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第6章 異世界紀行

第4話 助っ人

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 それは突然だった。蒼達は小さなトラブルに遭遇しつつ、予定外のルートを通って小さな街にやっと辿り着いたばかり。

「貴殿らの力を借りたい!」

 バーンと小さな食堂の扉が音を立てて開き、騎士のような格好をした大男が蒼達の方に向かって大声をだしたのだ。
 蒼達はこの辺りの地域でよく食べられるクリーミーな魚のスープを味わっている真っ最中。ただ店の扉の前に立ったままの騎士をポカンとした顔で見つめるしかない。

 ほんの少しの間をおいて蒼とレーベンは顔を見合わせ、『自分達に言ってる?』と確認し合っていた。アルフレドの方はその騎士から目を離さない。

「貴殿らの力を借りたい!」
「聞こえてます聞こえてます!」

 蒼達に声が届いていないと思ったのか、もう一度同じセリフを同じ声量で言うので、三人も他のお客も再度ギョッとしてしまう。仕方がないと慌ててスープをかき込み、いそいそと店を出て冷たい風に吹かれながら話を聞くことに。

「食事中に失礼した! 私は対魔王軍所属のテオドア・モラン! 神官の末裔であられるサラ・ガルド様の命により貴殿らを迎えに参った!」

 サラ・ガルドという人はとんでもない人選をしたな、というのがまず第一に蒼に頭に浮かんだ言葉だ。なんとも威勢のいい人を寄越したもんだと。
 
 蒼達はリアクションに困っていた。相手がどれだけ自分達の正体を知っているのかわからないからだ。
 対魔王軍からやってきたということは、アルフレド達すら知らない、蒼と勇者との関係を知っているかもしれない。もしくはアルフレドがカーライル家の出身の手練の冒険者といことだけ知っているかも……いや、もしかしたら今は小さくなっているフィアの正体まで……考え始めたらキリがない。

「……力を借りたい、とは。具体的にどのような?」

 アルフレドが蒼とレーベンの前に立って、いつも通り穏やかなに尋ねる。

「これまた失礼! 要件を伝え忘れるとは!」

 テオドアは少し顔を赤らめた。どうやら少々興奮気味のようだ。

「サラ様はかなりお強い予知の加護をお持ちなのだ! その予知によるとそれほど遠くないうちに魔王にくみする者が現れる! その戦いに助け立ち願いたい!」

 かつての英雄達に与えられた加護、魔法使いが『心眼』、戦士が『感知』、テイマーが『支配テイム』、そして神官が『予知』という加護特殊能力を子孫達が受け継いでいる。しかし、この『予知』という加護は他に比べて極端に能力差がある上、そもそも発現する子孫が少ないということを蒼はすでに学んでいた。

(ついに……!)

 魔王側についた人間の話は、蒼がこの世界に降り立ってからずっと聞いていた。だがトリエスタの街でレイジーが見破ったのを最後にその消息はわからないままだ。

「貴殿達のことも予知された! との戦いで必ず必要な者達が今日ここにいると!」

 彼も実は半信半疑でこの街までやってきた。だが言われた通りの姿の蒼達一行がいると知り、初めて予知の加護が現実になったところを目の当たりにして、ついつい気が昂ってしまっている。そしてその気持ちを落ち着けるつもりもないような話ぶりだった。

 予知は当たるとは限らない。しかも毎回、複数の未来を見るのだ。予知を見ることをコントロールできる者は少なく、しかも未来は多くのにわかれているので、どれが現実になるかもわからないということも多々あった。
 実際サラの命で、テオドアの他に数人別の街に向かっていた。ただどの街も蒼達がすでに滞在した街やこれから向かう予定にしていた街だったので、彼女の加護の強さが裏打ちされたことになる。的中率が高い。

「して、貴殿はかなりの実力者ということはわかるのだが……そちらの、えー……レディーと……少年は……その……」

 テオドアの勢いが急に落ちた。アルフレドはある程度の実力者であればその強さがすぐにわかる。そりゃあ激戦が予想される戦いに必要だろう。だが、アルフレドの背中から顔を出しているこの二人はどんな力が? と、テオドアの頭の中は疑問でいっぱいのようだ。

(レディー!!?)

