その瞳に魅せられて

一ノ清たつみ(元しばいぬ)

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『左舷方向から敵多数、構え』

 突然空から降って来た女の声は、警告だった。

 それは本当に咄嗟の事で、声の主を探していハルキは驚くばかり。カイトもハルキの真似をして目を見開きキョロキョロするなどしたが、声の主が誰かを知っているカイトは内心、気にもとめなかった。
 いっそ気になったのは、襲撃者に纏わる情報の方である。聞き耳をたてながら注意深く観察した。

「騎士は前へ!」
「うわ、ちょ、怖っ」
「おお、本物だ……」

 声が降ってきて即座に、アウジリオが真っ先に叫んだ。小声でハルキやカイトが悲鳴やら感心やらの声を上げる中、アウジリオの号令に反応した騎士達は、ハルキとカイトの乗る馬を護るように陣形を組む。神官達もまた馬を降り、騎士達の後ろを護るように陣取っていた。言わずもがな、彼等にとっては、かの神子様を護る事が最優先だからだ。

 そして、彼等の迎撃態勢が整ったかと思った次の瞬間の事。左手の岩山の影から突如、ワッと多数の騎馬兵達が飛び出して来たのだった。岩山には到底隠れきれないだろう数十にも及ぶ人間の兵士達は、明らかに何者かの手によって巧妙に隠されていた。待ち伏せによる奇襲を狙ったそれは、見事、大魔導士の活躍により狙いを外した形となった。

「ッチ!読まれてたか」
「こりゃ大魔導士だな……あんのババア、中立とかほざいておきながら」
「おい、どうすんだ!」
「……少しでも良い、奴等の兵力を削いでおけ」
「んな無茶な……アレ一人一人に並ぶような戦力、ウチじゃそもそも外に出す余力はねぇぜ」
「承知の上だ。見計らって撤退しろ」
「……了解した」

 岩山の間より最後に出て来た二人組がそのような会話をする中で。サザンクロス王国の騎士達は、彼等をあっという間に返り討ちにしてしまったのだった。
 撤退の合図と共に岩山の方へと戻って行く騎馬兵を見ながら、アウジリオとその近くに居た近衛騎士、エルネスという男が言葉を交わした。

「深追いはするなよ! ……よし、いくらあの人数の騎馬とはいえ、奇襲が成功していたら危なかったな。大魔導士殿の助力と心遣い痛み入る」
「ええ、本当に。……アレは、北部連合の連中でしょうか?」
「恐らくはな」
「我らに昔攻め落とされてからもなお諦めない……いい加減身の程を知れというに」
「まぁ、そう言うな。力を削がれ最早羽虫程の力しか残してはおるまい。完全に力を失う前の悪足掻きといったところか。──ただの負け犬の遠吠えよ」

 そのような会話を小耳に挟んだカイトは、耳慣れない北部連合という言葉にはて、と思考を巡らせた。彼の生きた頃に、そのような連合は無かった筈だった。

 北部にある国々はどこも岩と森林に囲まれた雪深い土地で、南部にあるサザンクロス等に比べると、どこも小さく貧しかった。そんな国々の中でも、唯一大国と呼ばれた国があったが、あそこはもう無くなってしまった。雪の降らぬ土地を求め南下し、しかし強欲で凶暴であったが故に南の国々に叩き潰されてしまったのだ。

 元々無くなっても当然な程の酷い国だったので、その当時のカイトはざまぁないと嘲笑ったものだったが。現在はそんな連中の残党がこぞって手を組んだ、という事だろうかと。

 カイトは少しばかり考えてしまった。あれらの生き残りがもし再びあの地を支配しようものならば。きっと昔のカイトなら、即座に叩き潰していた事だろう。奴らはそれ程にどうしようもない所だったのだ。

 ただひとつ、ここでカイトは不安の種を思い出す。あの地には魔族が居た。魔族は北部に居た連中と同じように、凶暴で強欲で、時に人をいたぶっては殺す、これまたどうしようもない種族である。人よりも長生きで頑丈で、生まれ持った特殊な能力を使う、非常に厄介な存在だった。

 そんな奴等の中には、昔のカイトを知っている者がいるはずだ。そうなると少し、厄介である。彼等は人間が単騎では太刀打ちができない程に強く、そして鼻が効く。
 もし、今のカイトが彼等と下手に出会ってしまったら。カイトが普通でない事、そしてこの世界で生きた記憶を有している事を看破される恐れがあった。

 何せ、数百年も生きる種族だ、確実に何人かは今でも生きているはず。話を聞く限り、カイトが知っている時代からはまだ、百年程しか経っていないようだから。
 まぁいずれにせよ、ここは比較的平和な南部で、北部の魔族達の領域からは遠く離れた土地だ。神子の傍に居れば、出くわす事もそうそうないはずである。

 大丈夫、不安などないはずだ。考え過ぎだ、何を恐れる事がある、と。半ば無理矢理納得させるようにカイトはバッサリと思考を切り上げたはずだった。

 今唯一の不安の種はそこだった。それさえ無ければカイトはずっと、普通の人として生きてゆぬ事が出来るのである。
 蹂躙される心配も、昔自分が持っていた力についても何も考える必要もなく、日本に居た頃と大して変わる事なく平和に安心して暮らしていける。カイトには、その権利が与えられたのだ。

 例えハルキと二人、何処かへ逃亡する道を選ぶ事になっても、カイト達はただ日本へ戻ってしまえば良い。今の役立たずなカイトにとってすら、それは簡単な事だ。
 なにせ一度成功させているのだ。やり方は知っているのだから、ハルキさえ居れば簡単に帰れる。だからそう、何も心配することは無い。

 そうやって無理矢理自分を納得させるように言い聞かせる。何かを予見して騒つく心の内を何とか落ち着けようとする。けれども今日ばかりは心が騒ついて仕方なかった。一向に落ち着く気配が見られない。

 昔の力なんて失って久しいはずなのにどうしてだか、今になってその感覚が思い出された。咄嗟に口を覆うと、目敏いハルキから声がかかった。

「カイト? 顔色悪いけど……もしかして体調悪かった?」
「あー……今少し、気分が良くないかも」
「おや、それではまた、眠りますか? 良いですよ、私に身体を預けて頂いても」
「折角だからそうしてな、セルジョならもう慣れただろうし」
「ん、そう、する。お願い、シマス」

 考え過ぎだ、大丈夫、何もない。何も起こらない。内心で繰り返しそう言い聞かせながら、カイトは馬上でセルジョにそっと身体を預けたのだった。人の体温はいつも、自分を安心させる。ハルキの事を考えながら、カイトの意識は深く深く沈んだ。





『なぁ、おい…………あいつか?』
『──多分な。気配は別物だが、覚えのある魔力だ』
『そりゃ結構だ。今度はちゃんと引き摺って来いよ?』
『見くびんな。二度と、同じ過ちは犯さねぇ』

 人間の踏み入る事の出来ない領域の中で、そんな言葉を交わす者が二人。

 カイトの前世での所業がまさか思った以上に影響を及ぼしていて、それが新たなる騒乱の火種になっていただなんて。とっくに死んでしまっていた彼が知る筈もなく。
 晴れ渡った空に嵐の前の静けさはよくよく馴染んだ。
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