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10 なにをもって浮気とするか
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ガタン! と馬車が急に止まった。馬が騒いでいる。
(……やばっ! 仕事しなきゃ!)
「ここにいて……ってオイ!」
あ、思わず旦那様にオイなんて言っちゃった。
旦那様は私より素早く馬車を降り、剣に手をかけていた。イケメンで剣士としてもかなりの実力という社交界の噂を確かめてもいいが、今日は私の依頼人だ。引っ込んでいてほしい。
「用があるのはその男だけだ。そいつを置いていったら命までは取らねぇよ」
「うお! いい女がいるじゃん! ついてる~!」
盗賊だ。それも数が多い。おそらくその辺にまだ隠れているやつらがいると仮定して2、30人はいるだろう。絶対に逃がす気はない、ということだ。こちらは御者に、更に2人最初からいた旦那様の本命の護衛がいる。それから私と旦那様。
(不意打ちされなくてよかった~)
止まれー! っといった具合に現れてくれたということだ。しかし考え込んでいたとはいえ、この人数の気配に気づけなかったとは……他の冒険者に知られたくない。これはちょっとやそっと経験積むくらいじゃダメそうだ。なにか気配探知ができる魔術を考えよう。
「お前達、誰から依頼でここにいる」
「へへ! 一緒に来てくれたらすぐにわかるさ」
流石公爵ともなると、その身を狙うやつがいるんだなぁ。ってその妻である私は!? 私は大丈夫なの!?
「そういや最近ご結婚されたとか。奥様にもご挨拶しておきましょうかねぇ」
なんとも下品な笑い顔だ。ご挨拶ならすでにいただいているので結構です!
「貴様ら! 妻に手を出したら死より辛い苦しみを与えてやる……!」
「えええええ!?」
「なぜ君が驚く!?」
(びっくりした~!)
驚きすぎて思わず声がでてしまった。普通に妻を大事にする夫の発言だ。表情も不機嫌から怒りに代わっている。どうしたいったい。
(あ、商人トゥルーリーの妻ってことか?)
それなら納得だ。
(ということは旦那様にはもう1つの家庭が!?)
だから跡継ぎの心配がないのだろうか。
(うーん……わからん!)
しかしどうでもいい。とりあえず今、私の自由が保障されるならそれでオールオーケーである。もう少し冒険者として名が上がるまでバレない方が都合がいいので、知らないフリをしていよう。
さて、仕事だ仕事!
「あの~つかぬことをお伺いしますが、この辺りは壊したらいけないもの……民家や農家、畑はありますか?」
「ああ!? 何言ってんだ。んなもんねぇよ!」
「どこにも逃げ場なんてねぇぞ!」
オラオラ! と、そろそろ盗賊側も脅しのターンに入ったようだ。
「ではトゥルーリー商会の皆様、どうぞ馬車の側から離れないようお願いいたします」
「君は下がっていなさい!」
「いやいや。お仕事させてくださいな」
(すっこんでろ! って言えたらな~)
もちろん依頼人にそんな口はきけない。依頼人からの評価も今後のランク査定に関わる。
まだ怒りが収まらない旦那様の前に出て、上空にぐるりと大きく円を描くと、馬車の周りに魔法陣が浮かび上がった。足元から光はスッと下に降りてドーム状の防御魔法が出来上がる。
「これは……!」
「ここから出ないでくださいね~」
そしてそのままピョンと飛び上がり、魔法陣の上に立った。少し高い所から周りを見渡すと、案の定隠れている盗賊も見える。そして盗賊が答えてくれたようにこの辺りには何もないようだ。
(大技が使えるぞ~!)
腕を掲げ、今度は体ごとクルリと回転した。すると私を起点としていっきに周囲が暴風に包まれる。盗賊達の絶望するような顔といったら。
「逃げ場なんてありませーん!」
ばいばいーい! という私の声を合図に、その竜巻は周囲のものすべてを取り込んだ。
「ウワァァァァァア!!!」
時々、風の隙間から叫び声が聞こえてくる。
(盗賊って賞金でるんだっけ?)