 テオドアは決して蒼達に不快な思いをさせまいと丁寧な言葉を使ってくれているのがわかったが、思わぬ呼び方に蒼はプハッと吹き出してしまった。彼はこの世界では身分が下と思われる蒼達への敬意を忘れない男なのだ。つまり、いい人ということになる。

「私はアオイといいます。彼はレーベン。私達は軽食を販売しながら旅を続けているです。裏方ならお手伝いできるかと」

 いいよね? と念のため二人とフィアに確認するよう視線を向ける。もちろん二人はコクンと頷いた。もう全員わかっている。自分達はこういうことを無視して先には進めない性分の集まりだということを。
 するとテオドアはまた顔を赤くして声が大きくなった。

「おぉ! サラ様が食糧調してくるよう仰っていたのはこのためか!!」

 一人感動していたが、蒼はその発言からしばらくには帰れなさそうだということを察した。家の中の食糧はあまり使えそうにない。

 出発を翌朝に控え、蒼もレーベンもアルフレドもバタバタと家の中の調理道具や調味料をまとめる。

(冷蔵庫持って行けないのは痛いわね~~~)

 この街で商売するつもりだったので、屋台を門の外に出していたのは幸いした。おかげでそこそこの量は持っていける。
 テオドアの話ではサラは上級神官の一人だというので、蒼の身元はわかっている。だが、金の鍵のことは知らないはずだ。そのため門の中に入るには細心の注意を払わなければならない。

(上級神官達に私の情報を一斉送信されたらたまらないし)

 蒼を対魔王軍の戦いに巻き込みたいと思っている上級神官もいるという話を彼女は覚えている。
 ただ今回の協力は一時的で、タイミングを考えても蒼を狙っての行動とも考え難い。蒼はたまたまだと思い込むことにしていた。

「冷凍のものはアルフレドにお願いしていい?」
「了解。寒い時期でよかったよ。それほど頻繁に氷の魔法をかける必要もないだろうし」

 アルフレドの氷の魔法は便利だ。こうなってくると蒼も商船や荷馬車での移動の時、氷魔法を使える者が優遇されるのがよくわかる。
 テオドアには一応、干し肉や野菜の買い出しをお願いしていたが、やはり慣れた素材が一番やりやすい。
 そして蒼はそのまま作り置きにとりかかる。

(もしかしたらしょうくんに会えるかも……!)

 そう期待しているからだ。蒼は、対魔王軍にいる勇者がしょうの影武者とは知らない。テオドアの話では、勇者は別の場所にいて会えるかどうかはわからない、ということだったが、

(私がここまで来たこと、伝わるといいな)

 そんな気持ちもあった。

◇◇◇

 蒼達がテオドアに連れられて辿り着いたのは、彼が迎えに来た街からわずか三日の距離の小さな集落跡だった。

「よくいらっしゃいました」

 迎えてくれたのはスラっとした品のいい老婦人。彼女がサラ・ガルドだということはすぐにわかった。手の甲には雪の結晶のような模様が描かれている。上級神官の証だ。
 あれはジャックフロストという名の聖獣の羽だと聞いているが、学術研究都市ディルノアの図書館で見た挿絵から聖獣というより妖精といった方が彼女には馴染みがあった。

 英雄の一員である神官の末裔達は、全員が全員神官になるわけではない。しかし生まれ持っての気質なのか、神官を志す者が多いという話を蒼はトリエスタで学んだことを思い出していた。

