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第二章 錬金術店の毎日
第9話 にわか雪の日
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ランベルトから依頼されていた簡易結界は無事完成した。予定より早く素材も手に入り、それも状態の良いものばかりだったので、トーナも気合を入れて錬成したのだった。
(久しぶりの大作!)
作った本人も満足の出来だ。最近はそれほど難しくない調合の商品を量産することが多かったのでいい気分転換にもなった。
(弟子をとる錬金術師の気持ちがようやくわかったわ……)
弟子に複雑すぎない調合を任せ、自身はより高度な錬金術のアイテムを作成し、研究に時間をあてる。
(だけど私にはまだまだ先の話ね~……)
自分の面倒を見れるようになるのが先だとアッサリ諦めた。
「わ~! ありがとう!」
ランベルトはトーナに手渡された簡易結界をみて、彼女の予想以上に目を輝かせていた。本気で期待していてくれたことがわかり、トーナも嬉しくなる。
銀色のバングルには細かな魔法陣が電子回路のように刻まれ、内側にも外側にもいくつもの魔石が組み込まれていた。
「えーっと、それをくるっと回してみて」
トーナが指さしたバングルに付いている正方形に加工された魔石を回すと、無音で魔法陣が展開されランベルトの周りに結界が出来上る。
「おぉ!」
範囲は狭いが、これでランベルトの特殊体質が漏れ出ることはない。いつものように王都の外でわんさか魔物がやってくることはなくなる。
「これつけて体大事にしてよね」
「うん!」
ランベルトは子供のようにはしゃぎながら身につけた固有結界を眺めていた。
固有結界は色々な形のものがあるが、冒険者が持つ場合はアクセサリーのように身につけている場合が多い。手荷物などに入れていると、突然の戦闘などで落としてしまうこともあるからだ。トーナも採取に出かける時は鍵をネックレスのように首から下げている。
「簡易結界でここまでできるなんてこと自体知らなかったんだもんなぁ」
「確かに一般的な知識じゃないよね。私も気が付かなかったし……よく考え付いたじゃん!」
「バルトンさんがトーナに相談してみろっていうからさ!」
「あ、ああ……そうか。なるほど……」
(あの人の差し金か!)
王都の冒険者ギルドのギルドマスターはトーナの師であるフィアルヴァの知り合いということは聞いていた。だが、どこまで仲が良かったかまでは怖くて聞いていない。
(あの嫌われ者の師匠に好意的なんて、よっぽどヤバいか、よっぽどいい人だわ……)
トーナの中では今のところ半々、と言ったところだ。確かに面倒見もよくいい人だが、何を考えているのかわからない時がある。今回のように。
「さっそくこれ試したいからファロファニ湖でも行こうかな! 何か必要な素材はある? お礼に採ってくるからさ!」
ファロファニ湖はかなり難易度の高い魔物が住み着いているエリアだ。それを近所のコンビニ行くようなノリが出来るのがランドルフの実力である。
「いいよいいよ。しっかり代金いただいてるし」
トーナの錬金術店は今懐が暖かい。さらにアレンの固有結界の収入もあるので、しばらくは食うに困らなくなった。
「遠慮しないで。せっかくなら目的があるほうがいいし!」
「そう? じゃあ~鋼珊瑚とファロファニの抜け殻があればお願いします!」
どちらもトーナの店でこれまで取り扱ったことがない商品の材料だ。懐に余裕があるうちにあれこれ試してみようと今から楽しみしている。
「了解! 任せて~!」
そうして元気よく店の裏口から手を振って出て行った。外はいつの間にかパラパラと雪が降り始めている。
◇◇◇
「もうすぐ止むわ」
とゾラが言っても、まだまだ雪は降り続いている。むしろ空は暗くなり、さらに降り積もりそうな雰囲気が漂っていた。
「それで~トーナちゃんはこの間プロポーズしに来たっていうお貴族様とランベルトさん、どっちが本命なの~?」
ウフフと口を押えながら、恋バナが大好物だと言わんばかりに前のめりだ。
「え!? ロッシ商会の坊ちゃんじゃないのかい!?」
「いやいや、魔術学院の学生がよく来てるじゃないか!」
