その瞳に魅せられて

一ノ清たつみ(元しばいぬ)

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 その日もまた、カイトとハルキ達は旅の道中、かの国の護衛達に守られながら休息をとっていた。

 ここサザンクロスの国は、どこも温暖な過ごしやすい気候で、木々が生い茂る緑豊かな土地だった。そういう意味では、日本の春の時節に多少似ているかもしれなかった。けれども四季は無く、乾季と雨季が交互に訪れる、農業に適した土地であった。

 晴れていれば、日中の陽の光は心地好い眠りを誘い、穏やかな午睡を楽しむ事も出来るだろう。
 そんな土地の正午にも近いだろう時分の事。
 同行者達との団体行動にも慣れ、カイトもハルキも、大分気安く会話を交わすようにはなった。あくまでも、異世界の若者としてのそれであったが。

「そちらの世界ではそれが普通なのか」

 そう言って微笑んだのは、カイトの面倒見を任された(押し付けられた)セルジョだった。迎えにやってきた彼等の中では、最も穏やかで話しやすく取っ付きやすいのが彼なのである。男女共に人気の高い、信頼された騎士らしかった。

「うん。学生って大体そんな感じだよな。他所の国は知らねぇけど。ほんと、平和ボケした所だよ」
「それな。罵倒されたのに、それで萌えキャラ作っちゃったりとかさ」
「あー、そんなんあったなぁ。ハルキ、良く覚えてんな。結構昔の話だよな、アレ」
「もえ……?」
「あっ……【萌え】って、え、コレ何て説明したら良いんだろ。可愛いキャラクター的な?」
「可愛いキャラクタァ……」
「あー、うん、もうそれでいいんじゃない?カイトのがそういうの詳しいでしょ」
「うるっせぇ、ハルキも大して変わんねぇだろッ」
「あははっ」
「な、なるほど……?」

 セルジョの話し易い雰囲気のお陰だろうか、二人は普段と変わらぬ調子で会話を繰り出す。若干、若者の話題に付いていけないし社会人のようなやり取りにも見えなくもなかったが、誰も指摘する者は居なかった。

 そのような様子を、他の人間達はどこか羨ましげに見ているのだが、カイトもハルキも当然のように声をかける事はしなかった。何しろ、二人はほんの少し人見知りな、イマドキの若者なのだから。

 特殊な事情もあって、二人だけで過ごす機会はその年代の誰よりも多かった。そんな二人の息の合ったやりとりに、誰かが口を挟める筈がない。

「二人は、本当に仲が良いな」

 セルジョではない、別の騎士がぽつんと呟いた。この世界に来て、ハルキとカイトに一番最初に話しかけた金色の騎士だった。

 あの時カイトが見抜いたように、彼は彼の国の王子の一人であった。世継ぎにはどう足掻いてもなれない位置だそうで。しかし、確かに身分はこの中でも確実に上位にくる男。本名かどうかは不明だったが、彼はアウジリオと名乗った。

 振り向かせる事が目的ではない、アウジリオの自然とこぼれ落ちたような声に、ハルキとカイトは逆に興味を惹かれた。二人にとってそれは、何度聞かれたかも分からない、聞き覚えのある言葉だったから。

「まあね!」
「当然!」

 元の世界でも散々応えてきたその台詞を、二人は当然のように言い放ったのだった。
 それをどこか眩しそうに見ながら、アウジリオは更に言葉を続けた。

「……そうか。なら、二人がどのように暮らしてきたのか、興味がある。続きをもっと話してくれないか?この地での人々の暮らしぶりは、二人もそれなりに聞いていると思う。ならば我々は、君達の世界について知りたい」

 優しげな表情を浮かべながら、アウジリオがカイトとハルキに問う。彼の言う通り、ここのところ二人はこの世界についての話ばかりを聞かされてきており、逆に、二人がどういった生活を送ってきたかは話に上る事もなかったのだ。初めて聞かれる、自分達の世界に関する問いだった。

「俺らの……」
「世界……」

 先程セルジョに聞かれた時のように、二人は一度ジッと互いを見つめ合ってから、ニッコリと笑ってアウジリオの問いに応えるのだった。

「いいぜ!」
「もっちろん! 何からが話すのが良いかなぁ……カイト、何からがいいと思う?」
「あー……、俺らの国の事と学校の事から話さないと駄目じゃ────」

 そんな二人の様子に、多くの者達が毒気を抜かれる。別に二人にその気がなくとも、彼等の仲睦まじい様子はいつだって他者の目には微笑ましく映る。それが異世界であったとしても同様で。

 神子を取り合い言い争いをしていた者達も、多少なりとも二人の仲に感化された様子だった。どうやってハルキとカイトを引き離すか、そんな主張を囁いていた者ですら、バツの悪そうな顔で黙り込んでしまう。この場に居る誰もが、ひとり、またひとりとカイトとハルキの講演に引き込まれていくのだった。

「──で、高校卒業するからーって、カイトと卒業旅行も計画していざ! って時にね……」
「それな。俺、ハルキと一緒に海外一度は行ってみたかったわ。……まぁ、ここも海外っちゃ海外みたいだけどな」
「一方通行だけどね!」
「ほんそれな!」

 キャッキャと二人が騒ぎながら説明が終わると、そこで休息の時間は終了となった。この時ばかりはカイトも昔の事などすっかり忘れ、唯の高校生カイトとして、普段のハルキとのやり取りを楽しむ事が出来たのである。それはきっと、幸せなひと時に違いない。

