その瞳に魅せられて

一ノ清たつみ(元しばいぬ)

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 カイルは生まれつき目が良かった。
 気が付くと遠くのものを見通せていたし、近くのほんの些細な事ですら異常な程に良く見えた。

 小さな頃はそれがおかしいだなんて分かるはずもなく、誰も知らない土地の事を話したり、誰も知り得るはずの無い事を饒舌に話したり、周囲からは大層気味悪がられた。

 それが異常な事だと気付いたのは、6歳ほどになる頃だった。両親を魔族が引き起こした不幸な事故で無くし、親戚に引き取られた時だ。
 年端もゆかぬ子供だと言うのに、彼は随分と早熟な子供だった。村の誰よりも、国の事をやけに良く知る子供だった。
 その頃、カイルはまだただのカイルだった。貧しい農村だ。名字など、誰も持っているはずがなかった。

 彼がリリエンソールの姓を得たのは、十ほどの頃だった。その頃になると、彼自身も自分の異常性を良く理解していて、自分の知る事をうっかり周囲に漏らす事もなくなっていった。

 けれども、狭い村の事だ。神から神託を受けている子供が居ると、あっという間に噂は広がり、彼はその地方でも有名な神童と謳われるようになった。或る者は賛辞し、そして或る者は畏れた。

 そんなある日の事だった。
 それを聞きつけた伯爵だか男爵だかが、突然カイルを迎えに来たのだ。何でも、神に祝福されたその子供を養子に迎えたい、との事らしかった。そうして連れて行かれる途中の事。彼は自分の“目”で、見てしまった。

 村長と育ての親が、ニコニコとしながらそれぞれ大金を受け取る様子を。その“目”で、見てしまったのだった。
 彼は悟った。自分は村の生活の為に、親戚の生活の為に、氏に売られたのだと。

 カイルを迎えたリリエンソール氏は、彼を騎士にすると言った。朝から晩まで沢山の訓練を積み、“目”の良さと元々の身体能力も手伝い、彼はメキメキと頭角を表していった。

『葉の月より王城へ仕えよ』

 彼が氏にそう言われたのは、16に成る頃だった。
 何の感慨もなく、彼は指示(命令)に従った。彼はその歳頃の青年の誰よりも落ち着いていて、そして誰よりも無関心だった。

 そこでカイルはまず、騎士団入団の為の試験を受ける事となった。“博識”で、そして腕っ節も強い彼には、然程難しいことでは無かった。程々の評価に抑え、上位に食い込むか否かという、余り目立ち過ぎず、そして武勇に優れたリリエンソール家の名に恥じぬ位置を選んだ。

 そしてめでたく、彼は騎士となった。
 それも、活躍を期待される新人が入る事で有名な第一騎士団だ。国王直下の近衞騎士にも近い。
 騎士となった事で与えられた部屋で一人、カイルはようやく力を抜いた。これで、あのリリエンソール家への借りは返せたはず。そう思うとひとつ、呪縛から解放された気がした。
 氏よりの手紙からも、それが氏の満足のいく結果であった事を知り、彼はその日ようやく、安心して眠る事ができたのだった。

 彼に転機が訪れたのは、それから数年後の事だった。彼が神殿からの要人警護に駆り出された際。

 何でも、祭事の為、この世でただひとりの“神子”が、この国の王城を訪れるのだという。狙われやすい人物らしく、頼れる警護者が必要なのだとか。

 彼は特に何ら感慨を覚える事もなく、他の任務とさしたる違いも見出せずに若手としては異例の特別任務を受ける事になった。

 その時には同期どころか、同じ隊の仲間からもえらく妬まれる事にはなったが。入隊時から既に、“賤しい下民”だのと蔑まれ続けてきた彼にとってはその程度、何らそれまでとの違いなど感じられるはずもなかった。

 祭事の間、彼は神子様と常に二人きりだった。まる十日間、彼は神子から片時も離れなかった。何でもない、いつもと同じ、命令されるがままにただ付き従うのみだ。

 神子服という首輪を嵌められたような神子に、僅かばかりの親近感を覚えながら。自分はああも弱くなくて良かったなんて、そんな蔑みの感情すら覚えつつ、彼は神子の後ろを付いて回った。

 そして、運命のその出来事は、祭事の十日目に起こった。最後の日の別れの挨拶。
 神子は警護の礼と共に、彼に向かってこう、言ったのだ──。

『貴方はとてもイイ“目”をお持ちだ。全てを見通せてしまうこの辛さ、私も身に染みております』

 神子の言葉に、彼は雷に打たれたような衝撃を受けた。その力を見透かされたのは、この時が初めてだった。

『貴方のそれは“魔眼”の類いでしょう。似たモノ同士、どうぞ仲良くしましょう』

 まるで、本に描かれた天の遣いの如き白い装束に身を包み、ヒラヒラと裾をはためかせながら去るその背中から、彼は目を離す事ができなかった。

 初めてだったのだ。生まれてこの方、気味悪がられ蔑まれながら生きてきた彼が、初めて他人に“理解”された。仲良くして欲しいと、そう、言われたのだ。本当の意味での似たモノ同士。
 カイルはこの時初めて、秘密の仲間を得たのである。

 それからの彼の活躍は、傍から見ればさも目覚ましい成長を遂げたかのように見えただろう。以来、彼は隠す事をしなくなった。近衛騎士の立場をすら自ら辞し、初めて抱いた願いの為だけに戦場に出て戦い続けた。

 たった一つの願い、ただ一人に会う為だけに、彼は凄まじい程の戦いぶりで戦果を上げ続けた。この国一番の騎士となれば、ひとつ、国は何でも要求を呑んでくれる。彼はそれを知っていたのだ。

 彼の前に立ち塞がる壁は、人だろうが何だろうが、次々と粉砕された。何せ、彼には何でも“見えて”いるのだから。

 彼が願いを叶えたのは、それから僅か数年足らずの事だった。
 最早北部では敵無し、と称される程に、彼は輝かしい程の武名を上げた。そしてその時に褒美として、かの“神子様”の騎士と為る事を要求した彼は。晴れて、かの“神子様”の為だけに仕える専属騎士と相成ったのであった。

 久々に会った“神子”は、彼に向かって悪戯に笑いながら言った。

『貴方ならばきっと来ると、分かっていましたよ』

 神子は未来をも見通すと言われている。初めて出会ったあの時にはもう、神子は彼が自分に仕える道が見えていたのかもしれない。

 彼は思わず苦笑した。神子に嵌められたのだろうとこの時初めて気が付いたのだ。
 神子の可愛らしい企みにまんまと乗せられて、けれどもそれが何故だか嫌ではない。いっそ心地好いとすら、彼は思ってしまった。

 その場で地に跪き、神子に剣を捧げながら彼はこの時誓った。

『この身をかけて、貴方様を生涯お護りする事を誓います。何をしてでも、何があっても──』

 こうして彼──カイル=リリエンソールは、“神子”の守護者として、南部に連れ去られてからもずっと、傍に居続けたのだ。死ぬ間際まで、彼は“神子”の為に尽くしたのである。例え彼がどんな汚名を被る事になろうとも。その身体がどんな目に遭おうとも。
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