6 / 23
2-3
しおりを挟むその日もまた、カイトとハルキ達は旅の道中、かの国の護衛達に守られながら休息をとっていた。
ここサザンクロスの国は、どこも温暖な過ごしやすい気候で、木々が生い茂る緑豊かな土地だった。そういう意味では、日本の春の時節に多少似ているかもしれなかった。けれども四季は無く、乾季と雨季が交互に訪れる、農業に適した土地であった。
晴れていれば、日中の陽の光は心地好い眠りを誘い、穏やかな午睡を楽しむ事も出来るだろう。
そんな土地の正午にも近いだろう時分の事。
同行者達との団体行動にも慣れ、カイトもハルキも、大分気安く会話を交わすようにはなった。あくまでも、異世界の若者としてのそれであったが。
「そちらの世界ではそれが普通なのか」
そう言って微笑んだのは、カイトの面倒見を任された(押し付けられた)セルジョだった。迎えにやってきた彼等の中では、最も穏やかで話しやすく取っ付きやすいのが彼なのである。男女共に人気の高い、信頼された騎士らしかった。
「うん。学生って大体そんな感じだよな。他所の国は知らねぇけど。ほんと、平和ボケした所だよ」
「それな。罵倒されたのに、それで萌えキャラ作っちゃったりとかさ」
「あー、そんなんあったなぁ。ハルキ、良く覚えてんな。結構昔の話だよな、アレ」
「もえ……?」
「あっ……【萌え】って、え、コレ何て説明したら良いんだろ。可愛いキャラクター的な?」
「可愛いキャラクタァ……」
「あー、うん、もうそれでいいんじゃない?カイトのがそういうの詳しいでしょ」
「うるっせぇ、ハルキも大して変わんねぇだろッ」
「あははっ」
「な、なるほど……?」
セルジョの話し易い雰囲気のお陰だろうか、二人は普段と変わらぬ調子で会話を繰り出す。若干、若者の話題に付いていけないし社会人のようなやり取りにも見えなくもなかったが、誰も指摘する者は居なかった。
そのような様子を、他の人間達はどこか羨ましげに見ているのだが、カイトもハルキも当然のように声をかける事はしなかった。何しろ、二人はほんの少し人見知りな、イマドキの若者なのだから。
特殊な事情もあって、二人だけで過ごす機会はその年代の誰よりも多かった。そんな二人の息の合ったやりとりに、誰かが口を挟める筈がない。
「二人は、本当に仲が良いな」
セルジョではない、別の騎士がぽつんと呟いた。この世界に来て、ハルキとカイトに一番最初に話しかけた金色の騎士だった。
あの時カイトが見抜いたように、彼は彼の国の王子の一人であった。世継ぎにはどう足掻いてもなれない位置だそうで。しかし、確かに身分はこの中でも確実に上位にくる男。本名かどうかは不明だったが、彼はアウジリオと名乗った。
振り向かせる事が目的ではない、アウジリオの自然とこぼれ落ちたような声に、ハルキとカイトは逆に興味を惹かれた。二人にとってそれは、何度聞かれたかも分からない、聞き覚えのある言葉だったから。
「まあね!」
「当然!」
元の世界でも散々応えてきたその台詞を、二人は当然のように言い放ったのだった。
それをどこか眩しそうに見ながら、アウジリオは更に言葉を続けた。
「……そうか。なら、二人がどのように暮らしてきたのか、興味がある。続きをもっと話してくれないか?この地での人々の暮らしぶりは、二人もそれなりに聞いていると思う。ならば我々は、君達の世界について知りたい」
優しげな表情を浮かべながら、アウジリオがカイトとハルキに問う。彼の言う通り、ここのところ二人はこの世界についての話ばかりを聞かされてきており、逆に、二人がどういった生活を送ってきたかは話に上る事もなかったのだ。初めて聞かれる、自分達の世界に関する問いだった。
「俺らの……」
「世界……」
先程セルジョに聞かれた時のように、二人は一度ジッと互いを見つめ合ってから、ニッコリと笑ってアウジリオの問いに応えるのだった。
「いいぜ!」
「もっちろん! 何からが話すのが良いかなぁ……カイト、何からがいいと思う?」
「あー……、俺らの国の事と学校の事から話さないと駄目じゃ────」
そんな二人の様子に、多くの者達が毒気を抜かれる。別に二人にその気がなくとも、彼等の仲睦まじい様子はいつだって他者の目には微笑ましく映る。それが異世界であったとしても同様で。
神子を取り合い言い争いをしていた者達も、多少なりとも二人の仲に感化された様子だった。どうやってハルキとカイトを引き離すか、そんな主張を囁いていた者ですら、バツの悪そうな顔で黙り込んでしまう。この場に居る誰もが、ひとり、またひとりとカイトとハルキの講演に引き込まれていくのだった。