それとも『おたずね者』だけ? うーん……と悩んでいると、足元から先程までぼーっとコチラを見ていた旦那様が声をかけてきた。
「と、捕らえられるか!?」
「できますよ~」
「では頼む!」
「はーい」
竜巻の中から人間だけをポンポンポンポンと取り出す。全員目を回し傷だらけだが死んではいなかった。トゥルーリーの護衛達が急いで盗賊達を綱で縛り上げた。
空は雲1つなくなっていた。
(ああ! スッキリした!)
やはり大技を使うのは楽しい。
「強烈な魔術だったな」
「ふふ! 見直しましたか?」
どうだ凄いだろう~! もっと驚くがいい! これがお前の嫁の本当の姿だ!
旦那様は少しばかり呆然としていた。なかなかお目にかかれないレベルの大技だから当たり前かもしれない。
結局トゥルーリー商会の御一行は、宿場まで行くことなくまたブラッド領へと引き返した。おそらく捕らえた盗賊達から依頼人を聞き出す作業をするのだろう。またしばらく忙しそうだ。
(ん!? この場合、依頼ってどうなるの!?)
まさか失敗にカウントされるのではと不安になる。
「ギルドにはこちらの都合で依頼内容が変わったと伝えておく。……今日は本当にありがとう。助かったよ」
「いえ。仕事ですので」
「ハハ! なんだかその言い方……冒険者ではなくどこかの勤め人みたいだな」
前世から魂に染み込んだ社畜根性が前に出てしまったのだろうか……って、
(笑った!?)
あの万年不機嫌男が!? なんだか今日は驚くことが多い。
「どうした?」
「あ、いえ。笑ったお顔がとても素敵でしたので……」
私は素直に感想を述べた。もうちょっと屋敷でも今みたいにご機嫌でいてくれたら侍女のエリスも私への対応が悪いとヤキモキしないのに。
「そ、そうか?」
「はい。とても魅力的な笑顔ですよ」
言われ慣れているだろう言葉だと思ったがどうやら違ったようだ。頭をかきながら照れている。よっぽど他人に笑顔を見せていないのだろう。まあ見せなくてもイケメンだからな。
「わ、私の笑顔が魅力的なら……」
頬を染めながら真っすぐこちらを見てきた。
「君はなんて美しい人なんだ!」
「はいぃ!?」
何てこと言い始めるんだこの男は!?
「力強く、可憐でたくましい!」
(た、たくましい!? って褒めてる!?)
どうしたどうした!? 急にキャラが変わったぞ!?
「公しゃ……トゥルーリー様!!!」
ほら、護衛が大慌てじゃないか。
「君のような女性に会ったのは初めてだ……とても、とても感動した!」
(えええええ……!?)
面白れぇ女ってコト!? 兎にも角にも自分の旦那様にドン引きである。
(え? これって浮気……? あ、そもそも第2の家庭があるんだっけ……?)
設定に謎が多すぎる。もはや何が何だかわからない。
「これほど瑞々しく生命力に溢れた女性がいるとは……!」
(褒めポイントがそこ!?)
私のドン引きに気がついて困り果てた顔をした護衛と、全く気がつくことなく興奮した顔つきのまま喋り続ける旦那様が並んでいる。
「誰かのことをこれほど知りたいと思ったのは初めてだ!」
(それって恋なんじゃない!?)
ってことを、赤の他人にならヒューヒュー言いながら伝えただろう。だが残念ながらこれは私の旦那様の話だ。
「君は一体何者なんだ!?」
あんたの妻だよ! と、返すべきだったのだろうか。なんともキラキラした目で見つめられてつい固まってしまった。
(こいつ……アホかな?)
結局護衛が今日一番の仕事ぶりを見せ、旦那様を半ば無理やり連れて帰ってくれた。
「つ……疲れた……」
この疲れは大技を使ったからではないことだけはわかる。
ああ、明日の朝食の事、考えたくない。
(……やばっ! 仕事しなきゃ!)
