【完結】旦那様が私に一切興味がないのは好都合。冒険者として名を上げてみせましょう!

桃月とと

文字の大きさ
上 下
9 / 21

9 憧れの護衛依頼

しおりを挟む
「ランクCいただきましたー!」
「俺も俺も!」
「きゃーおめでとう~」
「って、ミリアはBに上がったじゃん!」

 レイドとミリアと私、ギルドの入口近くでいつもの3人でわいわいと騒ぐ。先日のワイバーン討伐がきちんと評価されたのだ。
 と言うことは護衛依頼が解禁となる。

「お姫様の護衛とかしてみたーい!」

 自分が公爵夫人護衛される側だといことは忘れて何を言っているんだという所だが、ここには誰もツッコミを入れる人はいない。

「それはもうちょっと後かしらねぇ」
「ミリアは護衛依頼引き受けたことはあるのか?」
「あるわよ~実は私、人気があるの。やっぱり女の子の護衛は女がいいみたいねぇ」

 依頼人であるご令嬢が、ワイルドでたくましい冒険者に恋に落ちてしまうことが少なからずあるんだそうだ。

(吊り橋効果ってやつ?)

 だがミリアはあまり護衛の仕事は受けてこなかった。それよりもダンジョンへ入った方が確実に稼げるからだ。

「だけどBに上がると護衛報酬もよくなるのよねぇ。たまには受けようかしら」
「冒険者の依頼、偏ってるとなかなかランクは上がらないんだろ?」
「そうよぉ~強いだけじゃダメなのよぉ」

 そう言って2人はこちらに視線を向ける。

「総合力だってあるわ! 強さが目立つだけ!」

 まぁ飛び抜けて強いだけじゃダメだってことはよくわかったが。
 その時、急に目の前の2人がいなくなった。

「ぶわぁ!」

 目の前が真っ白になる。ついでに体中も。白い粉が上から降ってきたのだ。
 
「きゃー! ごめんなさーい!」

 誰じゃおりゃー! っと振り返ると小さな女の子が半泣きで立ちつくしている。

(うぅ……これじゃあ怒れないじゃん……)

 女の子は依頼した真っ白な染め粉を受け取った帰り、他の冒険者にぶつかられて、それが私の上に降ってきたのだ。

「まだまだ不意打ちには対応できねぇよな~」

 笑うのを我慢しているレイドの顔をキッと睨みつける。
 騒ぎすぎたせいで女の子にぶつかった冒険者を締め上げ、もう一度同じ素材を取ってくるようさせた直後、遠くから私を呼ぶ声が近づいてきた。

「おーいテンペスト~!」
「なに!?」

 声をかけてきたのは冒険者ギルドの依頼窓口にいつも座っているハイネだ。私の剣幕も真っ白になっているとこも全く気にせず話し続ける。

「お前に護衛依頼が来てるんだが~今から出れるか~?」
「うそ! マジで!?」
「この間のワイバーンを狩ったやつってご指名なんだよ」

(やったー! さっそく名前が売れ始めてる!!!)

 悪いこともあれば良いこともあるもんだ。と、喜んだのも束の間。

(うそ!? うそうそうそうそうそ!?)

 旦那様だ。旦那様が目の前にいる。髪色を茶色に変えているが、間違いなく旦那様だ。変装する気あるのか!?
 
 依頼人は隣領からの商人だと聞いていた。いつもの護衛がワイバーン騒動で怪我をしたため、途中の宿場まで護衛を、という依頼だ。

(もうちょっとランクを上げてからバレる予定だったのに!!!)

 まあいい。とりあえず一端の冒険者を名乗れるCまでは辿り着けた。離婚を言い渡されてもどうにか生活はできるだろう。

「名前は?」
「……テンペストですが」

 嫁の名前も忘れたのか。

「……そうか。よろしく頼むテンペスト」

 初めて名前を呼ばれた。

 ん?

 んん?

 んんん?

(いや……この感じは違う……!)

 こいつ! 私って気づいてないな!? 

 なにこの初めましてな感じ。
 
 確かに今の私は旦那様と同レベル低レベルの変装状態。先程の染め粉によって、髪の毛と睫毛が真っ白に染まっている。専用の洗剤でないと落ちないらしく、それは先程の女の子が今回の依頼を終えるまでには準備をしてくれることになっていた。
 だがそれ以外は何も隠していない。変わっていない!
 パーツを変えたわけでも、付け足したわけでもない! その上……、

(名前まで名乗ったのに!?)

 気づかないなんてある!? かれこれ数ヶ月同居してるんだけど!?

