NeverPromise-火竜の神子の私と王子が結婚するのかと思ったら竜違いだった件-

逢坂一可

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Episode04 解き放たれた竜

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「なかなか、イイ条件だったでしょ?」
「…ほんと、君イイ性格だよ。」
「ありがとう。それじゃ……あれ。」


 手を伸ばして、二人の額に触れようとする。しかし彼らの背が高すぎて、精々せいぜい唇にしか届かない。本来なら身体の中心がいいのだけれど、届かないのならば仕方がない。

 私は央士おうしの左手と獅貴しきの右手を取ると、光となっている神力をそこに注いだ。
 ジリ、と焼け焦げるような音がすると、光は次第に彼らの手の甲に収まっていき、青白い紋様がそこに刻まれた。再び、夜の闇が辺りを包んだ。


「……」
「……」


 サヤサヤと、何事もなかったかのように風が草たちを撫でていく。
 きっと契約を終えたら、すぐになにか言ってくるものだと思っていたのに。
 今聞こえるのは草花の揺れる音だけだ。


「えー…と。それで契約は完了だから、約束は守ってもらうからね。」


 彼らは茫然と手の甲を見つめると、思い出したように私を見上げた。


(あ……あれ?)


 ふたりの目は、私が乾いた大地に降り立った時のものとよく似ていた。
 なんというか、キラキラしているというか、真っ暗闇の中太陽見つけちゃいました、というような目。
 身体中の皮膚に鳥肌が立って、思わず身構える。


「な、なにっなんなの?!」
「い、いや……この力、紋様……やはり、水竜の神子だったのだな、と」
「ひとを攫っといて信じてなかったわけ?!」
「仕方ないよ。オレだって水竜の一族を見るのは初めてだったし、君の神力を身を持って感じるまでは、新雪みたいに柔らかそうな髪と海みたいに綺麗な色したクリクリ目の子だなぁなんて――……思ってないし。とんでもなくちんちくりんで野獣みたいに大暴れする強情そうな小娘だなって。」
「……あれ?あれ?なんで言い直した?あれ?」


 恍惚こうこつとしながら私の髪と目を褒めてくれた獅貴しきの株が折角上がったと言うのに、彼はことごとくぶち壊して心外そうに顔を盛大に顰めた。うっかりだったのか、私を褒めてしまったのが余程許せなかったらしい。


「……まぁ、いいや。とにかく、あんたたちが条件を破った時点で、竜の契約の元、罰を与えますので」
「言われなくとも、こんなに澄んだ気を持つ神子の言いつけを守らないわけ――……あるっていうか、元々危害加えるつもりなんてないし、水竜の一族の娘を攫うのが今回の指令だったし?そもそも君の条件と偶然合致しただけだし、いい気にならないでくれる?……あとオレ、『あんた』ってあんまりいい響きじゃないから早く名前で呼んでくれない?」
「……あんた、すんごいめんどくさい。」
「…………」


 恐らく水竜の加護を受ける筈の人間が十数年と加護を受けていなかった為に、契約によって与えられた水竜の力を愛しく想えているのだろう。
 獅貴しきの捻くれた性格をまっすぐにしてしまう程、その想いは強いようだ。例えていうのなら、今までまともな食事にありつけていなかった者に、サラダに温かいスープ、サクサクに焼き上げたバターたっぷりのパンに、肉汁が滴るようなローストビーフを与えたとしよう。いくら自制しようとしても、一度覚えてしまった味を身体は忘れないものだ。
 だがいちいち言い直しているのを聞くのもそれはそれで面倒なのだが、名前を呼ばないことで大の大人がいじけるところを見るのも疲れてしまう。

 どっちが年上なんだろうと呟いて、初めて彼の名を呼ぶ。


「……獅貴しきって呼べばいいんでしょ。」
「っ!」


 そのとたん、だった。
 何とも言えない声を上げると、顔を背けてなにかにひたすら耐えるように身を震わせている。


(おーい……ただの変態にしか見えないんですけどー…。)


 顔は美形だとしても、年下の小娘に名を呼ばれただけで身悶えるなんて変態としか言いようがない。ただの【嫌味男】かと思えば、上に変態がつくとは。

 しかしまだまともそうな央士おうしがいる。
 とりあえず彼に付いて行けばなにかあっても常識から外れることはなさそうだ。
 そう思って央士おうしへと首を捻る、と。身体をわなわなと震わせ、その大きな掌で口元を隠している、最後の砦がいた。


「水竜の神子が………俺に罰を……!!」
「い、いや、条件守ってくれたらなんもしないよ…?むしろさせないでよ?」
「そ…そうだな。神子の手を煩わせるなど恐れ多い。……約束を守ることは当然だが――だがしかし惜しい…っ!」


(一体なにと戦ってるんだ、あんたは!!)


 央士おうしは【まじめな】ひとだと安心していれば、こちらは下に変態がつくらしい。
 体格もがっしりとしているし、身のこなしもいいように見えたからなかなかに強いのではと思っていたのだが。――常識人からほど遠いのでは、いろいろと安心できないじゃないか。


(なんかいろいろ失敗した気がする……あ、でもカンナの人間はみんなこうなっちゃうのかな)


 私の神力が彼らに馴染めば、この変態も治ってくる筈、だ。たぶん。それを信じるしかない。
 溜息が出るのは自然の摂理ということにしておいてほしい。

 いつの間にか生えた草をのんびりと食んでいる二頭のうちの一頭の手綱を掴んで飛び乗る。少しばかり驚いた馬が前後に揺れて、私の指示通りに彼らの元に歩いていく。


「馬も元気になったみたいだし、さっさとここから離れない?どこに行くか知らないけど。」
「そ、そうだな。……では、その。う、後ろに乗っても良いだろうか」
「は?ついさっきもそうしてたじゃない。何よいきなり。」
「い、いや、わからん。何故か恐れ多いような心苦しさに見舞われた。」
「重症だなぁ…」
「へぇえ、君そっちなんだ?なんだ、せっかく一緒に乗れると思ったのに残念――だなぁなんて思ってないし、むしろ央士おうしの方に乗ってくれて清々っていうか」
獅貴しきは本当に面倒。」


