エルキア通りの錬金術店は今日も営業中~のんびり暮らしたい私とそれを許さない現実~

桃月とと

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第二章 錬金術店の毎日

第6話 極寒の日

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「寒い寒い寒い寒い寒いいい!!!」
「はいはい今火がつきますよ! はいついた!」

 はぁ~と息を漏らしながら燃え盛る火にトーナは手を近づける。サニーはテキパキと野営の準備をしてくれている。先ほどトーナは小さな湖にダイブしてしまったのだ。凍っていると思い込んで。
 アレンは無言で火と風の魔法の合わせ技で、暖かい温風をトーナに送って髪の毛や衣類ごと乾かしていた。

「そそそそそう言えばいつの間に2属性のコココントロールを……」
「いいから温まっとけ!!!」

 アレンにとっては信じられない、衝撃的な姿だったのだ。彼の周りにいる令嬢は真冬の湖に珍しいがいたからと飛び込むようなことはしない。

「いやいや! ヒョルニクス蝶を捕まえる為なら僕だって真冬の湖にドボンしますよ!」
「そ、そそそ、そそうよ!!!」

 トーナはまだ歯がガチガチと音を立てている。

「そーかよ……」

 小さくため息をはきながらこれ以上その話を聞く気はないと、サニーから視線をそらした。

「ヒョルニクス蝶というより、その鱗粉が素材になるんです!」
「あ、ああある程度鱗粉が溜まったら」
「えぇ。また外に返しましょう」

 ヒョルニクス蝶はサニーが持ってきていた小さな籠の中にいた。ゆらゆら揺れる度に輝く鱗粉が落ちていく。

「こ、こんな、こここんな所にま、魔力湖がある、あるなんてっ!」
「この渓谷には小さいのがいくつかあるという噂はありましたけど。本当にありましたねぇ」

 ロロは美味しそうに湖の水を飲んでいた。寒いのに魔力を秘めた水場であるこの湖は凍らない。トーナはまさかこんな所に珍しい魔力湖があるとは思ってもなかったのだ。

 彼女は相変わらず1人逆ギレしながら震えている。その間にもサニーは寝袋のような袋を取り出して、何かを組み立て始めていた。

(テント?)

 それはどんどん大きくなり、最終的には焚き火を中心に円状にトーナ達を囲い込んだ。

「ゲルみたい」
「げる?」

 アレンに聞き返されギクリとするが、聞こえないフリをしてサニーに話題を振る。ついに震えも止まった。

「こんな魔道具出てるんですね!」
「これは輸入したものなんです。遊牧民が多い国のモノなんだそうで」

 トーナの乾き具合を確認しながら、最後に焚き火の上にストーブを設置して、筒を上部に伸ばし煙突を作った。
 これだけ大きなテントがあっという間だ。

「流石道具。これの小さいサイズが欲しいな」
「商会がそのうち売り出すと思いますよ」

 テント内も暖まり始める。トーナは乾いたマントのポケットから手のひらサイズの鍵のようなものを取り出した。

「おぉ! 簡易結界ですか」
「流石錬金術師! よくわかりましたね」

 トーナは得意気だ。普段あまり他の錬金術師とこれほど親密に話すこともないので、サニーと話すのは楽しい。

(王都だと、商売敵になっちゃうからな~……どうしても表面上の付き合いだけになっちゃうし)

「うちの屋敷のものよりずいぶん小さいな」
「だってだも~ん」

 結界は何を守り何を受け入れるか、細かく設定できることもあって、その形も様々だった。
 簡易結界は持ち運びしやすいよう小型のものを、屋敷や地域を守るための結界は大型のものが一般的だ。

「よいしょ!」

 トーナが地面にを突き刺すと、魔法陣がテントの外まで広がっていき光を放った。そうしてカチャリ、という音と共にその光は消える。

「これで魔物の不意打ちは心配ないわ。ゆっくり寝よう!」
「出入りはどうなってんだ?」
「鍵を……結界を張った時点で中にいたの出入りは自由です」
「へ~! 面白い!」

 サニーも錬金術師として結界に関する勉強はしているが、トーナのような条件付けをしている結界は初めてだった。

「簡易結界は材料費が高いんだろ? よく作れたな」

 アレンはトーナの懐事情がよくわかっていない。店はそれなりに繁盛しているようだったが、彼女が贅沢品を購入している話を聞いたことがなかった。彼は今、庶民の暮らしにとても興味がある。トーナに関わることはなんでも知りたい。

「魔力持ち向けのは幅があるんだよね」
「結界を張る為の魔力の供給源があるかないかって大きいんですよ」

 錬金術師2人が熱弁を始める。結界は一人前の錬金術師にとってゴールの1つでもあるので、卒業論文を語るような気分なのだ。

(私の簡易結界は私の魔力で全部賄ってるから素材は安いのよね~)