 ウェトウィッシュ家は黒髪黒目の一族だ。何ものにも染まらない、と言う家訓じみたものにも使われている。まぁ今は真っ白に染まっているが……。

(旦那様、私の容姿の認識が黒髪くらいしかない可能性が出てきたな)

 領主としてどれだけ頑張っていようと、夫としては本当にどうしようもない男だ。妻の顔も覚えていないなんて。ああ、腹が立つ。

 目も初めてあった。

(……ムカつくくらい綺麗な顔だわ)

 この顔で大体のことは許されてきたのだろう。まぁ私は許さないけどね!!!

「よろしくお願いいたします。

 きっちり偽名で呼んでやった。

「君は随分魔術が得意だと聞いている。誰か師はいるのか?」
「いいえ。独学です」

 護衛だと言うのに旦那様と同じ馬車の中へ乗るように言われた。それでようやくわかった。これは探りを入れられている。ワイバーンを倒した私がどういう人物か確認しているのだ。

(優秀な冒険者をできるだけ長く街に留めたいって言ってたもんな)

 まあこれは又聞き情報ではあるが。

 とりあえず、私は順調に冒険者としての伝説を作り始めているということだろう。

「そこまですごい魔術が使えるなら宮廷魔術師も目指せただろう。なぜ冒険者に?」

(はぁ?)

 と思うが、あえて笑顔で答える。

「冒険者が宮廷魔術師に劣るとは思えませんので。より自由に生きられる方を」

 はい旦那様失言~! 前世なら炎上確実~! 冒険者のおかげで栄えてる街だろう。なのにだと!?
 せっかく今日は目があうので、これでもかと旦那様を見つめてやった。旦那様もいつもと違って見つめ返してくる。

(これで気が付かないんだもんな~)

 いったい毎朝何を見てるんだ。

「失礼。決して冒険者を低く見たわけではない。冒険者の方がずっと危険な上、生活は大変なはずだ。その上でどうしてか聞きたかった」

 私の笑顔の理由に気が付いたようだ。急いで言い訳を始めた。
 旦那様の言う通り、宮廷魔術師、もしくは各領主のお抱え魔術師にでもなれば、冒険者よりは安定したお給金が得られる。だが宮廷魔術師は実家の爵位肩書きが全て。私の実家もそれほど悪いわけではないが、トップにのし上がりたければ王族でなければ無理だ。お抱え魔術師の方はほとんど何でも屋として終わってしまう。

「冒険者にはロマンがありますので」

 ニヤリと挑戦的に笑いかけてみた。

 何にしても、たかがCランクの冒険者相手に公爵様が慌てる必要はないのだが。

 ロマンか。と呟いた後、旦那様はぽつりぽつりと話しはじめた。業務的でない彼の言葉も珍しい。

「私も……冒険者に憧れていた時もあるのだ。今でも冒険者達を見て羨ましく思う日もあるよ」

(へぇ~それは初耳)
 
「いやしかし言い訳だな。君達に失礼な物言いをしてしまった。すまない」
「いえ。私も何も知らずに失礼を」

 素直に頭を下げられびっくりした。何度だって言うが、私はしがないCランクの冒険者。片やブラッド公爵。身分差が凄いのだ。いや、今はトゥルーリー商会の商会長か。それでもやっぱり頭を下げるのは変だ。少なくともこの世界では。

「……なぜ冒険者になられなかったのですか?」

 沈黙に耐えられずについ聞いてしまった。いつもの朝食は平気なのに。馬車の中が食堂より狭いからだろうか。
 だいたい、答えは知っているのに。

「年の離れた兄が急死してしまってね。跡継ぎが私しかいなくて……私よりよっぽど領……商会を愛していたんだが」

 旦那様はポロっと自分の設定を忘れて領主としての顔がのぞきかけていた。

(おいおい! 今日はしっかり商人のままでいてくれよ!)

 いや、そんなことは今はどうでもいい。

(兄がいたなんて知りませんが!?)

 思っていた答えと全然違う!
 仮にも公爵家だ。社交界への露出も多い。私は全然社交界と縁がないが、それでもブラッド家の概要くらいは知っていた。彼は1人息子のはずだ。兄がいたなんて一度も聞いたことがない。

(え? これは商人としての設定? それとも私の知らない兄がいたの!?)

