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第一部 悪役令嬢の幼少期
39 第二プラン
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ライアス領滞在三日目、今日は少しゆっくりと起きた。寝起きの視界に、フィンリー様からいただいた冒険者の服がある。朝からとんでもなく大きな幸福感に包まれる。
「あの服と同じ素材でドレスって作れないのかしら」
「確認したのですが、どうやら素材を扱うのが難しいらしく、あまりデザイン性の高い服は作れないようですよ」
確認済みって……さすがエリザだ。
「とはいえ、おそらくはこれまで注文がなかったので作っていないだけかと。まずはシンプルなドレスからお願いしてみるのはありかもしれません」
「そうしたら手配をお願いしてもいいかしら」
「手配済みです」
この自信の出所を教えてもらいたい。
朝食後、父と母から返事が届いた。二人は今フローレス領にいたので飛龍であっという間に手紙を届ける事が出来たのだ。王都にいるアリバラ先生にはもうそろそろ手紙が届くだろう。
「領主様直々に撃ち落とされそうになりました」
ライアス領の兵士からそう聞いた時、一瞬で血の気が引いた。どうやらすんでのところで父が止めたらしい。
「申し訳ございません……」
「いえ! 私、感動いたしました! 真っ向からお一人で飛龍三体へ向かってくるなど、この領でも奥様くらいにございます!」
高揚した様子で報告してくれた。
母からは、もしフレッドがフローレス領に来ることができるなら祖父と二人で改めて診察すること。彼の症状に対する治療法はわかっていないが、それは今までの患者が皆高齢で積極的に治療を受けていないこと。そもそも老化が原因かもわかっていないことが記載されていた。
(お爺様と一緒ってとこに含みを感じるわね……)
そして父からは、父の国にもやはり似た症状が出る人がいること。その場合は薬として魔力回復のポーションを服用して対応していることが書かれていた。
「ポーションか……」
原作になかったので存在しないと思っていたが、この世界には魔力回復のポーションが存在する。しかし、案の定この国には存在しない。輸入もできない。製法が秘匿されている上にあまり日持ちしないのだ。この国で作るしかない。
「でも一つ解決策ができた」
フィンリー様が手紙を見つめながら力を込めている。確かに根本的な解決ではないけれど、ポーションを服用することで問題なく過ごせるならいいだろう。第二プランくらいには考えておいていい。むしろどうしてポーションのことを思いつかなかったのか。それほど私達には馴染みがないのだ。
「でもポーションの開発なんてどれくらい時間がかかるかわかんないよ」
ルカの言うことはもっともだ。そもそもうちの国はその手の知識がないのだから。
「他国から研究者を引き抜きます?」
前世の世界のように簡単にはいかないだろうが。
「国際問題になるな」
レオハルトが困ったように腕を組んだ。
やっぱりだめか。そのくらい重要な機密なのだろう。
「……戦時中、その研究をした記録を見たことがあります。詳細はありませんでしたが」
「わかった。そうしたらこの件の詳細はジェフリーとルカに任せてもいいだろうか。完治が難しい場合の代案としては悪くないと思うんだ」
(原作でリディアナは氷石病の原因、キモマを研究して他者から魔力を奪い、膨大な魔力を得たとあったわ)
このキモマの仕組みを使えないだろうか。考え込んでいると、ルカと目があった。ルカも以前話した物語を覚えてくれていたようだ。
「キモマの性質、使えないかなあ」
「そうですね。魔力を蓄える性質のようですし、調べてみる価値は十分にあると思います」
ということで、今日はルカとジェフリーが古書店へ寄った後、買取場にいるフォード担当官の所へ。レオハルトとフィンリー様が冒険者ギルドへ。私が街の治療院へ行くことになった。
「リディアナ様がわざわざ行かれるような所では……! ゴーシェは間もなく戻ってくるかと思いますので」