「ここにいて……ってオイ!」
あ、思わず旦那様にオイなんて言っちゃった。
旦那様は私より素早く馬車を降り、剣に手をかけていた。イケメンで剣士としてもかなりの実力という社交界の噂を確かめてもいいが、今日は私の依頼人だ。引っ込んでいてほしい。
「用があるのはその男だけだ。そいつを置いていったら命までは取らねぇよ」
「うお! いい女がいるじゃん! ついてる~!」
盗賊だ。それも数が多い。おそらくその辺にまだ隠れているやつらがいると仮定して2、30人はいるだろう。絶対に逃がす気はない、ということだ。こちらは御者に、更に2人最初からいた旦那様の本命の護衛がいる。それから私と旦那様。
(不意打ちされなくてよかった~)
止まれー! っといった具合に現れてくれたということだ。しかし考え込んでいたとはいえ、この人数の気配に気づけなかったとは……他の冒険者に知られたくない。これはちょっとやそっと経験積むくらいじゃダメそうだ。なにか気配探知ができる魔術を考えよう。
「お前達、誰から依頼でここにいる」
「へへ! 一緒に来てくれたらすぐにわかるさ」
流石公爵ともなると、その身を狙うやつがいるんだなぁ。ってその妻である私は!? 私は大丈夫なの!?
「そういや最近ご結婚されたとか。奥様にもご挨拶しておきましょうかねぇ」
なんとも下品な笑い顔だ。ご挨拶ならすでにいただいているので結構です!
「貴様ら! 妻に手を出したら死より辛い苦しみを与えてやる……!」
「えええええ!?」
「なぜ君が驚く!?」
(びっくりした~!)
驚きすぎて思わず声がでてしまった。普通に妻を大事にする夫の発言だ。表情も不機嫌から怒りに代わっている。どうしたいったい。
(あ、商人トゥルーリーの妻ってことか?)
それなら納得だ。
(ということは旦那様にはもう1つの家庭が!?)
だから跡継ぎの心配がないのだろうか。
(うーん……わからん!)
しかしどうでもいい。とりあえず今、私の自由が保障されるならそれでオールオーケーである。もう少し冒険者として名が上がるまでバレない方が都合がいいので、知らないフリをしていよう。
さて、仕事だ仕事!
「あの~つかぬことをお伺いしますが、この辺りは壊したらいけないもの……民家や農家、畑はありますか?」
「ああ!? 何言ってんだ。んなもんねぇよ!」
「どこにも逃げ場なんてねぇぞ!」
オラオラ! と、そろそろ盗賊側も脅しのターンに入ったようだ。
「ではトゥルーリー商会の皆様、どうぞ馬車の側から離れないようお願いいたします」
「君は下がっていなさい!」
「いやいや。お仕事させてくださいな」
(すっこんでろ! って言えたらな~)
もちろん依頼人にそんな口はきけない。依頼人からの評価も今後のランク査定に関わる。
まだ怒りが収まらない旦那様の前に出て、上空にぐるりと大きく円を描くと、馬車の周りに魔法陣が浮かび上がった。足元から光はスッと下に降りてドーム状の防御魔法が出来上がる。
「これは……!」
「ここから出ないでくださいね~」
そしてそのままピョンと飛び上がり、魔法陣の上に立った。少し高い所から周りを見渡すと、案の定隠れている盗賊も見える。そして盗賊が答えてくれたようにこの辺りには何もないようだ。
(大技が使えるぞ~!)
腕を掲げ、今度は体ごとクルリと回転した。すると私を起点としていっきに周囲が暴風に包まれる。盗賊達の絶望するような顔といったら。
「逃げ場なんてありませーん!」
ばいばいーい! という私の声を合図に、その竜巻は周囲のものすべてを取り込んだ。
「ウワァァァァァア!!!」
時々、風の隙間から叫び声が聞こえてくる。
(盗賊って賞金でるんだっけ?)
