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序章
第3話 薬瓶
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トーナの錬金術店が開店して1か月。店はほどよく繁盛している。主なお客は彼女の狙い通り冒険者達と近隣住民だった。
「いや~昨日は助かったよ! 夜中に悪かったね!」
「お役に立てて何よりです。お子さんのお加減はいかかですか?」
「おかげですっかりさ! まあまだ寝かせてるけどな」
そう言いながらガタイのいい男性が、女房からのお礼だ、と言いながらいい匂いのするパイを店に持ってきてくれた。ついでに初級ポーションを3瓶手に取っている。
(よしよし……なんとか上手くやれてるってことだよね!)
トーナは機械人形がいる強みを最大限に利用していた。閉店後の店の扉には、1枚の板が張り付けられてある。
『お急ぎの御用の方はドアノッカーで5回叩いてください』
それがベルチェへの合図になっていた。彼は眠らない。やることがなければただ座っているだけである。もちろん魔力の温存にはなるが、長らく人と同じように過ごしていた彼にとって、夜はなんだか物足りない時間に感じられつつあった。
(いまだにちょっと抵抗あるんだよな~)
前世で馬車馬の如く働いていたトーナは、いくら相手が機械人形で人件費がかからないとはいえ24時間働かせるのは躊躇われた。だが、本人からの強い希望で、まあとりあえず……と、渋々看板を掲げていた。
昨夜は近所の子供が夜中に急な発熱で苦しみ始め、夫婦は大慌てであちこち駆け回るも、どこも店を開けてくれることはない。この街で夜中に店を開けようものなら、泥棒に入ってくれと言っているのと変わらないからだ。そこで思い出したのが最近開店したばかりのトーナの錬金術店だった。
「やっぱ初級ポーションくらいは常備してないとダメだなぁ」
「うちのは3ヶ月くらい効能は持つので是非」
通常のポーションの使用期限は2ヵ月前後のことが多い。
(実際は1年は大丈夫だけど)
販売頻度が減っても困るので、もちろん余計なことは言わないが。
「そりゃあ助かるよ!」
男は満足そうに帰って行った。
この世界では小さな傷やちょっとした風邪でも命取りになることがある。トーナの前世の世界とは違い、ポーション等の錬金術で作られる薬が発達していた。
(栄養状態も衛生環境もまちまちだし、予防接種なんてないもんね~)
重症度に応じて初級ポーション、中級ポーション、上級ポーションと変わっていき、それ以外にも火傷治し、魔物除け、虫よけ等々、専門性の強いものも存在する。
剣と魔法の世界らしく治癒魔法も存在するが、かなりレアな能力なので医療としては一般的ではない。
「すんませーん!」
「はーい! 今行きます!」
ベルチェは売り切れになった二日酔いに効くポーションをとりに地下へと行っていた。ここ数日、効果が知れ渡ったのかよく売れる。
「なぁ。ここ、なんて書いてんだ?」
冒険者の風貌の男が瓶の表面の凹凸をなぞっていた。
「わかったら上級ポーションプレゼントしますよ」
「そりゃあ面白い!」
ケタケタと上機嫌に笑っている。
「ここの薬瓶、小さくて軽くて丈夫だよな。冒険者向けって感じ」
「でしょ! 荷物かさばるの好きじゃなくって」
「お! 冒険者やってたのかい?」
「長々旅をしてたんですよ」
冒険者は追加で2瓶買ってくれた。
(うーん……薬瓶が足りなくなりそうだな。またルヴェール島に行かないと)
ルヴェール島は王都からほど近い小さな島だ。ガラス工房がたくさんあり、その中の1つにトーナは自分の店で使う専用の薬瓶を頼んでいた。工房主は師フィアルヴァの知り合いで、錬金術師でもあるため注文通りの薬瓶をあっさり作り上げてくれた。
(この文字、気が付いてくれる人いるかな~)
トーナは薬瓶にそれが店のものだとわかるよう、文字を刻印してもらっていた。薄い深緑色や琥珀色、透明、それに青色の瓶全てにだ。
【トーナの錬金術店 アルデバラン王国 サントル エルキア通り】
この国の言葉ではない。前世の文字を使った。自分のような人間がどこかにいるかもしれないという期待を込めて。手紙を瓶に入れて海に流す気持ちで。
「トーナ。二日酔い薬、明日分でなくなりそうです」
「マジ!? そしたら急いで作らなきゃ」
材料は残っていただろうかと記憶を呼び起こす。
(明日は市が出てる日だし……あるかなぁ~)
トーナはポーションの材料をいつも定期市で入手していた。とはいえ、いつもいつも安定的にポーション作りに必要な材料を確保できるわけではない。その為、目当ての薬草があるといつもベルチェと2人、籠一杯にして持ち帰っていた。
「それから冒険者街の飲み屋と宿屋の店主から、一部ポーションと二日酔い薬を店に置きたいと」
「オッケー。たくさん買うから割り引いてほしいって話よね?」
「そうです」
「今の在庫との兼ね合いもあるけど、極端な値段交渉がなければ受けようかな」
出だしは上々。小さいが販路も増え始めた。軌道に乗るまであと少しと言ったところだろうか。
トーナの錬金術店の売りは今のところ4つ。
24時間働ける機械人形、他所より長いポーションの使用期限、持ち運びやすい薬瓶、それから二日酔い薬。
これだけ差があっても、大手の錬金術店とは売り上げに雲泥の差がある。
(そこそこ儲けて、のんびり暮らすわよ~!)