「──で、高校卒業するからーって、カイトと卒業旅行も計画していざ! って時にね……」
「それな。俺、ハルキと一緒に海外一度は行ってみたかったわ。……まぁ、ここも海外っちゃ海外みたいだけどな」
「一方通行だけどね!」
「ほんそれな!」
キャッキャと二人が騒ぎながら説明が終わると、そこで休息の時間は終了となった。この時ばかりはカイトも昔の事などすっかり忘れ、唯の高校生カイトとして、普段のハルキとのやり取りを楽しむ事が出来たのである。それはきっと、幸せなひと時に違いない。
何もかもを忘れた事にして、こうして二人気のままに過ごすのも悪くない。それは確かに、カイト自身の願望に過ぎなかった。
そんな幸福なひと時も終わりを告げ、彼等は早々に出発する事となった。随分と慌ただしい出発だとカイトは思ったものだったが、聞けば、もうじき国の首都が見える所にまで到達するのだという。夜になる前に、せめて領内の関所の中には入っておきたいとの事だった。
「あの辺りには厄介な魔物が出る。万が一、出られたら応援を呼ぶ必要もある。昼間の内に抜けてしまいたい」
そんな簡易的な説明を聞かされて、出発の準備をしながらハルキとカイトはコソコソと囁くように会話を交わす。
「魔物だってさ、カイト。いよいよファンタジーだね。どんなのが出るのかな」
「んー、アレじゃね、ゴブリンとかオークとか、洋ゲーなんかにも良く出てくるヤツ? ……想像したくねぇわ」
「現れてからのお楽しみなのかな? あっ、いや、やっぱ嘘、絶対出会したく無い……秒で殺られる気がする」
「それな。騎士の人達と一緒に固まってようぜ……」
本当の所、カイトはどんなモノ達が現れるのかは知っている。ずっと昔、散々蹴散らして来た者達だったから。
けれども今、カイトは高校生なのだ。片手で魔物や魔族なんかを吹き飛ばしたり、結界を張って敵の侵入を抑えたり魔術を掛けたり、そんな事が出来る筈はないのだ。だから全く検討外れな事を言って、少しでもハルキの心情を考慮するのである。
あそこに出るのは、魔物だなんてそんな生優しいものではない。知恵を持ち、人を喰らわんと食指を伸ばす、魔族崩れの化け物共。変に自信過剰な割には人間相手に敵いもせず、絡め手でどうにか人間を罠に嵌めようとするのだ。カイトが生きていた頃も、どれ程の人が犠牲になったかは知れない。一介の従者でしか無かった彼がどうにか出来るはずもなく、当時も犠牲は増える一方だった。
散々注意をしろと呼び掛けたというのに、そんなものに引っ掛かった間抜けを気にするお人好しはこの世界には居なかった。皆がそれぞれ、自分だけが一番なのだ。
そんな中、在りし日の主人が異常な程の他人想いだったから、代わりに彼は性悪になったのだ。
付け入ろうと画策する者共を、過去の彼は片っ端から切って捨てた。比喩の時もあったが、文字通りにそうした時もあっただろう。けれどそれ位が、その二人には丁度良かったのだ。
己を無碍にする事も厭わない主人の知らぬ所、平気な顔で泥に塗れて工作し、他所でも内でも恐れられる。それが、彼だったのだ──。
「カイト? 大丈夫?」
「え?」
「何か、遠くの方見てたから……」
懐かしい事を微かに思い出していたところで、ハルキに声をかけられハッとする。見ればハルキは、どこか不安そうな表情でカイトを見つめていた。
カイトにとって、その過去を思い出す事なんて別に大したことでは無いのだが、この心優しい『親友』は、目敏くもカイトの異変に気付いてしまう。そして、まるで自分の事であるかのように、彼の事を心配してしまうのだ。こんなハルキの心根が、以前の主人に良く似て居ると、カイトはどうしても思えてならなかった。
「んだよ、そんな顔して……別に何とも無い。王都ってどんなかなーって見てただけだっつーの!」
「あでっ! 痛い、何すんの!」
言い終えるのと同時にデコピンでその額を打ってやれば、心配そうだった表情がいつもの拗ねたような顔に変わる。それをしめたと思いながら、何かを言われる前にカイトはさっさと歩き出した。
「お前の方こそ変な顔してるからだっつーの! ほら、行くってよ」
「ちょっと待ってカイト、俺も!」
妙に鋭いハルキの事、ここに来てからのカイトに違和感を感じているようなのだ。ここ数日、先程のようにやたらと心配性になった。こうやって日に何度も大丈夫かと聞くようになった。
もちろんまだ、ハルキは何かを疑っているというだけで何も知らないはずだろうけれども。神子と呼ばれたあの人の能力を思い出しながら、カイトは少しばかり恐れを抱く。どうしてだか、ハルキには過去の事を知られたくなかった。
