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第一部 悪役令嬢の幼少期
20 実践
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伯父の指導方針は徹底的な実践訓練だった。曰く、治癒師の能力向上に必要なのは数をこなすことらしい。
「昔さ、平民街に潜り込んで無料で治療をしてたんだ。バレた時はそりゃあ大目玉だよ!」
滅茶苦茶怒られたと言うわりには、はしゃいだように話す。
「だけどあの時期、僕とサーシャとリリーのやってた事の差ってこれくらいなんだよね。大なり小なり数をどれだけこなしたかどうかってだけ」
「なぜそんなことを?」
フローレス公爵家の長男が? 実は前世の記憶があって、その倫理観に引っ張られたとか?
「僕だって無料で治療がどれだけまずいかは知っていたよ。実際大変な目にもあった。患者が殺到してね、魔力がなくなって治療を断ったらそりゃあ皆怒り狂うんだ。まあそれが騒ぎになってバレちゃうんだけどね」
やっぱり楽しそうに話す。伯父にとってはトラブルも懐かしくっていい思い出なのかもしれない。……お祖父様、大変だったろうな……。
「本当は騎士団に従事して魔獣退治や紛争地帯を周りたかったんだ。実践経験を積んで入隊を認められたかったんだよ。あの時は今よりきな臭い雰囲気があちこちであったからね……どうにか騎士団の力になりたくて。だけど父が許してくれなかった」
「伯父様、一応公爵家の長男ですものねぇ」
「あはは! いや本当にその通りなんだよね。僕も意地になっちゃって。今ならわかるんだけどな」
思わず笑ってしまったら伯父は嬉しそうだった。
「それで数をこなせって話なんだけど、怪我も病気も個人差があるだろう? 結局それぞれに合わせて治癒魔法をかけるのが一番治りが早いし魔力効率がいいんだ。でもどの程度の傷や病に、どの程度の魔力量を使えばいいか簡単にはわからない」
「だから出来るだけ数をこなして魔力の使用量を覚えるのですね」
「そうそう! 自然と体が覚えるよ」
伯父は確信しているように言う。
「さあまずは、この屋敷内にいる人のどんな傷も三十秒で治るようしよう! 軽いのも重いのもね」
なんだか当たり前の事に思えた。これまでだってそうしてきたのだから。が、実践してみると難しい。
突き指や木の棘が刺さった傷なんか、どう考えも三十秒かからない。それでもあえて三十秒かけて治すのだ。これはアリバラ先生の時に散々魔力の出力を抑える練習をしていたのが役にたった。
「すごいじゃないか! 僕はこれに一ヶ月はかかると思ってたんだよ」
今度は逆に三十秒で治すのが難しいパターンだ。大きな火傷を治療した際、焦って魔法が不安定になった。魔力量の出力を無駄に上げてしまったのだ。なのに三十秒経っても治癒魔法のコントロール不足で完治せず、相手の痛みを長引かせてしまったという罪悪感が残った。
「秒数指定してあると、基準があってわかりやすいだろ?」
「はい。小さい傷はだいたい掴めた気がします」
「僕もそう思うよ! ただまだ大きな傷は手ぐせで魔法をかけてるね」
うっ……バレている。大き目の傷はついついなんとなくで治してしまう。こなす数も少ない分まだコツを掴めていない。
「特訓の成果はどう?」
母は忙しい中、度々私の特訓に顔を出してくれた。
「予定よりずっと進みが早いよ! 大き目の傷の治療があまりできないのはこの家にとってはいい事だしね」
「それに関しては騎士団に話を通しておいたわ。まあもう少し先の話だけど」
騎士団か……あのパーティの時かな?
