悪役令嬢は推しのために命もかける〜婚約者の王子様? どうぞどうぞヒロインとお幸せに!〜

桃月とと

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第一部 悪役令嬢の幼少期

5 告白

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 突然のルカの変化に固まってしまった。どこでバレたんだろう。素を出しすぎた? 十分注意したはずだ。いや、そもそも別に嘘をついているわけではない。私はリディアナだ。

「……何言ってるの? 私はリディアナよ」
「そうだね。リディアナだ。だけどリディアナじゃない」

(滅茶苦茶核心ついてくるじゃん!)

 双子の不思議なパワーでも発現したのだろうか。小さな変化も決して見逃さないように、じっとこちらを見つめてくる。完全に疑われている。私はというと、完全に動揺してしまっていた。

(ここは驚くべき!? 平静を装うべき!? どっち!?)

「僕にはわかるんだ。前までのリディアナじゃないって」
「は……え? ……へぇ?」

 確信を持っているのがわかる。それに気圧されて言動だけでなく、表情筋も挙動不審になってしまった。十歳相手に完全に負け動作をしてしまっている。所詮前世の私は一般人だ。

 結局、観念して前世のことを話すことにした。ただ内容は曖昧に。もちろん全ては教えない。

「何それ!? すごいじゃないか!」

 ルカは興奮気味に声を上げた。どうやらワクワクしているようだ。

「ちょっと! 絶対に誰にも言わないでよ!」
「もちろん! 誓うよ!」

 予想していた反応と違う。この家に関してはネガティブな内容しかないはずだ。ショックを受けるんじゃないかと思ったが……。

「だってもうすでにその本の物語とは違う世界になってるはずだよ」
「まぁそれはそうね」

 ほんの些細な出来事すら未来への影響は大きいという。すでにシェリーの命は救った。その他大勢の命を救う準備が今進んでいるはずだ。今後は世界が大きく変わっていくだろう。前世の知識によるアドバンテージはどれほど活かせるだろうか。

「リディは何も罪悪感を感じる必要はないんだよ?」
「え?」
「他人の功績とっちゃったとか、未来を変えちゃったとか気にする必要はないってこと」

 はっきりと目を見て力強く話しかけてくれる。

「これは僕達の物語なんだから。誰にも何にも遠慮する必要はないんだ」

 気にしていたことを大丈夫と言ってもらえて心底ホッとしてしまった。有無を言わさぬ言葉に、安心感を覚えた。それにしてもなんていい弟なんだ。
 この弟を選ばないアイリス、やっぱり見る目ねぇ~~~! 

「そうよね。物語の世界だって知ったかぶって……今この世界で生きている人たちに対して失礼よね」

 これは自分に言い聞かせる。

「それにしても物語の僕はダメだなぁ。リディを一人にしたなんて」
「リディアナへの試練が多すぎるのよ」

 二人でああだこうだと『アイリスの瞳』の中のリディアナとその家族の不遇の人生について文句を付けた。物語の大まかな流れも話した。ただ、ルカがアイリスに惚れる件だけは教えていない。五年後、出会った際に色眼鏡なしで彼女を見てほしいという気持ちと、可愛い弟を取られるのが面白くないという嫉妬半々というところだ。

(アイリスはレオハルトと幸せになれればそれで十分でしょ!)

 存分に二人で愛し合ってくれたまえ!

◇◇◇

「リディ! 本当によかった……元気になったのね!」
「リリー叔母様! あっ失礼いたしました。聖女様……」

 丁寧にマナー通りに挨拶をする。膝を折り、深く頭を下げるのだ。

「まあ、そんなことしなくていいのよ!」

 そう言って少し涙ぐみながら抱きしめてくれた。まさに聖女の装いの叔母は月の女神様のように美しい。見た目は母と似ているが、存在感が浮世離れしている。お付きの人たちも沢山いて物々しい雰囲気だ。一様に白いマントに銀糸の刺繍が施されたものを羽織っている。これは教会所属の証なのだ。

「さあ行きましょう」

 母はそんな彼等に少しも物怖じなどしない。大人数でソフィアの部屋に向かう。ベッドの側にいた父とルカが、叔母の姿を見て丁寧に挨拶をした。

「それじゃあリディ、お願いできるかしら」
「わかりました」

 今回は私の魔力量が危なくなっても、母も叔母もついている。シェリーでなんとかなったのだから、あれ以上必要ということはないと思いたいが念には念をというところだろうか。もちろん、この国の治癒師二大巨頭への施術方法のレクチャーという面もある。大役だ。

「失礼致します。こちらを」

 白マントの人が、私にブレスレットをはめた。ほんの少し大きい。前世でみた電子回路に大小様々な宝石を散りばめたようなデザインのものだった。離れたところでルカが興味津々の様子でこちらを伺っているのが見えた。

