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四月十日
しおりを挟む急行列車が通り過ぎるたび
ひらひらひらひら桜の花びらが舞うんだよ
風の形が見えるよね
各駅停車しか停らないこのホームで
何度も深呼吸して
ついでに口を大きく開けて
花びらを食べてしまいたいと思う
この春はとうとうお堀の桜を観に行かなかったね
青い空と白い桜を同時に見上げることはなかった
せっかくあなたが帰ってきたのに
雨続きのせいだったのか
あたしの不機嫌のせいだったのか
あなたの曖昧な指先のせいなのか
肩まで伸びたあたしの髪が
花びらと一緒になってあたしの首を撫でる
くすぐったい
花びらと一緒にあたしの口に入り込む
咽せる
花びらと一緒にあなたの顔をくすぐる
「髪、切ろうかな」
「僕に切らせてくれない?」
「やだ」
「せめて前髪」
「じゃんけんして勝ったらね」
「どっちが?」
「う?」
「ルールは最初に明確に決めておかないと」
「曖昧な宙ぶらりんが好きなくせに」
あたしの前髪は
ずいぶんと器用なあなたの手によって
ずいぶんと眉毛の上空に離れてしまった
これでは眉間が盛り上がる不機嫌な顔が隠せないじゃない
「大丈夫、また伸びる」
ずいぶんと無責任
「伸びるまでは嫌でも笑顔にするだろ」
間違っても失敗したなんて認めない
じゃんけんなんて言うんじゃなかった
あなたが旅立つ前は
あたしがあなたの前髪をきっと切ってあげる
あたしの髪に降った桜の花びらを
あなたはていねいに取り除いて
ポッケから出した小さなスライド型の箱にしまった
ホームに各駅停車が滑り込んで
あたしは花びらが舞うなか電車に乗り込んだ
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