「よし! それじゃあそれまでコツコツ頑張ろうね!」
伯父と話していると、作中には記載されてない様々な情報が手に入った。
「治癒師によっては、どんな傷にも一定の魔力量の治癒魔法しか使わないって言う人もいるんだ。軽い時は回数を少なく、重ければ複数回治療魔法をかけるんだって。その方が料金を明確に出来るってね」
「まさに商売って感じですね」
二人で昼食をいただきながら、世界情勢について教えてもらう。原作では国外のことは名前くらいしかでなかったので興味深い。
「そうだね。平和な場所では料金のふっかけがない分、治療を受ける方は安心なのかも」
「平和な場所では……ですか」
「うん。災害や戦争が起きているところだと、一刻一秒を争うことばかりだからね。悠長に回数かけてる場合じゃないんだ」
確かにそうだろう。最悪への備えというのは大事だ。肝心な時に力を使えなければ意味がないし。
「それにね、僕達はフローレス家だよ。最高にカッコいい治癒師でいなきゃ」
当主としての顔をしている時の母とそっくりだ。
「でも平民からしてみれば、あらかじめ払う金額がわかっているのは確かに助かりますね」
お茶を注いでくれたマリアの言うことも一理ある。一応治癒魔法の相場というものはあるのだが、言い値である以上はよっぽどの金持ち以外、治療後に膨大な金額をされるかもしれないという不安がつきまとうだろう。
「失礼いたします」
エリザが入ってきてマリアに何か耳打ちした。みるみるマリアの顔が青ざめていく。
「どうしたんだい?」
マリアの顔に絶望が見えた。
「あ……申し訳ありません。今日は失礼いたします……」
消え入りそうなマリアの声、どう考えても何かあったのだろう。お節介かもしれないが追いかけて声をかけた。なんせ私は悪役令嬢。つまり貴族だ。役に立てることは多い。
「マリア! どうしたの?」
「弟が……荷馬車の下敷きになったと……」
すぐにマリアの手を取った。マリアは一週間も前から弟に会えることをとても楽しみにしていたのだ。
「貴女は治癒師の名門に勤めているのよ! なのにつれないじゃない」
「お、お嬢様……」
マリアの目には涙が浮かんでいた。彼女は雇い主である私にかなりフランクに接しているが、実際の所、自分が平民だということを弁えていたのだとこれでよくわかった。うん。やっぱりそれはちょっと寂しいわね。
「行きましょう!」
すでに伯父が家の馬車を玄関まで呼び寄せており、すぐに出発することができた。
到着した時、マリアの弟はまだ荷崩れした荷馬車の側に寝かされていた。痛みでうめいているの声が聞こえる。
そこで伯父がコッソリと耳打ちをしてきた。
「この国で僕が彼を治してしまうと、彼は莫大な借金を背負うことになってしまう……わかるね?」
「治癒師見習いの私なら、練習台として割引価格でいけますわ」
カッコよくニコリと笑いたかったけど引き攣ってしまった。
「これは三十秒でなくて大丈夫。側にいるからね」
伯父は私の緊張に気づいたのだろう、優しく背に手を当てて安心させてくれた。
「マリア! 私が治療いたします」
必死に弟に声をかけていたマリアを退ける。
(ふう……まずは全身をスキャンよ……それからどうするか決める)
伯父から事故の場合は必ず一度全身をチェックするように言われていた。パッと見でわかるところだけでなく、実は他の場所も痛めていることが多々あるそうだ。
『時間が経って、それが原因で亡くなる人もいるからね! 焦らずしっかり見るように』
両足だけでなく、左腕と右手首も骨折していることがわかる。一部の内臓にも痛みが出ているようだ。かなり強い痛みなのだろう、息遣いが荒い。
(一つ一つ治している場合じゃないわね)
そのまま異常が感じられる箇所に同時に治療魔法をかけ始める。今日ほどアリバラ先生の魔力操作の授業に感謝した日はない。あの時疑ってごめんね先生!
