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前世の記憶は突然に。
私の都合もあるわけで。
しおりを挟むおっさんが名乗れと言っていた『アリシア』は、死んだ娘の名前。娘の名前をそこらの村娘にポイっと与えるあたり、あのおっさんは自分の娘のことを大事にしてなかったことがありありとうかがえる。
「あなたには気の毒だけどね、ここまで知ったあんたを簡単に逃がすつもりはないし、おとなしくここで春まで過ごして、学園に行ってほしいの。学園に通わせる後継ぎがいないとしれたら、貴族じゃいられない。私も困るのよ。なぁに、あなたにとっても悪い話じゃないでしょ。辺鄙な村で大変な思いして暮らすより、お嬢様になって暮らせるんだから」
前言撤回。やっぱりいい人じゃなかったこの人。なんていうの、母は強し?
「逃げたら?」
「あんたにだって家族がいるんでしょ?」
さらっと脅迫!
「家族に連絡とかは?」
「させられないわねぇ」
さて、どうしようか。
たぶん、じゃなくて絶対、私が逃げたら本当に家族に危害が及ぶだろう。自分の領民の命など、あのおっさんが惜しむと思えない。
小娘が走ったとして、馬車で三日(位離れているとマイトに教えてもらった)の距離、何日かかるか。
私が必死で村に戻っても、その前に事は終わっている。それどころか、あの村が色々持ってるものまでばれるかもしれない。それはまずい。
それに、遅かれ早かれ私はあの村にはいられなくなっていたはずだ。行き先が教会か貴族の家かの違いだけで。
今はまだ無理でも、いつか絶対、村に帰る。そのためには、今は動くところじゃない。流されるのは癪だけど、何のチートもない私に、この状況をうまくひっくりかえせる案も力もない。
「わかった。とりあえず、あのおっさんが死ぬまでは娘の振りをする。そんな長くなさそうだし。死んだあとはあなたたちはあなたたちで何とかして」
あっさりと頷いた私に、マイトは少し驚いた顔をしたのち、声をあげて笑った。
「ああおかしい。お嬢様、あの旦那様が早々死ぬわけないわよ」
「ううん、たぶん、今と同じ食生活してたら──近いうちに死ぬよ、あの人。甘いものと脂っこいものが好きでしょ」
「……なんでそんなことがわかるの?」
「あの体形と肌つや、目が濁ってるし、頭皮の寂しい感じ、臭い」
指折り数えて指摘する。
「手足の痛みとか、疲労感とか、目が見えにくいとか言ってない?」
当てはまるんだろう。マイトの顔がこわばっている。
「色々教えてくれたお礼に、私も教えてあげる。準備しといたほうがいいと思うよ」
私の言葉に、マイトがフフっと笑う。さながら魔女が悪事を思いついたような顔で。
「そう。ありがとう」
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