辺境伯が焦っていたが、一度行ってみたい所だったしついでだ。
「治癒師として修行中の身ですので、是非見学させていただきたいのですが」
「ありがたいことでございます。しかしあそこは礼儀の足らぬ者ばかり。夫はリディアナ様がご不快な思いをされるのを不安に思っているのです」
答えたのは夫人の方だった。
「不快に思っても自分で対処いたします。噂のようなことはいたしませんのでご安心くださいませ」
「そそそそのようなことは!」
さらに辺境伯が焦り始めてしまった。一体どんな噂を聞いたんだか……。
「実は隠れ飛龍に襲われた者が多すぎて対処に困っていた所なのです。お代の半分はこちらにご請求ください」
そんな辺境伯を無視して夫人が話を進める。
「まだ見習いですし、お勉強させてもらいますわ」
夫人が声をあげて笑った。側にいた辺境伯がさらに慌てふためいていた。
◇◇◇
治療院への行き道、エリザに嗜められた。
「そんなに大変だったなら初日から教えてくれたらよかったのに」
「そういう訳にはいきません。お嬢様は第一王子の婚約者。そして公爵令嬢、さらに言えばこの領の嫡子を救ったお客様。ご自身のお立場を思い出してくださいませ。本来は気軽に話しかけることすら憚られる身分でございます」
「い、いまさら~~~!?」
「最近お忘れのようでしたので、僭越ながら申し上げておきます」
ピシャリと言い切られてしまうと、まあそうか……としか言えなくなる。だがここにきて、自分の手の届かない所で治癒師を――医療を必要としている人がたくさんいる、そう母が話していた事を思い出した。
(ライアス領は国内でもまだ薬がある方だっていうけど……)
他国からの冒険者が持ち込んだもののお陰で多少はマシ程度だった。
治療院は覚悟していたよりもずっと清潔な所だった。病院の大部屋のような所が何部屋もある。
「完全に治すには費用がかかりますので、皆ここで治療を受けた後、ある程度休んでいくのです」
付き添いのライアス家の騎士が教えてくれた。
「こちらまでご足労いただき申し訳ございません!」
全速力で走って来た彼がゴーシェだろう。頭に寝癖がついたままだ。先程まで休んでいたのかもしれない。一生懸命手で頭の跳ねをなおそうとしている。
「こちらこそ急に申し訳ありません。お休みでしたのでしょう?」
「いえ! 少し寝過ごしまして……」
実際疲れているのがわかる。まだ魔力が十分に戻っていないのだろう。そのくらい力を使う治癒魔法をかけたということだ。
「よろしいのですか?」
ゴーシェは躊躇っていたが、飛龍に襲われた患者を見せてもらった。正直、オルデン家での出来事がなければ目を背けてしまっていたかもしれない。体がバックリと引き裂かれた跡がある。しかも五人……。これをここまで治すのは大変だっただろう。
まだ痛みがあるようで、全員苦しそうに唸っている。ゴーシェに治療許可をもらって治癒魔法をかけた。
一人目は若い女性の冒険者だった。右肩から左脇腹までバッサリ、そして顔にも額から斜めに切り込みが入っていた。すでにたくさんの傷跡があったが、今回の傷に関しては跡一つ残らずに治した。
二人目は大柄の男性だった。彼は腹部を思いっきり引き裂かれていた。命があったのが不思議だ。内部はゴーシェが治した跡を感じたが、表面はまだ痛々しい。抉れてしまった肉を埋める様に魔法をかける。
「そいつらをどうするつもりだ!」
突然怒鳴り声を上げながら中年の男性が部屋に飛び込んできた。
「フレイ君! やめないか!」
側にいた騎士とゴーシェが急いで私とフレイの間に入る。彼がもう一人の治癒師、フレイのようだ。彼の頭も爆発している。
「フレイ先生、ご安心ください。リディアナ様が治癒魔法をかけてくださっているのです」
ライアス家の騎士が説明するも、彼の怒りはおさまらないようだ。
「そんな事はわかっている! 貴族のお嬢様が中途半端に手を出しやがって! 後でいくらせしめる気だ!」
「フレイ君!」
どうやら私の事はご存知のようだ。それにしても子供相手に怒鳴り散らしてビビらせようとしているのがわかって、大変不快である。
(だが残念だったな! こちとら中身は成人済みじゃい!)
