いつかきっと、その牙で愛して 〜普通のJKはクラスメイトの美人吸血鬼を餌付けしたい〜

亜星

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2章:普通なあたしのふつうな日常

溢れ出る悪意

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「お前ら、流石に緊張感なさすぎじゃねぇか?」

 呆れた様な冷たい声に弾かれて、慌ててゴンドラの出入り口をみる。その声の主はもちろん瀬川くんだ。プラチナブロンドの髪を掻いて、イラついてる様子を隠そうともしていない。

「俺が招かれないとそっち行けないと思って馬鹿にしてるんだろ、あぁっ?」
「いや、なんの話だかさっぱり。とりあえず、声おっきいから。ちょっと怖いよ、キミ」

 若干引き気味に返した言葉に全く嘘はない。
 そもそも招かれないととかどうとか。知りませんよ、そんなこと。だいたい瀬川くんみたいなスクールカースト上位の人とは関わり合いになりたくもないし。
 そういえば、あやめは瀬川くんと前から知り合いだった様な? あたしを腕に抱き込んで瀬川くんを睨むあやめに、期待を込めて聞いてみた。

(あやめ、瀬川くんの言ってること、なんか知ってる?)
(知るわけないでしょ。こんな人、付き纏われて迷惑してただけだもの)
(えー、その割には昼休みとか二人でよく喋ってたじゃん。彼女さんがめっちゃ睨んでたよ?)

 瀬川くんの今の彼女、平野裕子さんは私たちと同じクラス。その子に会いにきてるはずの瀬川くんがあやめにつきっきりになるもんだから、ここしばらくうちのクラスの昼休みはほんと最悪だった。
 その話をすると、あやめは心の底から嫌そうな顔をした。瀬川くん相当嫌われてるね、これ。あやめのこう言う容赦ないところはちょっと怖い。

(それも含めて迷惑だったのよ。興味なくて聞き流してたから何も覚えてないわ)
(それはそれでキツい。ちょっと瀬川くんに同情しちゃうかも)
(透子が付き合いたいなら紹介しようか? そうね、このまま二人きりにさせてあげてもいいんだけど)
(あ、ごめんなさい。さっさとあやめとふたりで帰りたいです)

 --バンッ!

 何かを乱暴に叩く音がした。その音が、こそこそと囁き交わすあたしたちの注意を引き戻す。音に驚いてすくんでしまったあたしは、おそるおそる顔を上げる。見上げる視界の中で、瀬川くんが拳を握って体を震わせていた。

「お前ら、俺を無視すんなよ! ほんとイラつくぜ! 鬼頭も、お前も! この俺を無視するんじゃねぇ!」

 --バンッ! バンッ !バンッ!

 吠える様に瀬川くんは固めた拳を振るう。その度にすごい音がするんだけど、その光景はすこし奇妙だった。

 何度も何度も何もないゴンドラの出入り口に向かって拳を振るう瀬川くん。
 その拳が星降る闇むこうゴンドラこっちの境目で弾き返される。
 その度にすごい音がする。
 彼が何度拳を振るっても、同じところで弾き返される。

 冗談みたいな光景だけど、目の前の男の子がいたって大真面目なのは肌で感じられた。どれだけ真剣にやってもこっちに入ってこれない瀬川くん。その姿はあたしとあやめに余裕を与えてくれた。

「それで透子、これからどうするの? 私たち閉じ込められてるってことになると思うのだけど」
「うーん、どうしようか? 扉閉まれば完全に向こうと切れると思うんだよね。なんか都合のいいことに、こっちに入れないみたい。ゆっくり考えようよ」
「それもそうね。こう言うのって手動で開け閉めする方法、なかったかしら?」

 暴れる瀬川くんを目の前にして、堂々と扉を閉める相談を始める。あやめは物理的に閉めようとしているけど、多分それはうまくいかないはず。だって、この現象はあたしが引き起こしたものだから、あたしが閉めないと閉まるとは思えない。

(ゴンドラが動かないのは、こっちに戻るときに作った道がまだ残ってるからだよね。そしてそれが残ってるのは多分あたしの心残り……)

 せっかくのあやめとのデートの終わりをメチャクチャにしてくれた瀬川くん。それなのに彼のこと、心配しちゃう自分にちょっとびっくり。まあ寝覚め悪いのは確かだよね。このまま放って帰って、来週から学校こないとかになったら。

