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 どんなに強くても唯一無二の力を持っていても、カイト──或いはカイル・リリエンソールを認めてくれる者は少なかった。今も昔も、彼には“神子”だけしかいなかったのだ。

 子供の頃からずっと、カイルは友人ですら作る事ができなかった。表面上ではにこやかに接してはいても、自分の方に隠し事がある中ではどうしたって、後ろめたさが付き纏った。
 その後ろめたさは何も、彼自身の隠し事のせいだけではなかった。カイルは無意識のうちに、人々の秘密すら目にしてしまう事があったのだ。

 表では分け隔てなく接するような人気の騎士は、裏では盗賊団と繋がり便宜を図る代わりに多額の金品を受け取っていた。
 領内外からの人望も厚かった大貴族は、裏で違法奴隷の商売にたずさわり、莫大な利益を得ていた。

 うっかり目にしてしまったそんな光景の数々はいつだって、カイルを酷く失望させた。人間なぞ、どいつもこいつも変わらない。汚らしくて醜くて信用に値しない。
 彼は子供ながらにそれを知ってしまったのだった。

 その内に力の使い方にも慣れ、子供の頃のようにうっかり見てしまう事も減ってからもしかし、カイルは人を信用出来なくなっていた。
 そして、そんな時に出会った神子は、自分と同じ異質な存在だったのだ。彼にとってはまるで、その神子が救いの手であるかのように思われたのだ。心酔するようになるまではあっという間だった。

 そして今、縋る先を失ってしまったカイトにはもう、それらを打ち明けられる人間は居なくなってしまった。ひとりで抱えるしかなかった。だからこそ余計に、カイトは救われてしまったのだろう。

 この世界に来てからずっと、カイトは不安だった。神子を攫おうとした凶悪な犯罪者としてレッテルを貼られてしまったかつての自分。もし、カイトがカイルである事がおおやけになってしまった時、自分は一体どうなってしまうのか。このままで本当に、大切な親友でもある神子を護り切る事は出来るのか。

 考えれば考える程、不安はいつでもカイトに付き纏って離れなかった。過去の自分を恨みながら同時に羨んでいた。
 そんなカイトだったからこそ。前世の自分をも知るこの男の言葉が嬉しくて堪らなくなってしまったのだ。

 力が無かったとしても、強くなくても、自分の存在を認めてくれる者。それがまさか、こんな所に居ようとは。

 カイトの涙が落ち着くまでずっと、ジェルヴァジオはその場に留まった。何も話せないでいたカイトの涙を時折拭いながら、相変わらずおろおろと挙動不審に手を彷徨わせていた。
 そんな男のさまが随分とらしくなくて、カイトは微かに笑った。

「アンタの事が嫌だとか、そういうものじゃ、ない。……そう言われたのは初めてだったから。目の事はずっと、カイルの頃から隠してきた。アンタに気付かれているとは思ってなかった。いつだ? アンタはいつ、気付いた?」

 言いながら彼がジッと見つめると、男は目を逸らしながらポツリと呟いた。男には似合わない、照れ隠しのような、どこかぶっきらぼうな言い方だった。

「お前と初めて剣を交えた時だ。魔力の気配には敏感だからな」
「そんなに前から……」
「──それに、俺の能力がお前には効かなかった。それが決定打だ」
「アンタの、能力?」
「俺の魔力には、他者を従わせる力がある。大抵の奴らは、戦闘中だろうが平時だろうがそれに引っ掛かる」
「さっき、話をしていた能力の事か」
「そうだ。俺のような高位魔族の魔力に抵抗できる人間など、普通はいない。だから、それにも引っ掛からないお前には何かがあると思った。それに、お前、気付いてるか? お前の目は戦いの最中、虹色のように美しく輝く」

 突然そんな事を言われて、カイトは目を丸くした。本人も知らなかったのだ。力を使う最中、目が輝くなど。
 ジェルヴァジオは、驚きをあらわにするカイトの様子に気を良くしたのか、どこか嬉しそうに言った。

「誰もそれに気付かなかったのか?」
「……指摘された事は無かった。──ああ、そう言えば、俺がこの目の力を使った時には戦った者は皆殺してきたかもしれない。死ななかったのは、アンタだけだ」
「それは光栄だ」

 そう言って最後に、嬉しそうに微笑んだジェルヴァジオの顔面の破壊力たるや。

 カイトは直視できずに思わず目を逸らしてしまった。なまじ彼のブスッとしたような顔や、冷徹にニヤリと笑うような顔しか知らなかったものだから。何やら見てはいけないものを見てしまったような気分で、カイトは耐え切れなくなってしまったのだ。
 それを誤魔化すように、カイトは慌てて口を開いた。

「ッそれで、俺の目が普通じゃないとアンタは思ったって訳か。あの方には、これは“魔眼”の類いだろうと言われた。……ずっと疑問だったが、人間にそんなものが備わる事なんてあるのか? この目は本当に、“魔眼”なのか?」

 そう言いながら再びジェルヴァジオに視線をやれば、男は思案するような素振りを見せた。彼等は長寿で、人間にはほとんど発現しない能力についても詳しい。

 カイトは少しばかり期待していた。神子でもなしに理由もなく、こんな力を授かるなど普通ではない。ずっと、その訳を知りたかった。普通ではないものに、確たる名前を付けたかったのだ。
 そんなカイトの気を知ってか知らずか、ジェルヴァジオはその場で思い付いたように言う。

「俺が知る限りの話だが、人間にそう言った能力が備わる事はゼロではない。少なからず我ら魔族と人間とは関わりがあるし、血が混じる事もあったろう。魔眼で間違いはないとは思う。……そもそも、お前達人間には“神子”の力だって発現するんだ。別の何かに目覚める者があってもおかしくはない。あの大魔導士もだ。アレだって元は普通の人間だ。こんなのは理由なんて考えた所で意味などなき。この世界の理そのものだ」

 そう言って言葉を切ったかと思うと。ジェルヴァジオは再びカイトへ顔を寄せた。

「それよりもだ。魔眼には種類があると聞いた。神子と同類の先読みの力、目に見えないものを見る力、限界を超えた視力を持つ力──お前のはどれだ?」

 愉しそうに目を細めながら、カイトの目の前で男が言う。
 冷酷で残忍で凶暴な男が、こんな顔をして笑うだなんて。随分と可愛らしい男ではないか。うっかりそんな事を思ってしまって、もうこの時カイトはダメだと思った。
 この男に、すっかり囚われてしまった。

 ジェルヴァジオは何でも、自分の欲しかった言葉をくれた。この力を利用するつもりがないのも肌で感じてしまった。自分の為にわざわざ、南部から連れ出してくれた。忌々しいばかりだった力に、意味を与えてくれた。

 もう、ここから逃げ出す理由なんてどこにもない。もっともっと、男の言葉が欲しいと、カイトはそう思ってしまったのだ。

「……アンタは、どれだと思うんだ?」

 その眼差しから目を逸らす事も出来ず。まるで彼の気を引く為に質問を投げかけるかのように、カイトはそう言ってしまった。
 きっとこの時、カイトは自分から誘うような表情をしていたに違いない。自覚がありながらも、どうしても止められなかった。

 そんなカイトの姿に一瞬、動きを止めたジェルヴァジオは。嬉しそうに微笑んだ後で、カイトへと顔を寄せた。

「どれでもいい。後で、また聞こう」

 唇同士が触れるか触れないか、そんな距離で囁くように言ってから。
 男は、カイトへと口付けたのだった。男の印象とはまるで真逆の、啄むような優しい口付けだった。
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