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第二章 錬金術店の毎日
第10話 もうすぐ春が来る
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春が近づいているように感じる日が増えた。
「ベルチェ~! あのマットも干しといて~!!!」
「わかりました」
トーナの錬金術店の裏庭にはたくさんの洗濯物がロープにかけられている。暖かな日差しがそれらを少しずつ乾かしてく。今日は定休日。だが朝からトーナはベルチェと2人でバタバタと動き回っていた。
「最近皆様いらっしゃいませんね」
ポツリと呟くベルチェはいつも通り無表情だがどこか少し寂しそうだ。
ベルチェの言う【皆様】とは、例の4人組のことだ。アレンは学院の中間試験、ランベルトは新社会人ならぬ新人冒険者が増えるこの時期はギルドの手伝いをしており、リーノはリゾート開発と輸入魔道具ブームが重なって忙しくしていた。レオーネからは、所要でしばらく王都にいない、寂しくさせてすまない。というトーナの苛立ちをわざわざ煽るような手紙が届いている。
(このくらいの距離感が平和なんだけどねぇ)
だが、ベルチェが寂しがるような雰囲気を醸し出したのは予想外だった。彼の長い人生はわりと少人数で完結した世界だったので、今の賑やかさが刺激的なのかもしれないとトーナは予想する。
「それで、トーナはどなたかと婚姻を結ぶのですか?」
「うわ! ベルチェまでその話!?」
ゲェっと顔を歪めたトーナを見ても、ベルチェが怯むことはない。
「いえ。誰をとってもいい話かと思いまして」
「そんな上から目線でいられないわよ~今の関係性だから私も強く出れるの。誰と良い仲になっても上手くいく気はしないわ」
「そうは思えませんが……」
トーナは恋愛には消極的だった。今は店のことで手一杯だ。興味がないというわけではない。イケメンにチヤホヤされるなんていまだかつて……前世も含めたってなかった。気分が悪くないわけがない。これは自惚れても許されるのでは? と思ってしまうほどの入れ食い状態だ。
「なんの乙女ゲーヒロインに転生したのかと思ったわよ~」
「おとめげー? 前世語ですか?」
「そうそう。色んなイケメンにチヤホヤされるの」
「今のトーナと同じですね」
「でしょ~」
彼らの事をそのしつこさと極端な愛情表現から鬱陶しいと思うことも多々あれど、嫌悪しているわけではない。
「それを上手く楽しんではダメなのですか? 婚姻を結ぶ気がなくともそういう疑似恋愛を人間は楽しむことがあるとフィアルヴァが言っていましたが」
「けどねぇ~そういう方向にのめり込むともうそればっかりになっちゃうのよ」
トーナは保存瓶から手づかみで薬草を取り出し、底の浅い籠網に並べ始める。
「なるほど。彼らとの関係が深くなると店の経営に支障が出る精神状態になるということですね」
ベルチェも別の薬草瓶をあけ、同じように並べる。薬草を乾燥させるのだ。
「そ。恋をすると人はアホになっちゃうからね」
「アホですか」
「判断力が鈍ると言うか……夢中になっちゃったら店が二の次三の次になるかもでしょ」
「それはやってみなければわからないのでは?」
トーナは少し苦笑した。
「まぁそもそも恋はするものじゃなくて落ちるものって言うし。その時がくればわかるでしょ」
そう言ってこの話はもうお終い! と、次の作業に取り掛かる。
『しばらく暖かい日が続くわ』
という、ゾラの天気予報を聞いたので、安心して外に干すことが出来る。薬草のついでに茸類も干す。さらについでに柑橘系のフルーツも。
(ユピ族って結局どんな一族なんだろ)
ゾラ本人に聞くのはなんとなく憚られた。頼みのベルチェの記録《記憶》では、ユピ族は大枠ではエルフとルーツを同じくする種族で、天候を読み、農耕作業がとても得意な穏やかな者達、というフィアルヴァが語っていた内容だけだった。
