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前世の記憶は突然に。
プラスがあれば、マイナスもある。
しおりを挟む夏の間に、最初のも含めて五頭のラームを落として、毛皮や肉の恩恵にあずかる。なんと、脳みそまで食べちゃう。骨の髄まで煮込んじゃう。内臓も食べちゃう。肉は湯がいて干して、冬に備える。
髄までしゃぶりつくしたのち、骨を焼く。白くてからからになるまで焼いたものは、畑にまく。ひとかけらさえ無駄にしない。
秋、冬間に育つ野菜を植え付けるころ、それは起こった。
森の方からものすごい勢いで大勢の人が一斉に帰って来たのだ。
秋の森は実りが多く、キノコ採りの人もいるし、何人かで集まって森イノシシ狩りをする人たちもいる。落葉も始まって、腐葉土を作るために大勢の村人が入っていた。
何が起こったんだろうと思っていたら、血相を変えた村長さんの奥さんがやってきて。
「ミミ! 来て! 早く!! ヤッドが!!」
庭から家に駆けこんで、ゼイゼイ息を切らせながらそう叫ぶ。
名前を呼ばれたお母さんが、縫っていた布団を放り出して、裸足のまま家を飛び出した。
私も、後を追う。この日、お父さんはお弟子さんと一緒に、隣の村に行っていて留守だった。
村長さんの家の前は、ちょっとした広場みたいになっている。同じ広場に、教会も面している。そこに、大勢の村人が集まっていた。
お母さんと私を見て、みんなが口々に早く早くと道を開けていく方向を示してくれる。
密集した人の間を抜けると、戸板のようなものに乗せられたヤッドと、そのそばに座り込んでいるティッドとララが見えた。
「ヤッド!!!」
お母さんが叫んで、ヤッドに駆け寄る。私は、近づくことができず、ちょっと距離を置いた場所で足が止まってしまった。
戸板には、赤い血がたまっている。
お母さんとララが、ヤッドの名前を呼んでいる。
ティッドも、血まみれだ。
誰かに押されて、よろめく。私にぶつかったのはメルだった。泣きながら、ヤッドの胸元にすがって名前を呼んでいる。ふらふらと、近づく。むせるほどの血の匂い。
周りの赤に対して、真っ青な、血の気の引けた、ヤッドの顔。
「……ヤ……ド?」
こふっと、ヤッドの口から血が漏れる。
ああ、こんな光景、前に何度も見た。交通事故で運ばれてきた人たち。早く処置をしないと、と言う思いと、これはもうだめだ、と言う経験則からくる結論。
「大きな肉食の魔獣が、でたんだ。あんな、森の浅いところ……今まで、いたこと、なかったのに……なんで……ヤッド……俺のこと、かばって」
ボロボロ泣きながら、ティッドがつぶやくように言う。
魔獣。
森には魔獣がいるから。そう聞いていたけれど、私はラーム以外見たことがなかった。これまで、誰かが襲われたという話も聞いたことがなかった。
なんで?
血まみれの、ヤッドの手を取る。働き者のその手は、ごつごつと皮が厚い。
でもいつも暖かくて優しかったその手は、握り返してくれなかった。
けれど、手を取った瞬間、いきなり白昼夢みたいに、スキャンされたようなヤッドの体の状態が脳内に再生される。
背中のケガがひどい。三か所、鋭い爪でえぐられていた。深いところは、背骨が砕けている。外傷は、それだけ。
けれど、衝撃なのか、内臓がいくつか、ひどく傷ついている。
なぜか私には、その傷が『治りたがっている』ように思えて。
だから。
神様。
どうか、ヤッドを、元通りに──
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