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君は僕に似ている
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しおりを挟む「と言う訳で」
気が済むまで礼良をスリッパで叩(はた)いた後、蹴立てた机とイスを元に戻させて教卓に戻って成績表を回収した実冴がわざとらしい咳をした後、誰もが『どう言う訳だ!』と突っ込みたくなるようなくらいに何事もなかったフリでそう言って、教室を見渡す。
「私は当初の目的を遂行したので、もう学校に来ないから、みんな夏休みの内に頑張って他のクラスに追いついてね。社会科。担任はまた二学期にでも発表になるんじゃない?」
右手の指をそろえて顔の横でびしっと小さく振って、クラスの者たち皆が凶器だと認識しているスリッパの音も高らかに、実冴が教壇を降りる。
「えええええッ!? 北條センセ、辞めるの!?」
教室からも出て行こうとした実冴を、速人の声が止めた。
「だって私、もともとここの正式採用の教師じゃないもん。あ、でも一応ちゃんと中学社会科の教員資格は持ってるから大丈夫! みんなの授業は単位として認められるわよ」
「なんでさー 先生の授業超面白かったのに」
机に突っ伏して藤司がつまらなさそうに呟く。
「だめよ、さすがにそろそろ朝八時までに起きるとか勘弁してほしいのよ。もうほんと、学校通うのって面倒くさい」
じゃあねーとヒラヒラ振った手の残像を残して、取り立てて急ぐでもなく悠々と実冴が去って行く。
嵐の残骸を残したまま。
実冴のスリッパの足音が聞こえなくなり、辺りを固い沈黙が支配し始める。
恐る恐る伺い見るような視線が集まるのは、教卓の真ん前の席。これまできちんと行儀よく、背筋もしゃんときれいな姿勢でその席に収まっていた人物は、もういない。
なんだか今にも悪態をつきそうな気配を漏らしつつ、背もたれに身を預け、左足のかかとより少し上のあたりを、右足の腿のあたりに置くようなポーズで今、その席にいるのは、たった十分ほど前とは全然違う生き物に変化している。
「チッ」
聞えよがしの舌打ちに、確実に教室内の数人がびくぅっと身をすくめる。
誰も、席を立てない。
誰もが、その中心に目を奪われている。
誰かの唾を飲み込む音さえ聞こえそうな静寂。
打ち破ったのは、いつもなら誰にも聞こえないほどの微かなイスの移動音だった。
些細な動作ならばほとんど音を伴わない哉が、何事もなかったかのようにすっと立ち上がる。
誰一人として、礼良の隣わずか五十センチほどの位置に哉が座っていたことを忘れていた。そのくらい、哉の存在感は薄い。と言うより、礼良の存在感がこれまで以上に増大した。
いつも物静かで無表情。いるのかいないのかわからないのに、今突然、唐突に、透明人間のベールを剥ぐように、当然の様に、礼良の隣に質量を同じくして立っている。
唖然としたクラスメイトたちの、偶数量の眼(まなこ)の集中砲火を浴びて尚、その表情に動きはない。まるで血流さえ任意で調整できるかのような、面(おもて)で。
「礼良」
教室内が、無言のまま騒(ざわ)ついた。言葉ではなく、息を飲む音がほぼ一クラスの人数分重なれば、十分な騒めきになる。
「……帰るか」
呼ばれた名の後に添えられた『帰ろう』の意を違わず汲んで、礼良が机を直した時に空っぽの引き出しに突っ込んだ社会科の答案を出し、皺になるのも構わずカバンに突っ込み、ガタンとイスを退いて立ち上がる。
「腹減ったな。なんか食うか? 哉」
もうずっと前からそうしていたような自然さで、礼良と哉が並んで教壇の前を通り行く。
「………オムソバ」
「駅裏の? 完全出遅れだから今行くと満席だろ。どっか寄ってちょっと時間つぶしてから……駅前の本屋行くか」
土日休日の昼時となると、この学校の生徒で店内を占領される『安い、美味い、早い』と三拍子そろったパッと見、小汚い……定食屋の裏メニューを指名した哉に、礼良が腕時計で時間を確かめて予定を立てる。
「あっ! 待って、僕も行くッ!!」
「真宮ズリぃ 俺も」
己たちの机の前を平然と横切る二人に、真吾が慌ててカバンを取って立ち上がる。速人など、カバンも持ってきていないので、返された答案を制服のスラックスの後ろポケットにねじ込んでいる。
何の違和感もなくあっさり教室を後にした、何とも違和感のある二人組を、いつも騒がしい速人と彼につられている感のある真吾が、慌しく追いかけて廊下に響く上履きの音が遠ざかって行く。何とも言えない身じろ気さえ許さない様な空気が完全に教室から消えて、他の生徒たちが気づかないままにほぅっと息を吐いている中。
「……ックショ、乗り遅れた……」
真吾達と離れた窓際の席にいた藤司が、あっと言う間に四人が消えた教室前側のドアを見て呟いた。
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