それとも『おたずね者』だけ? うーん……と悩んでいると、足元から先程までぼーっとコチラを見ていた旦那様が声をかけてきた。
「と、捕らえられるか!?」
「できますよ~」
「では頼む!」
「はーい」
竜巻の中から人間だけをポンポンポンポンと取り出す。全員目を回し傷だらけだが死んではいなかった。トゥルーリーの護衛達が急いで盗賊達を綱で縛り上げた。
空は雲1つなくなっていた。
(ああ! スッキリした!)
やはり大技を使うのは楽しい。
「強烈な魔術だったな」
「ふふ! 見直しましたか?」
どうだ凄いだろう~! もっと驚くがいい! これがお前の嫁の本当の姿だ!
旦那様は少しばかり呆然としていた。なかなかお目にかかれないレベルの大技だから当たり前かもしれない。
結局トゥルーリー商会の御一行は、宿場まで行くことなくまたブラッド領へと引き返した。おそらく捕らえた盗賊達から依頼人を聞き出す作業をするのだろう。またしばらく忙しそうだ。
(ん!? この場合、依頼ってどうなるの!?)
まさか失敗にカウントされるのではと不安になる。
「ギルドにはこちらの都合で依頼内容が変わったと伝えておく。……今日は本当にありがとう。助かったよ」
「いえ。仕事ですので」
「ハハ! なんだかその言い方……冒険者ではなくどこかの勤め人みたいだな」
前世から魂に染み込んだ社畜根性が前に出てしまったのだろうか……って、
(笑った!?)
あの万年不機嫌男が!? なんだか今日は驚くことが多い。
「どうした?」
「あ、いえ。笑ったお顔がとても素敵でしたので……」
私は素直に感想を述べた。もうちょっと屋敷でも今みたいにご機嫌でいてくれたら侍女のエリスも私への対応が悪いとヤキモキしないのに。
「そ、そうか?」
「はい。とても魅力的な笑顔ですよ」
言われ慣れているだろう言葉だと思ったがどうやら違ったようだ。頭をかきながら照れている。よっぽど他人に笑顔を見せていないのだろう。まあ見せなくてもイケメンだからな。
「わ、私の笑顔が魅力的なら……」
頬を染めながら真っすぐこちらを見てきた。
「君はなんて美しい人なんだ!」
「はいぃ!?」
何てこと言い始めるんだこの男は!?
「力強く、可憐でたくましい!」
(た、たくましい!? って褒めてる!?)
どうしたどうした!? 急にキャラが変わったぞ!?
「公しゃ……トゥルーリー様!!!」
ほら、護衛が大慌てじゃないか。
「君のような女性に会ったのは初めてだ……とても、とても感動した!」
(えええええ……!?)
面白れぇ女ってコト!? 兎にも角にも自分の旦那様にドン引きである。
(え? これって浮気……? あ、そもそも第2の家庭があるんだっけ……?)
設定に謎が多すぎる。もはや何が何だかわからない。
「これほど瑞々しく生命力に溢れた女性がいるとは……!」
(褒めポイントがそこ!?)
私のドン引きに気がついて困り果てた顔をした護衛と、全く気がつくことなく興奮した顔つきのまま喋り続ける旦那様が並んでいる。
「誰かのことをこれほど知りたいと思ったのは初めてだ!」
(それって恋なんじゃない!?)
ってことを、赤の他人にならヒューヒュー言いながら伝えただろう。だが残念ながらこれは私の旦那様の話だ。
「君は一体何者なんだ!?」
あんたの妻だよ! と、返すべきだったのだろうか。なんともキラキラした目で見つめられてつい固まってしまった。
(こいつ……アホかな?)
結局護衛が今日一番の仕事ぶりを見せ、旦那様を半ば無理やり連れて帰ってくれた。
「つ……疲れた……」
この疲れは大技を使ったからではないことだけはわかる。
ああ、明日の朝食の事、考えたくない。
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