やさしいキスの見つけ方

神室さち

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君は僕に似ている

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 実冴の言葉に、速人と真吾の視線が礼良の額に向かう。よく見たらなんだか赤いような気がしないでもない。
「やだなー こんな可憐で華奢な僕がどんな護身術身につけてるかわからないような自分よりタッパのある男に手なんか出すわけないじゃん。なんか僕、劣勢っぽいから、部屋に帰るね。バイバイ実冴サン。またどっかで会ったら楽しいお話できるように毒舌チャージしとくから」
 口元は相変わらずの笑みのままの実冴にじっとりと睨まれて、引き際を見誤らないでひらりと手を振って、ステップを踏むような軽やかさで都織が階段を昇って消えて行った。
 その姿を見送って、実冴が目元まで完璧に計算された笑顔で礼良を見る。
 視線を感じて、礼良の顔が心底、何にも隠されることなく最上級にイヤそうに歪む。都織と無駄話を掛け合っている隙に無視して歩き去ろうと思っていたのに、都織の方が先に逃げてしまった。
「なによ、逃げることないじゃない」
 逃げているわけではない。が、そう言われればその通りの状況なので、礼良は仕方なくその場にとどまる。
「北條センセ、これからご出勤?」
 学校に着てきていたスーツとてあまり昼間に合わなさそうだったが、この体にぴったりとフィットしたワンピースよりは百倍マシなものを選んでいたのだと納得させられる装いに、速人が軽口をたたく。
「似たようなもんかな。今夜はオールの予定だから。ちなみに、さっき退職願置いてきたから、私もう先生じゃないし。先生って呼ぶの禁止ね」
 しなりと腰に手を当てて実冴がニッコリ笑う。そのしぐさに、真吾がぐっと何かを飲み込んで目を逸らした。では何と呼べばいいのかと速人が切り出す。
「んじゃ、実冴サン? これからどっかで会ったらそう呼んでいいわけ?」
「いいわよ。でもアンタ、あんまり夜遊びとかしちゃだめだからね」
「うわ。説得力ねぇし、それ。それよりさ、もしかしたらこないだのあの人も会えるわけ?」
「あー あの子は。結婚するから、もう夜遊びはしないわよ。あれが遊び納め。君なら別に、女の子なんて選り取り見取りでしょう」
 不満を口にする速人に、実冴が呆れたようにため息を吐く。
「そこで他人のふりしてる約一名! 逃げたらこの子たちにアンタの小さいころの事とかあることないこと吹き込むけど良いの?」
 先ほど激突した柱に背を預けたままの礼良を指差して、実冴が高笑いをつけて宣言する。
「そんなことお前が知ってるわけねぇだろ」
「知ってるもーん。お母さんに全部きいたもーん。ふふーん。ほら、見てみてこれ。超カワイイでしょ」
 その服のどこに隠しポケットがあったのかしらないが、手品のように取り出した数枚の写真をヒラヒラさせて、身を乗り出すようにしている速人たちに見せている。驚きの瞬発力で彼らを押しのけて写真を見ると、実家のアルバムにさえないような、それこそ幼稚園に通う前らしき礼良が、中学生の己にはおよそ理解不能なレベルのはにかんだような笑みを浮かべて写し取られている。残りの写真も似たり寄ったりの構図だ。
「なんでお前がこんなもん持ってんだよ!?」
「お母さんの秘蔵コレクションの一部。いいわよ別に、まだ焼き増しが家にあるし、ネガもあるから」
 やけにあっさり手を離してぐしゃぐしゃに握りつぶすことを止めなかったと思えば、脅迫の素材などまだまだあるとケロっとしている。
「ちょっと連れていきたいところがあるんだけど、来るわよね?」
「なんで俺がお前の言うこと聞かなきゃなんねーんだよ」
「あー そうかそうか。あのねー ちっちゃいころの礼良君って合体ロボットよりぬい──」
「お前、ほんっと俺の事嫌いだろう?」
「やーねぇ 嫌いな人間にこんなに構うわけないじゃないのー なんて言うか楽しいことしかしない人よ? 私って。んで、乗るの? 乗らないの? 家に帰ったらねー 昔のビデオとかもあるのよー」
 寮の真ん前に止めた車を指差して、実冴がにっこり笑う。拒否したらどうなるかわかってるわよねと、その笑顔が物語る。
 持っていたカバンを真吾に押し付けて、しぶしぶ靴を履き替える礼良を途中まで見て、くるりと実冴が残りの四人を振り向いて、こちらもノーと言わせない威圧的な笑みで制す。
「限界ぶっ飛ばすつもりだけど門限には帰れないかも。遅延じゃ何かあった時困るから、誰か私の名前で外泊届書いといてね! ヨロシク」
 礼良が車に乗り込むのを音で確認して、実冴が返事も待たずにバイバイと手を振って外へ出たかと思うと、赤い車が重低音を轟かせて去って行った。
「すげぇ 拉致ってった」
「ドコ連れてかれるんだろうな」
 外靴を履いたままだった二人が寮を出て、見送る間もないくらいにあっと言う間に消え失せた赤い流星の残像を追って動かした顔を戻しながら、速人と真吾がつぶやく。
「なんて言うか今日、いろいろありすぎて疲れた」
「あー 部屋帰ろ。なんか腹減った」
「菓子も山ほど買ったもんなー 礼良いないし余るかもよ。哉ー 行くよー? ん? どしたの?」
 寮の中、一人ぽつんと立っていた哉が、真吾の呼びかけにゆっくりと動く。ほんの少し笑んだ口元の違和感に真吾が尋ねた時にはもう、いつもの無機質な顔に戻っていた。
「そうだ。外泊届、言われた通り書いといたほうがいいよな?」
「だろうなぁ 哉が一番字ィきれいだろ、と言う訳で書け」
 下駄箱が並んだ突き当りの掲示板につけられた箱から外泊届を取り出し、速人が記入のための小さな机におく。別段これについては異存がないのか、さらさらとペンを動かしてニセの届が出来上がる。それを管理人室の専用の箱に入れれば手続きは終了だ。
 菓子の新製品がどうだとか、さっき読んだ漫画の続きの予想だとか。グダグダと下らないことを話題にしながら、普段と変わらない調子で二周半くらいの勢いで変化を遂げたクラスメイトの存在を、難なく受け入れた後の光景だった。


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