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序章

第2話 魔術と錬金術

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 トーナは大賢者フィアルヴァの弟子である。この国では魔術と錬金術、どちらも極めた者が賢者と呼ばれた。中でもフィアルヴァは規格外の能力を持っており、国内では唯一、【大賢者】という肩書を持っている。

「師匠って出来ないことあんの?」
「存じませんね」

 この世界には10人に1人程度魔力を持つ人間が生まれる。魔力があれば魔法が、つまり魔術や錬金術が使えるのだ。もちろん魔力量やそれを使いこなす技術はそれぞれなので、能力差は大きい。

「結局魔術学院には入学しないのですね」
「別にいいよ。魔術師って肩書を名乗れないだけだし」

 錬金術師と違い、【魔術師】と名乗る為には王都や他の大都市にある魔術学院を卒業することが必須である。だがそれには一部の奨学生を除き、莫大な学費が必要な為、今や貴族や金持ちのステータスになっていた。

「野良魔術師なんていっぱいいるしね。公的な魔術師の仕事が請け負えないだけだもん」
「しかし以前、資格は大事! と騒いでいたではありませんか」
「まぁね……」

(流石機械人形……昔の話をしっかり記憶《記録》してるわ……)

 当初は学院に通いながら日中の店番はベルチェに頼むつもりでいた。だが学院の入学試験の様子をみて取りやめたのだ。

「だってすでに金と権力を競い合ってドロ試合してたんだもーん。人間関係で苦労するのも嫌なの!」

 試験会場でだよ!? とベルチェに念を押す。
 持ち物や容姿、家の格付けや血筋の魔術師の優劣……比べるモノはたくさんあるようだった。
 前世での学生生活中の人間関係を急に思い出し、ため息が出る思いがしたトーナは、なにも今世までそんなことで気を揉む生活する必要はないと決断し、合否の結果発表すら見に行かなかった。

「私みたいに後ろ盾のない平民なんて試験会場にいるだけで馬鹿にされてさ~!」
「大賢者フィアルヴァの弟子なのにですか?」
「……公式発表されてるわけじゃないでしょ~」

(有名人の弟子なんて公表して騒ぎになるのも嫌なんだよな~)

 トーナは赤ん坊の頃、旅の途中のフィアルヴァに拾われ育てられた。今世の生みの親の顔は覚えていない。それからずっと旅をしながら暮らしていたのだ。魔術や錬金術を教わりながら。そのせいか、王都ではフィアルヴァとトーナが師弟関係であることを知る者は少ない。

「イジメられたら面倒じゃん?」
「トーナが負けるとは考えられませんが」
「権力者と揉めるのって疲れるじゃん……逃げるが勝ちよ」

 単純な喧嘩ならそう易々とは負けないつもりでいるが、権力なんて持ち出された日にはどうなるかわかったもんではない。頼みのフィアルヴァは今どこにいるかわからない以上、何かあればトーナ1人でどうにかするしかないのだ。

(ま。前世もいい大人って年齢までは生きたし、今世も成人年齢には達したんだから、甘えたことばっか言ってられないしね)

 だからトーナは揉め事を避けることにした。今世では出来る限り煩わしさを排除しながら、心穏やかに楽しく暮らすと決めているのだ。
 
「私はこっち錬金術一本で食ってくわ!」

 前世で言うピースサインで少しおちゃらける。この判断が貴族や有力者達への負け惜しみからと思われるのも嫌だったのだ。

「ではフィアルヴァの屋号紋を店先に飾っては? 売り上げ爆増間違いなしです」
「貧乏は困るけど、忙しくなるのはちょっとね~何事も程よくがいいのよ」
「相変わらず出世欲のない」

 魔術師とは違い、錬金術を名乗るのに試験は必要ない。基本的には専門分野……例えば日用生活品を始め、魔法薬、魔道具、魔法武器等々の専門家に弟子入りして錬金術を学ぶ。その後、免許皆伝となれば独り立ちとなる。その際優秀な弟子は師と同じ紋章《屋号》を受け継ぐことが許され、それを店看板として出している所も多い。所謂だ。
 客側からしても、身元《品質》をうかがう指標になっている。
 トーナの店は錬金術を扱うお店の中で1番メジャーである、日用雑貨と魔法薬を商品として店に出していた。あえて言えば、冒険者や旅人向けの品物が他店より多いくらいだ。