「おいおい、まさか俺を置いて二人だけで帰るつもりじゃないだろうな? 同じ学校の仲間だろ? 置いていくなんてひどいじゃないか」

 流石に暴れ疲れたのか、瀬川くんは少し肩で息をして立っていた。あたしたちの様子に、置いていかれることに気がついたみたいで、文句を言ってくる。

「あなたが勝手に寄ってきたからこう言うことになったのでしょう? 私たちには関係ないわ。鬱陶しいからついてこないでくれるかしら?」
「鬼頭はいつもそうやってつれねーよな。けどそっちの子、透子って言ったか? そっちの子はどうかな?」
「透子だって私と同じことを考えてるわ。変に期待を寄せないことね」

 あやめの険しい声に、逆に少し余裕を取り戻したような瀬川くん。整った顔の一部分、口元だけがにいっと歪んで笑みを形作る。普通ならイケメンの笑顔なんてときめいても良いはずなのに、今の笑みはすごく悍ましいどこか怖しいものに見えた。

「本当にそうなのか? そんなつれないこと、言わないよな透子ちゃん」

 さっきまでは攻撃的だったのに、今はやけに馴れ馴れしい瀬川くん。
 そんな彼の瞳から目が離せない。
 少し垂れ目気味のそれだけ見れば優しげな彼の目元。
 長いまつ毛に縁取られた瞳、自信に満ちた眼差しがあたしに注がれる。

「なあ一緒に帰ろうぜ? そんでもって3人で仲良く遊びにでも行こう」

 いっそう紅く輝いたその瞳が、真っ直ぐに片方だけ開いたままの右目を貫く。

「だからさ、透子ちゃん。俺をそっちに  入れてくれよ・・・・・・

 彼がそう口にした瞬間、彼の両目から何かが溢れ出るのが見えた。
 なまじ見えないものが診えるあたしの目が疎ましい。
 それがどんな形をしているのか、はっきり、診えてしまう。

 彼の両の瞳から溢れ出る、無数のなにか。
 それは人の手の形をしていた。

 ーー人の心を縛りつける手
 ーー人の心を引き摺り回す手
 ーー人の心を捉えるて離さない手

 ーー悍ましい、呪いの手

 息を呑むあたしの視界を、数多の呪いの手が覆い尽くす。

 ーーこないで!

 そう叫んだはずなのに、声が出ない。
 目を瞑ってしまいたいのに、それもできない。

 ただただ目を見開いて、悍ましげな呪いの手が迫る様子を見ているしかなかった。

 呪いの手があたしの閉じることのできない右の瞳についに触れた

 --俺の言う事を聞け!
 --俺に従え!
 --俺をそっちに招き入れろ!

 流れ込んでくる意思。
 あたしをねじ伏せようとする暴意。
 あたしの心を押さえつけ、思う様に嬲り尽くそうとする悪意。

 その一つ一つが、あたしの背筋を凍らせる。
 怖気が震えと共にあたしを支配していく。

「瀬川くん、こっちにきたがってる」
「どうしたの、透子⁈ 何をしようとしてるの⁈」

 あたしは呪いの手に導かれる様にして、瀬川くんの方に手を伸ばす。その手を慌てた様にあやめが押しとどめてくる。彼女のその手が鬱陶しく感じて、振り払いたくなってくる。
 いや、振り払ったらダメ。いまのあたし、おかしなことになってる。
 ああでも、瀬川くんが呼んでるし。あやめちょっと邪魔かも

「瀬川くん、あなた透子に何をしたの⁈ この子を傷つけるなんて、絶対に私、あなたを許さないから! 」
「へぇ、そんな顔もできんだな、お前。いつも澄まし顔もいいけど、そっちもそそるぜ。まあ、お前の透子ちゃんはこれからは俺のもんだ。わるかったな」

 瀬川くんの勝ち誇った様な声。
 そう、あたしは瀬川くんのもの。
 彼の言うこと、なんでも聞かないと。

 「透子、正気に戻って! あの人のこと、受け入れたらダメよ!」

 あやめがわけわかんない事を言ってる。
 本当に鬱陶しい。
 瀬川くんとあたしの邪魔、しないでほしいんだけど。
 あたしは瀬川くんの顔をもっとよく見たくて、彼の瞳を見つめ返す。

「あっ、つうぅっ!」

 彼と目があったその瞬間、あたしの視界が強い光に埋め尽くされた。

 おもわずうめき声が口から漏れる。
 あたしの右目に宿った力、それが弾けて激しい熱と痛みをあたしにもたらす。

 あつい、いたい、あつい、いたい、あつい、いたい、いたい、あつい、いたい、あつい、いたい、いたい、あつい、いたい、いたい、あつい、あつい、いたい、いたい、いたい、あつい、あつい、いたい、あつい、いたい