もちろん、カイトが下手さえ打たなければ、かつての彼を『知っている』人間さえ居なければ何の問題もないのだが。どうにもざわざわとして騒がしい。
気のせいだ、と何度も言い聞かせて心を落ち着けながら、カイトは何も出来ずにその予感を誤魔化し続けた。
そして、そんなカイトの背を見ながらハルキはぼそりと呟くのである。
「カイトの夢を見たなんて……言ってもきっと信じないだろうな」
カイトの後ろを走って追いかけながら、ハルキの口から溢れ出た言葉は。本当に誰にも聞かれる事なく、その場で消えていったのだった。
それが実は、神子ならではの予知夢の能力であって。未来を変える為の神子のお告げは神官達によって各地へ伝わり、代々国を良い方へ導いて来た、というのは国の人間ならば誰もが知る話で。それを未だ知らぬハルキは、その時が来て初めて夢のお告げの重大さを知る事になるのである。
そしてカイトですら、ハルキが既に神子の能力を開花させているだなんて、誰も知るはずがなかった。
0
お気に入りに追加
479
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
運命の息吹
梅川 ノン
BL
ルシアは、国王とオメガの番の間に生まれるが、オメガのため王子とは認められず、密やかに育つ。
美しく育ったルシアは、父王亡きあと国王になった兄王の番になる。
兄王に溺愛されたルシアは、兄王の庇護のもと穏やかに暮らしていたが、運命のアルファと出会う。
ルシアの運命のアルファとは……。
西洋の中世を想定とした、オメガバースですが、かなりの独自視点、想定が入ります。あくまでも私独自の創作オメガバースと思ってください。楽しんでいただければ幸いです。
【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。
ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。
幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。
逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。
見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。
何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。
しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。
お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。
主人公楓目線の、片思いBL。
プラトニックラブ。
いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。
2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。
最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。
(この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。)
番外編は、2人の高校時代のお話。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜
N2O
BL
気弱で不憫属性の第三王子が、二人の男から寵愛を受けるはなし。
表紙絵
⇨元素 様 X(@10loveeeyy)
※独自設定、ご都合主義です。
※ハーレム要素を予定しています。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜
ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。
そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。
幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。
もう二度と同じ轍は踏まない。
そう決心したアリスの戦いが始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる