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しおりを挟む別に、カイトはふざけている訳でも相手を馬鹿にしている訳でもなかった。
ただ、こんな中ではやる気が起きないだけ。ここはいかんせん、平和過ぎるのだ。
「うっせぇぞクソガキが。目ぇ腐ってんじゃねぇの? 俺もアイツと同じモン付いてるっての。今ここで見せてやろうか、ああ? 寝ぼけた事言ってんじゃねぇよ」
そういつものようにカイトが言い放てば、その女性はワッと泣きながら走り去って行ってしまった。
フンッと彼が鼻を鳴らせば、その後ろではセルジョが渋い顔をしつつ頭を抱えている。
「カイト殿お願いです……忠告するにしても断るにしても、もう少し、穏やかに、柔らかくお願いします……」
最早ここ最近の名物にすら成り果ててしまっているカイトと彼ら彼女らとの言い争いは、今のところカイトが全勝を飾っている。
と言うのも、カイトが正式に神子の従者としての役目を負う事になってからずっと、こうやって何度もやんごとなきところの子息や子女方に呼び出されているのだ。
身分云々でいえば、カイトはどうしても下手に出ざるを得ないのであるが。しかし彼にとっては、その呼び出しの理由がそもそも気に食わなかった。
『神子の従者の役目を降りろ』だの、『自分の方が生まれも育ちもお前より優れているのだから従者の役目を寄越せ』だの、何人もが口を揃えたように同じ事ばかり言い放ってくるのだ。
今度こそは、別の理由でもって自分を呼び出してくれたのでは、と多少期待しながらわざわざ話を聞いてやるのだが。結局はいつも彼らは同じネタを喋ってくれる。それを聞くたびにカイトは酷くガッカリした。
まだ自分が高校生だった頃の方が、彼らは多彩な理由でカイトを蹴落とそうとしてきたものだ。そちらの方が余程愉快で、暇潰しには最適だった。勝つのは必ずカイトの方だと決まっているのだから。
無駄に顔立ちの整った親友やらがいる事で、妙なやっかみを受けるのは、どうやらどこの世界でも変わらぬようだった。
「は? 向こうに言ってくれねぇ、それ? 下手に出てりゃ調子に乗りやがる。ああいうのには優しく何言っても無駄なんだよ。どうせ結果は同じなんだから、少しでも早く解放されたいだろ、あんなの。いちいち付き合ってられっか」
「ああ……」
「本当は一発グーパンでもかましてやりたいんだけど、我慢してんだろ」
「……女性にも?」
「──まぁ、女の子は平手打ちで勘弁してやる。男女びょーどー」
「…………」
神子と揃いの服を靡かせ振り返りながらあっけらかんと言ってのけるカイトに、セルジョは最早諦め顔だ。
化粧を施されている為、どう見てもお淑やかな淑女にしか見えないところが余計に頂けない。言ってる事は最低なのに、愛らしい笑みを浮かべながら振り返られると、何故だか許してしまいそうになる。セルジョは困惑するばかりだった。
これでもう十数回程目になるか。セルジョは同じ事を何度もカイトに進言しているのだが。これ以上言っても彼には無駄なのだろう、とセルジョはようやく悟ってしまったらしかった。
それからもいつも通りだった。カイトが呼び出されるのは決まって、城の居住スペースからは遠く離れた玄関ホール付近である。
時々、開放された中庭や、王城の正面に広がる大庭園を指定される事もあったが、城から離れる事はあまりなかった。
これはカイトは知らされていない事であるのだが、彼には必ず近衛の誰かが付く事になっている。つまりは王族や神子と同等の扱いで、当人は毎度毎度、随分と丁重な扱いだなと驚いたものだが。カイトは深く考えるような事はしなかった。
何せ、神子様の正式なお付きがカイトなのである。そのような特別扱いがあっても不思議ではないだろう、とカイトは納得していた。そんなにも警備が厳重な理由がそれだけでないのは、カイトだけが知らなかった。
いつものそんな呼び出しからの帰りの道での事だった。突然セルジョが呼び止められたのだ。
「セルジョ隊長」
声をかけたのは、セルジョと同じ近衛兵のひとりだった。神子を迎えに出た際、カイトも見た顔である。セルジョはカイトに一言断りを入れると、彼の方へと寄って行った。カイトはその間、呼び止めた男を観察する。
赤茶の短髪に深い掘りの入った顔立ちで、その奥から覗くのは翠の目。セルジョ程のカリスマ性はなかったが、鍛え上げられた肉体と洗練された動きに、精鋭である事は十分に窺い知れた。
二人に対してニコリともせず、随分と無愛想な男だったが、そんな人間は珍しくもない。カイトは特に気にも留めなかった。