「貴方様が心配する事ではございません。費用の半分はライアス家に請求するよう言われておりますので」
微笑みながら告げ、怒鳴り声など全く気になりませんよアピールをする。そちらの方がフレイも悔しいだろう。
ちょうど大柄の男性の治療も終わった。やっと痛みが引いたからか、落ち着いた表情になって眠りについた。
「治療に集中したいのですが。お話は後でよろしいでしょうか」
この部屋にはまだ三名、うめき声を上げている患者がいる。そのことを思い出したのか、
「チッ!」
大きな舌打ちをして出て行った。私は無視して三人目の治療に取り掛かる。それにしてもあんなあからさまな悪意、久しぶりだ。
「あの服と同じ素材でドレスって作れないのかしら」
「確認したのですが、どうやら素材を扱うのが難しいらしく、あまりデザイン性の高い服は作れないようですよ」
確認済みって……さすがエリザだ。
「とはいえ、おそらくはこれまで注文がなかったので作っていないだけかと。まずはシンプルなドレスからお願いしてみるのはありかもしれません」
「そうしたら手配をお願いしてもいいかしら」
「手配済みです」
この自信の出所を教えてもらいたい。
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「領主様直々に撃ち落とされそうになりました」
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「申し訳ございません……」
「いえ! 私、感動いたしました! 真っ向からお一人で飛龍三体へ向かってくるなど、この領でも奥様くらいにございます!」
高揚した様子で報告してくれた。
母からは、もしフレッドがフローレス領に来ることができるなら祖父と二人で改めて診察すること。彼の症状に対する治療法はわかっていないが、それは今までの患者が皆高齢で積極的に治療を受けていないこと。そもそも老化が原因かもわかっていないことが記載されていた。
(お爺様と一緒ってとこに含みを感じるわね……)
そして父からは、父の国にもやはり似た症状が出る人がいること。その場合は薬として魔力回復のポーションを服用して対応していることが書かれていた。
「ポーションか……」
原作になかったので存在しないと思っていたが、この世界には魔力回復のポーションが存在する。しかし、案の定この国には存在しない。輸入もできない。製法が秘匿されている上にあまり日持ちしないのだ。この国で作るしかない。
「でも一つ解決策ができた」
フィンリー様が手紙を見つめながら力を込めている。確かに根本的な解決ではないけれど、ポーションを服用することで問題なく過ごせるならいいだろう。第二プランくらいには考えておいていい。むしろどうしてポーションのことを思いつかなかったのか。それほど私達には馴染みがないのだ。
「でもポーションの開発なんてどれくらい時間がかかるかわかんないよ」
ルカの言うことはもっともだ。そもそもうちの国はその手の知識がないのだから。
「他国から研究者を引き抜きます?」
前世の世界のように簡単にはいかないだろうが。
「国際問題になるな」
レオハルトが困ったように腕を組んだ。
やっぱりだめか。そのくらい重要な機密なのだろう。
「……戦時中、その研究をした記録を見たことがあります。詳細はありませんでしたが」
「わかった。そうしたらこの件の詳細はジェフリーとルカに任せてもいいだろうか。完治が難しい場合の代案としては悪くないと思うんだ」
(原作でリディアナは氷石病の原因、キモマを研究して他者から魔力を奪い、膨大な魔力を得たとあったわ)
このキモマの仕組みを使えないだろうか。考え込んでいると、ルカと目があった。ルカも以前話した物語を覚えてくれていたようだ。
「キモマの性質、使えないかなあ」
「そうですね。魔力を蓄える性質のようですし、調べてみる価値は十分にあると思います」
ということで、今日はルカとジェフリーが古書店へ寄った後、買取場にいるフォード担当官の所へ。レオハルトとフィンリー様が冒険者ギルドへ。私が街の治療院へ行くことになった。
「リディアナ様がわざわざ行かれるような所では……! ゴーシェは間もなく戻ってくるかと思いますので」
辺境伯が焦っていたが、一度行ってみたい所だったしついでだ。
「治癒師として修行中の身ですので、是非見学させていただきたいのですが」
「ありがたいことでございます。しかしあそこは礼儀の足らぬ者ばかり。夫はリディアナ様がご不快な思いをされるのを不安に思っているのです」
