【完結】旦那様が私に一切興味がないのは好都合。冒険者として名を上げてみせましょう!

桃月とと

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2 結婚式で誓う小さな復讐

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「テンペスト。ブラッド領のダンジョンへ行ってみるかい?」
「うそ!? いいんですか!?」

 これは私が結婚直前に、両親から大嘘をつかれた日の会話だ。いや、正確には嘘ではない。ブラッド領のダンジョンへは行くことができたのだから。
 
 『魔法使い』という夢が叶った私が、今世で夢見たのは『冒険者』だった。この世界で最も自由な職業だ。身分に縛られない、完璧な実力主義、自己責任の世界。
 しかしほとんどの貴族からすると、高貴な身分の自分達が冒険者になるなどありえない。一部の有名冒険者以外は野蛮な者たちの集まりとされていた。
 幼い頃は屋敷を抜け出してコッソリ魔術を狩ったりもしたものだが、冒険者の真似事がバレた時はそれはそれは怒られたものだった。
 
 私だって別にデンジャラスなことが好きなわけではない。特にこの世界で貴族に生まれたのは本当に幸運だ。だが、どう足掻いても貴族社会に馴染めなかった。だって全然楽しくないのだ。そりゃあ最初はドレスだとか宝石だとかキラキラしたものに囲まれるのは嬉しかった。

「まさかこの私が文字通りキラキラ女子になれるなんてね!」

 前世との違いに高笑いが止まらなかった。今だって別にキラキラが嫌いなわけでもないけど、もっと別の何かが私には必要だったのだ。安全で食うに困らない貴族社会で礼儀と作法を守り平穏に暮らすことより、危険でその日の暮らしに困るとしても、自由に生きることを望んだ。

「いやそれは嘘。貴族の暮らしを享受しながら自由気ままに生きたい!」

 ……これが本音だ。

「せっかく生まれ変われたんだから人生楽しまなきゃ!」

 残念ながら前世では人生を謳歌できなかった。その分今世ではこの辺に力を入れなければ。

 だから、堅物な両親が冒険者の街として有名なブラッド領へと連れて行ってくれた時、ついに願いが叶ったのだと思ったのだ。毎日毎日情熱を語った甲斐があったのだと。

 なのに……なのに!

(騙されたぁぁぁ!!!)

 真っ白なウエディングドレスを着せられ、花婿の横に立たされた。立会人は少ない。大きな屋敷の中にある講堂でステンドグラスが光を浴びていい感じに雰囲気を演出してくれてはいるが、花嫁である私は白目をむいている。
 なぜ逃げ出さないかというと、私の中にも今世の両親から刷り込まれた『世間体』という感情があったのだ。もしくは前世で培った『空気を読む』という特殊技能が私の足を留めたのかもしれない。

 私の旦那様となる男はウェンデル・ブラッド。横目で見上げると、美しい銀髪がキラリと光る。顔も良い。ちらっと深いグリーンの瞳も見えた。だが噂通りの冷たい男のようだ。妻である私に、一瞥もせず、一切声をかけなかった。

(はあああ!?)

 結局、最初から最後までそのままだった。結婚式が終わった後の食事会、その場にいた客に一言、

「これで私は結婚した。皆ご苦労」

 といった後、疲れたからと部屋へと帰っていった。もちろん、夜のお勤めもなしだ。

(いやいやいや。なにその不満そうな顔。こっちだって望まない結婚ですけど? なに被害者面してんの? こっちがその顔したいんですが!?)

 両親を責め立てるが、父親はどこ吹く風だ。

「なんだ。結婚なんてしたくないと言っていただろう」
「いや! 今さっき結婚しましたけど!?」
「だがしていないようなものだろう?」

 先ほど公爵の従者から伝言で伝えられたのは、

「あくまで政略結婚。好きにしてもらってかまわない。こちらは一切干渉しない」

 ということだった。

「好きに生きられるのだから同じでしょう」

 母親の方は少し怖い顔になっていった。これはまずい。

「だいたい! 16歳になったのに結婚は嫌だのなんだの……! そんな我儘が通ると思ったことが大きな間違いですよ! 公爵夫人だなんてなりたくてなれるものではありません。感謝こそあれ文句を言われる筋合いはないわ!」

 どんどんヒートアップしてくる。

「しかも! 貴女の望み通りになったじゃない! 好きに生きる許可をくださる旦那様なんてそうそういるものですか!」

 娘が粗末に扱われたと言うのに、両親は感謝はすれど怒りは沸いてこないようだ。この両親からしたら早々に厄介払いできたということだろう。貴族の娘が一度も結婚もせずに実家にいると外聞が悪い。彼らが何より気にすることだ。

 仕方がないので、実家よりもずっと広い公爵家の屋敷で、私は人生計画を練り直した。

(怒ってても仕方ないわね。うん。仕方ない……ってなるかチキショー!!!)

「冒険者として名を上げて、大恥かかせたらぁ!!!」

 いや、普通にムカつくだろ。なんだあの男は。

 なぜ公爵が急に私と結婚したかというと、どうやら王からあれこれ縁談を持ってこられていたようだ。それも王の息がかかった貴族の娘たち。魔獣の素材で財政豊かなこの領地の旨味を知っており、どうにか領地経営に介入したくてたまらない。
 どうやらそれが鬱陶しかったようで、ちょうどいい所に転がっていたのが私という話だ。我が家は我が家で、不良債権を早々に処理できる。しかもその不良債権は結婚に一切夢を見ていない。お互いの利害が一致したのだ。

「跡取りはすでに決まっておりますので、そのご心配は必要ありません」

 これも従者に言われた言葉だ。

(心配するかボケ!)

 などと罵りたいのをぐっと我慢した。

「スゥ……ハァ……」

 深呼吸してなんとか怒りを落ち着ける。

 母親の言う通り、この結婚は私の望む条件に近い。自由にしていいという許可は下りている。何より、領地にダンジョンがあるのだ。徒歩圏内とはいかないが、屋敷から馬車圏内にそれはあった。

「安全な暮らしと冒険者という職業をゲットできるんじゃん!」

 そうだ。私の望み通りじゃないか!

 それにブラッド公爵家の嫁が冒険者なんて知られたら、あの冷血夫がどんな顔をするか楽しみだ。不機嫌な顔がますます不機嫌になるか、もしくは怒り狂うだろうか? 

「離婚だ!」

 なんて言われたら、それこそラッキー! それまでに冒険者として生活できるようにしておけばいい。有名な冒険者は大商人と変わらないくらい稼ぐという話だ。

 貴族と結婚した妻が冒険者になったなんて話は聞いたことがない。貴族にしてみれば、それは恥だ。夫が妻の管理もできないなんて、と言われるに決まっている。
 もう少し誠意をもって接してくれれば私だって話の分からない貴族の娘じゃない。顔も名前も隠してこっそり冒険者になっただろう。だがもう知らん! 私は私として冒険者になってやる!

 国中に名前が知れ渡るような冒険者になって、あの旦那様に恥をかかせてやるんだからな!
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