それがトーナの今世での目標なのだ。
だが、そうは問屋が卸さない。彼女はこれから待ち受ける数々の揉め事のことなど何一つ知らずにいる。
果たして、彼女の望むスローライフを無事送ることができるのか。
「いや~昨日は助かったよ! 夜中に悪かったね!」
「お役に立てて何よりです。お子さんのお加減はいかかですか?」
「おかげですっかりさ! まあまだ寝かせてるけどな」
そう言いながらガタイのいい男性が、女房からのお礼だ、と言いながらいい匂いのするパイを店に持ってきてくれた。ついでに初級ポーションを3瓶手に取っている。
(よしよし……なんとか上手くやれてるってことだよね!)
トーナは機械人形がいる強みを最大限に利用していた。閉店後の店の扉には、1枚の板が張り付けられてある。
『お急ぎの御用の方はドアノッカーで5回叩いてください』
それがベルチェへの合図になっていた。彼は眠らない。やることがなければただ座っているだけである。もちろん魔力の温存にはなるが、長らく人と同じように過ごしていた彼にとって、夜はなんだか物足りない時間に感じられつつあった。
(いまだにちょっと抵抗あるんだよな~)
前世で馬車馬の如く働いていたトーナは、いくら相手が機械人形で人件費がかからないとはいえ24時間働かせるのは躊躇われた。だが、本人からの強い希望で、まあとりあえず……と、渋々看板を掲げていた。
昨夜は近所の子供が夜中に急な発熱で苦しみ始め、夫婦は大慌てであちこち駆け回るも、どこも店を開けてくれることはない。この街で夜中に店を開けようものなら、泥棒に入ってくれと言っているのと変わらないからだ。そこで思い出したのが最近開店したばかりのトーナの錬金術店だった。
「やっぱ初級ポーションくらいは常備してないとダメだなぁ」
「うちのは3ヶ月くらい効能は持つので是非」
通常のポーションの使用期限は2ヵ月前後のことが多い。
(実際は1年は大丈夫だけど)
販売頻度が減っても困るので、もちろん余計なことは言わないが。
「そりゃあ助かるよ!」
男は満足そうに帰って行った。
この世界では小さな傷やちょっとした風邪でも命取りになることがある。トーナの前世の世界とは違い、ポーション等の錬金術で作られる薬が発達していた。
(栄養状態も衛生環境もまちまちだし、予防接種なんてないもんね~)
重症度に応じて初級ポーション、中級ポーション、上級ポーションと変わっていき、それ以外にも火傷治し、魔物除け、虫よけ等々、専門性の強いものも存在する。
剣と魔法の世界らしく治癒魔法も存在するが、かなりレアな能力なので医療としては一般的ではない。
「すんませーん!」
「はーい! 今行きます!」
ベルチェは売り切れになった二日酔いに効くポーションをとりに地下へと行っていた。ここ数日、効果が知れ渡ったのかよく売れる。
「なぁ。ここ、なんて書いてんだ?」
冒険者の風貌の男が瓶の表面の凹凸をなぞっていた。
「わかったら上級ポーションプレゼントしますよ」
「そりゃあ面白い!」
ケタケタと上機嫌に笑っている。
「ここの薬瓶、小さくて軽くて丈夫だよな。冒険者向けって感じ」
「でしょ! 荷物かさばるの好きじゃなくって」
「お! 冒険者やってたのかい?」
「長々旅をしてたんですよ」
冒険者は追加で2瓶買ってくれた。
(うーん……薬瓶が足りなくなりそうだな。またルヴェール島に行かないと)
ルヴェール島は王都からほど近い小さな島だ。ガラス工房がたくさんあり、その中の1つにトーナは自分の店で使う専用の薬瓶を頼んでいた。工房主は師フィアルヴァの知り合いで、錬金術師でもあるため注文通りの薬瓶をあっさり作り上げてくれた。
(この文字、気が付いてくれる人いるかな~)
トーナは薬瓶にそれが店のものだとわかるよう、文字を刻印してもらっていた。薄い深緑色や琥珀色、透明、それに青色の瓶全てにだ。
【トーナの錬金術店 アルデバラン王国 サントル エルキア通り】
この国の言葉ではない。前世の文字を使った。自分のような人間がどこかにいるかもしれないという期待を込めて。手紙を瓶に入れて海に流す気持ちで。
「トーナ。二日酔い薬、明日分でなくなりそうです」
「マジ!? そしたら急いで作らなきゃ」
材料は残っていただろうかと記憶を呼び起こす。
(明日は市が出てる日だし……あるかなぁ~)
トーナはポーションの材料をいつも定期市で入手していた。とはいえ、いつもいつも安定的にポーション作りに必要な材料を確保できるわけではない。その為、目当ての薬草があるといつもベルチェと2人、籠一杯にして持ち帰っていた。
「それから冒険者街の飲み屋と宿屋の店主から、一部ポーションと二日酔い薬を店に置きたいと」
「オッケー。たくさん買うから割り引いてほしいって話よね?」
「そうです」
「今の在庫との兼ね合いもあるけど、極端な値段交渉がなければ受けようかな」
出だしは上々。小さいが販路も増え始めた。軌道に乗るまであと少しと言ったところだろうか。
トーナの錬金術店の売りは今のところ4つ。
24時間働ける機械人形、他所より長いポーションの使用期限、持ち運びやすい薬瓶、それから二日酔い薬。
これだけ差があっても、大手の錬金術店とは売り上げに雲泥の差がある。
(そこそこ儲けて、のんびり暮らすわよ~!)
それがトーナの今世での目標なのだ。
だが、そうは問屋が卸さない。彼女はこれから待ち受ける数々の揉め事のことなど何一つ知らずにいる。
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