「あの方はオルディス家のご嫡男様だぞ!」
「えぇ!? そうなのかい!? 随分気さくな方だったが……」
わりと本気でその場にいる客達が、イジるつもりもなく真面目に討論を始めた。
「やっぱり情熱的に愛してくれる貴族だろ!」
「いや平民出身が貴族になればいらん苦労をすることになる」
と、揉め。
「冒険者はいつ死ぬかわからん。あっという間に未亡人だ!」
「ランベルトさんに関しては必要ない心配だろうが!」
「だけど冒険ばっかじゃトーナちゃんが寂しいじゃない!」
と、騒ぎ。
「金持ちはいいぞ~」
「だがロッシ家は結果が伴わないと身内であっても厳しいぞ? トーナちゃん商売っ気がないからあっという間に捨てられるのでは!?」
と、余計な心配をされ。
「オルディス領は遠いからなぁ」
「この店がなくなったら俺達が困るよなぁ」
と、ここは意見が合うようだった。
「はいはいはい。私の色恋の話はいいんで、会計するい人いたら言ってくださ~い!」
「こりゃあ大事な話だぞ!? トーナちゃん、あんたもういい歳だろう?」
「いいんですよ。最悪1人でも。その為にこうやってあくせく働いてるんだから」
ちょうどこの国の適齢期にあるトーナの結婚相手に皆が興味津々だった。こういう華やかな話題はどの世界も好きな人が多いようだ。
「もっと楽しめよ~選り取り見取りじゃないか~」
「楽しんでるのは皆でしょ!」
「それはそうだけどな!」
お客は大笑いしているが、トーナは彼らが親のいない自分の将来を心配していることはわかっていた。
(前世だったら鬱陶しいだなんて思ってたのかな~)
だがこの世界でこれまでこうやってトーナを気にかけてくれる人はいなかった。
(師匠の愛情表現はわかりづらかったし)
そんなことを1人でこっそり思い出して苦笑したのだった。
「まあ今はそれどころじゃないというか……こういうのってタイミングが合わないとうまくいかないじゃないですか」
「お! 知ったようなこと言うじゃないか!」
「なになに!? 昔の恋のお話!?」
と、また盛り上がり始めたので、
「わかった! 今から先着6名様に試作の回復菓子をお渡しします! 受け取ったら雪が強くなる前にお帰りくださ~い!」
と、全員に試作品を配る。冒険者向けの持ち運びしやすいお菓子のような食料だ。
お客はぶーぶーと文句を言いつつ、トーナが本気で4人の男性とどうこうなる気がないことがわかっていたので、今日のところは、と大人しく受け取って帰って行った。
「ね。止んでるでしょう?」
最後に店を出たゾラが得意気に微笑んで振り返った。彼女が言った通り、雪は止んでいた。
「本当だ! なんで!?」
「ふふふ」
意味深に微笑んだ後、見送りに出たトーナに手を振って帰って行った。
「マジで何もの!?」
トーナが店の中に戻ると、
「混ざってますね」
「混ざってる?」
ベルチェが品物を綺麗に並べ直しながら話し続ける。
「ゾラ様です。あの方、おそらく混血ですよ」
「混血って……え!? デミってこと?」
それはこの世界で人間側から亜人と呼ばれる種族のことだ。エルフやドワーフなどがそれにあたる。
「でもデミって師匠が若い頃あった戦争で人間と決別して今は一切関わりがないんでしょ?」
トーナもまだ一度も出会ったことがない。歴史書上では、彼らはこの大陸を去り、とある島へと移住し、所謂鎖国状態なのだと書いてあった。もう1000年、人間との交流を断っている。
「ええ。ですがやはりどんな種族にも変わり者というのはいて、こっそりとこの国を旅しているデミもいるんですよ。私は3度会ったことがあります」
「へぇ!」
(って、1000年で3人じゃ別に多いとは言えないわね?)
「おそらくゾラ様はユピ族の血を引いているのでしょう。彼らは天気を読むのが得意だとフィアルヴァが言っていました」
ただでさえ不思議なこの世界にまだまだわからない世界があるのだと思うと、トーナは師フィアルヴァがいつも楽しそうに生きていた理由がわかるような気がしてきた。
(こりゃ師匠、長生きしてても退屈しないはずだわ)
トーナの人生もまだまだこれから騒がしくなるが、この時のトーナはまだまだ自分の人生を楽観していたのだった。
(久しぶりの大作!)
