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入れ替わりは突然に。
いっそむしろすがすがしいね。
しおりを挟む男の子はギラギラした目で私を見ている。その目はよく見たらリリアーネと同じ紫色だ。ずっと薄い色だけど。
誰もが固唾をのんで、男の子が階段を下りていく様子を見ている。いや誰か止めて。
「ぼっちゃま!!」
誰かが叫んだのと、男の子がつるりと階段の中段ほどで足を踏み外すのとどっちが先だったのか。
「危ない!!」
気が付いたら手を伸ばして、目の前を転がり落ちそうな小さな体を抱きとめていた。
うん。抱きとめようとした。
十三歳まで農作業に従事していた前の体ならともかく、扇より重いものを持ったことがないであろうリリアーネの体は、幼児を抱えたまま踏ん張ることは無理だった。
「……ったー……」
男の子を抱きとめたまではよかったけど、そのまま踏み出した階段一段分だけど落ちて、背中をしたたかに打ち付けた。そこそこな絨毯が敷き詰めてあるけど、床は硬い石だものね……痛い。地味に痛い。
「ぼっちゃま!!!」
複数の、男の子を呼ぶ声。
私のおなかの上にまたがるような形で、言葉を失っている男の子の顔が、みるみる赤くなっていく。突っ張るようにして私の胸の上にあった手がものすごい勢いで跳ね上がって高速盆踊りみたいな状態である。
いや、コルセットでガッチガチだから、触られた感覚すらありませんでしたけどね。おかげで腰もガードされた模様。コルセット強い。
「えーっと、大丈夫?」
私の問いに、膝の上の男の子がぷるぷる頭を前後左右に振る。どっちやねん。
「大丈夫ならどいてくれる?」
「あっ うー」
「ぼっちゃま、こちらへ」
意味不明のうめき声をあげる男の子を、セバスがひょいっと持ち上げて若いメイドに渡し、白い手袋をした手を差し出してくれたので、その手を借りて立ち上がる。
うん、ここの家令はできる家令。
「ありがとうございました、リリアーネ様」
「いいえ。偶々私が一番近かっただけよ。子供は頭が重いから、高いところから落ちると大けがをしやすいもの。こういったお屋敷の階段は絨毯が敷かれてて滑りやすいからあなたたちも止めようとしたのでしょう? なにもなくてよかったわ」
怪我でもされたら全部こっちのせいにされそうだもの、この子供の様子から見て。
「こんにちは。初めまして。私はリリ……今日からしばらくこちらにお世話になります」
あえて上から、優雅に淑女の礼をする。
名のろうとして気づいたけど私の名前じゃないからやめた。
気のせいではなくリリアーネの体は、骨格から貴族のご令嬢というか、こういったしぐさがものすごくサマになるつくりなのだ。
「うっ うるさい黙れ! 俺様はお前なんか認めないからな!!」
そう叫んで、まだ顔を真っ赤にしたまま男の子がメイドの腕を乱暴に振り払って着地し、階段を駆け上がってどこかに行った。
何を認めようとしているんだ。
ってか何しに来たんだ。
「到着早々お騒がせして申し訳ありませんでした」
「いいわよ、別に。歓迎されたいとも思っていないから。さっきの子供は辺境伯のご子息?」
「はい」
「そう。とてもいい教育をされているようね」
私の嫌味にも、セバスはピクリとも反応しなかった。
うむ、やっぱりできる家令。
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