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四月十八日
しおりを挟む地元のギャラリーカフェに、古キャンを頂きにいった。
オーナーは、今では文字絵作家として活躍しているが、定年まで小学校の教員をしていたという長くて真面目な経歴を持つ。
住居の改築にあたって、家を整理していたところ、教育学部での授業の一環で描いたという、四十年も前の学生時代の絵が数枚出てきたらしい。
恥ずかしさのあまり捨てようと思ったらしいのだが、ふと、破壊的にキャンバスを使うあたしの顔が浮かんだと言う。
「失礼かと思ったんだけど、あなたになら恥晒しちゃってもいいかなって思って。嫌じゃなかったらキャンバスもらってくれないかしら。ガンガン潰しちゃっていいから……どうかしら?」
あたしは即答した。
「もっちろん頂きますったら頂きます! キャンバス高いんですよ~……とは言え、本当に良いのですか? 将来、文字絵作家学生時代の作品、とかいって取り上げられるかもしれないですよ」
「ありえないし、もしそうだとしても人様に見せられる出来栄えじゃないからいいの。うちにあったら捨てちゃうだけだから、出来たらもらってよ」
「かしこまり! よろこんで!」
そういうわけで、先程オーナーからもらい受けてきた古キャンを眺めている。
50号、15号2枚、12号、10号、計5枚。
裏にはオーナーの当時の在籍番号と旧姓が記されている。
四十年前か……今やあちこちで活躍中の文字絵作家の先生も、こんな時代があったんだなと、その純粋な真面目さを微笑ましく思う。何だか感慨深い。
木枠を残して新しいキャンバスに張り替えることも考えたが、オーナーの言う通り、このまま潰させて頂くことにする。
ほんのちょっぴりだが、オーナーの一欠片の記憶も塗り込めてしまおう。
帰宅した夜、ゴム手をビシっとはめ、うねうねくねくねと気の向くままに絵の具を塗りたくっていた。
あなたはうらやましそうに、そして小さな声で、
「いいなあ~、僕もやってみたい」
そうね、いつも繊細すぎる作業をしているあなたにはうらやましいかもしれない。
「ふふ、気持ちいいわよ。やってみる?」
あなたは子供みたく瞳をきらっきらさせて、ゴム手をはめる。
あたしよりうねうねくねくねが激しいことに驚く。
あなたの脳内では、今どんな音が聴こえているのかしら。
そんなあたしにあなたは気づくこともなく、ずいぶんと楽しんでいる。
あなたを見られるのが、幸せだってあたしは感じてしまっている。
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