 何もかもを忘れた事にして、こうして二人気のままに過ごすのも悪くない。それは確かに、カイト自身の願望に過ぎなかった。
 そんな幸福なひと時も終わりを告げ、彼等は早々に出発する事となった。随分と慌ただしい出発だとカイトは思ったものだったが、聞けば、もうじき国の首都が見える所にまで到達するのだという。夜になる前に、せめて領内の関所の中には入っておきたいとの事だった。

「あの辺りには厄介な魔物が出る。万が一、出られたら応援を呼ぶ必要もある。昼間の内に抜けてしまいたい」

 そんな簡易的な説明を聞かされて、出発の準備をしながらハルキとカイトはコソコソと囁くように会話を交わす。

「魔物だってさ、カイト。いよいよファンタジーだね。どんなのが出るのかな」
「んー、アレじゃね、ゴブリンとかオークとか、洋ゲーなんかにも良く出てくるヤツ? ……想像したくねぇわ」
「現れてからのお楽しみなのかな? あっ、いや、やっぱ嘘、絶対出会したく無い……秒で殺られる気がする」
「それな。騎士の人達と一緒に固まってようぜ……」

 本当の所、カイトはどんなモノ達が現れるのかは知っている。ずっと昔、散々蹴散らして来た者達だったから。
 けれども今、カイトは高校生なのだ。片手で魔物や魔族なんかを吹き飛ばしたり、結界を張って敵の侵入を抑えたり魔術を掛けたり、そんな事が出来る筈はないのだ。だから全く検討外れな事を言って、少しでもハルキの心情を考慮するのである。

 あそこに出るのは、魔物だなんてそんな生優しいものではない。知恵を持ち、人を喰らわんと食指を伸ばす、魔族崩れの化け物共。変に自信過剰な割には人間相手に敵いもせず、絡め手でどうにか人間を罠に嵌めようとするのだ。カイトが生きていた頃も、どれ程の人が犠牲になったかは知れない。一介の従者でしか無かった彼がどうにか出来るはずもなく、当時も犠牲は増える一方だった。

 散々注意をしろと呼び掛けたというのに、そんなものに引っ掛かった間抜けを気にするお人好しはこの世界には居なかった。皆がそれぞれ、自分だけが一番なのだ。

 そんな中、在りし日の主人が異常な程の他人想いだったから、代わりに彼は性悪になったのだ。
 付け入ろうと画策する者共を、過去の彼は片っ端から切って捨てた。比喩の時もあったが、文字通りにそうした時もあっただろう。けれどそれ位が、その二人には丁度良かったのだ。
 己を無碍にする事も厭わない主人の知らぬ所、平気な顔で泥に塗れて工作し、他所でも内でも恐れられる。それが、彼だったのだ──。

「カイト? 大丈夫?」
「え?」
「何か、遠くの方見てたから……」

 懐かしい事を微かに思い出していたところで、ハルキに声をかけられハッとする。見ればハルキは、どこか不安そうな表情でカイトを見つめていた。
 カイトにとって、その過去を思い出す事なんて別に大したことでは無いのだが、この心優しい『親友』は、目敏くもカイトの異変に気付いてしまう。そして、まるで自分の事であるかのように、彼の事を心配してしまうのだ。こんなハルキの心根が、以前の主人に良く似て居ると、カイトはどうしても思えてならなかった。

「んだよ、そんな顔して……別に何とも無い。王都ってどんなかなーって見てただけだっつーの!」
「あでっ! 痛い、何すんの!」

 言い終えるのと同時にデコピンでその額を打ってやれば、心配そうだった表情がいつもの拗ねたような顔に変わる。それをしめたと思いながら、何かを言われる前にカイトはさっさと歩き出した。

「お前の方こそ変な顔してるからだっつーの! ほら、行くってよ」
「ちょっと待ってカイト、俺も!」

 妙に鋭いハルキの事、ここに来てからのカイトに違和感を感じているようなのだ。ここ数日、先程のようにやたらと心配性になった。こうやって日に何度も大丈夫かと聞くようになった。

 もちろんまだ、ハルキは何かを疑っているというだけで何も知らないはずだろうけれども。神子と呼ばれたの能力を思い出しながら、カイトは少しばかり恐れを抱く。どうしてだか、ハルキには過去の事を知られたくなかった。

 もちろん、カイトが下手さえ打たなければ、かつての彼を『知っている』人間さえ居なければ何の問題もないのだが。どうにもざわざわとして騒がしい。
 気のせいだ、と何度も言い聞かせて心を落ち着けながら、カイトは何も出来ずにその予感を誤魔化し続けた。

 そして、そんなカイトの背を見ながらハルキはぼそりと呟くのである。


「カイトの夢を見たなんて……言ってもきっと信じないだろうな」

 カイトの後ろを走って追いかけながら、ハルキの口から溢れ出た言葉は。本当に誰にも聞かれる事なく、その場で消えていったのだった。

 それが実は、神子ならではの予知夢の能力であって。未来を変える為の神子のお告げは神官達によって各地へ伝わり、代々国を良い方へ導いて来た、というのは国の人間ならば誰もが知る話で。それを未だ知らぬハルキは、その時が来て初めて夢のお告げの重大さを知る事になるのである。

 そしてカイトですら、ハルキが既に神子の能力を開花させているだなんて、誰も知るはずがなかった。

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