(いかんいかん! 他人の秘密を探るような真似……私だって隠してるのに)
とは言っても人は知りたいという欲求にはなかなか逆らえない。トーナは王城の近くにある、王立図書館へと向かった。
入口にいる兵士にボディチェックをされ中に入ると、シーンと静まり返った空間が広がっている。トーナのコツコツという足音だけが大きな空間に響く。壁一面には本が埋め込まれているかのように置かれていた。写本と版本のみとされているが、文化面だけではなく、文字通り金銭的にもかなり価値のある施設だ。
(うーん太っ腹~)
トーナはそろりそろりと歩いて歴史書の棚を探す。
この国の識字率は領によってかなり違う。大きな都市には寺子屋のような制度があり、簡単な読み書き計算を学ぶ場が設けられていた。
この王都はその中でもトップクラスの識字率で、成人のほとんどは文字の読み書きが出来る。現王は特に一般市民の教育に力を入れていて、地域ごとに区切り【学術堂】と呼ばれる施設を作るほどだった。トーナの前世で言うところの小学校のような施設だ。
図書館にいる人全てが真剣に書物をめくっている。わざわざこの図書館に通う為に国中から人が集まるという話だ。
(本当に旅人って感じの人が居るわね)
ボロボロになった服からそれなりに大変な旅だったことがうかがえるが、なんとも満ち足りた表情で本をかじりつくように読んでいる。それも複数人。
トーナも目当ての本を見つけ、テーブルに座り大きな写本を開いて夕日が沈みかけるまで読み耽った。
「ハッ! 洗濯物!」
「シィーッ!」
声が響く図書館の中でペコペコと必死に頭を下げ、トーナは駆け足で店へと帰った。
「うわぁ! ベルチェごめんね! ありがとう!」
「いいえ。楽しかったですか?」
彼はすでに外にあったもの全部をとりこんでくれていた。
「うん! 今度ベルチェも行こう。師匠の本もあったよ。写本だけどね!」
「この目で見て記憶しているので必要ありませんが」
「えぇ~! 知り合いの本があんな立派な図書館にあると思うと嬉しくない?」
「……そうですね」
夕日の中でベルチェはほんの少しだけ笑っているように見えた。
「ベルチェ~! あのマットも干しといて~!!!」
「わかりました」
トーナの錬金術店の裏庭にはたくさんの洗濯物がロープにかけられている。暖かな日差しがそれらを少しずつ乾かしてく。今日は定休日。だが朝からトーナはベルチェと2人でバタバタと動き回っていた。
「最近皆様いらっしゃいませんね」
ポツリと呟くベルチェはいつも通り無表情だがどこか少し寂しそうだ。
ベルチェの言う【皆様】とは、例の4人組のことだ。アレンは学院の中間試験、ランベルトは新社会人ならぬ新人冒険者が増えるこの時期はギルドの手伝いをしており、リーノはリゾート開発と輸入魔道具ブームが重なって忙しくしていた。レオーネからは、所要でしばらく王都にいない、寂しくさせてすまない。というトーナの苛立ちをわざわざ煽るような手紙が届いている。
(このくらいの距離感が平和なんだけどねぇ)
だが、ベルチェが寂しがるような雰囲気を醸し出したのは予想外だった。彼の長い人生はわりと少人数で完結した世界だったので、今の賑やかさが刺激的なのかもしれないとトーナは予想する。
「それで、トーナはどなたかと婚姻を結ぶのですか?」
「うわ! ベルチェまでその話!?」
ゲェっと顔を歪めたトーナを見ても、ベルチェが怯むことはない。
「いえ。誰をとってもいい話かと思いまして」
「そんな上から目線でいられないわよ~今の関係性だから私も強く出れるの。誰と良い仲になっても上手くいく気はしないわ」
「そうは思えませんが……」
トーナは恋愛には消極的だった。今は店のことで手一杯だ。興味がないというわけではない。イケメンにチヤホヤされるなんていまだかつて……前世も含めたってなかった。気分が悪くないわけがない。これは自惚れても許されるのでは? と思ってしまうほどの入れ食い状態だ。
「なんの乙女ゲーヒロインに転生したのかと思ったわよ~」
