を何とかまとめ、疲れ切った様子のアウジリオはそこでその場の解散を無理矢理宣言した。皆が治まるところに収まり、一見すると平和を取り戻したようにも見えた。

「ねぇ、セルジョ、俺達結構いいコンビだと思うんだ。手ぇ組まない? あの野郎をぶっ潰すために」
「おや、それは楽しそうな考えですね。私に出来る事ならばご協力致します」

 そうして彼等は、騒がしくも新たな日常を歩んでいくのである。
 少しばかり違う形にはなってしまったけれども、様々な事を許されるようになったカイトとハルキは、その国で日本とも変わりない自由を得た。

 ハルキはカイトにとって、何よりも大切な人だった。それは今も昔も変わらない。唯一同じ苦しみを持つ、最高の理解者として。

 そしてまた、ジェルヴァジオも同様に大切な者になった。この男の前でなら、カイトは全部を曝け出す事ができた。ハルキとはまた違った形で、醜い所も含めて全部を見せる事ができた。

 カイトは心から笑えていた。少しばかり窮屈で、しかし騒がしく慌ただしい毎日がこれからも続いていくのである。

「またやりやがったなクソ餓鬼共ッ!」
「こわぁー、ねぇカイトカイト、今のアイツの言葉聞いた? チンピラみたいだよ」
「ちょっと待て、おい、……今度はセルジョもやったのかよ……」
「いえ、私はただハルキ様のご命令通りに──」

 カイトは自然な笑みで笑う事ができる。自分を卑下するでもなく、他人を羨むでもなく。
 これからもずっと、それは続いていくのである。



しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

運命の息吹

梅川 ノン
BL
ルシアは、国王とオメガの番の間に生まれるが、オメガのため王子とは認められず、密やかに育つ。 美しく育ったルシアは、父王亡きあと国王になった兄王の番になる。 兄王に溺愛されたルシアは、兄王の庇護のもと穏やかに暮らしていたが、運命のアルファと出会う。 ルシアの運命のアルファとは……。 西洋の中世を想定とした、オメガバースですが、かなりの独自視点、想定が入ります。あくまでも私独自の創作オメガバースと思ってください。楽しんでいただければ幸いです。

【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜

N2O
BL
気弱で不憫属性の第三王子が、二人の男から寵愛を受けるはなし。 表紙絵 ⇨元素 様 X(@10loveeeyy) ※独自設定、ご都合主義です。 ※ハーレム要素を予定しています。

【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。

ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。 幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。 逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。 見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。 何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。 しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。 お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。 主人公楓目線の、片思いBL。 プラトニックラブ。 いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。 2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。 最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。 (この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。) 番外編は、2人の高校時代のお話。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...