三分ほどで全ての治療が完了した。呼吸が安定しているのを確認する。
「お嬢様! 本当に……なんとお礼を申し上げたらいいか……」
顔をぐちゃぐちゃにして泣いているマリアにハンカチを渡す。ふと見ると自分の手が震えていた。
「いいから弟さんの側に」
(悪役令嬢でもこんな緊張するんだ……)
そんな自分がちょっと意外だった。
「すごい! よくやったよ! 満点だ!」
伯父は大喜びだ。頭をわしゃわしゃと撫でられる。褒められるのは気持ちがいい。
「本当に頑張ったね」
自分でもそう思う。緊張していたが、ベストを尽くせた。だが、
「伯父様、私、もう少し地道に順序立てて経験を積んで行きたいです。緊急性の伴わないやつで……」
げっそりとした姪っ子を見て大笑いしている大人がそこにいた。
「あははは! それはそうだね! 騎士団に期待しよう!」
無双は出来そうにないし、コツコツ真面目に場数を踏んで治癒魔法を極めるしかなさそうだ。
「昔さ、平民街に潜り込んで無料で治療をしてたんだ。バレた時はそりゃあ大目玉だよ!」
滅茶苦茶怒られたと言うわりには、はしゃいだように話す。
「だけどあの時期、僕とサーシャとリリーのやってた事の差ってこれくらいなんだよね。大なり小なり数をどれだけこなしたかどうかってだけ」
「なぜそんなことを?」
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「伯父様、一応公爵家の長男ですものねぇ」
「あはは! いや本当にその通りなんだよね。僕も意地になっちゃって。今ならわかるんだけどな」
思わず笑ってしまったら伯父は嬉しそうだった。
「それで数をこなせって話なんだけど、怪我も病気も個人差があるだろう? 結局それぞれに合わせて治癒魔法をかけるのが一番治りが早いし魔力効率がいいんだ。でもどの程度の傷や病に、どの程度の魔力量を使えばいいか簡単にはわからない」
「だから出来るだけ数をこなして魔力の使用量を覚えるのですね」
「そうそう! 自然と体が覚えるよ」
伯父は確信しているように言う。
「さあまずは、この屋敷内にいる人のどんな傷も三十秒で治るようしよう! 軽いのも重いのもね」
なんだか当たり前の事に思えた。これまでだってそうしてきたのだから。が、実践してみると難しい。
突き指や木の棘が刺さった傷なんか、どう考えも三十秒かからない。それでもあえて三十秒かけて治すのだ。これはアリバラ先生の時に散々魔力の出力を抑える練習をしていたのが役にたった。
「すごいじゃないか! 僕はこれに一ヶ月はかかると思ってたんだよ」
今度は逆に三十秒で治すのが難しいパターンだ。大きな火傷を治療した際、焦って魔法が不安定になった。魔力量の出力を無駄に上げてしまったのだ。なのに三十秒経っても治癒魔法のコントロール不足で完治せず、相手の痛みを長引かせてしまったという罪悪感が残った。
「秒数指定してあると、基準があってわかりやすいだろ?」
「はい。小さい傷はだいたい掴めた気がします」
「僕もそう思うよ! ただまだ大きな傷は手ぐせで魔法をかけてるね」
うっ……バレている。大き目の傷はついついなんとなくで治してしまう。こなす数も少ない分まだコツを掴めていない。
「特訓の成果はどう?」
母は忙しい中、度々私の特訓に顔を出してくれた。
「予定よりずっと進みが早いよ! 大き目の傷の治療があまりできないのはこの家にとってはいい事だしね」
「それに関しては騎士団に話を通しておいたわ。まあもう少し先の話だけど」
騎士団か……あのパーティの時かな?
