上 下
9 / 64
入れ替わりは突然に。

いっそむしろすがすがしいね。

しおりを挟む
 
 
 
 
 男の子はギラギラした目で私を見ている。その目はよく見たらリリアーネと同じ紫色だ。ずっと薄い色だけど。

 誰もが固唾をのんで、男の子が階段を下りていく様子を見ている。いや誰か止めて。


「ぼっちゃま!!」

 誰かが叫んだのと、男の子がつるりと階段の中段ほどで足を踏み外すのとどっちが先だったのか。

「危ない!!」

 気が付いたら手を伸ばして、目の前を転がり落ちそうな小さな体を抱きとめていた。


 うん。抱きとめようとした。


 十三歳まで農作業に従事していた前の体ならともかく、扇より重いものを持ったことがないであろうリリアーネの体は、幼児を抱えたまま踏ん張ることは無理だった。




「……ったー……」

 男の子を抱きとめたまではよかったけど、そのまま踏み出した階段一段分だけど落ちて、背中をしたたかに打ち付けた。そこそこな絨毯が敷き詰めてあるけど、床は硬い石だものね……痛い。地味に痛い。


「ぼっちゃま!!!」

 複数の、男の子を呼ぶ声。

 私のおなかの上にまたがるような形で、言葉を失っている男の子の顔が、みるみる赤くなっていく。突っ張るようにして私の胸の上にあった手がものすごい勢いで跳ね上がって高速盆踊りみたいな状態である。

 いや、コルセットでガッチガチだから、触られた感覚すらありませんでしたけどね。おかげで腰もガードされた模様。コルセット強い。


「えーっと、大丈夫?」


 私の問いに、膝の上の男の子がぷるぷる頭を前後左右に振る。どっちやねん。


「大丈夫ならどいてくれる?」

「あっ うー」

「ぼっちゃま、こちらへ」


 意味不明のうめき声をあげる男の子を、セバスがひょいっと持ち上げて若いメイドに渡し、白い手袋をした手を差し出してくれたので、その手を借りて立ち上がる。

 うん、ここの家令はできる家令。


「ありがとうございました、リリアーネ様」

「いいえ。偶々私が一番近かっただけよ。子供は頭が重いから、高いところから落ちると大けがをしやすいもの。こういったお屋敷の階段は絨毯が敷かれてて滑りやすいからあなたたちも止めようとしたのでしょう? なにもなくてよかったわ」


 怪我でもされたら全部こっちのせいにされそうだもの、この子供の様子から見て。


「こんにちは。初めまして。私はリリ……今日からしばらくこちらにお世話になります」


 あえて上から、優雅に淑女の礼をする。

 名のろうとして気づいたけど私の名前じゃないからやめた。

 気のせいではなくリリアーネの体は、骨格から貴族のご令嬢というか、こういったしぐさがものすごくサマになるつくりなのだ。


「うっ うるさい黙れ! 俺様はお前なんか認めないからな!!」

 そう叫んで、まだ顔を真っ赤にしたまま男の子がメイドの腕を乱暴に振り払って着地し、階段を駆け上がってどこかに行った。

 何を認めようとしているんだ。

 ってか何しに来たんだ。


「到着早々お騒がせして申し訳ありませんでした」

「いいわよ、別に。歓迎されたいとも思っていないから。さっきの子供は辺境伯のご子息?」

「はい」

「そう。とてもいい教育をされているようね」

 私の嫌味にも、セバスはピクリとも反応しなかった。


 うむ、やっぱりできる家令。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

悪役令嬢が死んだ後

ぐう
恋愛
王立学園で殺人事件が起きた。 被害者は公爵令嬢 加害者は男爵令嬢 男爵令嬢は王立学園で多くの高位貴族令息を侍らせていたと言う。 公爵令嬢は婚約者の第二王子に常に邪険にされていた。 殺害理由はなんなのか? 視察に訪れていた第一王子の目の前で事件は起きた。第一王子が事件を調査する目的は? *一話に流血・残虐な表現が有ります。話はわかる様になっていますのでお嫌いな方は二話からお読み下さい。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

勘当された悪役令嬢は平民になって幸せに暮らしていたのになぜか人生をやり直しさせられる

千環
恋愛
 第三王子の婚約者であった侯爵令嬢アドリアーナだが、第三王子が想いを寄せる男爵令嬢を害した罪で婚約破棄を言い渡されたことによりスタングロム侯爵家から勘当され、平民アニーとして生きることとなった。  なんとか日々を過ごす内に12年の歳月が流れ、ある時出会った10歳年上の平民アレクと結ばれて、可愛い娘チェルシーを授かり、とても幸せに暮らしていたのだが……道に飛び出して馬車に轢かれそうになった娘を庇おうとしたアニーは気付けば6歳のアドリアーナに戻っていた。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

処理中です...