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9 プロデュース

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「はいダメ~! だから強気に出るなって言ってるじゃん!」
「で、でもっ!」
「言い訳無用!!!」

 パチン! と扇子を閉じるいい音が鳴った。

 デボラはついに独房から自室へと戻っていた。そこで毎日アリソンと特訓をしている。

(クビにしたあの教育係にそっくり!)

 デボラは苛立ちを隠せないでいた。なぜ自分が嫌悪する女に偉そうに指導されないといけないのか。

 もうすぐ王太子アーロンが大神殿へやってくる。未来の治癒師たちを激励する為に。……実際はアリソンのご機嫌をうかがいに。
 アリソンはチャンスだとばかりにデボラをし始めた。アーロン好みにするための教育だ。アーロンとの会話をシミュレーションし、彼の好みの反応をアリソンが教え込んでいる。それでまた彼が浮気すれば御の字だ。婚約破棄に追い打ちをかけることが出来る。

「何その不満そうな顔! そんな顔をアーロン様に見せる気? さっさと私達を婚約破棄させるんでしょ!」

 ビシッ! と扇子をデボラの鼻の前に突き出す。

(口うるさい女! こんな女がアーロン様の婚約者だなんて!)

 だが言われた通り、深呼吸をした後で表情を緩める。令嬢らしく小さく微笑んでみせた。

「まあ! ちゃんとできるじゃない!!! 流石メインキャラ! 可愛いわ!!!」

(めいんきゃら……?)

 アリソンは大袈裟に褒めて見せた。デボラも悪い気はしない。 

「いい? 殿下は煩い女は嫌いなの。ただ従順に、自分のことを褒めてくれる女だけが好きなの」

(キャーキャー言ってればいいの!!!)

 アーロンの事を想像し、少し馬鹿にしたような表情を浮かべたアリソンにムッとしたようにデボラが答える。

「わかったってば! 何度も言わないで!!!」
「ほらまた顔が崩れた! さっきの可愛い顔に戻しなさい!」

 ぐぐぐ……と息をのみ、今度は少し引きつりながらデボラは笑顔を作る。

 作中ではあっさりアーロンと結ばれたデボラだったが、アーロンが彼女の魅力に惹かれたというよりも、聖女という肩書と、彼女の実家クローズ家の金山の利権欲しさから王家による後押しにより結婚したに過ぎなかった。

「デボラ、貴女の見た目は間違いなく殿下の好みよ! そこは自信を持って大丈夫!」
「当たり前でしょ!!!」

 デボラはアリソンと違い、小柄で柔らかな体をしていた。

「わかってる? 後継者を生んだもん勝ちよ! 侯爵令嬢なんて蹴散らしてしまいなさい!」
「な……なんてことを……!?」

 顔を真っ赤にして狼狽えていた。
 侯爵令嬢ミディアムは結局妊娠はしていなかった。かなり厳重に見張られていたので、他の男との逢瀬も叶わなかったようだ。これで心配事が1つなくなっていた。

(この手のことを恥ずかしがるような性格だったかしら……?)

 作中のデボラと王太子アーロンとの出会いは、とある仮面舞踏会だった。度々開催される仮面舞踏会で、仮面をかぶったまま、何度もお互いを見つけたのだ。……アーロンは女性を見分けるのが特技の1つなので、彼からすれば難しいものではなかったのだが……。
 だがデボラにしてみれば、これほど嬉しいことはない。しかもその愛しい男性が、まさかこの国の王太子だとは。さらに彼女はその後、急に治癒魔法に目覚める。デボラはそれを運命だと思わずにはいられなかった。そうして自分達の愛の障害になる者は全て排除しようと決めたのだ。
 彼女はただ真実の愛を信じる、夢見る乙女なのだ。ただ、野心と実行力があり過ぎるだけ……。

「大丈夫! 殿下は経験豊富だから!」
「いやあああ聞きたくない……!」

 耳を塞いでイヤイヤと頭を振っていた。愛する人が他の女性とねんごろになっている話は聞きたくない。

「かわい子ぶってんじゃないわよ! 私に睡眠薬飲ませて評価落とそうとしたくせに!」
「そ、それとこれとは関係ないでしょ!!?」

 半泣きのデボラにもアリソンは容赦しない。そもそも自分を貶めようとしていた奴なのだから、罪悪感もなかった。

「現実を見なさい! ……でもカマトトぶるのは悪くないわ! アーロン様の好みよ!」

 いいね、と親指を立てていた。

「えぇ……」

 デボラは毎日にように戸惑い、困惑し、そして少しだけ恐怖を感じていた。アリソンを理解できないのだ。彼女の行動原理が全く持ってわからない。それが不気味でしかたない。
 デボラが欲しくてしかたがないものは、アリソンが捨てたくてしかたがないものなのだ。それがデボラには理解できない。

「聖女になって殿下と結婚したいんでしょう!?」
「そ、そうよ!」

 歯切れの悪い返事が物足りず、アリソンは今日も悪役デボラを激励する。
 
「やれる! やれる! デボラならやれるわ!」
「はぁ!?」

 デボラは明らかに引いていた。それで、ついに気になっていたことを尋ねる気になったのだ。デボラも自分がアーロン以外の人間のことを知りたいと感じる日がくるとは思ってもみなかった。
 
「貴女、アーロン様のことを愛していないの……?」
「え!? 愛してないけど!」

 今更? と大きな口を開けて笑っているアリソンを見て、デボラは身じろぎした。

「でも! ……でも確かに貴女はアーロン様に恋してるって報告が……!」

 そう言った後、ハッとしたように口に手を当てた。アルベール家にスパイを潜ませていることを告白したようなものだ。

「そりゃ~初恋の人だけど、今はもう違うわ。 あぁ! 庭師見習いのジャンと、洗濯係のフランと御者のタックの奥さんには最新情報、渡してないわよ」

 何のことはない。原作に全て載っていた情報だ。あと数人いるが、それはあえて口には出さない。アリソンは少し挑発的な態度だ。唇が片方だけ上がっている。

「……!」

 アリソンはデボラやクローズ家の状況を『全て』知っていると、これまでも暗に何度も伝えていた。

(勝てない……)

 具体的な理由があるわけでもないのに、何故そう感じるかはわからない。
 これまでどれだけ他の令嬢達に見下されてもそうは思わなかった。男爵家でありながらも、自分と実家の力で相手を叩き落してきた。なのにどうして、このアリソンという女だけは、悔しさと恐怖で顔をゆがませられるイメージが出来ない。
 屈辱だが、同時にその判断が正しいのだと心の底ではわかっていた。

「だから何度も言ってるじゃん。聖女の座も王妃の座もデボラ様にあげるって」

 お金は貰うけどね! そう言ってあっけらかんとしている。アリソンから底知れぬ力を感じずにはいられなかった。

(な~んか上の空なのよね~気合も足りないし。やる気あるのかしら)

 アリソンの方はまさかデボラが必要以上に自分を恐れているとは露程も思っていなかった。

「さあほら! 次はアーロン様が他の令嬢に気のある素振りをした場合よっ! キレて殺しちゃだめだからね!!!」
「わ……わかってるわよ!」
「治癒魔法の特訓も終わってないんだから! さっさとやるわよ!!!」
「わかってるってば!!!」

 アリソンのデボラプロデュース大作戦は難航した。
 デボラは神殿でのの日々が人生で一番辛い時期だったと後に語っている。
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