「透子⁈ どうしたの⁈ しっかりして!」

 あやめがあたしの体を揺さぶってくる。ごめん、ちょっとやめて。目が痛くて頭が割れそうに痛いのに、そんなにぐらぐら揺さぶらないで。あやめの心配そうな声。心配してもらえるのが嬉しい。だけど、今はほんと放っておいて。

 今まで感じたことのない痛みと熱さ。
 眼球が燃え上がるように熱い。
 目の奥がじんじんと痛む。

 いたい、いたい、あつい、あつい、いたい、あつい、いたい、あつい、あつい、いたい、あつい、いたい、いたい、いたい、あつい

 押さえた手にぬるりとした感触。

「透子、目が、目から血がっ!」

 途端に苦しげになる、切羽詰まった様な あやめの声。

 そうかあたしは今、血を流しているのか。

 そう認識した途端、あたしの思考がクリアになった。

「あやめの前で、なんてことさせるんだよ、キミ!」

 あやめは血を嫌う。自分の中の鬼の血を呼び起こしてしまう、血そのものは愚か、それを連想する様なイメージすら忌み嫌う。
 血に怯えて生きてきた女の子。

(そんなあやめを守ってあげるって言って連れ出したのはあたしなんだ!)

 息苦しいくらいの怒り。それがあたしの心を満たして溢れる。

 あやめを苦しめる原因を作った瀬川くんが許せなかった。
 あやめを守るって言ったのに守れなかった自分が許せなかった。

 あたしの心を怒りが満たしていくのと引き換えに、右目の熱さも痛みも気にならなくなっていく。
 あたしは辛そうなあやめを背後に守って、瀬川くんの前に立った。

「お前、俺の呪詛を返すだなんてすげーな。ただの女じゃねーってことか。そりゃあ鬼頭もお前を独り占めしたがるわけだ」

 あたしを操ろうとして失敗したことを悟ったのか、顔を顰めてあたしを見下ろしてくる。あたしは怒りを込めて、下から見返してやる。

「あたし、キミの事、大嫌い。顔はちょっといいかなと思ったけど、ほんと残念ね」
「ははっ、たまにいるんだよ。俺が誘っても靡かない馬鹿な女。そういう女を落とすの、俺、得意なんだぜ?」

 目に見えない境界を挟んで瀬川くんと向き合う。あたしたを小馬鹿にしたように見下ろしてくる彼の表情。尊大な態度を隠そうとしないその様子には、好意なんて覚える訳が無い。

 だけど、怖れならある。ものすごく、怖い。瀬川くんが怖しい。

 今もずきずきと痛む右目。この右目の痛みが、何よりも瀬川くんのことをあたしに怖れさせている。

(右目に力を宿していたから、たまたま抵抗できただけだよね。そうじゃなかったらきっと、大変なことになってた。瀬川くんの仕掛けた何かに囚われてしまっていた……)

 次にさっきみたいなことをされたらどうしよう? 
 あやめに使われたら、あたしはいったい何ができると言うんだろう?

 そんな不安がぐるぐると胸に渦巻いてきて、鉛を飲んだ様に胸が重くなる。
 息が、苦しい。

 偉そうにあたしを見下ろす彼を真正面に捉える。

「あたし、キミのこと、だいっきらい。
 あやめを傷つけたキミのこと、絶対に許さない。
 キミの全て、その悉くをあたしは否定するよ」

 わざわざ、今の気持ちを口に出した。
 さっきまで、どこか心残りを覚えていた自分を切り捨てる様に。

 あたしは瀬川くんを否定する。
 こいつは絶対にあたしと相容れない。
 あたしたちの世界に、こいつ、いらない。

 あたしは心の底から、瀬川 怜音 の存在を否定した。

 --パシュッ

 空気の抜ける機械的な音が響く

 今のいままで、ぜんぜん動く様子がなかった機械たち。
 それが、急に自分の役割を思い出した様に動き出す。

「鬼頭、それに透子。逃げられると思うなよ? 明日はまたくるんだからな!」

 左右から閉じていく扉の向こう、星降る闇に包まれて瀬川くんが吠える。
 それに構う事なく、扉はどんどん星降る闇向こう側を削り取っていく。

 扉が闇を全て削り切った時、
 私たちのゴンドラは黄昏の空に滑り出した。


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