「計測機でございます」

 これが魔道具か! 教会こそ魔道具なんて嫌がりそうなイメージだったが違うようだ。

 ソフィアはもう話すことができなくなっていた。痛々しい姿に涙がでそうになる。そっと腹部に手をかざす。試しに母がやっていたように意識的に寄生魔物を探してみるとほんの少し、チリッと感じる部分があった。

(ここか……)

 その場所を中心に魔力を流し込む。本当に小さい、米粒に満たない存在だ。なのにドンドンと魔力を吸い込んでいくのがわかる。だが今日は後ろに控えがいるという安心感が私の気持ちを楽にした。ガンガンいこうじゃない。

(文字通りはちきれるまで食べさせてあげるわ!)

 あらかじめ時計を準備していたので今回は時間がわかっていい。エリザによると、シェリーの時はおおよそ一時間近くかかったらしい。病気の進行具合でみれば、今回も同じくらいだろうか。それともソフィアの方が身体が大きいから余計にかかる?
 三十分が過ぎたあたりでソフィアの手を握っていた父が声を上げた。

「温かくなってきた!」

 そこで再度、腹の中の魔物の気配を探ってみる。先ほど感じたあたりのチリチリが弱々しくぼやけていた。どうやら無事駆除ができたようだ。その上昨日より疲労感ははるかに少ない。

「ふぅ~~~……」

 長く息をはいた。

「すごい! すごいよリディ!!!」

 ルカは叔母とその一団がいることを忘れて大はしゃぎだった。ベッドに横たわる娘の顔に血の気が戻ってきたのを見て、父も母も飛び上がって喜びたいのを我慢している表情だった。

「エリザ、昨日となにか違うところはあるかしら?」

 ソフィアの頬を愛おしそうに撫でながら母が尋ねる。

「魔力を使用しているエリアがかなり絞られておりました。時間もかなり短縮されているかと」
「リディアナ」
「はい! 魔物の気配を強く感じた場所に集中して魔力を注ぎました」
「いつの間にそんなに魔力コントロールがうまくなったんだい? 前は苦手だったろう?」

 父は私の肩を抱いて誇らしげに微笑みかけた。リディアナは病気前、魔力量に胡坐をかいてコントロールについてはたいして練習しなかった……ように見せかけて実はしっかり練習していたのだ。

(でかした! 過去のプライド激高の私!)

 魔力コントロールに関しては圧倒的にルカがうまい。それが悔しくてこっそり独学で学んでいた。プライドが高く負けず嫌いなため、表立っては魔力量ばかり誇示していたのだ。そしてあの時は自分よりも褒められたルカへの対抗心もあった。今となっては少し後ろめたい思い出だが、この練習が役になったなら報われるというものだろう。

「効率よく魔力を使えば上級魔術師でなくてもいけるかもしれないわね」
「そうね。事前に場所が特定できれば中級で十分かも」
「あとは進行具合の確認ね」

 私がはめていた腕輪の状況をみながら、母と叔母が患者対応に関して打ち合わせを始めた。上級だの中級だのいうのは、おそらく宮廷魔術師の階級の話だろう。もうそこまで話を進んでいるのか。叔母のお付きのメンバーが慌ただしく大きな紙に色々書き留め始める。また別のお付きはソフィアの身体に治癒魔法をかけてはじめた。

「リディも結構大変だったろう?」

 確かに目覚めてから改めて母に治癒魔法をかけてもらえるまでは、なかなか不調が治らなかった。あれがあるとないとではその後の回復も違いそうだ。

「さあロディのところへ行きましょう」

 急に叔母が号令をかけた。慌てて皆ついていく。

(どっかの病院の教授の回診みたい!)

 テレビでしか見たことはないが。

 叔母の付き人達は特に大慌てだ。一部を残してまたロディの部屋へと大移動した。
 付き人達が離れた一瞬、叔母が母に耳打ちをし、母の顔が曇ったのがみえた。なにがあったのだろう。

 今度の治療は母がおこなった。手際よく体内の魔物を見つけ、私の時よりも更に短時間で駆除できていた。レベルの差を見せつけられた気分だ。
 だが暖かいロディの手を握って、やっとほっと息つくことができた。これで今世で血を分けた妹弟達の命は助かったのだから。

 叔母達の帰り際、教会所属の一人から深々と頭を下げられた。

「あの人の妹さんね、氷石病なのよ」

 聖女の瞳は優しく揺れていた。

(なにも後悔することはなかったんだ)

 物語に合わせる必要も気を使う必要もない。ここはこの世界に住むこの人たちの物語なのだ。私が生きる世界なんだ。
 もし今後何か後悔する日が来たとしても、今日のあの人のことを思い出そう。
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