作った本人も満足の出来だ。最近はそれほど難しくない調合の商品を量産することが多かったのでいい気分転換にもなった。
(弟子をとる錬金術師の気持ちがようやくわかったわ……)
弟子に複雑すぎない調合を任せ、自身はより高度な錬金術のアイテムを作成し、研究に時間をあてる。
(だけど私にはまだまだ先の話ね~……)
自分の面倒を見れるようになるのが先だとアッサリ諦めた。
「わ~! ありがとう!」
ランベルトはトーナに手渡された簡易結界をみて、彼女の予想以上に目を輝かせていた。本気で期待していてくれたことがわかり、トーナも嬉しくなる。
銀色のバングルには細かな魔法陣が電子回路のように刻まれ、内側にも外側にもいくつもの魔石が組み込まれていた。
「えーっと、それをくるっと回してみて」
トーナが指さしたバングルに付いている正方形に加工された魔石を回すと、無音で魔法陣が展開されランベルトの周りに結界が出来上る。
「おぉ!」
範囲は狭いが、これでランベルトの特殊体質が漏れ出ることはない。いつものように王都の外でわんさか魔物がやってくることはなくなる。
「これつけて体大事にしてよね」
「うん!」
ランベルトは子供のようにはしゃぎながら身につけた固有結界を眺めていた。
固有結界は色々な形のものがあるが、冒険者が持つ場合はアクセサリーのように身につけている場合が多い。手荷物などに入れていると、突然の戦闘などで落としてしまうこともあるからだ。トーナも採取に出かける時は鍵をネックレスのように首から下げている。
「簡易結界でここまでできるなんてこと自体知らなかったんだもんなぁ」
「確かに一般的な知識じゃないよね。私も気が付かなかったし……よく考え付いたじゃん!」
「バルトンさんがトーナに相談してみろっていうからさ!」
「あ、ああ……そうか。なるほど……」
(あの人の差し金か!)
王都の冒険者ギルドのギルドマスターはトーナの師であるフィアルヴァの知り合いということは聞いていた。だが、どこまで仲が良かったかまでは怖くて聞いていない。
(あの嫌われ者の師匠に好意的なんて、よっぽどヤバいか、よっぽどいい人だわ……)
トーナの中では今のところ半々、と言ったところだ。確かに面倒見もよくいい人だが、何を考えているのかわからない時がある。今回のように。
「さっそくこれ試したいからファロファニ湖でも行こうかな! 何か必要な素材はある? お礼に採ってくるからさ!」
ファロファニ湖はかなり難易度の高い魔物が住み着いているエリアだ。それを近所のコンビニ行くようなノリが出来るのがランドルフの実力である。
「いいよいいよ。しっかり代金いただいてるし」
トーナの錬金術店は今懐が暖かい。さらにアレンの固有結界の収入もあるので、しばらくは食うに困らなくなった。
「遠慮しないで。せっかくなら目的があるほうがいいし!」
「そう? じゃあ~鋼珊瑚とファロファニの抜け殻があればお願いします!」
どちらもトーナの店でこれまで取り扱ったことがない商品の材料だ。懐に余裕があるうちにあれこれ試してみようと今から楽しみしている。
「了解! 任せて~!」
そうして元気よく店の裏口から手を振って出て行った。外はいつの間にかパラパラと雪が降り始めている。
◇◇◇
「もうすぐ止むわ」
とゾラが言っても、まだまだ雪は降り続いている。むしろ空は暗くなり、さらに降り積もりそうな雰囲気が漂っていた。
「それで~トーナちゃんはこの間プロポーズしに来たっていうお貴族様とランベルトさん、どっちが本命なの~?」
ウフフと口を押えながら、恋バナが大好物だと言わんばかりに前のめりだ。
「え!? ロッシ商会の坊ちゃんじゃないのかい!?」
「いやいや、魔術学院の学生がよく来てるじゃないか!」
「あの方はオルディス家のご嫡男様だぞ!」
「えぇ!? そうなのかい!? 随分気さくな方だったが……」
わりと本気でその場にいる客達が、イジるつもりもなく真面目に討論を始めた。
「やっぱり情熱的に愛してくれる貴族だろ!」
