やさしいキスの見つけ方

神室さち

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君は僕に似ている

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「んで、どうなのよ、首尾は」
「上々。と、言いたいところだけど頓挫中。って言うかね、なんで気づかないのかしらね。お母さんが言うにはさ、あの子、覚えたこと絶対忘れないらしいのよ。アホみたいな雑学はきれいに切り返す癖に、なのになんで私の事は思い出さないわけ?」
「姉だって?」
 ぎらぎらと原色のスポットライトが右往左往し、ミラーボールがその光を反射している喧騒の中、実冴がテーブルにカクテルを置く。その隣で華奢なグラスの中で炭酸の泡をまとわりつかせたレッドチェリーを揺らしていた理右湖が実冴に視線を向ける。
「根本的なこと聞くんだけど、会ったことあったの? その弟君と。これまでに」
「んー? んんんー? あったかしら。会ったこと……なかったかな?」
「なら仕方ないんじゃない? どんなに頭が良くて記憶力が良くても、見たことも聞いたこともないのに知ってるわけないじゃない」
「んー? でもお母さんから名前くらい聞いてるんじゃないかと思うんだけど。いや待てよ……もしかして本気で私の事知らないとか? ちょっと本気で? 超高性能なくせしてあの子、この実冴様を知らないだと?」
 実冴の目算では、少なくともゴールデンウイーク明けには自分の正体に礼良が気づき、あの死者の面のようなガードを引っぺがして教師など似合わない職業からオサラバする予定だった。だが礼良が予想だにせぬ忍耐力を見せているため、実冴はこうしてずるずると三ヶ月も規則正しく窮屈な生活を送っている。毎朝、五つの目覚ましと格闘し、ミツグクンや余り用はないが何人かキープしているアッシークンを総動員でモーニングコールを掛けさせ、何とかベッドから這い出して遅刻しないようにしている。大学生だったころだって、こんな必死で朝起きたことはない。こんな生活をいつまでも続けていたら死ぬとか思いながら、半ば意地で。
 そんな状況を知って、理右湖が呆れたような視線を向ける。
「アンタ、何様……って、実冴様か。その実冴様に報告があるんだけど」
「なに?」
「私、秋に結婚するから」
「……それは。ご愁傷様。例のあの人と?」
 踊るつもりがないからと預けなかった小ぶりのバッグから出てきた白い封筒がテーブルの上を滑って目の前にやってきて、なんだか突然、喧騒が遠のいたような錯覚を覚えながら実冴がカクテルを一口飲む。
「そ。本当なら高校を卒業したら結婚させる予定だったのを、四年も好きにさせてやったんだから、そろそろひ孫の一人でも作れですって。まぁ私は、期待に添わない上に家を飛び出して看護婦なんていう低俗な資格を取って小間使いみたいなことしかできない、出来の悪い養女でも女なら世間様も仕方ないって諦めてくれるし、子供が産めるからせいぜい良い胤をつけようってことよ」
「看護婦は医者より下って、何世代前の考え方かしらねぇ」
「ホントにね。仕事はやりがいがあるけど、もう続けられそうにないわ。お義父様が圧力かけてるせいで、なかなか私を雇ってくれるような病院も医院も、この辺りにはないしね」
「呉林(くればやし)に楯突ついて利はないと思ってるってことか」
「ごめんね。看護学校の費用とか、住むところとか生活費とか。実冴には物凄くいろいろしてもらったのに。借金、出世しそうにないから、返せないわ」
 唇の端に自嘲を乗せるような顔をした理右湖に、実冴が同じような笑みを返す。
「いいわよ別に。餞別……じゃないか。ご祝儀よ」
 白い封筒をヒラヒラと扇ぐように振る。実冴の方はバッグを預けてしまっているので、着ていたスーツの内ポケットに仕舞おうとして、視界の隅に何やら引っかかるものを感じてふと首を巡らせると、少し離れたところに、やたらと若いグループを発見した。
「あら、あれはどう見ても未成年ね。あんな族(やから)まで入れちゃうとは。ここも客層が落ちたってことかしら。まぁ 私はもう来ないからいいけど。どうかした? 実冴?」
「あ? ああ、なんでも──」
「あっれー? 北條センセ?」
「教師が声かける前に自分からやってくるって、いい根性してるわよね、神崎君?」
「教師がこんなトコで夜遊びしてるのは問題じゃないわけですか? 北條センセ」
 薄暗く、時折目を刺す刺激的な光が交差する屋内にもかかわらず、目ざとく実冴をみつけたらしい速人が、つるんでいた仲間に手を振って別れ、実冴と理右湖が陣取る背の高いテーブルに肘をつく。未成年は入室が出来ないはずの店内にいることさえ、彼にはどうでもいいことらしい。
「バーカ。成人がどこで遊ぼうと問題ありません。今日は見なかったことにしてあげるからさっさとと帰りなさい。アンタ、来週から期末試験でしょうが。そんなんじゃ 医学部なんていけないわよ?」
「べっつに試験なんて、試験前にノート読み直したら十分。こう見えて俺、日々精進してるし? 医学部なんて、脳味噌ヒヨコ並みの兄貴でも合格しちゃってっから楽勝。ってか、この美人のオネーサン誰? 先生の友達? ショーカイしてよ」
「ほんっとに、この口はいけしゃぁしゃあと。アンタが読んでるのはあ……井名里君のノートで、精進してるのは夜遊びくらいでしょ」
 神崎速人。関東では田舎と揶揄される地方の出身で、その父親は大学病院を凌駕するほどの大病院を経営する、地元では名を知らぬ者はいないとされるほどの有名人の三男。六人いる兄弟姉妹とはいずれとも母親が違う。彼の父は、地域医療に多大な恩恵をもたらすとともに、無類の女好きとしても知らないものはいないらしい。
 当人はと言うと、その血を如何なく受け継いで、とにかく浮名が絶えない。ついこの間も、校門前で待ち構えていたセーラー服の女の子に泣いて縋られていたのを目撃している。そのうち女性問題で刃傷沙汰でも起こしかねない。
 学校の用意した身上書の他に、実冴が個人で集めた情報も加味すれば、まだ中学生であることを差し引いても到底女友達を紹介したいと思える人物ではない。
 特に、理右湖はダメだ。呉林と言う苗字が、特に。理右湖が黙ったままなのは、実冴が先に呼んだ、彼の名字と、彼が目指す職業にあるのだろう。


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