 ベルチェは無表情だが、トーナの長年の経験から彼が呆れているのがわかった。機械人形だというのに、彼からはしょっちゅう感情が読み取れる。

「まぁまぁ。とりあえず今日は気合い入れて作業するからさ! 大賢者の弟子として恥ずかしくないモノ作るわよ!」

 機械人形の機嫌を取りながら、店の奥の工房部分に向かう。元パン屋の厨房だけあって、錬金術師の仕事場としては少々摩訶不思議な雰囲気が足りないが、トーナはこの場所が気に入っていた。大通りにある店のような大鍋はないし、窯も小さいし、本棚を無理やり作りつけたので多少狭くなったが、ベルチェと2人だけの作業なので問題はない。

(大鍋はかき混ぜるのも大変だしね~)

 大きな店はその分弟子も多い。やろうと思えば24時間稼働できる。トーナにもベルチェがいるが、彼は魔力を錬金術に使うことはできない。

 素材を入れた鍋の中に細く緩やかに魔力を流し込む。カレー鍋程度の大きさだ。似た大きさの錬金術用の鍋が壁際にいくつか積み上げられていた。鍋を火にかけ片手でぐるぐる混ぜ、中身の様子をうかがう。茶色く濁った液体が徐々に薄い赤色と変わっていった。

「ベルチェ~そこのリネモシロップとって~」
「はい」

 フラスコの中には黄色い液体が入っており、液体が揺れると甘酸っぱい匂いが部屋の中に広がった。
 リネモはレモンにとても良く似たフルーツで、この国ではメジャーなものである。トーナはこの世界を前世の並行世界だと予想している。

(マルチバースってやつ?)

 そのくらい似た動植物がたくさん存在していた。歴史のどこかの地点で何かが大きく変わったんだろうと、そう考えて納得した。

(わかったところで何か変わるわけでもないし……前世の記憶があるまま生まれ変わった私にとってはラッキーな展開だわ)

 前世の知識が使えるのは悪いことではなかった。

「ごめんっ! そこの計量スプーンも……!」
「どうぞ」

 きっちりスプーン1杯分を鍋の中へ入れすぐに混ぜると、柔らかなオレンジ色に変化した。これで完成だ。

「錬金術で薬作るのってお菓子作りに似てるよね~」

 レシピ通り、材料をキッチリ計り手順さえ間違えなければ失敗することはない。この世界ではオーソドックスな魔法薬のレシピは一般的に公開されており、作ろうと思えば誰だって作れるのだ。

 だがこうやってトーナや他の錬金術師達が生業としてやっていけるのは、設備や道具、そして材料、さらに手間を考えると結局買うのが安い、となることが多いからである。

(美味しいケーキを自分で作るより買う方が結果安上がりになるのと同じってことかな)

 ポーションの効果は作りたてが1番で、それから日毎に減っていく。ただこの世界ではポーションを常備している家庭が多いため、錬金術師の安定した収入源となっている。

「でもその二日酔い薬はリトゥス村のレシピのアレンジですね」
「気づいた? 効果は確認済みだから大丈夫! やっぱ美味しい方が飲みやすいし」
「あぁ。先日飲んでいたのはそちらですか」
「み、見てたんだ……」

 そして微妙な効能差やポーションの味などで、各錬金術店のとして他店と差をつけている。秘伝のオリジナルレシピで作られるポーションを持つ錬金術師はそれを強みにしていた。

「そんなことしなくても、トーナが作るポーションの効能はこの国トップクラスでしょう。わざわざ手間暇かかるレシピにしなくても」
「ちょっ! そんなの作って世に出したら目ぇつけられちゃうじゃん!」

 ああ恐ろしいと、わざとらしく震えるフリをする。

「ま! 上級ポーションの時は惜しみなく作るわ」
「作る予定があるのですか?」
「い……依頼があればね……」

 上級ポーションは重症患者向けの薬だ。もちろん価格も高いので、街中にある一般的な錬金術店で取り扱うことはまずない。材料費も高いので作り置き出来るのなんて大手の店くらいだ。

「何かあれば私の分の作り置きがあるし」

 店の地下にはポーション保存用の小さな金庫を置いてあった。その中にあるものは劣化のスピードは極端に落ちるので数年は効力を持ち続ける。トーナは1瓶だけ上級ポーションを入れてあった。

「ポーションの作り手に何かあると、困るのは市民なのですよ」

 1本では何かあった時心配だ。と、ベルチェは苦言を呈す。

「おっしゃる通りです……今月の売り上げ良かったら予備を作るよ」

 だからそんなに心配しないで。と、ベルチェの背中をトンと触れた。
 
魔力食料がなくなるのはワタシも困るのです」
「またまた~照れないでよ~」

 今度はニヤニヤと笑いながら、ツンツンと指先でつつく。

「ほら。無駄口叩かないで」

 促されるまま、それ以上は何も言わず、触らず、トーナはポーション作りを続けた。
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