「おとめげー? 前世語ですか?」
「そうそう。色んなイケメンにチヤホヤされるの」
「今のトーナと同じですね」
「でしょ~」
彼らの事をそのしつこさと極端な愛情表現から鬱陶しいと思うことも多々あれど、嫌悪しているわけではない。
「それを上手く楽しんではダメなのですか? 婚姻を結ぶ気がなくともそういう疑似恋愛を人間は楽しむことがあるとフィアルヴァが言っていましたが」
「けどねぇ~そういう方向にのめり込むともうそればっかりになっちゃうのよ」
トーナは保存瓶から手づかみで薬草を取り出し、底の浅い籠網に並べ始める。
「なるほど。彼らとの関係が深くなると店の経営に支障が出る精神状態になるということですね」
ベルチェも別の薬草瓶をあけ、同じように並べる。薬草を乾燥させるのだ。
「そ。恋をすると人はアホになっちゃうからね」
「アホですか」
「判断力が鈍ると言うか……夢中になっちゃったら店が二の次三の次になるかもでしょ」
「それはやってみなければわからないのでは?」
トーナは少し苦笑した。
「まぁそもそも恋はするものじゃなくて落ちるものって言うし。その時がくればわかるでしょ」
そう言ってこの話はもうお終い! と、次の作業に取り掛かる。
『しばらく暖かい日が続くわ』
という、ゾラの天気予報を聞いたので、安心して外に干すことが出来る。薬草のついでに茸類も干す。さらについでに柑橘系のフルーツも。
(ユピ族って結局どんな一族なんだろ)
ゾラ本人に聞くのはなんとなく憚られた。頼みのベルチェの記録《記憶》では、ユピ族は大枠ではエルフとルーツを同じくする種族で、天候を読み、農耕作業がとても得意な穏やかな者達、というフィアルヴァが語っていた内容だけだった。
(いかんいかん! 他人の秘密を探るような真似……私だって隠してるのに)
とは言っても人は知りたいという欲求にはなかなか逆らえない。トーナは王城の近くにある、王立図書館へと向かった。
入口にいる兵士にボディチェックをされ中に入ると、シーンと静まり返った空間が広がっている。トーナのコツコツという足音だけが大きな空間に響く。壁一面には本が埋め込まれているかのように置かれていた。写本と版本のみとされているが、文化面だけではなく、文字通り金銭的にもかなり価値のある施設だ。
(うーん太っ腹~)
トーナはそろりそろりと歩いて歴史書の棚を探す。
この国の識字率は領によってかなり違う。大きな都市には寺子屋のような制度があり、簡単な読み書き計算を学ぶ場が設けられていた。
この王都はその中でもトップクラスの識字率で、成人のほとんどは文字の読み書きが出来る。現王は特に一般市民の教育に力を入れていて、地域ごとに区切り【学術堂】と呼ばれる施設を作るほどだった。トーナの前世で言うところの小学校のような施設だ。
図書館にいる人全てが真剣に書物をめくっている。わざわざこの図書館に通う為に国中から人が集まるという話だ。
(本当に旅人って感じの人が居るわね)
ボロボロになった服からそれなりに大変な旅だったことがうかがえるが、なんとも満ち足りた表情で本をかじりつくように読んでいる。それも複数人。
トーナも目当ての本を見つけ、テーブルに座り大きな写本を開いて夕日が沈みかけるまで読み耽った。
「ハッ! 洗濯物!」
「シィーッ!」
声が響く図書館の中でペコペコと必死に頭を下げ、トーナは駆け足で店へと帰った。
「うわぁ! ベルチェごめんね! ありがとう!」
「いいえ。楽しかったですか?」
彼はすでに外にあったもの全部をとりこんでくれていた。
「うん! 今度ベルチェも行こう。師匠の本もあったよ。写本だけどね!」
「この目で見て記憶しているので必要ありませんが」
「えぇ~! 知り合いの本があんな立派な図書館にあると思うと嬉しくない?」
「……そうですね」
夕日の中でベルチェはほんの少しだけ笑っているように見えた。
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