 故に魔力を溜めておくパーツが必要ない。その分素材費用を浮かすことができた。魔力に余裕のあるトーナ専用の簡易結界だ。

「ってことはランベルトに作る簡易結界は高くつくんだな」
「まーね。ただ難しい素材は自前で用意してくれるし、驚くような金額にはならないかな」
「ふーん」

 そうしてアレンは少しなにか考えた後、

「俺にも作ってくれよ」
「え!? アレン、いる? 使う機会ないでしょ」
「に、2回生になれば実習でこういうところ来るからな!」
「えー。あの金持ち学校が安全の為の装備くらい用意してくれてるんじゃないの?」

 と言いたくなるほど、魔術学院の学費は高い。

「いや、手荷物から全て自分で準備が必要なんだ。……まあ奨学生用の貸し出しはあるが、オーダーメイドじゃないしな」
「え!? じゃあ簡易結界の受注が学院の生徒からあるかもってこと!?」

 トーナは思わず声が大きくなってしまった。結界は単価が高い。その依頼がいくつかあるだけでもトーナのような小さなお店は助かる。

「だいたいはイザルテさんの所か領地お抱えの錬金術師に作らせるでしょうねぇ」
「そうだったー!」

 サニーの冷静な指摘を受けあっさりと撃沈したのだった。

「お前が持っているのと同じ機能の簡易結界がいい」

 少し顔を赤らめながらぶっきらぼうに言う。

「けどこれ、逃げてきた仲間が後から入れないんだよね~」

 レスキュー活動ができないのだ。

「その時は敵を薙ぎ払ってから仲間を入れるからいい」
「自信家~」
「お前もその発想があるからこの簡易結界なんだろ」

 あっさり見抜かれたと、トーナは少しだけ笑った。

「簡易結界って基本的には持ち主本人だけって指定の方が多いから、他人まで守ろうとするなんてお2人とも気前がいいですよ」
「そうなんですか!?」

 アレンではなくトーナの方がびっくりする。フィアルヴァからはそういったことを一切教わっていなかった。が世間とトーナ……フィアルヴァとは違うのだ。

「そう言えば昨日貸してくれた簡易結界は単独用だったな」
「そうそう。これです」

 サニーが胸元から取り出したのはペンダントのような形の簡易結界だった。

(やばい! 世の中の常識と思っていたこと、全て見直さないと……)

 育ての親の影響は大きい。平穏に暮らすためには、悪目立ちしないようにしなければ。

「んで、引き受けてくれんのかよ」

 相変わらずぶっきらぼうだ。断られたらどうしよう、という気持ちも透けて見える。

「そりゃも~有難いお話だもん。まいどあり!」
「し、しっかり作れよ!」

 言葉とは裏腹にアレンはホッとしていた。
 トーナの方もいつもは邪険に扱うが、客となれば話は別だ。

「あ! でもランベルトの後になるけどいい? 今の感じだと春先になるかもしれなくて」
「急いでない。2回生になるまでにあればいい」

 納期まで余裕があるとはさらに有難い。それで就寝前、トーナはアレンに珍しく礼を言ったのだ。寝袋に転がった状態でだが。テントの中はもう暗くしてあった。早朝にだけ採取可能な薬草を取りに行くため、消灯時間も早目だ。

「アレン、今日はありがとね」
「は!? え? 何がだ!?」

 アレンは眠れる気がしなかった。すっかり失念していたが、今日はトーナと同じテントの中で寝る。かなり大きなテントではあるが、同じ空間でトーナが寝るのがどういうわけか落ち着かない。それどころか心臓がバクバクと煩い。

(女と同じ空間で眠ることなんてこれまでなかったからな……そのせいだ)

 トーナだからドキドキするわけではない、ただトーナが女という性別だからだと、 彼はそう自分を納得させた。
 だが、肝心のトーナは男と同じテントで眠ることを全く不安に思っていないことがわかっていたので、尚更自分が意識するわけにもいかないと、逆に意識してしまっていた。

「いや~だってすぐにずぶ濡れの私を乾かしてくれたし、大きな仕事もくれたし」

 お礼が遅くなってごめんね。と珍しく素直だ。

「前に言っただろ! ライバルが落ちぶれたら俺の価値も下がるからな!」
「あ、ライバルは継続なのね……」

 いい加減、その設定を外して欲しいとトーナは思ったが、今日はこれ以上強く出る気はなかったので大人しくする。

「そう言えば僕達、ずいぶん信用されてますねぇ」
「なっ! お前! なんてことを!!!」

 アレンが悶々としていたことを一瞬で壊すようにサニーが疑問を口に出した。

「そうですよ。信用してます」
「ちなみに根拠をお聞きしても!?」
「オイ!?」

 サニーはアレンのツッコミなど聞こえていない。疑問に思ったことは聞いておきたい。

「サニーさんはなにかやらかせばロロとは永遠に会えないし、アレンはこれでかなり紳士ですからね」
「なるほど」

 うんうん、とサニーは暗闇の中納得したように頷いていた。

「まあそれに、ロロが隣で寝てるので」
「一番の護衛ですねぇ」

 羨ましそうにサニーは呟いた後、トーナの答えに納得したのか小さく寝息を立て始めた。

(紳士……!?)

 アレンはトーナの言葉をどういう風にとらえたらいいかわからぬまま朝を迎えるのだった。


 
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