 言いながら、獅貴しきはもう一方の馬に、央士おうしは私のまたがる鞍の前橋に手を置くと、あぶみに足を掛けて軽々と飛び乗った。


 どくん。


 ――瞬間、背中に感じる他人の体温に胸奥が高鳴った。


(そういえば、男のひとがこんなに間近なのって初めてなんだよね…)


 乗馬をするなら密着するのは仕方ないこと。
 それは解っているものの、鞍の前橋に手をやったまま背後に座られては、まるで抱き込まれているようで緊張してしまう。
 ――だったらまだ荷物扱いされる方が気持ち的には楽だったかもしれない。
 心を落ち着けようと息を吐いて、央士おうしの目を見ないように手綱を後方へ掲げた。


「え、と。と、とりあえず馬は央士おうしに任せてもいい?」
「ああ。」


 頷く気配とともに、筋肉質な手が私の手を握りながら手綱を掠め取っていく。


(う…っ)


 どくん、どくんと脈打つ心臓を叱咤する。
 だってこの男は私を攫って縄で縛りあげた上に猿ぐつわをし、荷物同然に馬に乗せた挙句の果てに変態だったのだ。この男を、【男】と見る事がおかしいのだ。

 馬が地を蹴り、草原を風となって疾走する。
 あんなに乾いていた大地にこんなにも豊かな草花が生えるだなんて、他人事のようだが本当に神業にしか思えない。
 私は深呼吸を繰り返して、背後を忘れようと務める。しかしその背後が問いかけてくる。


「酔っているのか?」
「へ?いや、酔ってないけど…」
「……そうか。ならいい。」


 言うと、央士おうしは手綱を力強く打ちつけて、更に速度を速めた。
 もしかしたら、私を心配してくれたのかもしれない。


(って、なに考えてるかな?!せっかく考えないようにしてるってのに!)


 そもそもこんなにドキドキするのは、他人の男と触れ合っているからだ。男女を意識するようになってからはクラウスやアルベルトとも手を握ることすらなくなったし、つまりは男に免疫がないだけだ。


「ねえ!」


 前を行く獅貴しきが速度を緩めて併走を始める。
 彼の柔らかな金の髪が風に流れて、端麗な顔は皮肉な笑みで彩られていた。


「確かにオレたちは君と契約したけど、もし君が逃げたり、抵抗したら君はどうなるの?オレたちだけ何かされるんじゃ、それって不公平じゃない?」
「契約ってのは大抵公平に見えて、どちらかが得するように出来てるもんよ。」
「え。じゃあなに?オレたちまんまとしてやられちゃったってわけ?ちょっとズルイんじゃないの?」
「ずるいくらいが丁度いいの」


 でないと周囲に流されて、自分の人生を台無しにされてしまう。


(そうだよ。今日の陛下との謁見の所為でも…って、あれ。)


 はた、と気付く。
 いつかは同じ一族か王族と結婚するだろうと心得ていたから、今日のことも当然のことだと納得したつもりだったのだけど。――きっと私は、結婚なんてしたくなかった。ずっと火竜の神子の役目のひとつだと、自分の感情に気付かないふりをしていただけだ。
 少なくとも、あの王子との結婚が私の人生を台無しにしてしまうと考えていることは確かだ。


「ふふ、あははっ!」
「……どうした」
「いや、ごめん。なんか馬鹿らしくってさ」


 あのままルーンバルトにいれば、なし崩し的に王子と結婚させられていただろう。それを考えれば攫われて良かったのか知れない。
 最後の水竜の一族だとか、カンナ帝国の救世主とか、頭が痛くなる問題もあるけれど。竜の契約のお陰で央士おうし獅貴しきが私に危害を加えることもないし、もはや運命共同体故に私に何かあるならば私を守るしかない。
 ふたりの性格はなんとなくしかまだわからないけれど、少なくとも水竜の神子を大切に想っているようだし、それなら私が危ういことはない。

 それに。
 揺れる馬上で、熱を持った胸元を抑える。


(何かあればきっと――伝わってるはず。)


 いつも喧嘩ばかりしてしまうけれど、こういうときばっかり頼りにしてしまうのは幼い頃の癖なのか。
 炎のような熱を抑え込んで、前方を見る。
 暗い輪郭を現したのは、小さな村だろうか。
 私は併走する獅貴しきと、私を抱くようにしている央士おうしに声を上げた。


「一応、私の名前セツナっていうから!覚えてたらそっちで呼んでよ」
「ただ娘を攫うだけだった筈が、こんな小さなパーティーを組むことになるとはな」
「いいんじゃない?結構面白そうだし。【青獅子とちんちくりんな小娘】ってどう?」
「それがこのパーティ名だっていうなら即行ぶん殴るわよ」


 真横で年甲斐もなく子供じみた笑みを浮かべる獅貴しきに拳を作ってやるも、どうせかわされるのでそれを振るうことはなかった。

 ――この先私はどうなってしまうのか。
 不安がないというわけではない。
 内紛の続くカンナ帝国にいると言うこと自体も不安だし、自分が今まで大切にされてきた家族とは血が繋がっていないということが、帰る家がないような気がしてしまって。けれどそれでも、あの王子との結婚から逃げおおせたような気もして。


 攫われたというのに、何かから解放されたという想いが、私の気を逸らせた。


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