「よし! それじゃあそれまでコツコツ頑張ろうね!」
伯父と話していると、作中には記載されてない様々な情報が手に入った。
「治癒師によっては、どんな傷にも一定の魔力量の治癒魔法しか使わないって言う人もいるんだ。軽い時は回数を少なく、重ければ複数回治療魔法をかけるんだって。その方が料金を明確に出来るってね」
「まさに商売って感じですね」
二人で昼食をいただきながら、世界情勢について教えてもらう。原作では国外のことは名前くらいしかでなかったので興味深い。
「そうだね。平和な場所では料金のふっかけがない分、治療を受ける方は安心なのかも」
「平和な場所では……ですか」
「うん。災害や戦争が起きているところだと、一刻一秒を争うことばかりだからね。悠長に回数かけてる場合じゃないんだ」
確かにそうだろう。最悪への備えというのは大事だ。肝心な時に力を使えなければ意味がないし。
「それにね、僕達はフローレス家だよ。最高にカッコいい治癒師でいなきゃ」
当主としての顔をしている時の母とそっくりだ。
「でも平民からしてみれば、あらかじめ払う金額がわかっているのは確かに助かりますね」
お茶を注いでくれたマリアの言うことも一理ある。一応治癒魔法の相場というものはあるのだが、言い値である以上はよっぽどの金持ち以外、治療後に膨大な金額をされるかもしれないという不安がつきまとうだろう。
「失礼いたします」
エリザが入ってきてマリアに何か耳打ちした。みるみるマリアの顔が青ざめていく。
「どうしたんだい?」
マリアの顔に絶望が見えた。
「あ……申し訳ありません。今日は失礼いたします……」
消え入りそうなマリアの声、どう考えても何かあったのだろう。お節介かもしれないが追いかけて声をかけた。なんせ私は悪役令嬢。つまり貴族だ。役に立てることは多い。
「マリア! どうしたの?」
「弟が……荷馬車の下敷きになったと……」
すぐにマリアの手を取った。マリアは一週間も前から弟に会えることをとても楽しみにしていたのだ。
「貴女は治癒師の名門に勤めているのよ! なのにつれないじゃない」
「お、お嬢様……」
マリアの目には涙が浮かんでいた。彼女は雇い主である私にかなりフランクに接しているが、実際の所、自分が平民だということを弁えていたのだとこれでよくわかった。うん。やっぱりそれはちょっと寂しいわね。
「行きましょう!」
すでに伯父が家の馬車を玄関まで呼び寄せており、すぐに出発することができた。
到着した時、マリアの弟はまだ荷崩れした荷馬車の側に寝かされていた。痛みでうめいているの声が聞こえる。
そこで伯父がコッソリと耳打ちをしてきた。
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「治癒師見習いの私なら、練習台として割引価格でいけますわ」
カッコよくニコリと笑いたかったけど引き攣ってしまった。
「これは三十秒でなくて大丈夫。側にいるからね」
伯父は私の緊張に気づいたのだろう、優しく背に手を当てて安心させてくれた。
「マリア! 私が治療いたします」
必死に弟に声をかけていたマリアを退ける。
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『時間が経って、それが原因で亡くなる人もいるからね! 焦らずしっかり見るように』
両足だけでなく、左腕と右手首も骨折していることがわかる。一部の内臓にも痛みが出ているようだ。かなり強い痛みなのだろう、息遣いが荒い。
(一つ一つ治している場合じゃないわね)
そのまま異常が感じられる箇所に同時に治療魔法をかけ始める。今日ほどアリバラ先生の魔力操作の授業に感謝した日はない。あの時疑ってごめんね先生!
三分ほどで全ての治療が完了した。呼吸が安定しているのを確認する。
「お嬢様! 本当に……なんとお礼を申し上げたらいいか……」
顔をぐちゃぐちゃにして泣いているマリアにハンカチを渡す。ふと見ると自分の手が震えていた。
「いいから弟さんの側に」
(悪役令嬢でもこんな緊張するんだ……)
そんな自分がちょっと意外だった。
「すごい! よくやったよ! 満点だ!」
伯父は大喜びだ。頭をわしゃわしゃと撫でられる。褒められるのは気持ちがいい。
「本当に頑張ったね」
自分でもそう思う。緊張していたが、ベストを尽くせた。だが、
「伯父様、私、もう少し地道に順序立てて経験を積んで行きたいです。緊急性の伴わないやつで……」
げっそりとした姪っ子を見て大笑いしている大人がそこにいた。
「あははは! それはそうだね! 騎士団に期待しよう!」
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