答えたのは夫人の方だった。
「不快に思っても自分で対処いたします。噂のようなことはいたしませんのでご安心くださいませ」
「そそそそのようなことは!」
さらに辺境伯が焦り始めてしまった。一体どんな噂を聞いたんだか……。
「実は隠れ飛龍に襲われた者が多すぎて対処に困っていた所なのです。お代の半分はこちらにご請求ください」
そんな辺境伯を無視して夫人が話を進める。
「まだ見習いですし、お勉強させてもらいますわ」
夫人が声をあげて笑った。側にいた辺境伯がさらに慌てふためいていた。
◇◇◇
治療院への行き道、エリザに嗜められた。
「そんなに大変だったなら初日から教えてくれたらよかったのに」
「そういう訳にはいきません。お嬢様は第一王子の婚約者。そして公爵令嬢、さらに言えばこの領の嫡子を救ったお客様。ご自身のお立場を思い出してくださいませ。本来は気軽に話しかけることすら憚られる身分でございます」
「い、いまさら~~~!?」
「最近お忘れのようでしたので、僭越ながら申し上げておきます」
ピシャリと言い切られてしまうと、まあそうか……としか言えなくなる。だがここにきて、自分の手の届かない所で治癒師を――医療を必要としている人がたくさんいる、そう母が話していた事を思い出した。
(ライアス領は国内でもまだ薬がある方だっていうけど……)
他国からの冒険者が持ち込んだもののお陰で多少はマシ程度だった。
治療院は覚悟していたよりもずっと清潔な所だった。病院の大部屋のような所が何部屋もある。
「完全に治すには費用がかかりますので、皆ここで治療を受けた後、ある程度休んでいくのです」
付き添いのライアス家の騎士が教えてくれた。
「こちらまでご足労いただき申し訳ございません!」
全速力で走って来た彼がゴーシェだろう。頭に寝癖がついたままだ。先程まで休んでいたのかもしれない。一生懸命手で頭の跳ねをなおそうとしている。
「こちらこそ急に申し訳ありません。お休みでしたのでしょう?」
「いえ! 少し寝過ごしまして……」
実際疲れているのがわかる。まだ魔力が十分に戻っていないのだろう。そのくらい力を使う治癒魔法をかけたということだ。
「よろしいのですか?」
ゴーシェは躊躇っていたが、飛龍に襲われた患者を見せてもらった。正直、オルデン家での出来事がなければ目を背けてしまっていたかもしれない。体がバックリと引き裂かれた跡がある。しかも五人……。これをここまで治すのは大変だっただろう。
まだ痛みがあるようで、全員苦しそうに唸っている。ゴーシェに治療許可をもらって治癒魔法をかけた。
一人目は若い女性の冒険者だった。右肩から左脇腹までバッサリ、そして顔にも額から斜めに切り込みが入っていた。すでにたくさんの傷跡があったが、今回の傷に関しては跡一つ残らずに治した。
二人目は大柄の男性だった。彼は腹部を思いっきり引き裂かれていた。命があったのが不思議だ。内部はゴーシェが治した跡を感じたが、表面はまだ痛々しい。抉れてしまった肉を埋める様に魔法をかける。
「そいつらをどうするつもりだ!」
突然怒鳴り声を上げながら中年の男性が部屋に飛び込んできた。
「フレイ君! やめないか!」
側にいた騎士とゴーシェが急いで私とフレイの間に入る。彼がもう一人の治癒師、フレイのようだ。彼の頭も爆発している。
「フレイ先生、ご安心ください。リディアナ様が治癒魔法をかけてくださっているのです」
ライアス家の騎士が説明するも、彼の怒りはおさまらないようだ。
「そんな事はわかっている! 貴族のお嬢様が中途半端に手を出しやがって! 後でいくらせしめる気だ!」
「フレイ君!」
どうやら私の事はご存知のようだ。それにしても子供相手に怒鳴り散らしてビビらせようとしているのがわかって、大変不快である。
(だが残念だったな! こちとら中身は成人済みじゃい!)
「貴方様が心配する事ではございません。費用の半分はライアス家に請求するよう言われておりますので」
微笑みながら告げ、怒鳴り声など全く気になりませんよアピールをする。そちらの方がフレイも悔しいだろう。
ちょうど大柄の男性の治療も終わった。やっと痛みが引いたからか、落ち着いた表情になって眠りについた。
「治療に集中したいのですが。お話は後でよろしいでしょうか」
この部屋にはまだ三名、うめき声を上げている患者がいる。そのことを思い出したのか、
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