 頭の中になんとも言えないネガティブな気持ちがぐるぐると渦を巻き始めていた。普通に気になる、その『兄』のこと。
しおりを挟む
感想 75

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢は逃げ出すことにした【完結済】

佐原香奈
恋愛
公爵家の跡取りとして厳しい教育を受けるエリー。 異母妹のアリーはエリーとは逆に甘やかされて育てられていた。 幼い頃からの婚約者であるヘンリーはアリーに惚れている。 その事実を1番隣でいつも見ていた。 一度目の人生と同じ光景をまた繰り返す。 25歳の冬、たった1人で終わらせた人生の繰り返しに嫌気がさし、エリーは逃げ出すことにした。 これからもずっと続く苦痛を知っているのに、耐えることはできなかった。 何も持たず公爵家の門をくぐるエリーが向かった先にいたのは… 完結済ですが、気が向いた時に話を追加しています。

さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】 私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。 もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。 ※マークは残酷シーン有り ※(他サイトでも投稿中)

「白い結婚の終幕:冷たい約束と偽りの愛」

ゆる
恋愛
「白い結婚――それは幸福ではなく、冷たく縛られた契約だった。」 美しい名門貴族リュミエール家の娘アスカは、公爵家の若き当主レイヴンと政略結婚することになる。しかし、それは夫婦の絆など存在しない“白い結婚”だった。 夫のレイヴンは冷たく、長く屋敷を不在にし、アスカは孤独の中で公爵家の実態を知る――それは、先代から続く莫大な負債と、怪しい商会との闇契約によって破綻寸前に追い込まれた家だったのだ。 さらに、公爵家には謎めいた愛人セシリアが入り込み、家中の権力を掌握しようと暗躍している。使用人たちの不安、アーヴィング商会の差し押さえ圧力、そして消えた夫レイヴンの意図……。次々と押し寄せる困難の中、アスカはただの「飾りの夫人」として終わる人生を拒絶し、自ら未来を切り拓こうと動き始める。 政略結婚の檻の中で、彼女は周囲の陰謀に立ち向かい、少しずつ真実を掴んでいく。そして冷たく突き放していた夫レイヴンとの関係も、思わぬ形で変化していき――。 「私はもう誰の人形にもならない。自分の意志で、この家も未来も守り抜いてみせる!」 果たしてアスカは“白い結婚”という名の冷たい鎖を断ち切り、全てをざまあと思わせる大逆転を成し遂げられるのか?

【完結】もう辛い片想いは卒業して結婚相手を探そうと思います

ユユ
恋愛
大家族で大富豪の伯爵家に産まれた令嬢には 好きな人がいた。 彼からすれば誰にでも向ける微笑みだったが 令嬢はそれで恋に落ちてしまった。 だけど彼は私を利用するだけで 振り向いてはくれない。 ある日、薬の過剰摂取をして 彼から離れようとした令嬢の話。 * 完結保証付き * 3万文字未満 * 暇つぶしにご利用下さい

【完結】婚約破棄される未来見えてるので最初から婚約しないルートを選びます

21時完結
恋愛
レイリーナ・フォン・アーデルバルトは、美しく品格高い公爵令嬢。しかし、彼女はこの世界が乙女ゲームの世界であり、自分がその悪役令嬢であることを知っている。ある日、夢で見た記憶が現実となり、レイリーナとしての人生が始まる。彼女の使命は、悲惨な結末を避けて幸せを掴むこと。 エドウィン王子との婚約を避けるため、レイリーナは彼との接触を避けようとするが、彼の深い愛情に次第に心を開いていく。エドウィン王子から婚約を申し込まれるも、レイリーナは即答を避け、未来を築くために時間を求める。 悪役令嬢としての運命を変えるため、レイリーナはエドウィンとの関係を慎重に築きながら、新しい道を模索する。運命を超えて真実の愛を掴むため、彼女は一人の女性として成長し、幸せな未来を目指して歩み続ける。

【完結】さよなら私の初恋

山葵
恋愛
私の婚約者が妹に見せる笑顔は私に向けられる事はない。 初恋の貴方が妹を望むなら、私は貴方の幸せを願って身を引きましょう。 さようなら私の初恋。

言いたいことはそれだけですか。では始めましょう

井藤 美樹
恋愛
常々、社交を苦手としていましたが、今回ばかりは仕方なく出席しておりましたの。婚約者と一緒にね。 その席で、突然始まった婚約破棄という名の茶番劇。 頭がお花畑の方々の発言が続きます。 すると、なぜが、私の名前が…… もちろん、火の粉はその場で消しましたよ。 ついでに、独立宣言もしちゃいました。 主人公、めちゃくちゃ口悪いです。 成り立てホヤホヤのミネリア王女殿下の溺愛&奮闘記。ちょっとだけ、冒険譚もあります。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

処理中です...