「いや平民出身が貴族になればいらん苦労をすることになる」
と、揉め。
「冒険者はいつ死ぬかわからん。あっという間に未亡人だ!」
「ランベルトさんに関しては必要ない心配だろうが!」
「だけど冒険ばっかじゃトーナちゃんが寂しいじゃない!」
と、騒ぎ。
「金持ちはいいぞ~」
「だがロッシ家は結果が伴わないと身内であっても厳しいぞ? トーナちゃん商売っ気がないからあっという間に捨てられるのでは!?」
と、余計な心配をされ。
「オルディス領は遠いからなぁ」
「この店がなくなったら俺達が困るよなぁ」
と、ここは意見が合うようだった。
「はいはいはい。私の色恋の話はいいんで、会計するい人いたら言ってくださ~い!」
「こりゃあ大事な話だぞ!? トーナちゃん、あんたもういい歳だろう?」
「いいんですよ。最悪1人でも。その為にこうやってあくせく働いてるんだから」
ちょうどこの国の適齢期にあるトーナの結婚相手に皆が興味津々だった。こういう華やかな話題はどの世界も好きな人が多いようだ。
「もっと楽しめよ~選り取り見取りじゃないか~」
「楽しんでるのは皆でしょ!」
「それはそうだけどな!」
お客は大笑いしているが、トーナは彼らが親のいない自分の将来を心配していることはわかっていた。
(前世だったら鬱陶しいだなんて思ってたのかな~)
だがこの世界でこれまでこうやってトーナを気にかけてくれる人はいなかった。
(師匠の愛情表現はわかりづらかったし)
そんなことを1人でこっそり思い出して苦笑したのだった。
「まあ今はそれどころじゃないというか……こういうのってタイミングが合わないとうまくいかないじゃないですか」
「お! 知ったようなこと言うじゃないか!」
「なになに!? 昔の恋のお話!?」
と、また盛り上がり始めたので、
「わかった! 今から先着6名様に試作の回復菓子をお渡しします! 受け取ったら雪が強くなる前にお帰りくださ~い!」
と、全員に試作品を配る。冒険者向けの持ち運びしやすいお菓子のような食料だ。
お客はぶーぶーと文句を言いつつ、トーナが本気で4人の男性とどうこうなる気がないことがわかっていたので、今日のところは、と大人しく受け取って帰って行った。
「ね。止んでるでしょう?」
最後に店を出たゾラが得意気に微笑んで振り返った。彼女が言った通り、雪は止んでいた。
「本当だ! なんで!?」
「ふふふ」
意味深に微笑んだ後、見送りに出たトーナに手を振って帰って行った。
「マジで何もの!?」
トーナが店の中に戻ると、
「混ざってますね」
「混ざってる?」
ベルチェが品物を綺麗に並べ直しながら話し続ける。
「ゾラ様です。あの方、おそらく混血ですよ」
「混血って……え!? デミってこと?」
それはこの世界で人間側から亜人と呼ばれる種族のことだ。エルフやドワーフなどがそれにあたる。
「でもデミって師匠が若い頃あった戦争で人間と決別して今は一切関わりがないんでしょ?」
トーナもまだ一度も出会ったことがない。歴史書上では、彼らはこの大陸を去り、とある島へと移住し、所謂鎖国状態なのだと書いてあった。もう1000年、人間との交流を断っている。
「ええ。ですがやはりどんな種族にも変わり者というのはいて、こっそりとこの国を旅しているデミもいるんですよ。私は3度会ったことがあります」
「へぇ!」
(って、1000年で3人じゃ別に多いとは言えないわね?)
「おそらくゾラ様はユピ族の血を引いているのでしょう。彼らは天気を読むのが得意だとフィアルヴァが言っていました」
ただでさえ不思議なこの世界にまだまだわからない世界があるのだと思うと、トーナは師フィアルヴァがいつも楽しそうに生きていた理由がわかるような気がしてきた。
(こりゃ師匠、長生きしてても退屈しないはずだわ)
トーナの人生もまだまだこれから騒がしくなるが、この時のトーナはまだまだ自分の人生を楽観していたのだった。
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