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第1章 ドタバタの要因達

第6話 大手錬金術店

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 例の大規模魔物討伐は3週間後だと、あれからちょくちょくトーナの店に来るようになったランベルトに告げられた。

「詳細は前日ってことになってるんだ。ごめんね」
「そんなに隠すことがあるの?」
「うーん。俺からすると大したこと内容じゃないと思うんだけど」

 少し困ったように微笑んだ。心を許したトーナに対しても、仕事に関しての決まりは守る男ランベルト。そして、

「それ、俺も行くからな。魔術学院の優秀な生徒の一部が借り出されてるんだ」

 2人の会話に得意気に割って入る男、アレン。

「そう……って、アンタは何の用?」

 アレンもランベルトと同じくして、何とか用事を作ってはトーナの店に顔を出していた。

「お前は一応、俺のライバルだからな。落ちぶれないように見張ってやってるんじゃないか」
「ラ、ライバル~!!?」

 ゲェっと明らかに嫌そうな顔をするトーナをムッとした表情で見つめ返すと、

「んな態度ならもう教えてやんね~」
「え!? ナニナニ!?」

 この世界にインターネットなんてないので、情報というのは人伝えで知ることばかり。世間の流行りなんていうのは学生のアレンの方がよく知っている。使える者はナンチャッテライバルでも使うのがいい。
 そしてトーナはその考えを隠そうともせず、先ほどまで邪険に扱っていたアレンへ向ける視線をキラキラとしたものへと変えた。
 アレンは、調子よすぎだろ……と小声で呟いた後、呆れながらトーナがまだ知らなかった情報を教えてくれた。

「イザルテの錬金術店が二日酔い止め薬を出してたぞ。この店の主力商品だろ? 大丈夫なのか?」
「マジ!? 思ってたより早いわね~流石国内最大手!」

 驚きはしたが、それほど焦ることはない。競合他社が流行りに乗って同じ商品を出すなんてことは錬金術店界隈なら当たり前なのだ。もちろん、先に出して流行りを作った方が負けることもあるが、この薬に関してはトーナは心配していなかった。

「……大丈夫? 俺、冒険者街なら伝手があるから力になれると思う」

 話を聞いていたランベルトと心配そうな顔になっていた。

「ありがと。でもイザルテの店のなら大丈夫。うちとは客層が違うからね」

 王都お目抜き通りに大きな店を構える【イザルテの錬金術店】は、王宮にも販売ルーツを持つほどの店だった。上流階級の利用も多い。その分効能も確実なので、一般市民も多少高かったとしても買おうと思えるのだ。

「そんな余裕ぶっこいていいのか? こんな弱小店舗あっという間に潰れちまうかもしれねーぞ」

 ランベルトとトーナが微笑みあうのを見て、アレンは不機嫌になった。本人はそれが何故かまだわかってはいないが。

「お貴族様は気にしないだろうけど、たぶん販売価格が結構違うんじゃないかな」

 イザルテの店にはたくさんの弟子がいた。しかし弟子だからと使い走りにせず、丁寧に錬金術の知識を与え、給金も渡している。そしてこの店がこの国一番だという自身もある。だからいくらマンパワーで大量生産できたとしても、それほど価格を落とすことはしないし、出来ない。
 今の店主は祖父から店を継いでおり、錬金術店にしては珍しい歴史も持っていた。

(真面目で厳格そうな人だったな~)

  トーナは錬金術店を開く前に、一度挨拶には行っているのだ。錬金術師にはギルドが存在しないので、商業ギルドが取りまとめのようなことをしているが、実質この王都ではイザルテの錬金術店が他店に対しても阿漕な真似をしないからこそ、小さなお店もやっていけている。

「ふーん。庶民は大変だな」

 アレンは自分の情報が何かトーナの助けになると思っていたのが空振りに終わって残念そうにしていた。だが、

「その庶民の為にちょっと人肌脱いでよ~」
「はぁ!?」
「イザルテの二日酔い止めの薬買ってきて~ちゃんと代金は渡すから!」
「自分で行けよ!」

 とは言いつつ、アレンは口元が上がっている。トーナに頼みごとをされるとは思っていなかった。

「行けるわけないでしょ! あからさまじゃん!」

 同業他社がどんな薬を出しているかは興味がある。どの程度の効力があるかも確認したい。小さな店とはいえトーナは一応経営者だ。そのくらいの確認はするべきだろう。

「敵情視察なんてどこもやってんのよ。暗黙の了解ってやつ」

 トーナの店にもたまにそんなお客がくることもあった。この店の店員2人は顔が割れているので誰かに頼るしかない。

「仕方がねぇな~」

 口から出る言葉とは裏腹に、アレンは足取り軽くイザルテの店へと出かけて行った。

「やれやれ。大規模討伐前だっていうのに新商品だなんて流石大手は余裕があるわね」
「ポーション作りは順調?」
「完全買い取りってのは本当助かるわ。お陰様で問題なく年が越せそう」

 トーナは作り置きをしていたポーションを厚い布を引いた籠に摘める。ランベルトがやって来たついでに冒険者ギルドまで持って帰ってもらうのだ。

「俺に手伝えることがあったら何でも言ってくれよ」
「そうね~アウレウス級に申し訳ない依頼だけど、これよろしく!」

 そう言って重たい籠をずるずると彼の前へと押し出した。
 
「はは! 了解!」

 ランベルトはトーナとのやり取りをいつも心地よく感じた。久しく感じていなかった、対等な人間関係がこの店にはあった。
 ベルチェもランベルトがアウレウス級の冒険者であっても態度を変えることはないし、最近よく会うアレンも(トーナとのやり取りを見てお互いモヤモヤとした気持ちになることを除いては)、自分に臆することないので会話がなりたっている。

(俺って実は孤独だったんだなぁ)

 改まって考えることがなかった。特殊な体質故に幼い頃から親にすら避けられ、さらには身を守るという口実で実験的に恐ろしい魔術紋《再生能力》を刻まれ、それでも現実逃避するかのようにいつも笑顔で暮らしていた。だがその実、誰にも受け入れられることも、受け入れることもしてこなかったのだ。
 孤独じゃなくなった今、それがわかったことは不幸中の幸いだと、ランベルトはやっと心の底から笑えるようになった自分自身を喜んだ。

「じゃあまた来るよ」
「はいは~い」 

 ランベルトは小さく手を振るトーナを、愛おしそうに見つめ店を後にした。
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