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しおりを挟むパチリと目を開けると、カイトは誰かに抱えられながら馬に乗っていた。
子守りのようにゆらゆらと揺すられ、パカリパカリと子気味の良い馬の蹄の音がする。目を何回か瞬かせ、寝惚け眼に顔を後ろへと向けると。上の方に、少しだけ見覚えのある顔が見えた。
「おや、カイト殿、起きられたので? 珍しいですね」
目の前の顔、にっこりと微笑みながらそう言った男は、銀色の髪を風に靡かせ、同じ色の目を輝かせた正真正銘の騎士様だった。
きっと、とても面倒な役目を押し付けられただろうに、その当人を目の前にした笑顔は完璧なものだった。嫌味な所は一切見られず、陽の光に当たったせいなのか、その髪がキラキラと輝いて見えた。
自分も日本人としては色素は薄い方だけれども、ホンモノの輝きというのは全く違うのだなぁ、とカイトは馬鹿のように思った。寝惚け眼な上に突然の顔面の暴力に見舞われ、カイトは微かにたじろいだ。
「あ……はい。突然、目が覚めて」
「成る程。……まだ不調はありますか?」
「いや──ここ最近では一番、スッキリとしてマス……」
「そうですか。それは良かった。上手く、こちらの環境に適応されたのかと思いますよ」
「適応」
「ええ」
似合わないとハルキには散々揶揄われた敬語を使いながら、カイトは彼──セルジョとしばらく会話を交わした。その間も彼のガッチリとした身体は、馬上でも全く揺るぎもしなかった。
この日は、先日からの身体の不調が嘘のよう消え去っていた。それどころか、思考はすっかりと晴れ渡っている。まるでこの世界の姿がすっかり変わってしまったかのようにすら思われて、カイトはどこか上機嫌だった。
だが、そんな事を考えたところでふと気が付く。ハルキの姿が見えない。それだけで少し、カイトはたちまち不安に駆られた。
「ハルキは?」
言いながらキョロキョロと周囲を見渡した。ここに来てからしばらくは自分自身の事で手一杯で、自分の何よりも大切な筈のハルキの事を考える暇も無かったけれども。
今や完全復活を遂げたカイトは、真っ先にハルキの事を考えなければならない。ある種のそういった義務感すら覚えながら、その頭の中はハルキの事で一杯になった。
こんな思考は絶対におかしいのに、カイトはまるで当然の事のように受け入れていた。そうして同時に考えるのである。
これだけの戦力が揃っていながら何かが起こるはずも無かったが、万が一という事もある。今の自分に出来る事を導き出しながら、カイトは一心にハルキの姿を探した。
「ハルキ殿ですか? 彼は今我々の後ろですよ」
セルジョより教えられてすぐ、身体を捻って身を乗り出すと。少しだけ困ったような顔をしながら、他の連中の相手をしているハルキの様子を見る事が出来た。
ここでようやくカイトは力を抜く。自分はハルキのそばに居なければならないなんて、当たり前のようにそんな事を思いながら。
「こら、馬上で危ないですよっ」
乗り出していた身体をセルジョの腕に支えられて引き寄せられる。騎士の力というのは当然、ただの高校生ごときの力ではどうにもならなくて。
カイトの身体は、セルジョによって力づくで元の位置に戻されてしまった。そして今度はおまけに、腕を腹に回され動かないように拘束されている。思わずブスッとした表情になる。
馬上での身体の動かし方なぞは心得ているのにと、カイトは当然のようにそんな事を思った。けれどもそんな文句を言う訳にもいかず、カイトは大人しくされるがままになるしかなかった。
全てを隠し通し、高校生の自分を見せて周囲を欺き続けるのだ。
「危ないですからね……馬上では大人しくしていて下さ──」
「──カイト? もしかして起きたの⁉︎」
セルジョとカイトのやり取りに気付いたのか、突然後方からハルキの声が飛んできたのだ。そのたったの一言で、カイトの不機嫌はあっという間に吹き飛んでしまった。手だけでも見えるようにと横へと腕を伸ばし、ヒラヒラとさせながらカイトは叫んだ。
「おー、今日は平気そうだぜー」
「っ、バカァァ! 心配させやがってぇぇ!」
「泣くな泣き虫! 大丈夫っつったろ」
「泣いてないし! カイト後でシバく!」
ぎゃあぎゃあとしたいつものやり取りをして存分に笑った後で。カイトは前を向いて考えた。これから自分はどう動き、何をすべきなのか。
先程まで続いた長い眠りの中で、カイトはとうとう全部を思い出してしまったのだ。
昔々、カイトはかつてこの地で生きた人間だった。それがどうしてだか、かつてこの地に在った神子と共に、異世界であるあの日本で生を受けたのだ。そして運命の導くまま、彼等の召喚の儀式だかでこの地へ一緒に連れ戻されて現在に至る。
かつての己が死ぬ原因となったその愚行を思い出そうとも、カイトはちっとも後悔などしてはいなかった。あの時はあれが最適だったのだ。
例え、自分の行った行動で誰かが不幸な目に遭ったとしても、それはお前の運が悪かったのだとそう考えるだけだ。最初に自分達に牙を剥き、あまつさえあの地に縛り付けたのは向こうなのだから。
自由を好み、主人の命を忠実に守るのが彼のサガだった。彼はただ、大切な主人の願いを叶えただけ。だから、それで命を落としたとて後悔などしていなかった。
それで良かったのだ。
彼の世界の全ては、主人はかの人ただ一人だったから。
死ぬ前には自分がそんな人間だったからこそ、カイトがハルキの願いを叶えるのは第一だとして。今の自分に何処まで出来るのだろうかと彼は思う。
自分はただの高校生で、魔法だの剣だの戦だのとは無縁の世界でここまで生きてきた。
こちらへある意味で帰ってきたとしても、以前ほど自由に動ける訳ではない。前に備わっていたものは、何処かへ失くしてしまったようだから。自分はただ、己の知識を秘匿しながら、ハルキを良い方へと導くだけ。それくらいは何でもない。
いざとなれば彼等を見捨て、ハルキを連れて逃げる位の事はして見せるつもりなのだ。以前だってそうしたように。
だからこそ、せいぜい上手く利用してやろう。
そんな呟きを胸の中にしまい、カイトはほんの少しだけわくわくしながら、ただの少年として彼等の庇護下で悠々振る舞うのであった。
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