上 下
2 / 21

2 結婚式で誓う小さな復讐

しおりを挟む
「テンペスト。ブラッド領のダンジョンへ行ってみるかい?」
「うそ!? いいんですか!?」

 これは私が結婚直前に、両親から大嘘をつかれた日の会話だ。いや、正確には嘘ではない。ブラッド領のダンジョンへは行くことができたのだから。
 
 『魔法使い』という夢が叶った私が、今世で夢見たのは『冒険者』だった。この世界で最も自由な職業だ。身分に縛られない、完璧な実力主義、自己責任の世界。
 しかしほとんどの貴族からすると、高貴な身分の自分達が冒険者になるなどありえない。一部の有名冒険者以外は野蛮な者たちの集まりとされていた。
 幼い頃は屋敷を抜け出してコッソリ魔術を狩ったりもしたものだが、冒険者の真似事がバレた時はそれはそれは怒られたものだった。
 
 私だって別にデンジャラスなことが好きなわけではない。特にこの世界で貴族に生まれたのは本当に幸運だ。だが、どう足掻いても貴族社会に馴染めなかった。だって全然楽しくないのだ。そりゃあ最初はドレスだとか宝石だとかキラキラしたものに囲まれるのは嬉しかった。

「まさかこの私が文字通りキラキラ女子になれるなんてね!」

 前世との違いに高笑いが止まらなかった。今だって別にキラキラが嫌いなわけでもないけど、もっと別の何かが私には必要だったのだ。安全で食うに困らない貴族社会で礼儀と作法を守り平穏に暮らすことより、危険でその日の暮らしに困るとしても、自由に生きることを望んだ。

「いやそれは嘘。貴族の暮らしを享受しながら自由気ままに生きたい!」

 ……これが本音だ。

「せっかく生まれ変われたんだから人生楽しまなきゃ!」

 残念ながら前世では人生を謳歌できなかった。その分今世ではこの辺に力を入れなければ。

 だから、堅物な両親が冒険者の街として有名なブラッド領へと連れて行ってくれた時、ついに願いが叶ったのだと思ったのだ。毎日毎日情熱を語った甲斐があったのだと。

 なのに……なのに!

(騙されたぁぁぁ!!!)

 真っ白なウエディングドレスを着せられ、花婿の横に立たされた。立会人は少ない。大きな屋敷の中にある講堂でステンドグラスが光を浴びていい感じに雰囲気を演出してくれてはいるが、花嫁である私は白目をむいている。
 なぜ逃げ出さないかというと、私の中にも今世の両親から刷り込まれた『世間体』という感情があったのだ。もしくは前世で培った『空気を読む』という特殊技能が私の足を留めたのかもしれない。

 私の旦那様となる男はウェンデル・ブラッド。横目で見上げると、美しい銀髪がキラリと光る。顔も良い。ちらっと深いグリーンの瞳も見えた。だが噂通りの冷たい男のようだ。妻である私に、一瞥もせず、一切声をかけなかった。

(はあああ!?)

 結局、最初から最後までそのままだった。結婚式が終わった後の食事会、その場にいた客に一言、

「これで私は結婚した。皆ご苦労」

 といった後、疲れたからと部屋へと帰っていった。もちろん、夜のお勤めもなしだ。

(いやいやいや。なにその不満そうな顔。こっちだって望まない結婚ですけど? なに被害者面してんの? こっちがその顔したいんですが!?)

 両親を責め立てるが、父親はどこ吹く風だ。

「なんだ。結婚なんてしたくないと言っていただろう」
「いや! 今さっき結婚しましたけど!?」
「だがしていないようなものだろう?」

 先ほど公爵の従者から伝言で伝えられたのは、

「あくまで政略結婚。好きにしてもらってかまわない。こちらは一切干渉しない」

 ということだった。

「好きに生きられるのだから同じでしょう」

 母親の方は少し怖い顔になっていった。これはまずい。

「だいたい! 16歳になったのに結婚は嫌だのなんだの……! そんな我儘が通ると思ったことが大きな間違いですよ! 公爵夫人だなんてなりたくてなれるものではありません。感謝こそあれ文句を言われる筋合いはないわ!」

