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第四話 デッサンにみる横顔天使
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しおりを挟むわたしはてっきり、布海さんが加工したのかと思ってました。
「綺麗だけど悪趣味……少し気分悪いわ」
「気味悪い思いさせてごめん」
「気分悪い、の意味が違ってる。気味悪いよりも腹立たしいってこと」
「……ごめん」
布海さんが未だに写真や動画を処分しないのは、この時の動画が元で、酷く傷付けてしまった彼女を決して忘れてはいけないと思ってるからだと言いました。
「僕はあの時、化け物でも見るような目で、彼女を見てしまったんだ」と。
『君なら闇に刻まれて壊れるあたしを見つけてくれるかもって思ってたけど、二番ですらなかった』
『まれ、君は何者なの』
『あたしは極当たり前の人間。ただ生まれつき片方の眼球がないだけ、ただそれだけ。それだけなのに……』
さらりと黒髪を揺らし、くるりと背を向け、彼女は『さよなら』と言ったそうです。
『少し驚いただけなんだよ、君は美しい漆黒の目を持っているじゃないか! 待って、まれ』
『待たない。君のこと憎んだりしないよ。君も普通の人間だってこと。二度とここには戻らないけれど、そのデッサンを剥がさないで。一番の真野祐介先生に戻すまでは』
そして、すらりと出て行ったきり、本当に戻らなかったそうです。
それから十年近く、真野先生の描いた肖像画と言ってもよい彼女の横顔のデッサンを、そのまま正直に壁に貼りっ放しにしていたのです。
確かに布海さんだって、それでは忘れられるわけありません……先生、わたしの気味悪がる以前の腹立ちは理解してくれますよね。
わたし自身は、彼女の黒い靄の不思議な動画を見て、布海さんの辛そうな告白も訊いて、引きはしたもののあまりにも信じられなくて、逃げようとは思いませんでした。いえ、逃げ損なったんでしょう。
その日を境に、まれさんがわたしを真野先生のところへ引っ張ってゆく夢をよく見ました。
今では通勤電車内で、突然隣からスマホを覗き込むし、ランチ中も向かいでわたしの氷水をかき回してるし、買い物中であろうが何であろうが、隙あらば、真野先生にあのデッサンを戻してと、耳打ちするのでした。
このことを布海さんに話したら、
「どうか、まれを助けてやってほしい」と、涙ながらにわたしの手を取りました。
先生、わたしっていい人ですよね。まあ、布海さんのまれさんへの懺悔も愛も含めて許してるんですけどね。
だからこうして先生に会いに来たのに、姿を見せないなんて……その辺に居るような気もするんですけど。
真野先生はまれさんの姿、今見えませんか?
*
「待ってくれ、平弓さん。君はまれがここに居るのではないかと、そう言っているのかい?」
「はい、その通りです」
「待ってくれ、ということは、まれは……幽体だと言うのか?」
「わかりません。でも、少なくとも見えている時の姿は、わたしたちとなんら変わりません。だから、何だかよくわからないんです」
私は小屋の中を見廻し、小屋の周囲も見廻ったが、まれが居るはずもなかった。
「まれさんは、真野先生が好きだったんですね、ずっと。大好きな真野先生に、まれさん自身の本当の姿を描いて欲しかったんですよ。布海さんに向かって言ってた言葉、あれって、本当は真野先生に言いたかったんだと思います」
平弓さんは包まっていた毛布を外す。
「話し終えたらからだが温まってきました」
熱い珈琲を入れ直し、瓶詰めのドライフルーツの蓋を開けて勧める。
「先生のところにも、評判のスイーツ持ってくればよかった」などと言うので、「手土産ならカシューナッツにしてくれ」と笑った。
「藤見まれさんて、どんな女性だったんですか」
「私が知っているまれは、高校二年生の少女だよ。無口で表情を見せない子だった。
漆黒の瞳は魅惑的で、目を合わせるのは怖かったね。
たいてい黙々と絵を描いているか、窓の外をぼんやり見ているかなんだが、気になることがあると空気も読まずに、ずけずけ口に出すものだから、美術部員からは敬遠されがちだったみたいだ。
私は、放課後の美術室に居るまれをスケッチするのが日課になっていた。彼女は嫌がりもせず、むしろ楽しんでいるようだった。
君も知っているように、私はモチーフを繊細に正確に描写することが出来る。だが、彼女の表情が表現できないんだよ。なぜか顔を描こうとすると、よくわからなくなるというか曖昧で逃げたくなるというか……
ただ、ベルメールを観ていたあの横顔は、今でもよく思い出せる。今なら言えるけれど、あの頃の藤見まれは、私にとっての天使だったんだよ」
薄暗くなり始めた小屋の中を、一瞬強い光が支配した。
稲光だ。
三秒後、心臓に響くほどの雷鳴が轟いた。
「およそ1km……近いな」
あっという間に激しい雷雨になり、お互いの話し声も聴き取りにくくなる。
平弓さんは再び毛布に包まった。
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