 野営地の兵士達は緊張した面持ちになっていた。想像もつかない戦いが待っている。

「アオイ様にお話が」

 サラの言葉を聞いて、アルフレドもレーベンは神妙な顔で頷いた。

「俺はここの部隊長と話してくるよ」
「僕はルーとヒューリーに食事を」

 それぞれすべきことをすると、一旦別行動だ。

 蒼はサラの天幕へと通された。
 
「テオドアは楽しい男でしょう?」

 穏やかな笑みのサラに促され、蒼は用意された椅子に座る。

「はい。ずいぶんおしゃべりがお好きなようで、あっという間にここまで辿り着きました」

 蒼達をできるだけ楽しませようとしたのか、道中一生懸命にあれこれと話してくれたのだ。おかげで蒼達は対魔王軍の近況や、現在の世界情勢をなんとなく知ることができた。

(私の料理も大絶賛してくれたし)

 そうなると蒼も嬉しくてついつい彼の評価が高くなっていく。

 サラの付き人が二人にお茶を出すと、彼らも天幕の外へと出ていった。ようやく本題だ。

「テオドアがあなた達を連れたきてくれたということは、これからの戦い、それほど心配はいりません」
「おぉ! そこまでわかるのですか!」

 あくまで可能性の話にはなるが、それなりの勝率が見込めるということだ。しかしこのことはあくまで秘密に、と念を押された。情報一つで未来はあっという間に変わってしまう。

「アオイ様……アオイ様の世界には魔王が存在しない聞きました」

 少し遠くの世界を見るようにサラはゆっくりと尋ねる。それで蒼は、予知の話よりこのことを自分に尋ねたかったのだと理解した。

「私の知る限りではいないですね」
「では、争いが日常茶飯事ということ?」

 人々の負の感情が魔王を生み出す。だからこの世界では長らく大きな戦いは起こっていない。魔王との争いを除いてだが。
 蒼の暮らしていた世界は大きい争いも小さな争いも起こっていた。そのことに疑問を抱かないほどに。もしも彼女の元いた世界にも魔王のような存在がいたら、そらはもう強靭な力を持った状態でするだろう、と予想ができる。

「そうですね……残念ながら……」

 フム……と、一瞬サラは考え込んだ。

「それでも……それでもアオイ様は元の世界にお戻りになりたいのですか?」
「そうですねぇ~少なくとも私が生まれた世界のことは好きで恋しいですけど……」

 蒼の返事は曖昧だ。あらためて尋ねられて、即答できない。それが今の答えなのだと蒼は気がついた。

(けどこれは、魔王の有無の問題じゃないわ)

 今が単純に楽しいから帰りたいとは思わないのだ。魔王がいても、この世界を楽しみたいと思っている。

(今後はわからないけどね~)

 だが今帰れと言われたら、間違いなく躊躇う。それが蒼の答えだった。

「なぜこんな質問を?」

 今度は蒼が聞き返す。

「魔王に与する者に……疑問を投げかけられる未来が見えたのです」

 ひどく傷ついたような表情でサラは答えた。それはなんと? と、蒼が首を傾げていると、

「魔王が発生した今が、この世界の自然な状態ではないか? と」

 サラは困ったように笑っていた。

「予知でそう尋ねられた私は……答えられなかった……」

 人々は魔王の発生に怯えているから争わないだけなのだ、恐怖に抑圧され、人間は今、決して自然な状態ではない。そう言われて否定できなかったと。

「……答えが出ない問いかけだと思います」

 蒼は少しだけ考えて答えた。

「それに私がいた世界が自然な状態かどうかだってわからないですよ」

 そんなことを誰が決めるのか。どうやら存在するらしい神だろうか。

(けど神様は答えをくれそうにないわよね~)

 だかその言葉は飲み込んだ。

「そうですね。でも、相手の言葉に一理あると思ってしまった。それが問題なのです」

 彼女は上級神官、人々の心の内を聞いている。恨みつらみがあったとしても、魔王の力に繋がってははならないと、グッと気持ちを押し込めたまま生きている人々をよく知っているのだ。

「だから、アオイ様が来てくれて私、ホッとしていて……違う常識を持った世界からやってきたあなたと話すだけで、答えは一つじゃないと実感できるから」

 そうしてまた、穏やかな笑顔に戻っていった。
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