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第五話 光を喰う黒水晶
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しおりを挟むほんの僅かでも、自分の放つ光をまれのために差し出すのなら全く惜しくない。
遮二無二筆をとった。
我武者羅に削った。
繊細で正確な描写を捨てた。
マチエールも均さず、荒地を掘り起こすように、まれの魂をじりじりとヒリヒリと感じて、黒に閉じ込められた色を探す。何一つ見えない漆黒に、光の粒子一粒を見つけ出すのだ。
何にも代替の効かないまれの黒水晶の瞳は、彼女を守ると同時に孤独に追い込んだのかもしれない。
黒を集めて、黒を集めて、黒を集めて……不眠不休、その文字の如く寝食を忘れて描き続ける。
高揚する私の魂が、掛け違えたまれとの時間の辻褄を合わせ、目隠ししてもあの時描けなかったまれを描ける。
この事実……こんな単純な幸せがあったことを、私は初めて知った。
漆黒の中に見つけた一粒の光によって肉体が削がれ、幸福に満たされて、やがて睡魔が襲う。
***
新月の夜。
この晩を選んだわけではなく、たまたま新月だった。
焚き火の炎は、きっと私の顔を真っ赤に照らしている。
上品に燃え続ける炎の美しさに見惚れて、自分の肉体の存在を疑う。ぱちぱちと小さく弾ける音に、我に返って両手の平を見つめる。
描き切ったのは漆黒に潜む見えない色だった。
星ひとつ瞬かない真夜中の山で迷子になったように、まれの瞳の中に迷い込んで出られない恐怖と恍惚。
私の情念の炎は、暗がりに紛れた樹木の葉をもくっきりと重たく照らし出し、その象と色彩が背中を丸めた私を虐める。
教え子たちによって辿る、薄く淡いまれの痕跡と、私の記憶を炎に放り込む。
スケッチブックもまれの自画像も横顔のまれも拭き取られた天使も、炎の中で笑って歪んで壊れてゆく。
炎が大きく燃え上がり、その煙は天高く放たれる。
残された黒水晶を炎に透かす。
すべての光を喰らってしまうはずのその石が、ほんのり赤みをさす。まるで生命を与えられたように鼓動すら感じる。
そうだ、私はまれの願ったまれを描き切ったではないか!
そして私は眠くなる、
今までにないほど心地いい。
そうか、私はすでに肉体の壊れた死者だった。
死んでから、生きていた時に一番に求めていたものが手に入ることもあるのだな。
なんて気持ちいいのだろう。
ホログラムが薄れていくように、私はほろほろと消えて、ほら、この絵を生んだこの指先も消えてゆくのだ。
そして私はこの山と真に一体になる。
もうすぐ雨が焚き火を消しにやって来る。
遺念である私の炎を……
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