 どんどんヒートアップしてくる。

「しかも! 貴女の望み通りになったじゃない! 好きに生きる許可をくださる旦那様なんてそうそういるものですか!」

 娘が粗末に扱われたと言うのに、両親は感謝はすれど怒りは沸いてこないようだ。この両親からしたら早々に厄介払いできたということだろう。貴族の娘が一度も結婚もせずに実家にいると外聞が悪い。彼らが何より気にすることだ。

 仕方がないので、実家よりもずっと広い公爵家の屋敷で、私は人生計画を練り直した。

(怒ってても仕方ないわね。うん。仕方ない……ってなるかチキショー!!!)

「冒険者として名を上げて、大恥かかせたらぁ!!!」

 いや、普通にムカつくだろ。なんだあの男は。

 なぜ公爵が急に私と結婚したかというと、どうやら王からあれこれ縁談を持ってこられていたようだ。それも王の息がかかった貴族の娘たち。魔獣の素材で財政豊かなこの領地の旨味を知っており、どうにか領地経営に介入したくてたまらない。
 どうやらそれが鬱陶しかったようで、ちょうどいい所に転がっていたのが私という話だ。我が家は我が家で、不良債権を早々に処理できる。しかもその不良債権は結婚に一切夢を見ていない。お互いの利害が一致したのだ。

「跡取りはすでに決まっておりますので、そのご心配は必要ありません」

 これも従者に言われた言葉だ。

(心配するかボケ!)

 などと罵りたいのをぐっと我慢した。

「スゥ……ハァ……」

 深呼吸してなんとか怒りを落ち着ける。

 母親の言う通り、この結婚は私の望む条件に近い。自由にしていいという許可は下りている。何より、領地にダンジョンがあるのだ。徒歩圏内とはいかないが、屋敷から馬車圏内にそれはあった。

「安全な暮らしと冒険者という職業をゲットできるんじゃん!」

 そうだ。私の望み通りじゃないか!

 それにブラッド公爵家の嫁が冒険者なんて知られたら、あの冷血夫がどんな顔をするか楽しみだ。不機嫌な顔がますます不機嫌になるか、もしくは怒り狂うだろうか? 

「離婚だ!」

 なんて言われたら、それこそラッキー! それまでに冒険者として生活できるようにしておけばいい。有名な冒険者は大商人と変わらないくらい稼ぐという話だ。

 貴族と結婚した妻が冒険者になったなんて話は聞いたことがない。貴族にしてみれば、それは恥だ。夫が妻の管理もできないなんて、と言われるに決まっている。
 もう少し誠意をもって接してくれれば私だって話の分からない貴族の娘じゃない。顔も名前も隠してこっそり冒険者になっただろう。だがもう知らん! 私は私として冒険者になってやる!

 国中に名前が知れ渡るような冒険者になって、あの旦那様に恥をかかせてやるんだからな!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

隣の芝は青く見える、というけれど

瀬織董李
恋愛
よくある婚約破棄物。 王立学園の卒業パーティーで、突然婚約破棄を宣言されたカルラ。 婚約者の腕にぶらさがっているのは異母妹のルーチェだった。 意気揚々と破棄を告げる婚約者だったが、彼は気付いていなかった。この騒ぎが仕組まれていたことに…… 途中から視点が変わります。 モノローグ多め。スカッと……できるかなぁ?(汗) 9/17 HOTランキング5位に入りました。目を疑いましたw ありがとうございます(ぺこり) 9/23完結です。ありがとうございました

お飾りの役目すら果たせない王を退位させ、愛妾と一生一緒にいられるようにしてあげます。

田太 優
恋愛
愛妾に夢中になってしまった王に何を言っても無駄だった。 私は正妃として見過ごすことはできず、この問題を解決することに決めた。 王はお飾りの王でしかなく、誰が本当の権力者なのか理解させてあげる。 愛する愛妾と一緒にいられれば王だって幸せでしょう? 一生一緒にいられるようにしてあげる。

