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六月十八日(火)
しおりを挟む昨日からの雨が激しさを増して、空を見上げるのは窓越し。
とはいっても、あまりの雨の太さに空が埋もれてる。
歩いていても前が見づらいし、増水で濁った川は流れの速度も増して、勢いよく渦巻きながら海を目指す。
どんな子どもが描いたんだろう。
少なくとも幼い子どもではない。
駅のホームの小さな待合室の曇ったガラスいっぱいに落書きの跡。
かわいらしい「ダイスキ」からえげつない言葉まで。
描かれた不細工な顔たちが、結露の重みに堪えかねて、だらだらと泣き崩れるのをあたしはじっと見てた。
あたしも描きたい衝動に駆られたけれど、すでにガラスのキャンバスは満員御礼。
こんなに土砂降りなのに、待合室の中はあたしだけ。
だって待合室の床は雨で水を張ってるみたいに水浸しで、レインブーツだから踏み入れられる状態。長いこと籠ってたら病んでしまいそうよ。
でもあたしは、雨に目をしばしばさせながら、他の人に混じってホームに立ってるより、待合室にひとり、雨の床に足を投じる方を選んだの。
しばらくすると箒と深めのちりとりを手に、駅のお掃除担当のおじちゃんが、床の水を回収しに来た。
何度も何度も箒で水をちりとりに入れて、外に捨てに行くのをじっと目で追った。
思わず手伝いたくなってしまう。
「ご苦労さまです、大変ですね」
「こちら側のドアの隙間から雨水が入ってきちゃうんだよね。応急処置で布挟んだけど無駄な抵抗だったよ。駅長さんに言いたいけど、この時間は無人駅になるからね」
誰も褒めてくれないのに、真面目に仕事に取り組んでいるおじちゃんに頭が下がる。
噂にきく、どこかのサボることに命懸け……いや、命懸けすらできない人たちに、おじちゃんの爪の垢を濃縮して、無理矢理にでも投薬してやりたい。
「四角い煉瓦みたいなものがあったら少しはましになるかしら」
「ああ、そうだねえ。あとで待合室一時使用禁止の貼り紙でもしておこうかね」
「あ、それのが安全ですね。中で転ばれちゃっても困りますものね。すみません、私がここに入ってきてしまったばっかりに。お邪魔しました。お疲れになりませんように」
「ありがとうございます。うれしいなあ、こんな風に声かけてもらえたの初めてですよ」
「そうですか、照れますです」
「あ、電車が来ますよ、行ってらっしゃい」
「ありがとうございます、行ってきます」
おじちゃんの顔はまるで覚えてない。
きっとおじちゃんもあたしの顔なんて覚えてないと思う。
でも、雨の叩きつける音しか聴こえない空間での数分の会話は、人間味があって、なんとなく心地良かったんだ。
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