「ヴィットリオか、どうした?」
「任務中に申し訳ありません。アウジリオ殿下がお呼びです。私が代わります」
「殿下が……? 任務中に呼び出しとは、珍しい。仕方ない、分かった、行こう。頼めるか?」
「ええ、もちろん。承知致しました」
そんな会話を交わした後で、セルジョは再びカイトへと向き直った。眉尻を下げ、少しばかり申し訳なさそうな表情だ。
「済まない、カイト殿。殿下に呼ばれたのであれば行かなくては。代わりはこのヴィットリオが務めますので。彼もまた、優秀な騎士ですので心配無用です」
「ん、分かった」
「ああ、済まないな……ヴィットリオ、くれぐれも頼んだぞ」
「はい」
そう言って、小走りで踵を返したセルジョを見送ってから、カイトは新たに付けられた護衛を見上げた。セルジョも大きいはずだが、彼はまた随分と大きく見えた。筋肉の厚みが違うせいだろうか。そんなどうでも良さそうな事を考えながら、彼は未だ無言を貫くその男へと声を掛けた。
「えっと……あの、部屋までお願いシマス。俺、まだ道がさっぱりなので」
ほとんど初対面の彼には丁寧に、きちんとお願いをする。ヴィットリオは無言のまま、コクン、と頷いたのだった。
その様子が、体格の割にどこか小動物じみていて、カイトはそこで何故だか肩の力が抜けるような気分を味わったのだった。
「カイト殿は、18歳なのですか?」
歩き出してしばらく経った後の事だった。突然、前を歩くヴィットリオに話しかけられる。きっと、他愛も無い世間話のつもりなのだろうとカイトは察して、素直に答える事にした。
「うん、18だ」
「そちらの世界でも、大人の扱いをされるのですか?」
「まぁ、ほとんど同じ扱いではある。正式には20歳」
「成る程、興味深い。──では、あちらでは家族は? その年代では、お一人で住まわれるのですか?」
家族──あまり予想していなかった彼の質問に、カイトは少しだけドキリとした。
こちらの世界でも敢えてその話題を避けていたし、積極的に聞かれる事もなかった。いつもハルキが隣に居て、さりげなくフォローをしてくれる。だからカイトは答えずに済んだ。けれども今、ハルキは隣に居ない。それが今は心細く感じられた。
けれども、今更天涯孤独である事をウジウジと悩むような年頃でもないし、第一、今の自分の精神年齢では二十歳も多分に過ぎている頃の筈。近しい人間の死なんて、あの頃は特に何度も繰り返していた筈だ。だからもう、カイトは一人で立てる。立たなければならない。
意を決して、カイトはその問いに答えるのだ。18歳らしく見えるように。未だ燻る物悲しさとは決別するように。
「──いない、皆死んだ。強いて言えば、ハルキが家族かも。一時期一緒に住んでた」
「すみません……」
「や、別に……もう、ずっと前の事だし」
まるで自分に言い聞かせるようだ。そんな感想を持ちながら、カイトはその後もヴィットリオの淡々とした質問に答えていくのだった。反応は薄いけれども、どうにも憎めない性格で、カイトは彼の背後でこっそりと苦笑するのだった。
だがそんな時だった。カイトは突然、その場で強烈な違和感を感じたのだ。
この日また、魔族らしき者の魔力の気配を感じたのだ。先程まではまったく感じられなかったと言うのに、一体どういう訳だろうかと。
ここ最近はずっとこんな調子だった。時折フッと妙な魔力の感じられたかと思うと、あっという間に消えてなくなってしまう。それは城の至るところで起こり、しかし一向に手掛かりが掴めない。
余程隠すのが上手いか、それとも何処からか漂ってきたものが城内へと入り込んだのか。理由は分からなかった。だが、今やその筋の専門家では無くなってしまったカイトには、それについて調査する事もままならない。
何せ、一日中何かを警戒するようにセルジョやらが張り付いているからだ。辟易するがしかし、そこでカイトが拒否するのも不自然で。彼は渋々受け入れるしかなかった。
お陰でストレスは溜まるし、面倒だし、件の魔力の調査など出来るはずもなかった。何とも、自分は何処へ行っても、生きづらい。カイトがそんな事を考えていた時だった。不意に、ヴィットリオに声をかけられた。
「カイト殿? ──大丈夫ですか?」
その声にハッとして、カイトが顔を上げると。自分のすぐ目の前に、ヴィットリオの顔があった。思っていたよりも随分と近くに顔があり、思わずギョッとして一歩飛び退いてしまった。
その瞬間、彼は少しだけ悲しそうな顔をしたので、カイトはほんの少しだけ申し訳なく思ったのだった。
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