異世界王女に転生したけど、貧乏生活から脱出できるのか

片上尚
ファンタジー
海の事故で命を落とした山田陽子は、女神ロミア様に頼まれて魔法がある世界のとある国、ファルメディアの第三王女アリスティアに転生! 悠々自適の贅沢王女生活やイケメン王子との結婚、もしくは現代知識で無双チートを夢見て目覚めてみると、待っていたのは3食草粥生活でした… アリスティアは現代知識を使って自国を豊かにできるのか? 痩せっぽっちの王女様奮闘記。

ワンオペ薬師は決別する~悪気がないかどうか、それを決めるのは私です~

楽歩
恋愛
「新人ですもの、ポーションづくりは数をこなさなきゃ」「これくらいできなきゃ薬師とは言えないぞ」あれ?自分以外のポーションのノルマ、夜の当直、書類整理、薬草管理、納品書の作成、次々と仕事を回してくる先輩方…。た、大変だわ。全然終わらない。 さらに、共同研究?とにかくやらなくちゃ!あともう少しで採用されて1年になるもの。なのに…室長、首ってどういうことですか!? 難関の宮廷薬師試験を見事合格したフローリア・グリムハルト子爵令嬢。人見知りが激しく外に出ることもあまりなかったが、大好きな薬学のために自分を奮い起こして、薬師となった。高価な薬剤、効用の研究、ポーションづくり毎日が楽しかった…はずなのに… ※誤字脱字、勉強不足、名前間違い、ご都合主義などなど、どうか温かい目で(o_ _)o))中編くらいです。副題の誤字に気付き、直しました。(9月1日)タイトルの誤字にさえ気付かないとは…

婚約破棄!? ならわかっているよね?

Giovenassi
恋愛
突然の理不尽な婚約破棄などゆるされるわけがないっ!

監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されたやり直し令嬢は立派な魔女を目指します!

古森きり
ファンタジー
幼くして隣国に嫁いだ侯爵令嬢、ディーヴィア・ルージェー。 24時間片時も一人きりにならない隣国の王家文化に疲れ果て、その挙句に「王家の財産を私情で使い果たした」と濡れ衣を賭けられ処刑されてしまった。 しかし処刑の直後、ディーヴィアにやり直す機会を与えるという魔女の声。 目を開けると隣国に嫁ぐ五年前――7歳の頃の姿に若返っていた。 あんな生活二度と嫌! 私は立派な魔女になります! カクヨム、小説家になろう、アルファポリス、ベリカフェに掲載しています。

寵妃にすべてを奪われ下賜された先は毒薔薇の貴公子でしたが、何故か愛されてしまいました!

ユウ
恋愛
エリーゼは、王妃になる予定だった。 故郷を失い後ろ盾を失くし代わりに王妃として選ばれたのは後から妃候補となった侯爵令嬢だった。 聖女の資格を持ち国に貢献した暁に正妃となりエリーゼは側妃となったが夜の渡りもなく周りから冷遇される日々を送っていた。 日陰の日々を送る中、婚約者であり唯一の理解者にも忘れされる中。 長らく魔物の侵略を受けていた東の大陸を取り戻したことでとある騎士に妃を下賜することとなったのだが、選ばれたのはエリーゼだった。 下賜される相手は冷たく人をよせつけず、猛毒を持つ薔薇の貴公子と呼ばれる男だった。 用済みになったエリーゼは殺されるのかと思ったが… 「私は貴女以外に妻を持つ気はない」 愛されることはないと思っていたのに何故か甘い言葉に甘い笑顔を向けられてしまう。 その頃、すべてを手に入れた側妃から正妃となった聖女に不幸が訪れるのだった。

ヒロインが迫ってくるのですが俺は悪役令嬢が好きなので迷惑です!

さらさ
恋愛
俺は妹が大好きだった小説の世界に転生したようだ。しかも、主人公の相手の王子とか・・・俺はそんな位置いらねー! 何故なら、俺は婚約破棄される悪役令嬢の子が本命だから! あ、でも、俺が婚約破棄するんじゃん! 俺は絶対にしないよ! だから、小説の中での主人公ちゃん、ごめんなさい。俺はあなたを好きになれません。 っていう王子様が主人公の甘々勘違い恋愛モノです。

処理中です...