辺境で厳しめスローライフ転生かと思いきやまさかのヒロイン。からの悪役令嬢入れ替わり？

幕間 １

そして、ほんの少し前の話。

　
　
　
　
　時は少しさかのぼって。

「また下らんことを」

　そう言って、アレクライト・メリステル辺境伯が手に持っていた手紙を机の上に放る。

　上質な紙に入った透かし模様は王家のもので、文章改変を防止する魔法がかかってうっすら光っている。普通そんな風に扱うものではない。

　が、手紙の内容は本当に下らなかった。要約すると、第一王子の婚約者の座から蹴り落された令嬢を嫁に取れという命令。

　リリアーネ・エステルソリス。つい二週間ほど前に王立学園を卒業した十六歳の公爵令嬢。その卒業パーティでの騒ぎは、辺境と呼ばれるこの地にも伝わっている。

　この地からも毎年数名学園に入学する寄子の貴族子女がいるのだ。

　爵位は低いが聖女と称されるほどの奇跡の回復魔法を使う少女を苛め抜き、その命に係わるほどの悪徳を働いたとの理由で、幼年時に決められた第一王子との婚約を解かれた、と。

　金髪と紫の瞳を持ち、氷のように冷たい容姿で、聖女が現れる前から王子の婚約者という立場を振りかざし、下々に理不尽な態度を取る少女だったという。


　ご丁寧に、魔力認証された国王のサインまであるので、これは正式な王命だ。

「廃棄物を投げつけておいて喜んで謝辞を述べろと言われてもな。そもそも何度も言っているが俺はエリザ以外の妻などいらん」

　その頑なさが今回、付け入るスキを作ったのだとはわかっていても、本当に本当に下らない。

「で、件の令嬢は」

「すでに王都を発たれ、こちらに向かっておられるようです」

　傍らに控える家令に問えば、予想通りの答えだった。とにかく異論を唱える前に押し付けようという魂胆しか見えない。

　馬車で進めば大体五日かかるが、手紙は昼夜を問わず走らせた早馬で届けられたので、ほぼ一日半ほど。

　おそらく、辺境伯領都に到着するのは五日目の夕方。この屋敷にやってくるのは翌日の昼前だろう。高位貴族のご令嬢が、旅の疲れもそのままに訪うことを嫌うだろうから。


　つまり、到着は四日後。


「どうしたもんかな」

　できれば、道中で何かあってほしい。こんな辺鄙な所に来るのは嫌だと勝手に逃げ出してくれたら、面倒ごとが一つ減る。

　次期王妃としてちやほやされてきたわがままな令嬢が、逃げ出したところでどうなるのかなど火を見るよりも明らかだ。


　なにがしかの痂疲が付けば、投げ返す理由になる。

　すんなりと到着した後はなるべくかかわらずまずは放置。


　辺境と呼ばれるこの地には、王都のような娯楽はない。王都では毎夜そこここで行われる夜会もない。王都の最先端のドレスを仕立てる業者も、宝石商も洗練されてるとはいいがたいし、菓子店も数軒しかない。常時上演している劇場はない。


　辺境領には独自財政が認められ、近年開拓されている北方とは違い、それなりに支出入の額は多い。が、それらは年に数回起こるスタンピードに備えた私兵の訓練やギルドの運営、農業や酪農を基軸に暮らしている村々の防衛に充てられる。娯楽に充てる分があればそちらに回すので、新しいものを買ってやるつもりもない。


　華麗なる王都での暮らしになれた令嬢は、果たしてこのないない尽くしの地でどれだけ持つだろうか。

　おそらくひと月とかからず、逃げ出すだろうと目算を立て、溜まった書類を処理する作業に戻った。

　そして、予定では令嬢が到着するその日の早朝、魔の森を警戒している者より、伝令。

　──南に位置するエスクドの村付近の魔の森にて、スタンピードの兆候あり。と。